銀河の竜を駆る少女   作:Garbage

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ノンストップ・ガール

 

 

 

 

「もう帰りたい……助けて、鈴、千春、皐月、エヴァ……」

―――おいおい、本日の主役がそんなことでいいのか?

 

 その頃、パーティーに参加していた遊希は会場の隅っこで壁によりかかりながら窓から外を見ていた。窓の外にはカイバーランド・シー名物の夜のパレードが行われており、会場中を電飾で煌びやかに彩られた青眼の白龍が闊歩している。本当なら鈴たちとあのパレードを間近で見ていたはずなのに。

 

(うっさい、あんたは黙っててよ)

―――こっちは心配しているというのにひどい言いざまだ。

「どうやら、お疲れのようだね」

 

 小さくため息をついた彼女に話しかけてきたのは真九郎である。遊希同様今回のライディングデュエルを盛り上げた彼もまた高価なタキシードを着てパーティーに参加していた。

 

「どうも……やはりこの手の場所は苦手です」

「俺もだよ。アイドル時代からこの手の付き合いは多いけど未だに慣れない」

「でもタキシード似合ってますよ?」

「一応アイドルだったからね。芸能関係の世界にいた者として、これくらいは着こなせないと。それにそちらこそ、まるでシンデレラのようだ」

―――シンデレラ……か。性格的には意地悪な義理の姉に近いと思うが。

 

 後で光子竜のカードの上には重い荷物でも置いてやろう、と思った遊希は真九郎の褒め言葉に愛想笑いで返す。このパーティーの間、そう言った褒め言葉は嫌というほど聞いてきた。そしてそのほとんどに心が籠っていないということも彼女は知っていた。最もついさっきまで激しいデュエルを繰り広げた真九郎はこっちをリスペクトした上での発言であることはわかっていたが。

 

「お上手なこと、褒めても何も出ませんよ」

「ははは……ところで“プロデュエリスト復帰の件”については本当にあれで良かったのかい?」

 

 真九郎の言う「プロデュエリスト復帰の件」というのは今から数時間前に遡る。遊希はライディングデュエルが終わった後、勝利者インタビューを受けていたのだが、その折にアナウンサーから「プロ復帰について」という質問を受けていた。

 最初の予定ではこのデュエルの出来次第でプロ復帰云々という話だったのだが、遊希はその問いかけに対して現時点においてはプロ復帰は考えていない、とすぐにプロデュエリストとして復帰する考えはないと口にしたのである。

 何故遊希がそういう決断を下したのか、ということについてはマスコミの間では様々な噂が飛び交っていたが、遊希がその決断を下した理由は至ってシンプルなものであった。

 

「良かったもなにも、あのデュエルの出来に納得は行っていませんから。そんな状態でプロなんて笑わせます。もっとレベルアップをしないと、やっていけませんから」

 

 単純なことだ。不慣れなライディングデュエルとはいえ、デュエルにおいては初心者と言ってもいい真九郎に追い詰められてしまった。その程度の実力ではプロの世界に戻ったところで恥をかくだけ。彼女はそれを理解していたのだ。

 

「……そういうものなのかい?」

「そうですよ。第一これからこの激しいライディングデュエルを専門にする蜂矢さんも注意してくださいね?」

「これは手厳しい」

「言っておきますが、これは忠告ではなくエールですからね。後でもしマスコミに何を話していたのかとか聞かれたら応援してもらった、とかアドバイスをもらったとか言っておいてください。何処から火を付けられるかたまったもんじゃないですから」

「ではそう答えておくよ」

 

 そう言って苦笑いをする二人を余所にパーティー会場の中心部ではなにやら優雅な音楽が流れ始める。見るとパーティーの参加者たちがその音楽に合わせて踊り始めていた。 

 

「どうやら社交ダンスの時間になったようだね。昔社交ダンスを舞台にした映画がやっていたけど、本当にあんな感じで踊るんだね」

「ダンスは……苦手です」

―――そもそも踊るような相手がいないしな。

(いても今時の少年少女は社交ダンスなんて日常では踊らないから)

