遊希が関係者に言って取ってもらった鈴たちの席はスタート地点から最も近いセクションの最前席だった。そのためオペラグラスなどを使わずとも肉眼で遊希のデュエルを観戦することが可能であり、もし仮にこの席を何の伝手もなく購入するとなれば数万円の出費が必要と思われる特等席であった。
そんな彼女たちの周りには如何にも大企業の幹部といった出で立ちの中年男性や報道関係者と思われるカメラを構えた若い女性が腰掛ける。最も鈴たちの席は特別席とあって、周囲の座席三席分誰も座ることができないようにはなっているのだが。
「開始間近とはいえ、凄い熱気ですね……」
「まああの蜂矢 真九郎がデュエルするんだもん。昔のファンは駆けつけるでしょ」
一般客が入る席を見ると自分たちと同年代の少女から母親世代の女性まで幅広い層の女性客が詰めかけていた。真九郎はレーサーとして人気もそうだが、元々はアイドルからここまでのし上がった人間である。その時からの根強い女性ファンは今もなお彼の出場するレースやイベントに駆けつけているのだ。
「遊希からしてみればアウェーだな」
「まあどっちのホームっていうわけじゃないからね、ホームもアウェーもないでしょ……あっ、そろそろ時間ね」
時計はデュエル開始の時刻である午後6時を指す。その瞬間、サーキットおよびスタジアムの照明が落とされて周囲を闇が包み込む。スタジアムの中心部にあるオーロラビジョンに先ほどプールで鈴たちが見たライディングデュエルの宣伝映像が流れ、観客席からは大歓声が沸いた。
その歓声に押されるような形でサーキットの中心に現れたのはラジオやテレビのスポーツ中継で人気の実況アナウンサーだった。その端正なルックスと恵まれた美声で俳優および声優としても活躍する彼がマイクを持ち、スタジアム中の観客を煽り始める。
「今、この瞬間! デュエルは新たな時代を迎える!! 今日ここに集った君たちはその歴史の目撃者となる!! そして……この歴史を紡ぐ2人の選ばれし決闘者をご覧に入れよう! 諸君、盛大な拍手と歓声で迎えるのだ!!」
まず最初に映し出されたのは10代の時にアイドルとしてデビューした真九郎の若き日の映像。アイドルグループの一員としてCDセールスの売り上げ年間トップを達成し、数多の賞を獲得したかつての少年は長い時を経て一人のデュエリストとして戦場に立つ。
蜂矢 真九郎の名がコールされると同時に真九郎は遊希とはまた別のピットから彼専用のDホイールを駆って飛び出した。真九郎のDホイールはその名前が表わす通り、敵を狙うスズメバチの如く鋭利なフォルムのDホイールであり、先端はまるで毒針を彷彿とさせるようなものとなっていた。歓声に応えながら真九郎はDホイールをスタート地点に停めると、手招きする実況アナウンサーの横に立つ。黄色い声援および女性の声での「真九郎!」コールが鳴り響く中、次にオーロラビジョンに映し出されたのはあどけない一人の少女だった。
「あれ……遊希?」
「流れ的にはそうでしょうね……プロデュエリストだったころですからまだ小学校中学年から高学年の頃の遊希さんでしょうか?」
映し出された映像には一人の美少女がデュエルで自分よりひと周りふた周り年上のプロデュエリストを次から次へとなぎ倒していく光景だった。
姿かたちこそ幼く、愛らしさを振りまくものの、デュエルの様子を見る限りやはり遊希のデュエルスタイルは変わっていない。世界で遊希のみが持つ【ギャラクシー】のカードたちで相手を圧倒しては鮮やかに勝利する。映像の中の少女はまさに銀河の竜を駆る少女、と言わんばかりにキラキラと輝いていた。
「突然の引退からはや5年……あの伝説の少女が帰ってきた! 天宮 遊希!!」
白い竜を模したDホイール・ドラグーンを駆って遊希が姿を現わした。真九郎の時と比べてやはり歓声よりもどよめきの方が大きいがそんなことを今更気に留める様子もなく遊希はドラグーンをスタート地点に停めると、真九郎と同じように実況アナウンサーの脇に立った。遊希と真九郎、二人のデュエルの歴史の1ページに新たな1文字を加える2人が勢揃いした瞬間である。
「改めて紹介しよう! 今日この場に新たな歴史を築く二人のデュエリストを!」
