上空に吹く風の音だけが響く閑散とした屋上に響くのは黒幕が拍手をして起こるパチパチパチ、という音だけだった。夜の闇のように暗い色をした漆黒のローブを胸元で止め、その隙間から見えるのはアカデミア女子の制服。顔は皐月が付けていたものと同じ髑髏の仮面で覆われており、その脇から見えるのは銀色の髪。千春と皐月の証言にあった、エヴァ以外の銀髪の少女―――その少女こそが今回起きた一連の事件の黒幕だ。
「やっと、会えたわね」
遊希は少しふらつきながら黒幕の少女が座っている屋上入口の前へと歩き出す。少女は座ったままその場を動こうとはしなかった。
「……あんたとはずっと会いたかった」
「あら? 嬉しいことを言って頂けるのですね。私も貴女の顔を直接この眼で見ておきたかったのです。うふふっ」
「奇遇ね。私も……その仮面を取っ払って素顔を拝みたくてしょうがないのよ」
会話をする二人のテンションは傍から見れば至って普通のように見える。しかし、遊希からは言葉の節々から黒幕に対しての怒りと憎しみが感じ取れ、黒幕からは遊希の神経を何処か逆撫でするかのような意図が見て取れる。少なくともその場にいた鈴たちはそう感じていた。
「遊希……気を付けて……そいつは……!!」
「鈴、全部千春と皐月から聞いているわ。そこの仮面が、あんたを操って千春や皐月に酷いことをしたってね」
「違うの……そうじゃなくて……」
鈴が止めるのも厭わず、遊希はデュエルディスクを再度構えると、そこに直接銀河眼の光子竜のカードをセッティングした。デュエル中ではないため、召喚条件を満たしていなくともモンスターはホログラムとして現れるようになっているのだ。
屋上には全身を激しく光らせて光子竜が舞い降りる。光子竜もまた、遊希の感情の高ぶりと共鳴するかのようにけたたましい咆哮を上げて黒幕を威嚇する。
「銀河眼の光子竜……生で見るとその美しさは格別ですね。最も天宮 遊希、貴女の美しさの前ではそのドラゴンすらも霞みますが。うふふっ」
―――腹の立つ言い回しだな。
「……褒め言葉のつもりだろうけど、今の私には逆効果よ。むしろ火に油を注ぎたいのかしら?」
「なるほど、差し詰め貴女は火で私の言葉は油ですか。私の言葉で烈火のごとく燃え上がる貴女の顔もまた見てみたいですね。普段とは違う貴女の一面……ああ、想像するだけでゾクゾクする!!」
「貴様っ……ふざけるのも大概にしろ!! この外道!! 光子竜!!」
遊希は光子竜に攻撃の指示を出す。光子竜は全身の光を口内に集中させて破滅のフォトン・ストリームを放った。もちろんこの光子竜の攻撃はホログラムなので普通ならば人体に影響は及ぼさない。
しかし、光子竜は精霊であり、遊希はその精霊を操ることができる。そのため遊希の判断、遊希の力次第でそのダメージを実体化することも十分に可能なのである。
「―――デュエリストが、デュエル以外でダイレクトアタック、というのはどうなのでしょうか」
光子竜の攻撃が今まさに黒幕に直撃しようとした瞬間。黒幕は自分のデュエルディスクから1枚のカードを取り出す。そのカードはXモンスターの黒枠のみしか描かれていないカードだった。
黒幕は小声で何か詠唱のようなものを唱えると、そのカードが光を放ち出す。そして光り輝くカードを黒幕がデュエルディスクにセッティングするや否や、主人を守るがごとく光を纏ったモンスターが現れたのである。
光で覆われているため、そのモンスターの姿ははっきりとはわからない。しかし、角と翼と尾が生えていることからドラゴンであることはわかった。召喚されたドラゴンは瞬時にバリアのようなものを貼ると、光子竜の攻撃から黒幕を守ったのである。
「……っ!!」
―――私の攻撃を防ぐだと? まさか……!!
