紆余曲折、色々あったが無事水着に着替えた遊希たちはカイバーランド・シーの誇る巨大プールエリアへと足を運ぶ。そこは予想していた通り、海馬コーポレーションの象徴でもある青眼の白龍があちこちにあしらわれたプールだった。
ウォータースライダーはスライダーの入口が青眼の白龍の尻尾になっており、身体の中を通って口から出るという仕組み。波のプールは青眼の白龍を模したロボットが翼を羽ばたかせて波を起こすという形に、流れるプールは一見普通のプールであるが、プールの形を上から見ると青眼の白龍のフォルムにそって流れるものとなっているのだ。
「本当に青眼ばっかりねここは」
「なんでも有名な2代目社長が拘ったらしいわ。カイバーランドを作る時は必ず青眼の白龍をメインに添えろ、って」
「凄いですね……」
「確かその2代目社長の時は青眼の白龍のカードはまだ世界に4枚しかないカードだったそうよ。そのうちの3枚を所持していたとか」
遊希たちからしてみれば遥か過去の人間であるその2代目社長であるが、今となってもその奇想天外なエピソードは伝説となっている。
4枚目の青眼の白龍のカードを奪って破り捨てただの、デュエルに敗れそうになると断崖から身を投じようとするだの、弟と青眼の白龍を模した戦闘機を操縦しただの良い話も悪い話もたくさん残っている。もっともそれもまた有名税というものなのかもしれない。
「さあプールに突撃ー!」
「待ちなさい。今は夏よ、日焼けしてシミにでもなったらどうするの」
外に出る前に互いに日焼け止めクリームを塗り合いっこする五人。スタイルのいい遊希と皐月が鈴と千春にセクハラ攻撃を受けたのは言うまでもないし、それに怒った遊希に反撃を受けたのもまたお馴染みの光景となりつつあった。
「……取り敢えず何から行きましょうか」
「プールと言えばまずはウォータースライダーでしょ! 滑るわよー!!」
「えええ……私ちょっと高いところは……ま、まずは準備運動からしましょうか」
水着姿の少女たちは軽く準備体操をすると、青々とした水が煌めくプールへと駆けだした。
カイバーランド・シー アトラクションその①:ウォータースライダー「ブルーアイズ・スライダー」
遊希たちが最初に足を運んだのはやはりウォーターテーマパークの代名詞的アトラクションであるウォータースライダーだ。「ブルーアイズ・スライダー」と名付けられたそのウォータースライダーはパンフレットの説明にもあったように、青眼の白龍の尻尾から入り、頭から多量の水と共に放出されるものとなっている。
その長さは約30mほどとなっており、ウォータースライダーとしては平均的な長さであるものの、青眼の白龍の口から多量の水と共に吐き出される様はまさに青眼の白龍の必殺技「滅びの爆裂疾風弾」を上手く表現していると海外からも評判が高いのだ。
「うーん、意外と30mって高いのね」
「なんかお笑い芸人が目隠しされたまま連れて来られた30mの高さの飛び込み台から何分で飛び込めるか、みたいなクイズを見たことあるわ。あれってこんな気持ちなのかしら」
入口から水が流れる様を見ている鈴と千春に対し、スタート地点の縁に掴まったまま震えているのは皐月。彼女は実は高いところが大の苦手、という弱点があった。
「皐月、大丈夫?」
「……大丈夫じゃないです。あ、あのやっぱり私は下で待ってますから皆さんで滑ってくれていいですからね」
「あら、デュエリストが勝負から逃げるの?」
そう言って逃がすものか、とばかり皐月の腰を掴む千春。小柄だが意外と力の強い彼女にがっしりと掴まれてしまった皐月はその場から逃げることができなくなってしまっていた。
皐月はうるうるとした目で遊希と鈴とエヴァに助けを求めるものの、三人にはどうすることもできず、千春に引きずられる形でウォータースライダーの入り口に座らされる。皐月は千春を前に抱える形になってしまったため、立つことも動くこともできない状況になってしまった。
「あうう……おしりが冷たいです」
「そりゃ水に濡れてるんだから当然よ! さーて、心の準備はいいわね、皐月!」
「い、嫌です! 私まだ生きたいです! 恋愛とかしてみたいです、綺麗なウエディングドレスの似合うお嫁さんになりたいです! お願いします、助けてください! なんでもしますからぁ~!!」
「ん、今なんでもするって言ったわよね?」
「え、ええ……」
「じゃあ今から私と一緒に滑りましょう! 係員さん、お願いしまーす!」
「嫌あああっ!!」
係員の女性は苦笑いしながら皐月の背をゆっくりと押していく。ちなみにこのウォータースライダーを滑る時はとある掛け声をするのが恒例となっていた。
「それじゃあ、行ってらっしゃいませー、せーのっ!」
「滅びの爆裂疾風弾~!!」
遊希が「どんな掛け声よ」とツッコミを入れる間もなく歓声と悲鳴を上げながら千春と皐月はスライダーへと飲み込まれていった。薄っすらと透けた青眼の白龍の身体の中を2人が歓声と悲鳴を上げながら滑っていくのが見える。
「私たちも行きましょ」
