銀河の竜を駆る少女   作:Garbage

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或る春の日のこと

 

 

 

 

「……おとうさん? おかあさん?」

 

 息を切らし、駆けてきた少女がドアを開ける。薄暗く、簡素な仏壇のようなものが供えられた部屋に白いシートに覆われた二つの物体が置かれていた。少女が「おとうさん」「おかあさん」と呼んだそれに近づく。少女の眼に映ったのは彼女の両親―――だったものであった。

 

「あ……あああ……どうして……なんで……おとうさぁぁん……おかあさぁぁぁん!!」

 

 まるで天を裂きかねないほどの声を上げ、少女は涙を流す。終わりを迎えた二つの命を前に、一人の少女の心が壊れたのがその瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 遊希は飛び上がるようにして起き上がった。覚えている限りで彼女は試験会場の廊下を歩いており、先のデュエルで精霊の力を解放したことによる極度の疲労感と倦怠感に襲われ壁によりかかって―――そこまでは覚えていた。しかし、今の彼女は真っ白で柔らかいものに包まれている。誰かが倒れている遊希を見つけて医務室まで運んだのだ。

 

―――目覚めたか、遊希。ずいぶんと眠っていたな。

(……光子竜。あんた趣味が悪いわね。あんな悪夢を見せるなんて)

―――何のことだ。私は精霊だが、お前の夢に介入できるほどの力は持っていないぞ。

(冗談よ。いちいち真に受けないでちょうだい)

 

 それにしても、光子竜以外の何者かで夢を操るだけの力を持った者がいるとすれば、その者はとても歪んだ性根をしているものだ、と遊希は呆れる。少なくとも夢であっても二度と経験したくない過去を思い出させられるのは決していい気分ではない。最もそんな夢を見てしまうということは自分の脳や精神の状態が影響しており、自分の力ではどうにもならないものだ、と諦めることしかできないのだが。

 

(ところで私はどうやってここに来たのかしら)

―――倒れたお前を運んでくれた者がいたんだ。お前より年下のように見える小さな少女だったが、頑張ってここまで連れてきたんだぞ。もし再会する機会があれば礼を言うべきだな。

 

 さしずめ魔女の呪いが込められた林檎を食べてしまった白雪姫をキスによって救った白馬の王子様のような人間と出会えた、ということなのだろうか。とらしくなくロマンチックな例えは意図せずに浮かぶ。光子竜の話を聞く限りでは王子様というより森の小人かもしれないが。

 すると、遊希のいる医務室のドアが数回ノックされる。「失礼します!」と言いながら入ってきたのは身長が150cmにも満たないような小柄な少女であった。少し癖のついた茶色のボブカットに、全てを吸い込むような真っ黒な瞳。背が低いことを差し引いても、十分に美少女と呼んでも差し支えないような可憐な少女だった。

 

「あっ、目が覚めたのね! 良かったわ、廊下で倒れてたんだもの!」

 

 この場にいるということはきっと同学年なのだろう。しかし、もし彼女は同学年であるのなら、その平均を大きく下回る小ささだ。そんなことを考えていた遊希は思わずぷっ、と噴き出した。

 

「あなた……小学生?」

「もうっ! 小学生じゃないわ! あなたと同い年よ!!」

 

 小柄の身体をぴょんぴょんと跳ねさせて反論する少女。遊希ははいはい、と面倒くさそうに手を振る。初めは小馬鹿にしたような様子の遊希であったが、光子竜から聞いていた情報とこの少女の外見的特徴は見事に合致する。そうなれば彼女は遊希にとっては恩人にあたるのだ。そうなれば無碍にでもできない。

 

「ところで……あなたが私をここまで?」

「ええ、そうよ! あなたのあのデュエルを見て居ても経ってもいられなくなったからあなたを探しに行ったのよ! 天宮 遊希さん!」

 