遊希は絶句した。光子竜は精霊である。精霊の攻撃を単なるモンスターが完璧に受けきれるとは考えにくい。それならば答えはただ一つしかない。
「このドラゴン、可愛いでしょう?……この子こそ私が従える精霊ですよ、うふふっ」
そう言って黒幕はドラゴンの足の部分を撫でる。普通ならホログラムのモンスターに触れることなどできないのだから、間違いなくそのモンスターは精霊。そして光子竜と並ぶだけの力を持っていることが見て取れた。
「つまりそいつが三幻魔や三邪神のカードに……」
「そういうことになるのでしょうね。それら普通のカードに力を与えたのはこの子。今回一連の事件において、一番の功労者と言えるでしょう」
「……聞いてもいいかしら? そのカード、その精霊とは何処で出会った?」
髑髏の少女はうーん、と少し考える様子を見せると首を横に振る。
「残念ながらそれをお教えするわけにはいきません。ただ、敢えて言うならばそれは運命……なのかもしれませんね」
(運命……?)
「まあ、いずれわかることです。その時は今ではありませんが……」
そう言うと、今まで座っていた黒幕は立ち上がり、なんと自分が呼び出したドラゴンの背中に飛び乗ったのである。遊希と言えども光子竜に直接触れるのはともかく、黒幕のように頭や背中に乗る、といった芸当は試したことこそあっても一度も成功しなかった。
「バカな……ソリッドビジョンのモンスターに乗るだと……」
「待ってくれ! 一つ教えて欲しい」
唖然とする一同だったが、竜司が黒幕を呼び止めた。竜司としてはどうしても黒幕に聞いておきたいことがあったのである。黒幕は遊希と接する時と違って竜司には冷たい眼を向けた。黒幕の興味はあくまで遊希にしかないようだった。
「なんでしょうか。娘を、生徒を守れなかった非力な校長先生?」
「くっ……き、君の目的はなんだ。何故アカデミアを襲った?」
「愚問ですね。あなたに聞かれて目的を教えるわけはないでしょう」
「じゃあ、私が聞けば教えてくれるの」
今まさに飛び立とうとするドラゴンの足元に詰め寄る遊希。ホログラムのはずのドラゴンからは仄かに熱が伝わってくる。まるで本当に生きているような、そんな感覚を感じる。
「……そうですね、以前も電話でお話ししたかもしれませんが……私の目的はあくまで……貴女なのですよ。天宮 遊希」
「なんですって?」
「貴女はこのような所にいるべきではない存在。故に私は貴女を求めた。心も身体も」
遊希は黒幕の言っていることが全く理解できなかった。黒幕の目的は自分自身。だが、何故自分がここにいてはいけないのか、何故そうまでして黒幕は自分を求めるのか。
聞けば聞くほど深まる謎に遊希は混乱し、その場を動けなくなる。それを見計らったかのように、黒幕は精霊に何やら指示を出す。精霊は小さく頷くと、矢じりのように尖った腕で虚空を切り裂いた。次の瞬間、その切り裂いた箇所にワームホールのようなものが出現したのである。
「今回は身を引きましょう。ですが、これだけは覚えておいてください。天宮 遊希―――私はいずれ貴女の前に現れる。そして貴女の心と身体を我が物にする」
「っ……!! 待て……!!」
精霊は黒幕を乗せたまま、天空へと舞い上がるとそのままワームホールに吸い込まれるようにして消えて行った。光子竜は周囲を探ってみるものの、既にその周辺に精霊の力を感知することはできなかった。
遊希は黒幕を撃退し、囚われていた鈴・千春・皐月の三人を助け出すことはできた。それでも黒幕は取り逃がしてしまったし、黒幕が何故自分を狙うのか、一番知りたかった情報を得ることができず、彼女の中にはもやもやしたものだけが残る形となってしまった。
*
それから月日は流れ、鈴が救出されてからはやくも2週間が経過した。最も長く黒幕に洗脳され、多くのデュエルを行ってきた鈴の負った傷が回復するまでそれだけの時間を要してしまった。
