入学式当日は雲一つない快晴であった。青空の下、気持ちのいい春風が吹く中、デュエルアカデミア・ジャパン『セントラル校』の入学式は予定通り執り行われた。
遊希は二次試験の時とは異なり、時間通り登校すると、生徒が座るために用意されたパイプイスに座っては入学式に臨む。それでも朝早くに起きたこともあって、遊希は来賓や教員の挨拶はほとんど寝ぼけ眼で聞いていた。
一方、校長として初の入学式に臨む竜司は登壇してすぐに遊希の姿を見つけると、今にも寝そうになる彼女の姿に不安を覚えるが、同時に無事アカデミアに入学してくれた遊希の姿を見て安心したのか、慣れないスピーチを始める。
しかし、一見ウトウトしながらも遊希は別のことにしっかりと頭を働かせていた。それはもちろんこの後行われる鈴とのデュエルのことだ。ほとんどのことに無関心な遊希であるが、自分の一番の強みであるデュエルに関しては他の追随を許さないほど集中力を発揮する。
プロの世界からは既に退いているものの、彼女の頭の中ではあらゆる相手に対処できるようにカードプレイングおよびそこから紡がれる勝利への道筋を組み立てていた。それが精霊を持つデュエリストとして相応しくあるべく研鑽を積んだ遊希のデュエリストとしての姿なのだ。
「……それでは、長くなってしまう前に私のスピーチはここまでとしておきましょうか。では、ミハエル先生。進行をお願いします」
「はい、わかりました」
よほど緊張したのか、ハンカチで汗をぬぐいながら竜司はマイクの前から離れる。十分長かったですよ、と遊希は心の中で彼にダメ出しをし、それを光子竜に窘められる。十年以上繰り返されてきた人間とそうでない生命体のやり取りはこの場においてもまるで漫才のように行われていた。
「さて、普通ならここで入学式は終わりにするが……ここで君たちには見て貰いたいものがある。天宮 遊希くん、立ちなさい」
ミハエルが遊希の名を呼ぶと同時に会場が一気にざわめいた。遊希は自分の名を呼ばれたことに気が付くと、目を擦りながらゆっくりと立ち上がる。今の今まで居眠りしていたようであるが、自分が呼ばれたということは自分の出番が来たということ。その証拠に普段は眠たげな彼女の眼は鋭く輝いていた。
「今日は校長先生の計らいで二人の新入生代表にエキシビジョンマッチを行ってもらうこととなった。そのうちの一人が……皆も名前くらいは聞いたことがあるだろう。歴代最年少でプロデュエリストの世界に足を踏み入れた天宮 遊希。彼女だ」
遊希は無言でぺこりと頭を下げる。当然それは自分に話を振ったミハエルにではなく、昔から自分の面倒を見てくれていた竜司に対してではあるが。
「彼女は入学試験において首席での入学を果した。言わば君たちの代表にあたるデュエリストと言っていいだろう。そんな彼女の相手は彼女に次ぐ成績を修めてこのアカデミアに入学を果した準主席の生徒となる。準首席入学者、星乃 鈴くん。立ちなさい」
名前を呼ばれた鈴がゆっくりと立ち上がり、一礼の後に後方に座っていた遊希の方を振り返る。入学試験の時とは違い、制服は着崩さずにしっかりと着用しているが、派手な金髪はそのままに前会った時には無かったイヤリング、そして首からぶら下げられたシャトル付きのネックレスが輝いていた。
そしてその苗字「星乃」の名に一部の生徒が反応する。鈴は言わずもがな、校長である竜司の娘であり、竜司から彼の使っていたカードの一部を引き継いだことで話題にもなったデュエリストだ。遊希と鈴が同い年ということもそうだが、かつて日本を代表するプロデュエリストだった竜司の娘と、そんな竜司が見出してプロの世界へと送り込んだ少女がデュエルアカデミア・ジャパンの生徒としてデュエルをする。偶然とはいえ、あまりに豪勢なマッチアップであった。
*
―――さて、思っている以上に大事になりそうだな。
(……そうね。だからと言って盛り上がりすぎだとは思うけど)
入学式を行われていた講堂は生徒や来賓、保護者が座っていたイスが撤去され、代わりにデュエルフィールドがセットされていた。講堂は普段は朝礼などの集会や体育の授業で使われるのだが、こうして学校公式のデュエルが行われる時は専らこの講堂が使われる。
普段講堂の床下には大型のデュエルフィールドが収納されており、ここでデュエルする者はこのデュエルフィールドを使わなくてはならない。このフィールドのデータは業務提携を結んでいる海馬コーポレーションが管理しているため、デュエルで使用できないカードなどを使うことはできない。よってデュエリストの真の実力が試されるフィールドとも言えるのだ。
「……あの時はごめんなさい。私も少し言い過ぎたと反省しているわ。今日はわだかまりのないデュエルをしましょう?」
デュエルの前、遊希はそう言って鈴に手を差し出す。デュエリストは相手にリスペクトを持って接する。これも幼い頃に竜司から学んだことの一つだ。
―――本当にそう思ってるのか?