「俺で良ければお相手するけど? 曲がりなりにも元アイドル。ダンスに関してはお茶の子さいさいだよ」

「遠慮しときます。色々と喋ってもうくたくたなので……」

 

 真九郎のエスコートを丁重に断ると、遊希は周囲をきょろきょろと見回しては飲み物が大量に置かれているテーブルを見つけてそちらの方へと駆けていく。多くの人間と話をしたため喉がカラカラだった彼女は優雅なダンスよりもどこにでもある飲み物の方に価値を感じていたのだ。

 

(面白い子だな)

 

 真九郎はそんな遊希を不思議そうな眼で見つめていた。ドラグーンを駆る遊希は対戦相手の視線から見れば、まさに竜の如く猛々しいデュエリストだったのだが、デュエルディスクを外してDホイールから降りた彼女はまだに歳相応、いや年齢よりも幼く見えた。周囲の人間を魅了する美しさを持ちながら、その中身は純粋無垢な少女。そんな彼女の醸し出すギャップに真九郎はすっかり魅入られていたのかもしれない。

 

(そして何より、彼女がプロの世界で多くの人に愛された理由がよくわかる)

 

 視線の先の遊希はテーブルに置かれていたグラスを飲み干した。グラスの水を飲みほした遊希はふぅっ、と小さく息を吐く。そして次の瞬間、天を見上げたかと思えばまるで電池の切れた玩具のようにその場にぱたりと倒れてしまった。

 

「!? 天宮さん!?」

―――遊希!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、鈴たちの部屋に備え付けられている電話が鳴った。この電話は主にこちらがルームサービスを頼むときなどに使われるものであり、電話が掛かってくるのは精々オプションのモーニングコールの時くらいのはずだった。そんな場所に電話が掛けられるということは、何か不測の事態でも起きたのだろうか。

 

「はい、もしもし。そうですが……えっ、そんな……!!」

 

 訝しみながらも電話を取った皐月。フロントからの電話のようだったが、話を進めていくうちに皐月の顔色がみるみるうちに悪くなっていった。

 

「ちょっと、どうしたの皐月!?」

「遊希さんが……遊希さんが……パーティー会場で倒れられたって……」

「はぁ? なんで、遊希に何があったの!?」

「それが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな~、ただいまぁ~……天宮 遊希、かえってまいりました~! うぇっへへへぇ~」

 

 顔を真っ赤にした遊希がケラケラ笑いながら戻ってきたのはその電話から10分ほど経ってからだった。戻ってきた彼女の姿を見て鈴たちは一様にため息をつく。

 

「全く、突然倒れたって聞いて何かと思いきや」

「ぶどうジュースと赤ワイン間違えて飲んでぶっ倒れるってアホじゃないのあんた!? 皐月もそのくらいのことで騒ぎ過ぎ!」

「す、すいません……」

 

 パーティーに参加した遊希は真九郎と共に登壇してパーティー開始のスピーチおよび乾杯を行うなど、中々の重責を果たしたようだった。そんな慣れないパーティーで緊張した彼女は喉を潤そうとしてテーブルに置いてあった飲み物を飲もうとしたのだが、ぶどうジュースを飲んだつもりが誤って赤ワインを飲んでしまったという。

 日本の法律では未成年の遊希が酒類を飲むことは法律違反である。そのためアルコールの類を飲んだことがなく、またどうやら下戸であったらしい彼女は一気にアルコールを摂取してしまったことで卒倒してしまい、真九郎らに介抱されてパーティーを中座してきたのである。

 

「えへへぇ~、みんなー、あいたかったよぉ~」

 

 両手をぶらんぶらんと振って笑う遊希を見て鈴たち四人は顔を寄せ合う。目の前にいる酔っ払った少女は本当に遊希なのだろうか、ドッキリか何かじゃないだろうか、との疑念が絶えなかった。

 

「ねえ、あれ本当に遊希?」

「姿かたちはそうよね」

「誰かが化けているなんてこともないでしょうし……」

「そもそも化けてここに来る意味もないだろう」

「こころぴょんぴょん、からだもぴょんぴょーん」

 