結局大会は中止となり、来年に持ち越しとなってしまった。死者や重傷者が出なかったのがセントラル校にとって不幸中の幸いと言える。世間は既に夏休みモードに入っており、災厄が去ったこともあって本来の明るさを取り戻している生徒たちがほとんどであった。
しかし、何事もなく無事に退院の日を迎えた鈴の心は未だに沈んだままであった。悪いのは鈴を操った黒幕であり、それを疑うところはない。だが、鈴自身がそうは思っていなかった。
「……私、このままセントラル校に戻っていいのかな」
病院から帰る車の中で後部座席に一人座る鈴がぽつりと呟いた。あの時は操られていたとはいえ、自分は黒幕の代わりに親友を傷つけてしまった。客観的に見たら自分も黒幕の共犯者となってしまう。そんな自分が元通りの生活を送っていいのか。彼女の心にはすっかり暗い影が根付いてしまったのだ。
「何言ってるのよ、鈴は何も悪くないんだから」
「そうだよ。鈴は今まで通り過ごせばいいだけだ」
運転している竜司と助手席の蘭が即座にフォローを入れる。しかし、大好きな両親の言葉も彼女の心を融かすには至らなかった。下を向き俯く鈴に蘭は「みんなが待ってるわよ」と遊希たちが寮の部屋で待っていることを告げる。夏休みに入っているのにまだ遊希たちは学校にいるということなのだろうか。
(みんな……私に怒っている……)
気が乗らない鈴だったが、竜司と蘭に促されるまま一人で寮の部屋に向かった。鈴は部屋のドアをノックするも返事はない。誰もいないのだろうか、と思ってドアノブを触ると鍵がかかっていないことに気付く。
いくら事件が解決したとはいえ、鍵をかけないのはさすがに不用心すぎると思いながら鈴は部屋に入った。電気も点いておらず、人の気配もない。ならば何故部屋に呼んだのか。そんなことを考えながら彼女は自分が使っている部屋のドアを開けた。その瞬間である。部屋の電気が一斉に点き、クラッカーのけたたましい音が部屋中に鳴り響いた。
「きゃっ!? な、何……」
明るくなった部屋の中には遊希と鈴より一足先に退院した千春、皐月、エヴァの姿があった。部屋の中心においてあるテーブルの上にはケーキやフライドチキンといった豪勢な食べ物やエヴァが用意したと思われるロシアの料理ががこれでもかと置いてあった。
「えっ? えっ……」
「みんないくわよ、せーの……」
状況が飲み込めない鈴に遊希が照れくさそうに音頭を取った。
「「「「鈴(さん)! 退院おめでとう!!」」」」
遊希は事前に竜司と蘭に鈴の退院予定日を聞いていた。それは鈴の退院を祝うサプライズパーティーを開くためだったのだ。
鈴には内緒で遊希は千春、皐月、エヴァにこのパーティーの開催を持ちかけたところ、三人は二つ返事で協力を快諾した。料理の用意や竜司たちとの段取りは健康な遊希が、病み上がりの三人は部屋の飾りつけなどを主に担当し、無事この日を迎えられたのである。
「……」
「ほらほら、主役なんだから座って座って!」
口を開けてポカン、としている鈴を千春が上座へと座らせる。状況を未だに飲み込めない様子の鈴は周囲を怯える子犬のように見回すことしかできないようだった。
「驚かせてしまったようで申し訳ありません……ですがいわゆるサプライズというものはお教えしてはいけないものなので……」
「それより私は腹が減ったぞ。昼飯を抜く、というのは結構きついものだな」
「全く、エヴァったら……千春、そろそろ取り分けるわよ。手伝って」
「はいはーい!」
呆然とする鈴をよそにテーブルの上に並べられた食材を小皿に取り分ける遊希と千春。
「なんで……」
そんな中、鈴は小声でうわ言のように何かを呟く。
「どうしたの? 何か言った?」
「なんでよ。なんで私にこんなことするの? 私は……みんなを傷つけたのよ!! あいつに操られて千春や皐月に危害を加えて……あいつの手先となって遊希にまで……!!」
「あんたは被害者よ。あくまで悪いのはあの黒幕。あんたは何も悪くないわ」