(まさか。喧嘩を売ってきたのはあっちなんだから、本来あっちから歩み寄るべきでしょう?)
―――……女という生き物は全く底が知れんな。
しかし、鈴は遊希が差し出した手を握るどころか、その手を思い切り叩いた。ミハエルからその名を呼ばれた時はにこにこと笑っていた彼女であったが、今改めて遊希と相対している時はあの時以上に憎悪の感情に満ちた顔になっていた。
「……逃げないでここに出てきたことは褒めてあげる。でもあたしはあんたを認めていない。言っておくけど、あの程度の相手に勝ったくらいで図に乗るんじゃないわよ?」
「あの程度……というのは二次試験で私がデュエルした相手のことかしら?」
「そうよ。【閃刀姫】を使ってあの程度のデュエルしかできない相手に勝ったところで得意ぶらないで貰いたいものね。ま、いいわ。あんたのハリボテ……このデュエルで壊してあげるから。負けた時の言い訳でも考えておきなさい」
「……ご忠告どうも。そうね、あなたのものを参考にさせてもらうことにするわ」
鈴はフン、と鼻で鳴らすとそのままデュエルフィールドへと歩いて行ってしまった。相変わらずの鈴であったが、遊希の中には不思議と「自分が」侮蔑されたことに対しての怒りは湧かなかった。
―――遊希、どうした?
(口が悪いのはわかっていたけれど……無関係の人間を馬鹿にするのは聞いていて気分のいいものじゃないわね。ねえ、光子竜)
―――なんだ?
(鈴……ぶっ潰すから。気合を入れて)
光子竜は遊希の内面でメラメラと闘志の炎が燃えているのを感じ取った。やる気が出るのはいいことではあるが、憎悪の感情にデュエルが支配されてしまうことは避けたかった。遊希の期待に応えつつも、彼女が暴走しないように御さなければならない。デュエルに口出しすることはしない、と取り決めている遊希と光子竜であるが、光子竜は光子竜で別の戦いに臨むことが求められていた。
エキシビジョンデュエルのルールは以下の通りである。
○初期ライフは8000
○マスタールール4
○先攻後攻の決定権はデュエルディスク内蔵のコンピューターによってランダムに決められ、決定権を得たデュエリストが先攻後攻を決める
このデュエルのルールは普通のデュエルと何ら変わらない。公式大会でも用いられているルールである。しかし、世界基準のこのルールで戦うことができなければデュエリストとしての成功は無い。遊希と鈴がデュエルフィールドに立ち、デッキをセットするとコンピューターがデッキを読み込み、その後どちらのデュエリストに先攻後攻の決定権が与えられるかが決まる。
「決定権はあたしね。先攻を貰うわ」
(……また後攻か。なんか多くないかしら)
―――まあいいじゃないか。このデッキは先攻でも後攻でも動けるように調整を重ねたのだろう? 不利な局面でも動けるように実戦感覚を積めるいい機会と思え。
「さて……これより天宮 遊希対星乃 鈴によるデュエルを行う。両者正々堂々と戦い、持てる実力を出し切って悔いのないデュエルをすること、いいな!」
遊希と光子竜のやり取りなどいざ知らず、審判として入ったミハエルが双方に確認を取る。遊希と鈴は共に無言で頷いた。一瞬の静寂が流れ、対峙した二人はその目を見開く。
―――「「デュエル!!」」
天宮 遊希と星乃 鈴。二人の少女にとって、新たなる始まりとなるデュエルの火蓋が切って落とされた。
鈴 LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠:0 墓地:0 Pゾーン:青/赤 除外:0 エクストラデッキ:15(0)