「ええ、ところで……」
「何?」
「あの掛け声、私も言わなくてはいけないのか?」
「ダメ♪」
「ですよねー……」
「それの方が嫌だぞ私は」
それじゃあ行きますよ、という係員に乗せられて「滅びの爆裂疾風弾~!!」の掛け声と共に三人は水に乗ってウォータースライダーを下って行った。千春と皐月の後を追うように遊希は鈴とエヴァを前に乗せる形でブルーアイズ・スライダーを勢いよく滑っていく。
ちなみに「滅びの爆裂疾風弾」という掛け声が表わすように、青眼の口から飛び出た時は流れてきた水とその勢いも相まって、本当に水面に爆発したかのように飛び込んだ。そのせいか、滑り終えた後に泣きながらこぼれ落ちそうな胸を両手で抑えながら泣いていた皐月のために四人がほどけた水着の上を探す羽目になってしまったのは言うまでもない。
カイバーランド・シー アトラクションその②:波の起きるプール「ブルーアイズ・ウェーブ」
「うう、もうお嫁に行けません……」
「まあ周りに男の人が居なかったのが不幸中の幸いよね」
泣きながらさっきよりもきつく水着の上を結び直した皐月を連れて向かったのは波の起きるプールだった。ちなみに波の起きるプールは実際の海のように波がひとりでに起きているわけではない。
プールの裏には巨大な造波装置、すなわち波を起こす機械が設置されており、それを稼働させることでプールに実際の海を彷彿とさせるような波を起こしているのだ。ちなみにここではその装置を隠した岸壁の上にこれまた巨大な青眼の白龍のロボットが置かれており、その青眼の白龍が翼を羽ばたかせることで波が発生する。
大きな波が起きる時は翼を羽ばたかせるだけではなく咆哮もするため、大波に挑もうとする命知らずな客やそれから逃げようとする客にも大波が来るタイミングがわかるようになっている。
「よし、こんなんでいいか」
ここに入るにあたって遊希たちは浮き輪2つに空気を入れる。これに掴まっていればよほど大きな波が来ない限り溺れる心配はない。身体の小さな千春とあまり運動が得意ではない皐月が浮き輪に身体を通し、遊希と鈴とエヴァがそれぞれ二人の浮き輪を支えながら泳ぐという形になった。
「さあ行くわよー」
「うおう、なんか本当に海に来たみたい!」
「これが人工物なのか……あ、水はしょっぱくないぞ」
「身体がぷかぷかと浮いて……クラゲになった気分です」
「だからと言って気を抜くとあっという間に岸まで流されちゃうから気を付けないといけないわね」
波に合わせて押し流されないように、かつ沖まで連れていかれないように慎重にバランスを取りながら泳ぐ五人。波に揺られていると皐月のいったようにますますクラゲのようにぷかぷかと浮いているだけになり、何も考えず、何も喋らなくなる。五人の沈黙が続く中、ふと千春が口を開いた。
「ねえ」
「何?」
「クラゲって波に揺られてるとき何を考えてるのかしらねー」
「……えーと」
「あの、クラゲに脳はないんですよ」
「えっ、そうなの?」
「そうよ。単細胞生物だから大きいプランクトンみたいなものね。千春みたいな」
「そうなんだ、へー……」
それから数十秒会話が途切れるが、遊希の言ったことの悪意に千春がようやく気付いた。
「って誰がプランクトンよ!!」
「ほら、今の私の悪口に気付くまでこんなに時間かかった。ゾウリムシやアメーバ並みよこれ」
「た、確かに私は勉強が苦手だけどだからといって言っていいことと悪いことがあるわよ!! もーっ!!」
「ちょっとこんなところまで来て喧嘩はやめなさいよ……」
両手をぐるぐると回して怒る千春に対し、遊希は意地悪な笑みを浮かべてはコーヒーカップのように千春が入った浮き輪をぐるぐると回す。そんな最中、青眼の白龍のロボットが大きな咆哮を上げた。
「あ、あの……」
しかしそれに気づいたのは皐月とエヴァだけであり、喧嘩する遊希と千春、それを止めようとする鈴は気づいていなかった。現に周囲を漂っていた女子供は沿岸に避難し、波に飲まれたい若い男たちは崖の上で吠える青眼の下へと向かっていく。
青眼の白龍はまるで生きているかのようにガオオと吠えると、両の翼を思い切り羽ばたかせる。そしてプールの水が一気に引き潮になった途端、轟音と共に大波が獲物を狙う肉食動物のように押し寄せてきた。
「あっ、み、み、皆さん!!」
「何よ皐月さっきか……」
「あれは波が来る合図ではないのか?」
「えっ?……」
「うわあっ!! 来たあああっ!! 逃げ……!!」
悲鳴を上げる間もなく、ドッパーンという音と共に五人は大波に飲み込まれた。そして岸に打ち上げられたクジラのようにプールから押し出されていた。
カイバーランド・シー アトラクションその③:流れるプール「ブルーアイズ・リバー」
「あー、飲まれた飲まれた」
鈴が自嘲気味に笑う。波に飲まれた五人は浮き輪ごと押し流されてしまい、その様があまりにも派手だったため周囲の人からはクスクスと笑われる始末だった。