声を荒げる鈴に遊希はあくまで冷静に答える。しかし、一見冷静そうに見える遊希も何かを我慢しているようだった。
「でも……どんな理由があっても私が悪いことには変わらない!! もうみんなとは前とは同じように付き合えないのよ!!」
「鈴っ!!」
そう言い切った鈴の頬に痛みが走った。遊希は必死の形相で鈴の頬を叩いた右手を見つめていた。
「……鈴。確かにあんたのしたことはいけないことかもしれないし、きっとこのままあんたは罪悪感に苛まれ続けるかもしれない」
「そうよ。だから私は……!!」
遊希は鈴の肩をがしっと掴み、対面同士で向き合うようになる。遊希の瞳に鈴の顔が、鈴の瞳に遊希の顔がそれぞれ映し出される。涙で潤った遊希の澄んだ瞳に映る自分の顔を見た鈴は驚いた。自分もまた遊希同様瞳に涙を溜めていたのである。鈴は自分が泣いていることに気付いていなかった。それどころか何故自分が涙を流しているのかがわからなかった。
「もし……あんたが一生この罪を背負い続けなければいけないと言うなら! 私も一緒にその十字架を背負う!」
「えっ……?」
「一人では重い十字架でも二人ならその重さは半分になるでしょう? 今回の事件で黒幕のあいつは私にはっきりと言ったのよ。本当の狙いは私だって。それならみんなは私のせいで巻き込まれたことになるわね」
遊希の真剣な顔が映る鈴の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。この涙は、懺悔の涙などではない。この涙は、歓びの涙だった。遊希のこの決意が秘められた言葉が乾ききった鈴の心に染み渡った。そんな時、二人だけの世界に入りつつある遊希と鈴に千春が割って入ってきた。
「ちょっと待ちなさい! 何二人だけで盛り上がってるのよ!」
「そうですよ……鈴さん、私と千春さんも操られてしまい、結果的に多くの仲間を傷つけてしまいました。私たちにも罪はあります」
「だから二人だけに罪を背負わせなんかはしないわ! 私たちも罪を背負う!」
「これで重さは4分の1ですね」
皐月のその言葉に鈴を除いた三人が「そうね」とクスクス笑う。未だ呆然とその様子を見ていただけの鈴に後ろから暖かいものが覆いかぶさった。今まで唯一話に関わっていなかったエヴァである。
「鈴……私が言うべきことかどうかはわからないが……私も含め多くの人間が今回の事件で傷ついた。鈴が罪悪感を感じるのもわかる。だが、鈴。お前は一人ではない。お前の周りには私がいて、千春がいて、皐月がいて、ご両親がいて、先生方がいて、他の学生たちがいて、そして遊希がいる。だから、一人で背負い込むなんてことはするな。私たちは、もう親友であり、仲間なのだから」
エヴァの優しいその言葉に、今まで抑え込んできた鈴の感情が爆発した。両方の瞳から大粒の涙がとめどなくこぼれ始める。
「み、みんな……みんなぁぁぁ……!!」
「鈴、あんたにそんな顔は似合わないわ。いつも通り明るい笑顔を見せてちょうだい。そして改めて言わせて欲しい―――
―――おかえり、って。
「うっ……ううう……みんな、ありがとう……ありがとう……!!」
堰を切ったかのように流れる涙。一人泣く鈴に釣られたのか、遊希も、千春も、皐月も、エヴァも。その場にいた少女たちは皆子供のように大声で泣き始めた。
今回の事件では多くの人間が傷ついた。多感な少女たちの心には確実に傷を及ぼしたかもしれない。だが、彼女たちは一人ではない。走れなくとも共に肩を寄せ合い歩くことができる。それだけの力を秘めている。
性格も生い立ちも過去もデュエルスタイルも、何もかもが異なる五人の少女であるが、これだけは言えるということが一つある。それは彼女たちの友情は、絆は紛い物ではないということ。そしてそれは本物であり、見えないながらも決して壊れない。それだけの固さを持っている。五人の少女は改めてそれを確かめ合ったのであった。
『銀河の竜を駆る少女』
第二章 完