遊希 LP8000 手札5枚
デッキ:35 メインモンスターゾーン:0 EXゾーン:0 魔法・罠:0 墓地:0 Pゾーン:青/赤 除外:0 エクストラデッキ:15(0)
☆TURN01(鈴)
「あたしのターン。あたしは《マンジュ・ゴッド》を召喚」
《マンジュ・ゴッド》
効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1400/守1000
(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した時に発動できる。デッキから儀式モンスター1体または儀式魔法カード1枚を手札に加える。
(……マンジュ・ゴッド。そしてデッキは青眼……となるとエースはやっぱりあのモンスターね)
「マンジュ・ゴッドの効果であたしはデッキから儀式魔法《高等儀式術》を手札に加えるわ。そして更に手札を1枚捨てて《ドラゴン・目覚めの旋律》を発動」
《ドラゴン・目覚めの旋律》
通常魔法
(1):手札を1枚捨てて発動できる。攻撃力3000以上で守備力2500以下のドラゴン族モンスターを2体までデッキから手札に加える。
「ドラゴン・目覚めの旋律の効果であたしは攻撃力3000以上で守備力2500以下のドラゴン族モンスター《ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン》と《青眼の亜白龍》を手札に加えるわ」
星乃 鈴の使用デッキは【青眼の白龍】。かつて軍事企業であった海馬コーポレーションをアミューズメント事業に転換させた二代目社長で、自身もデュエリストとしてデュエルキング“武藤 遊戯(むとう ゆうぎ)”とその生涯をかけて幾度となく戦い続けたデュエリスト“海馬 瀬人(かいば せと)”が愛用したデッキである。
かつて《青眼の白龍》は世界に4枚しか存在しないカードとされていたが、時代が進んだ今となっても世界に4枚しか存在していない―――ということはない。それであっても稀少なカードであることには変わりなく、今の時代において青眼は海馬コーポレーションに認められたデュエリストだけがデッキおよびその派生カードを使うことが許されているのであった。
(かつてプロデュエリストとして日本を代表する存在になった竜司さんは海馬コーポレーションから青眼の白龍を持つことを許されていた。そしてその娘である鈴も父譲りの才能を持っているからこそ特例で青眼を使うことを許されている。でも同じ青眼でも鈴の青眼は―――【儀式青眼】。一撃の重さなら……竜司さんの青眼デッキより上。さて……どうしたものかしらね)
「天宮 遊希……あたしの切り札を見せてあげる。あたしは手札から儀式魔法、高等儀式術を発動!」
《高等儀式術》(こうとうぎしきじゅつ)
儀式モンスターの降臨に必要。
(1):レベルの合計が儀式召喚するモンスターと同じになるように、デッキから通常モンスターを墓地へ送り、手札から儀式モンスター1体を儀式召喚する。
「あたしはデッキのレベル8・通常モンスターの青眼の白龍を墓地に送り、手札の儀式モンスター1体を儀式召喚する!“光の力を持つ白き龍よ。闇へその身を落とし、極限の混沌より新たなる力を以て発現せよ!”儀式召喚!!―――ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン!!」
鈴のフィールドに舞い降りたのは、白と称するには鈍すぎる銀色の身体を持ち、肩や翼に青いクリスタルのような装飾をあしらった禍々しくも美しいドラゴンだった。