 そんなことを話しているうちに遊希はキングサイズのベッドをトランポリン代わりにしてはぴょんぴょん跳ねて子供のように喜んでいた。その色々とシュールなその光景を見ていても飽きはしないが、いつまでもあのままにしておくわけにはいかない。そう思った四人を代表して皐月は冷蔵庫に入っていた備え付けのミネラルウォーターが入ったペットボトルを持ってきた。  

 

「遊希さん、何はともあれお疲れ様でした。あの、お水あるのでどうぞ……」

 

 電話を取って大騒ぎした皐月は迷惑をかけたその罪滅ぼしとばかりに遊希にミネラルウォーターを手渡した。ペットボトルの口を開けると、遊希はまるでのん兵衛がやるようなラッパ飲みで水を体内にかき込んでいく。あまりに勢いよく飲み過ぎたために口から水がぽたぽたと溢れ出るくらいだった。皐月から渡されたミネラルウォーターを飲んだ彼女は、それで体内のアルコール分を流そうとするものの、それでもまだほろ酔いといった様子だった。

 

「ぷはぁー……」

「まあなんていうか……今日は色々大変だったわね」

「でもすっごくカッコよかったわ! なんてったって初めてのライディングデュエルで勝ったんだから!!」

「改めて遊希さんの凄さを感じました。ですが……本当に良かったのですか? プロのことは」

 

 遊希がプロ復帰の誘いを受けていたことに断りを入れたことは鈴たちも気になっていた。デュエルの前はあんなに意気を上げていたにも関わらず、ここでプロ復帰を断る理由がどうにもわからなかったのである。

 

「んーとねー……まだ、すこしはやいかなっておもったんだー」

「早いとはどういうことだ?」

「うん。だってデュエルのないようじたいはよくなかったし、あんなんじゃぷろのせかいじゃやってけないとおもった。それに……ぷろになったら……みんなとあえなくなっちゃうんだもん」

 

 プロデュエリストになる、ということはデュエルをするために世界中を飛び回らなければならないということ。故にアカデミアの教員を引き受けた竜司とミハエルはプロを引退し、留学生として日本にやってきたエヴァはプロデュエリストとしての活動を一時的にではあるが休止している。

 これまで孤独な人生を過ごしてきた遊希。彼女はそんな自分の過去と決別するためにこのデュエルに臨んだのだが、このデュエルを通した上で改めて彼女の中には鈴をはじめとした多くの人間の存在が色濃く根付いていた。遊希は鈴たちと別れることに必死に耐えようと思っていたのだが、彼女の心はそれを抑え込むことができなかった。

 

「せっかくともだちになれたのに……またひとりにもどるのはいや! みんなとずっと、ずっといっしょにいたい! りん、ちはる、さつき、エヴァ……わたし……わたし……」

 

 アルコールによって呂律の回らない様子で泣きじゃくる遊希。涙で化粧がぐちゃぐちゃになるのも厭わず涙を流しながら自分の秘めた感情を吐き出し続ける遊希を鈴たちはぎゅっと抱きしめた。

 

「そっか……まあ遊希が決めたことだもんね」

「私たちは遊希がどんな道に進んでもずっと応援し続けるわ! だって親友だもの!」

「私たちの絆は例え卒業してからも永遠です。仮に離れ離れになっても何処までも繋がっていますから」

「今すぐに戻らなければいいということではない。プロの世界でのデュエルなど数年待てばできることだからな」

「みんな……ありがとう!」

 

 涙を拭った遊希はまるで純粋な子供のような笑顔を浮かべた。その笑顔の愛らしさに鈴たちはハートをピストルで撃ち抜かれたように感じた。

 

(か、可愛い!)

(もし私が男の子だったら絶対落ちてた)

(遊希さんももっと笑えばいいと思うのですが……)

(わ、私もああいう風にすればジェームズを喜ばせることができるのだろうか)

―――んー、ジェームズのことだからエヴァは今のままでいいと思うよ?