実況アナウンサーは最初に真九郎へとマイクを向ける。元芸能関係者ということもあって真九郎はアナウンサーの質問にひとつひとつ滞りなく答えていく。ファンに対する礼や感謝、サービスを欠かさず行い、一方でデュエルの相手である遊希に対しても「デュエルではあちらに一日の長があるが、ドライビングテクニックでは負けない」と敬意と自信を覗かせる。
いくら勝負事と言っても、プロの試合は対戦相手に対してのリスペクトも求められるのだ。互いに互いに敬意を払った上で全力でぶつかり合うからこそ名勝負がそこに生まれる。
「さて、次はこちらに話を聞こう! 我々の前から姿を消して早5年、若き天才美少女が帰ってきた! 天宮 遊希!!」
アナウンサーが遊希の名を呼んだ瞬間、会場からは真九郎には及ばないものの拍手と歓声が沸き上がった。入場してきた時はどよめきが起きていた会場内であるが、それは本当に白いDホイールを駆って出てきたのが遊希がどうかわからないというものがあった。
しかし、真九郎と並んで立った彼女はヘルメットを取って顔を晒すや否や観客たちの疑念は確信へと変わった。当時の10代20代のデュエリストたちがこの人のようになりたい、と憧れた天宮 遊希その人がその場にいるのである。成長してあの頃とはだいぶ雰囲気が変わったものの、その美しさにはより磨きがかかっていると言えた。
「さて、天宮 遊希さん。これがあなたにとって公の場で行う久方ぶりのデュエルとなるわけだが」
「……」
アナウンサーが遊希に問いかけるも、遊希は何も答えなかった。遊希はそれだけこのデュエルに集中しており、彼の声が耳に入っていなかったのである。しかし、このまま遊希に一言も喋らさずに終わらせてしまってはアナウンサーの恥である。そんな彼は何度か遊希の耳元でマイクがその音を拾わないようにそっと耳打ちをした。
「天宮さん、天宮さん」
「……っ!? は、はい!」
「このデュエルにおけるあなたの意気込みを聞かせてもらいたいのですが」
「あっ……ええと……その……がんばります」
傍から見ればショーのようなものである今回のデュエルであるが、遊希にとってはこれほど大きなデュエルはないと言ってもいいだろう。一度自分から捨ててしまったプロデュエリストの地位を取り戻すチャンスであるといえるこのデュエルにおいて遊希は結果云々よりも無様なデュエルだけはしたくない。
その気持ちが彼女を悪い意味で緊張させてしまっており、昔からマスコミ対応がそれほど上手くなく、竜司やミハエルといった年長のデュエリストにフォローしてもらっていた遊希はコメントを求められても意気揚々と返すどころか尻すぼみといったコメントになってしまった。
「あちゃー……」
「ああ見えて遊希さんって気の小さいところがありますからね……私が言えたことではないんですけど」
「あれ、でも待って」
ため息をつく鈴たちであるが、そんな遊希に対して会場に詰めかけた観客からは歓声と拍手が送られていた。見た目クールな美少女である遊希から少し弱々しい姿を見れたことが逆にギャップとなって会場の心をつかんだのである。
「うう……」
「天宮さん、会場のみんなが応援してくれているよ。だから顔を上げようか」
真九郎の助言を受けて遊希はしっかりと顔を上げる。声援を貰ったことがきっかけでどうやら振り切れたようだった。アナウンサーにマイクを向けてもらうと、自分の意思で自分の言葉で今思っていることを率直に伝えることにした。
「あの……こんな多くの人の前でデュエルするのは久しぶりで凄く緊張しています。でも、結果はどうであれ皆さんを喜ばせられるようなデュエルをします」
そう言って深々と一礼する遊希。そんな彼女には会場から万雷の拍手と声援が送られるのであった。
*
試合前のインタビューが終わると、会場中にライディングデュエルの基本ルールが説明される。基本のデュエルであるスタンディングデュエルとは色々と異なる部分があるため、見る側もそれを理解しなければならないのだ。
・初期ライフは8000
・先攻ドロー不可
・先攻攻撃不可
この辺りはスタンディングデュエルとは変わらない。以下の要素がライディングデュエルでは追加される。
