銀河の竜を駆る少女   作:Garbage

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あの日、あの時

 

 

 

 

 

 皐月とのデュエルから早くも2日が経った。あれ以来操られた誰かが遊希たちの前に現れる―――などということは無く、アカデミア内に厳戒態勢が敷かれていることを除けばまるでいつもと変わらない日であった。1日休んで体力も気力も元通りに回復した遊希は千春と皐月の見舞いに行くことにした。

 どうやら病院側の計らいで千春と皐月は同じ病室に入院しているらしく、事件についての話を聞くのはもちろん、親友同士水入らずの時間を過ごすことができるようになっていた。遊希は途中に立ち寄った商店街の八百屋で買ったフルーツの盛り合わせを片手に病院内を歩いていた。

 

―――どうした? さっきから何を考えている?

 

 光子竜が問いかける。遊希は今日は八百屋の店主や病室を教えてくれた看護師と何気ない会話を交わしはしたが、そのいずれにおいても何処か上の空というところがあった。

 

(昨日からずっと考えていたの。あの時皐月が正気に戻ってなかったら私はどうなっていたのかって)

 

 デュエルの最中途切れ途切れではあるが正気に戻っていた皐月が敢えてプレイングミスを行っていたことは既に聞いた。普通のデュエルでそのようなことをされたら遊希は烈火のごとく怒っていたかもしれない。それでも状況が状況だけに遊希は彼女を責める気にはなれなかった。責める気にはならないものの、彼女の心の中には心残りがあった。

 

(操られていて自分だって大変な状況なのに皐月は私のことを考えて行動してくれた……もし私が同じ立場にあったとしたらそれができたのかしら)

 

 遊希は皐月と出会った頃、実は彼女に対してはあまり好感を持っていなかった。鈴や千春のようにはっきりした性格でもなく、一歩引いたような、少しオドオドしていた皐月はどこかかつての自分を見ているようで好きになれなかったのだ。

 それでもそんな自分の弱さを認めた上でデュエリストとして自分を高めたいと強く望んでいるその姿を見てその認識はすっかり消え失せていた。それこそ皆の前では少しでも強く、堂々としていたいと虚飾を飾っていた自分を恥じるほどに。

 

―――難しい話だな。私には人間の気持ちというものはそう理解できないが……

(が?)

―――お前にあのようなデュエルはさせない。そのために私はいる。

(……光子竜)

―――何だ。

(あんたもたまにはまともなことを言うのね)

―――!? たっ、たまにはとはなんだ! 私はいつだって真剣に……!!

「あ、着いた着いた」

―――無視するな!!

 

 脳内で喚き散らす光子竜を尻目に、千春と皐月がいる病室に着いた遊希は入口の横に設置された消毒液で手を洗い、病室のドアを軽く三度ノックする。千春も皐月も意識こそ戻ったとはいえ疲労困憊の状態にあるはず。そんな見舞いのフルーツだけを置き二人の寝顔だけを見て帰ろうと思っていた。

 

 

「……?」

 

 そんなことを考えながらドアを開けた遊希は言葉を失う。病室であるはずのその空間はすっかりアカデミアにもあるデュエルスペースへと変貌していたからだ。

 

「私は《守護竜アガーペイン》の効果を発動します。2体以上のリンクモンスターのリンクマーカーの先になっているモンスターゾーンにEXデッキからヴァレルソード・ドラゴンを特殊召喚します!」

「ぎゃーっ! ヴァレルソードをそんなにあっさり出さないでー!!」

 

 病室ではなんと千春と皐月がデュエルを行っていた。入院中なのでデュエルディスクを使うことはできないでいたが、患者用のベッドについていた食事用の机にカードを敷き詰めて卓上デュエルという形でデュエルをしていたのである。