 身体は小さいが、声はやたらに大きい。少なくとも医務室で出していい音量の声ではないが、その少女がとても快活で明るい性格であることはわかった。遊希とはスタイルから性格まで間違いなく真逆の存在だが、集団で中心人物になるのは決まってこういう人物なのだ。

 

「あら、私の事を知ってるの?」

「むしろデュエリストであなたを知らない人がいないと思うわ! ちなみに私は“日向 千春(ひなた ちはる)”! 使うデッキは【サイバー・ドラゴン】! とにかく高い攻撃力でガンガン攻めるのが大好き! 誕生日は4月2日で血液型はO型! 四人姉弟の長女よ! 私、あなたのデュエルを見て燃え上っちゃって……だからデュエルをあなたに申し込むわ!」

「ストップ、病み上がり相手には如何せん情報量が多すぎるわ。えっと……日向 千春さんね。私のことを助けてくれたことは感謝するわ。でもね……」

 

 千春は遊希に皆まで言うな、という感じで彼女を制する。デュエルを申し込む、というのは今すぐではなかった。そもそも遊希はあのデュエルの後体調を崩したからこそここにいるわけであり、そんな病み上がりの相手にすぐにデュエルを求めるほど千春は事の道理を知らない人間ではなかった。

 

「大丈夫! デュエルは今じゃなくてもできるわ。入学して、同級生になったら改めてデュエルをしましょうね!」

「……あなたが、受かってるとも限らないわよ」

「うっ……でもそんな冗談を言えるなら大丈夫ね! じゃあ約束よ!」

 

 そう言って小指を出す千春。やっぱりこの子は小学生なんじゃないか、と思いつつ遊希は彼女に合わせて指切りげんまんをしてあげるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 いつものように朝起きた遊希は、壁にかかった新品のデュエルアカデミアの制服を何も言わず見つめていた。

 

「……しかし、面白みのない制服よね。普通制の高校と変わらないじゃない」

―――だが昔よりはだいぶマシになっているのではないか?

「まあね。昔はなんというか……身体の線が出る服装だったらしいしね」

 

 あの試験から二週間ほどが経ち、遊希の家には見事デュエルアカデミアの合格通知が届いた。筆記試験の出来は上々だったし、実技試験は言わずもがなの成績である。普通にやれば落ちるわけがない。それでもアカデミアには竜司やミハエルのようにかつての自分を知るデュエリストが多いため、色々とやり辛いことには変わりないのだが。

 

―――それにしてもお前を助けたあの少女……千春だったか。彼女は受かっているのだろうか?

「あれだけ息巻いて落ちてたら面白いんだけど」

―――そんなことを言ってやるな。お前とデュエルしたいと積極的に言ってくるデュエリストは久しぶりじゃないか?

「……他人事みたく言ってくれるわね。あんた使ってデュエルすると私に負担かかるんだけど」

―――もし厳しかったら他のデッキを作って使ってもいいんだが?

「精霊の癖に変な気を使ってるんじゃないわよ。私は望んであんたを使ってるんだから……」

 

 遊希はそう言ってベッドの横のライトスタンドの横に立ててあった銀河眼の光子竜のカードをデッキケースにしまう。そして寝間着を脱ぐと、白のワイシャツを纏い、その上からおろしたてのデュエルアカデミアの制服に袖を通す。

 今年から新設されるデュエルアカデミアジャパンの制服はエリート校の制服らしくシックな黒のブレザーに赤いネクタイ、チェックのスカートに紺色のソックス。実際着てみるとこのセンス自体は悪くはないな、と遊希は鏡の前でくるりと一回転してみる。最も自分のこの制服姿を本当に見てほしかった人たちはもうこの世にいないのだが。

 

「えーと、カバンに定期券にスマホに……ああ、これを忘れちゃダメよね」

 

 通学鞄と共にデッキおよびデッキ改造用のカードが入ったケースと折り畳み式の自前のデュエルディスク。例え入学式でもこれだけは絶対に忘れてはならないものだった。何故なら遊希は入学式に首席入学者として準主席入学の生徒とデュエルを行うからである。