 

 三者三様ならぬ四者四様の考えがそれぞれの頭に渦巻く中、涙を拭った遊希の顔は化粧が崩れて変な色になってしまっていた。さすがにそのままでいさせるのは忍びない。

 

「あ、あの! まずはシャワーを浴びて化粧を落としませんか? 汚れが残ってしまいますよ?」

「ありがとうさつき! あのね、さつき……」

「な、なんですか?」

「わたしね、やさしいさつきがだーいすきっ!」

 

 その言葉に皐月はどこかくすぐったくなる。だが、そんな遊希の様子がおかしいことにすぐに気付いた。遊希の手が自然と皐月を囲むようにじわじわと伸びてきていたのだから。

 

「え、ええ……?」

「さつきはやさしくて、おだやかで、おんなのこっぽくて……それとむねがおおきてマシュマロみたいにやわらかいのがすき! おなかもプニプニしてて、だきまくらにしたい!」

「あの、えっと……それは褒められてもそんなに嬉しくないのですが」

「だからね、わたし。もっとさつきとなかよくなりたいんだ……」

「あ、あの……遊希さん……?」

 

 じわじわと及び腰の皐月に迫る遊希。後ずさりしながら逃げようと思っていた皐月だったが、やがてダブルベッドのところまで追い詰められてしまった。遊希は「どーん!」と言いながら皐月をベッドに押し倒すと、自身も皐月に覆いかぶさるように倒れかかったのだ。

 

「ちょっ……遊希さん!? な、なにしてるんですか……!!」

「えへへー……さつきだいすきー!」

 

 遊希の手が皐月の服に伸びる。部屋着ならぬ寝間着になっていたのが災いし、裾や袖の隙間からまるで蛇のようにうねりながら遊希の手が侵入してくる。

 

「あっ、そんなところ触らないで……り、鈴さん! 千春さん! エヴァさん! 助けて下さい!!」

 

 止めようにも止められない。何せ酔っていても遊希である。運動神経や反射神経は皐月より遥かに上だ。一人ではどうしようもない、と助けを懇願する皐月であったが、頼みの綱となり得る鈴・千春・エヴァの三人は無言で顔を見合わせると皐月に向けて深々と合掌するのであった。

 

「そ、そんな……きゃっ! や、やめ……」

 

 皐月のか細い悲鳴がスイートルームに響き渡った。数分後、色々と好き放題暴れまわった遊希がベッドからぴょこんと降りる。その脇ではシーツだけを纏った皐月があられもない恰好でしくしくと泣いていた。

 

「うう……汚されてしまいました。もうお嫁に行けません……」

「だいじょうぶだよ。そのときはわたしがせきにんとるからー……えーと、ちーはーるちゃーん」

 

 名前を呼ばれた千春はびくっ、とその身体を震わす。酔った遊希が皐月にしたことを自分もされるのか、と思えば当然のリアクションである。

 

「ちはるはねー、おりょうりがうまくておそうじとおせんたくがとくいでー、わたしすっごいとおもうのー」

「そ、それはどうも」

「だからね、ちはるももっとわたしとなかよくしよー?」

 

 フラフラとよろけながら千春に迫っていく遊希であったが、千春はその手を払い除けた。普段の遊希ならいざ知らず、アルコールで酩酊した遊希は千春からしてみても普段の遊希にない不気味さがあったのだ。

 

「ち、近寄らないでよ! 酔ったあんたなんかキモいんだけど!!」

「……キモい……そんなこと、そんなこといわないでよぉ……」

 

 しかし、酔っているとはいえ遊希は遊希である。信頼していた千春に酷い言葉を投げかけられたことで泣き出してしまった。泣いたり笑ったり色々と忙しいやつだ、などと思いながらも何も傷つけるつもりはなかったと弁明する千春。

 だが、その涙はさっきのような純粋なものではなかった。泣いている遊希に罪悪感を抱いた千春が手を差し伸べたところ、遊希はその手を思い切り握ると、千春の身体を持ちあげてお姫様抱っこの形にした。

 

「なーんちゃって」

「っ……だ、騙したわね!!」

「だまされるほうがわるいんだよー」

「ちょっ……離し……り、鈴!エヴァ! 助けてー!!」

 

 部屋の隅っこで鈴とエヴァは無表情で首を壊れたおもちゃのように横に振るだけだった。

 

「あ、あんた覚えてなさいよー!! ちょっ……遊希、お願いだから本当にやめ―――!!」

 

 第二の人柱が蹂躙された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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