 最初から見ていなかったのでわからなかったのだが、状況から察するに皐月が先攻を取って【守護竜】リンクモンスターの効果で大型のドラゴン族を大量展開しているのだろう。戦闘破壊できず、フリーチェーンで表示形式を変更するヴァレルソードはサイバーモンスターからしてみれば高い攻撃力を活かしての攻撃を防ぐ厄介な存在である。千春が嘆くのもさもありなん、というものであった。

 

「な、なにしてんの……二人とも」

「遊希じゃない! おはよー!」

「遊希さん、お見舞いに来てくれたのですね。ありがとうございます」

 

 ドアのところで呆然と立ち尽くす遊希を笑顔で迎える千春と皐月。そんな二人に対して遊希は下を向いたままその場を動こうとしなかった。二人が心配そうに声をかけると、顔を上げた遊希は顔を真っ赤にしてはまたしても大粒の涙をぽろぽろと流していた。

 

「ゆ、遊希!?」

「どうされたんですか……涙なんて流して」

「あんたたち……なんで入院してまでデュエルなんかやってるのよ!! 無理して治るのが遅くなったらどうすんのよ!! ばかぁ! ばかぁ! ばかぁぁぁ!!」

 

 遊希は病み上がりの状態でデュエルをする二人を心配すると同時に、止むを得ずとはいえ自分が傷つけた二人が元気にデュエルをする姿を見て心が救われたような気がした。悲しみと怒りと喜び。3つの相反する感情が心の中でぶつかり合った結果がこの涙なのだ。

 

「はい遊希、お口開けて。ほら、あーん」

「あーん」

「美味しいですか?」

「うん……」

 

 そんな遊希が泣き止むまで数十分かかった。子供のように泣きじゃくる遊希に千春と皐月は遊希が持ってきたフルーツの皮を剥いて食べさせるなどしてなんとか泣き止ませた。傍からどちらが入院患者でどちらが見舞いに来た者かわからなくなる。そんな奇妙な光景であった。

 

「でもさ、私たちってデュエリストじゃない?」

「ええ……やっぱりデュエルをしている時が一番楽しくて……」

 

 苦笑いする二人に対して遊希は終始膨れっ面だった。

 

「……もっと、自分を労わってよ。入院には私も、一枚噛んでるんだし」

「もしかして遊希、自分が悪いって思ってる?」

「えっ? だって……」

「そんなこと思っちゃダメよ! あんたはやるべきことをやったんだから!」

「はい。遊希さんは何も悪くありません。もし私が同じ立場に置かれたらきっと遊希さんと同じことをしていたと思います」

「千春、皐月……ありがと。その言葉でだいぶ救われた感じがする」

 

 そう言って俯く遊希の頭をよしよしと代わりばんこに撫でる千春と皐月。この病室内で過ごした数十分で三人の仲がより深まったのは言うまでもない。

 

「……ところで。私、二人に聞きたい事があるの」

 

 すっかり落ち着いた遊希が尋ねたこと。それは二人の記憶がどこまで残っているか、ということであった。千春と皐月はこの一連の事件の黒幕に操られる、という形で遊希の前に現れた。

 朝に健闘を誓って別れた後、二人の身に何があったかを知ることで事件の真相に近づくことができる。遊希はそう踏んだ。最もこの手段には二人がどこまで覚えているか、ということが重要であり、その記憶の範囲で得られる情報は大きく変わってくる。そのため千春と皐月に事件の真相解明が掛かっていると言ってもいい。

 

「あのね……あたしはね……」

 

 数分の沈黙を最初に破ったのは千春だった。

 

「パズルカード完成まであと1枚、そんな時に私の前に現れたのよ」

 

 そう言いながら千春は誰もいないところを指差す。何も虚空を指差しているのではない。遊希と皐月は千春が誰のことを言いたいのかすぐに理解した。本来ならばこの場にいるべきはずであるにも関わらず、ここにいない四人目の少女の事を。

 

「鈴……ね」

 