・専用フィールド魔法であるスピード・ワールドは常時発動され、他のカードによって除去されたりフィールドを離れることはない。
・他の汎用フィールド魔法との重ね掛けは可能
・互いのスタンバイフェイズごとに双方のスピード・ワールドにスピードカウンターが1個乗せられる。
・スピードカウンターは相手によって取り除かれず、自身の効果発動によってのみ取り除かれる。
・スピードカウンターを取り除いて発動する効果のうち、ドローとカード効果発動無効の効果は相手ターンでも発動できる。
・スタート直後、コース最初のカーブを先に曲がったほうが先攻となる。同時に曲がった場合はインコースを走っていた方が先攻となる。
ちなみにスピード・ワールドが発動している最中はDホイールはデュエルモードとなり、殆どの操縦は自動操縦となる。デュエリストに求められるのはせいぜいアクセルとブレーキの操作程度まで減らされるのだ。
それでもスピード調整を誤ればクラッシュの恐れもあるため、決して操縦もおろそかにしてはいけない。最もDホイールには安全装置がデフォルトで付けられているため、よほど意図的な操縦をしなければ大事故の可能は限りなく低いと言っていいのだが。
―――遊希。
あと数分でスタート、という時に光子竜が遊希に話しかける。事前に遊希から「着替えを覗かれたくないから出てこないで」と言われていたこともあったが、遊希が鈴たちと楽しんでいる時に出ていって混ざるような野暮な真似はしたくない、と思っていた光子竜は今日一日の遊希に関わらないようにしていた。
(どうしたの?)
―――リラックスして行けよ。緊張しすぎてもいい結果にはつながらないぞ。
(わかってるわよ、そんなこと。でも……ありがと)
「天宮さん」
光子竜と話しながらドラグーンの最終調整を行っていた遊希の元に同じくDホイールの調整を終えた真九郎が声をかけてきた。若いころからアイドルとして大舞台を数多く経験してきた真九郎であるが、ライブのステージならともかく大舞台でのデュエルの経験は遊希以上に不慣れな彼もかなり緊張していたのである。
「俺はデュエルのことに関しては君には劣るかもしれない。だけど、Dホイールの操縦に関しては俺の方が一日の長がある」
「……はい」
「俺はデュエル、君は操縦。ライディングデュエルをするにあたって互いに完璧ではない、不完全な存在だ。しかし、不完全だからこそ見せられるものもある」
「不完全なりに今できる最高のデュエルをしよう、ということですね」
「分かりづらい例えだったかな? でも理解してくれて助かったよ。いいデュエルをしよう」
「……はい!」
握手を交わす遊希と真九郎。互いにこのデュエルがデュエルの歴史を変えるものになると理解していた。それ故に互いに不安で仕方なかったのだ。これから刃を交える二人であるが、そんな二人の根底に流れるものは一緒なのである。
*
「デュエリスト諸君! 時は来た、今この瞬間からデュエルの歴史を変えるであろう1戦が行われる!! 我々はその歴史の目撃者となる!! さあ、両デュエリストよ、スピード・ワールドを発動してくれ!」
アナウンサーの指示により、遊希と真九郎はスピード・ワールドをDホイールにセッティングする。するとDホイールの画面には自分と相手のフィールド、そしてスピードカウンターの数を表示する箇所が表示された。
「スピード・ワールドはライディングデュエルを行う者のみが立ち入れる聖域だ。そこでは我々は傍観者に過ぎない。ならば傍観者として我々ができることはなんだ? それは……彼らに全力の声援を送ることだ!!」
アナウンサーの言葉に会場のボルテージは最高潮に達する。その声援に応えるが如く、二人の乗るDホイールは轟音を発し今か今かとスタートの時を待っていた。
「決闘の火蓋が切って落とされた時、我々は叫ばなければならない。ライディングデュエルの始まりを告げる言葉を! さあ、俺と共に叫べ! “ライディングデュエル・アクセラレーション”!!」
スタジアムの観客誰もが「アクセラレーション!!」という言葉を合唱する。その瞬間、スタート地点に立っている係員がスタートのフラッグを勢いよく下した!
「「ライディングデュエル、アクセラレーション!!」」