 

「済まないね、突然押しかけてしまって」

 

 時は更に一週間ほど前に遡る。アカデミアの合格通知が届き、制服が送付されてきてからも相も変わらず部屋からほとんど出ない引きこもり同然の生活をしていた遊希。そんな彼女を竜司が尋ねて来たのは今日と同じ小春日和だった。

 

 基本的他人に対しては素っ気ない遊希であるが、恩人でもある竜司の前ではみっともない姿を見せたくない。そのため竜司を数十分まだ寒さの残る外で待たせてから部屋に入れた。寒さか花粉かどちらかはわからないが、竜司は子供のように鼻をじゅるじゅると啜っていた。

 

「で、なんです。元プロデュエリストともあろう者がアポイントも取らずに来るなんて」

「教職というのは大変なんだね、やることが多すぎて目が回りそうだよ」

「でも校長って実際に教壇に立ちましたっけ?」

「……デュエルの実技なら」

 

 そう言って遊希が出したお茶に口を付ける竜司。一口飲んでふぅと満足気に息を吐く。

 

「うむ、君が淹れるお茶はいいね」

「それはどうも。で、わざわざ私のお茶を飲むために来たわけじゃないですよね」

「……実は君に伝えたいことがあるんだ」

 

 この時竜司の口から遊希に伝えられたのは、彼女が首席で入学したということ。そして首席入学者である遊希がデュエルを行う準首席入学者がなんと二次試験の日に険悪な雰囲気のまま別れた竜司の娘・鈴であることを。

 遊希と鈴は先日の二次試験の試験会場で出会うまで数年間会っていなかった。ただ、遊希はかつて竜司から「娘が中学生なのに髪を染めて学校に呼び出しを食らった」「娘が最近一緒にご飯を食べてくれなくなった」といった相談を受けていたこともあり、彼女がここ数年間で遂げた変化については聞き及んでいた。

 遊希は「下着を分けて洗濯してと言われない限りは大丈夫です」と冗談半分で答えていたが、父親が校長となるデュエルアカデミア・ジャパンのセントラル校に入学したということは彼女も父同様デュエリストという道を歩むということになる。それでいてかつてプロ時代の竜司が使っていたデッキを受け継ぎ、そのデッキでアカデミアの入学を決めている。本当に父を嫌っているならデュエリストの道になど進むだろうか? 遊希がそう告げると、竜司は満足そうにしていた。

 

「それで……彼女が相手だから私が何かすることでもあるんですか? 言っておきますが、娘さんに花を持たせる気はありませんよ」

「ああ、それでいい。セントラル校の今後を担う君たちには全身全霊でデュエルに臨んでもらいたいからね。ただこのことを事前に鈴に伝えたら、何故だか凄く不機嫌そうな顔をしていたけど……何が不満だったのだろうか」

 

 何故なのだろう、と首を傾げる竜司であるが、この時ばかりは遊希は鈴に同情した。セントラル校の合格を伝えられ、喜びたい最中に自分があれだけ敵対視している遊希より成績で劣っていた、などと親の口から聞かされるのだ。この時の鈴の心中は穏やかならざるものだっただろう。

 

(……竜司さんはデュエルの腕は日本トップクラス。それでいてとても優しい人。でも、プロとして世界中を飛び回っていてほとんど鈴と過ごせなかったから彼女の心根を理解できていないのかもしれないけど)

「……わかりました。もし彼女に伝えられるのであればこう伝えてもらいますか?」

 

 

 

 

 

―――あの時の約束、果たしに来たよ、って―――

 

 

 

 

 

 それを聞いた竜司は「わかった」と微笑む。歳をとっても昔と変わらぬ笑み。遊希はその笑みに亡き父の姿を重ねていた。

 

 

 

 

 

 

「……さて、そろそろ行きますか」

 

 暖かな日差しが差し込む入学式の朝。真新しい制服に身を包んだ遊希の新たなる生活が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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