 千春は何も言わず頷いた。千春は2日目に入ってからは絶好調だった。1日目で集めきれなかった分のパズルカードを集め、何も無ければ順当に決勝進出を決めていたはずだった。

 そんな千春の前に現れたのは千春とは違うブロックで戦っていたはずの鈴であった。千春は何故鈴がここにいるのか、と当然疑問に思ったが恐らく鈴も自分と同じように勝ち抜いたため、自由にブロック間を移動できるようになったのだろうと判断した。しかし、それは大きな間違いであった。この時既に鈴は何者かに洗脳されてしまっていたのである。

 

「それで鈴に一緒に行こうって誘ったの。でも鈴は何も答えなかった。それで……」

「デュエルを挑まれた」

「ええ。でもデュエルの内容はあんまり覚えていないわ」

 

 千春は鈴の誘いに応じ、デュエルを受けた。デュエルディスクを展開し、先攻を取ってサイバー・ドラゴン・インフィニティをX召喚したことまでは覚えている。しかし、次にはっきりとした記憶がある時は鈴のモンスターの総攻撃で自分のライフが尽きた瞬間だった。

 

「鈴のデッキは……千春も皐月も私とデュエルをした時は本来のデッキを使っていなかった」

「らしいわね。少なくとも【青眼】デッキじゃなかったのは確かよ。なんか見慣れないモンスターがババーッて出てきて……ドカーンってやられて……」

 

 千春の記憶が定かなら鈴の使用したデッキも千春の【三幻魔】や皐月の【三邪神】同様I2社から盗まれた危険なカードなのだろう。これまでのことを整理すれば黒幕は千春や皐月にやったように、鈴も同様の方法で洗脳した上で未知のカードを渡し、自らの操り人形としてその手を汚させたと思われる。

 

「でもなんで鈴や私たちなのかしら? 洗脳するならもっと役に立ちそうな人がいた気がするけど」

「……どういうことですか?」

「考えてもみなさいよ。確かに私たちは強いわよ?」

 

 そこは認めるんだ、と突っ込む遊希に千春は元気よく当然、と返す。この根拠のない自信を持っているのはいつもの千春である。

 

「でも私たちなんてまだ1年生じゃない。もし襲わせるんだったら2年生や3年生、先生たちのようにもっと実績も知識もあるデュエリストを操るはずよ」

「確かに……普通ならそうしますよね……?」

 

 難しい顔をして首を傾げる千春と皐月。そんな二人を前に遊希は自嘲気味に言った。

 

「……黒幕が誰だかわからないけど……そいつの狙いはきっと私」

「遊希さんが?」

「なんでよ?」

「これまで私の前に敵として現れたデュエリストの人選。千春、藤堂 雄一郎、皐月にまだ操られているかどうかは確定していないけど、操られていると仮定すれば鈴。この四人のデュエリスト以外の共通点。それはみんな私と懇意にしている人たちよ」

 

 鈴、千春、皐月は言うまでもなく遊希の親友であり、ルームメイトだ。藤堂 雄一郎に関しては一見何の関係も無さそうであるが、彼は竜司と古い付き合いであり、竜司を通じてプロデュエリストの世界に足を踏み入れた遊希とは親交があるのだ。

 現に中々プロの世界に馴染めないでいた遊希を優しく見守った竜司に対し、雄一郎は度々茶化したりするなどして遊希をよくからかっていた。始めは遊希は雄一郎のことが嫌で嫌で仕方なかったが、幼かった遊希が予断の許さないプロの世界で心を開いた数少ない人間の一人が雄一郎なのである。

 

「千春とデュエルしてたってことがわかった時、私は酷く傷ついた。それこそエヴァに泣きつくくらいにね」

「つまり相手は精神的に遊希を追い詰めようとしてたってこと!? エグいことするわね、本当に腹立つわ!」

「まあこればっかりは私の推測に過ぎないけどね。鈴を取り戻した上で黒幕を白日の下に引きずり出して問い詰める。それでやっと相手の真意がわかるはずよ」

 