ちなみに今回は皐月をはじめ誰かの水着が脱げてしまう、というアクシデントは起きなかった。それでも皐月の水着が取れてしまった時以上に注目を浴びてしまったのは言うまでもない。
「飲まれた飲まれたー、って笑ってる場合じゃないでしょ。というか遊希が悪いんだからね! あんたがあんなひどいこと言わなかったら……」
「私? まあ、今思うと言いすぎたわね。謝るわ、ごめん」
「や、やけに素直じゃない。あんたが悪いと思うんだったら許してあげなくもないんだからね!」
「プランクトンとか単細胞生物はさすがに人に言っていいことじゃなかったわね……そうね、ミジンコに訂正するわ」
「あんたやっぱりぶっ飛ばす!!」
顔を真っ赤にして掴みかかろうとする千春であったが、やはり体格差からなるリーチの差は埋めがたく、遊希の左手で頭をしっかりと抑えられてしまった。遊希に近づけない千春は両腕をグルグルと回しているだけ、という関西のお笑い芸人がよくやる団体芸のようになってしまっていた。
「あ、あの……さすがにやめないと本当に悪目立ちしちゃいますから……」
「そういや例の2代目社長も口が悪かったらしいわね。その社長のライバルがあの伝説のデュエルキングで、そのデュエルキングの友達のことをさんざん酷いあだ名で罵っていたそうよ」
「さっきから聞いているとよくそれで社長が務まったな。ジェームズにはそういうことをしないように言っておこう」
そのデュエルキングの友人は最初はデュエルの知識もなく、町内大会でベスト16くらいに入るのがやっとというレベルのデュエリストであった。最もギャンブルカードを使わせれば右に出る者はいないと言われた強運の持ち主であり、そんな彼も後世では名デュエリストの一人としてその名が残っている。
しかし、これもまた有名税なのか、海馬コーポレーションの2代目社長がそのデュエリストに付けた「馬の骨」「凡骨」「実験ネズミ」というあだ名もまた一緒になって後世に残ってしまっていたのだ。
最も《馬の骨の対価》や《凡骨の意地》といった通常モンスターメインのデッキには欠かせないそのカードのモチーフ元になったという話もあるため、言葉とは違ってそのデュエリストのことを2代目社長は決して低くは評価していないのかもしれない。
「遊希まさかその2代目社長の生まれ変わりなんじゃないの?」
「んなわけないでしょうが……だったら私も青眼使ってるわよ。それを言うなら竜司さんじゃないの? 使用者的な意味で」
「パッ、パパはそんな口悪くない!」
「そんなん私だって知ってるわよ……真面目に受け取るんじゃないのあんたは」
そうこうしてやってきたのは屋外で最も大きなスペースを誇る流れるプール「ブルーアイズ・リバー」だった。
「……ここは普通の流れるプールよね。どこがブルーアイズなのかしら?」
「これを見て。案内板に航空写真があるわ」
ブルーアイズ・リバーの案内板には流れるプールを利用する際の注意事項諸々とそのブルーアイズ・リバーを上から撮影した航空写真が掲載されていた。その航空写真を見てみると流れるプールのコースが青眼の白龍のカードイラストを象ったものとなっており、ドラゴンのイラストの縁取りに合わせてプールが作られているのである。
「ここまで来るとこの拘りも病気ね……」
「だからそれは言っちゃ駄目だって」
そうは言うが、病気扱いしたくなるほどの拘りによって生まれたテーマパークで今遊希たちは楽しんでいる。いつの時代も、どんなジャンルにおいても病的なほど貫いた者に成功がもたらされるのかもしれない。
流れるプールはこれまで行ったアトラクションの中でもっとも混雑していた。浮き輪に掴まって浮いているだけで流れていく平和な世界なので当然なのかもしれないが。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
五人はさっきと同じ組み合わせで浮き輪に掴まりながら何も考えずぷかぷかと浮いて流れていた。
「平和ねー」
「そうですね……」
周囲を騒がしい子どもが水をかけながら泳いで行ったり、1つの浮き輪の穴に二人で抱き合いながら浮いているカップルが流れていくのも気に留めず、遊希たちは太陽と青空を見上げながら流れていく。
「あのさ」
「うん」
「私たち……この流れるプールのようにさ、これからもずっと何ごともなく友達でいたいわね」
「そうね。みんなずっと仲良くね」
「まるで学園ドラマみたいな台詞ですね……でも、私もそうありたいです」
「デュエルではライバル。しかし、人としては親友であり仲間。いい関係だと思うぞ」
「でもさ……この流れるプールのように何ごともないってのもそれはそれでつまらなくない?」
千春のその一言を受けて遊希たちは流れるプールから出る。もちろん無病息災であることは大事なのだが、さすがに何もない人生というのは面白みに欠けるというものだ。
―――おもしろき こともなき世を おもしろく。
とある偉人の辞世の句であり本来の意味とは違うのだが、生きている以上人間とは娯楽と刺激を求めるなんとも贅沢な生き物である。