 千春から一通り話を聞き終えた遊希は次は皐月から話を聞くことにした。皐月は千春さんがほとんど喋ってしまいました、と前置きした上で覚えていることを話し出した。皐月も千春と同じように鈴と出会っていた。最も彼女と鈴は同じブロックなので予選中に遭遇する可能性は十分にあった。

 

「私も千春さんと同様鈴さんに声をかけましたが、何も返してくれませんでした。そしてデュエルになって……」

「負けた、と」

「……はい。私の場合はヴァレルロードのような大型リンクモンスターを早々にリンク召喚できなかったため万全なフィールドを作れなかった、というのもあったのですが」

 

 やはり皐月も覚えていることは千春とほとんど一緒だった。先攻を取り、ターンを相手に渡したところで記憶が途絶え、次に覚えていたのは鈴の召喚したモンスターによってあっという間に自分の8000のライフが0にされる瞬間だった。

 

「……あっ、でも……」

「でも? 何でもいいから言って!」

「……私と鈴さんがデュエルを始めようとした時でした。鈴さんの後ろに誰かいたんです。そうですね……あまりはっきりと覚えていないのですが……女子生徒の方がまるで監視するかのように立っていました。とても珍しかったです。なにせ、髪の毛の色が銀色……でしたから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を聞き終わった遊希は千春と皐月に安静にしておくようにときつく言い聞かせて病室を後にした。次に起きてデュエルなどしているものなら本当に拳骨を食らわせてやる、などと思うほどに。

 

―――案外多くのことを聞くことができたな。

(ええ。断片的なことではあるけど、為になる話は聞けたわ)

 

 遊希が特に気になっていたのは詩織の言っていた「銀髪の女子生徒」である。操られている鈴を監視するように立っていたというその少女―――この少女が黒幕の可能性が高い。最もこの少女も操られており、監視役を任務を押し付けられたという点も捨てがたいため、この時点で決めつけてしまうのは聊か早計であることは否めなかった。

 

(……銀髪の女子生徒……日本人で銀髪なんて染めでもしない限りいないわよね)

―――エヴァ・ジムリアは銀髪だが?

(まさかエヴァが黒幕とか思ってないでしょうね? 確かにあの子は精霊を持っているけどまだ自在にその力を使えないわ)

―――言っただけだ。ただ疑ってしかるべきと私は考えるが?

(っ……)

 

 遊希が光子竜のその言葉に渋い顔を浮かべた瞬間、ズボンのポケットに閉まっていたスマートフォンがブルブルと振動する。電話だとしたら竜司かエヴァだろう。千春と皐月の話を聞いているうちに初夏の空はすっかりオレンジ色に染まりかけていた。状況が状況だけに心配をかけてしまっていたかな、と思いながらスマートフォンを取り出し、画面を見る。

 次の瞬間、遊希は足を止めた。スマートフォンの画面にははっきりと「星乃 鈴」の名前が表示されていたからだ。

 

(えっ? えっ……?)

―――遊希、出ろ! もしかしたら……

(わかったわ!)

 

 病院内で堂々と電話をするわけにもいかないため、遊希は病室から離れた誰も通らないような場所に立ち寄ると、意を決してスマートフォンの通話ボタンをタップした。

 電話は無事繋がった。遊希が電話に出ると、彼女の耳には機械を通した音らしきものが虚しく響くだけだった。遊希は生唾を飲み込み「もしもし」と通話口に喋りかける。だが、それでも向こうからの反応は無かった。悪戯電話か、それとも何らかの拍子で誤って掛かってしまっただけだったのか。安心と不安が入り混じる微妙な気持ちになった遊希が電話を切ろうとした刹那。

 

 

 

『―――うふふっ』

 

 

 

 誰かの微笑らしき声が響いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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