銀河の竜を駆る少女   作:Garbage

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終わらない夏

 

 

 

 

 遊希に玩具にされ、目をグルグル回して気を失った千春をソファに寝かせた遊希は鈴とエヴァに狙いを定めた。鈴とエヴァは未だしくしくと泣いている皐月の横で子犬のように震えていた。

 

「りーんっ、エーヴァっ♪」

「……遊希、本当にやめて。いくら酔ってると言ってもさすがに限度が……」

「遊希。私にはジェームズという婚約者が……」

「かんけいないよー、わたしといっしょにあそぼうねー」

 

 関係なかった!と思わず叫びたくなるエヴァに名案が浮かぶ。遊希が聞く耳を持たないのであれば、遊希の中にいるもう一人ならぬもう一体に呼びかければいいのではないか、と。

 

「そうだ、スカーライト! 遊希の中にいる光子竜に呼びかけて遊希を止めるように言ってくれないか?」

―――えー、てかあたしを巻き込まないでよー……

 

 先程から繰り返される人間たちの乱痴気騒ぎにやや呆れていたスカーライトではあるが、このままではエヴァまでも遊希の魔の手にかかってしまうとなれば見過ごすわけにもいかない。ただ、あの遊希がここまで乱れるということは少なからず彼女と共にある光子竜にも何かしらの異変が起こっているはず。

 

―――もしもーし、光子竜ー

―――zzz……やめろ、遊希……私のカードに小麦粉を付けて鍋に入れるな……

―――あー、やっぱり。

 

 遊希が酒に酔っているということは、光子竜もまた同じようになっているということだ。日本神話においてスサノオノミコトはヤマタノオロチの八つの首に八塩折の酒を飲ませることで泥酔させ、酔いつぶれている間に首を切り落として退治した。竜の姿で描かれることの多いヤマタノオロチが酒によってその命を落としたように、竜の精霊である光子竜も同様に酒には弱かったのだ。最もそれは宿っている遊希の下戸が影響しているのだろうが。

 

―――エヴァ、ごめん! 光子竜も酔いつぶれてたわ。

「なっ!? それでは我々はどうなるんだ!」

―――そだねー……えーと、頑張って逃げて!

「逃げろってどこへ逃げればいいんだあああ!!」

「お願い、遊希……本当にやめて!」

 

 真剣な表情で訴えたエヴァの顔を見て、遊希の足が止まった。

 

「……鈴、エヴァ。私ね、本当にあなたたちに感謝してるの」

 

 遊希の声のトーンが変わったことに気付いた鈴とエヴァが遊希の方へと顔を向けると、遊希の雰囲気がいつものクールで凛々しい遊希に戻っていた。言葉遣いも元に戻っており、自分たちのよく知っている遊希であった。

 

「遊希、酔いが醒めたのね!」

―――えっ、マジで? あんな酔ってたのに?

「マジかどうかわからんが、そう信じる他ないだろう」

「……あのね、鈴、エヴァ。お酒の力を借りて普段言えない感謝の言葉を言わせてもらったわ。こんなことしちゃったけど、私はみんなが大好き。みんなのおかげで私は立ち直ることができた」

「遊希……」

「二人ともそんなに怯えないで。ああ……怖い思いをさせちゃったかしら。お詫びをしたいからこっちに来てもらえる?」

「そんな、お詫びなんて別に私は求めてないわよ」

「おい、鈴……迂闊に近づくと……」

 

 エヴァが止めるのも聞かず、立ち上がった鈴は遊希に「こっちこっち」と手招きされ、促されるままに遊希の前に立つ。遊希は何をするのだろうか、とばかりにきょとんとしている鈴の耳元でそっとつぶやいた。

 

「―――これは、そのおれいっ!」

「―――っ!!」

 

 何かを言いかけた鈴の唇を遊希の唇が塞いだ。突然の遊希の行動に動揺した鈴はなんとか離れようとするが、背中と腰に手を回した遊希によって動くに動けない状態になっていた。その衝撃の光景には泣いていた皐月も、先ほどまで目を回して倒れていた千春も唖然とするばかりであった。

 

―――うわー! エヴァ、なんかすごいことになってるよ!

「言わないでくれ……みなまでわかるから」

「や、やってしまいました……さすが遊希さん。私たちにできないことを平然とやってのけます。そこにシビれます、あこがれます!」

「あんたは何解説してるのよ……ねえ、あれディープよね?」

 

 息苦しくなった鈴が無理やり遊希の口を離す。二人の唇と唇の間には絡み合ったことにより、唾液で糸が引いていた。深々と接吻を交わした遊希の眼は怪しく輝いており、そして一方的にされるがままとなった鈴の眼からは光が消えていた。黒と金、相反する髪の色の美少女が乱れる様は妙に扇情的であり、見守るエヴァたち三人が思わず息を飲み込むほどのものとなっていた。これもある意味一種の芸術なのではないか―――とでも思わなければやってはいけない。

 

「えへへ……りんだーいすき。けっこんしよー……」

「ファーストキスが……ファーストキスが……舌まで入ってきた……」

 

 ファーストキスを想わぬ形で奪われ、すすり泣く鈴。一方で満足したのか、そのまま遊希はベッドに倒れ込んでは小さな寝息を立て始めた。嵐が去った後の部屋では遊希以外の四人がしばらく呆然としているだけだった。

 

「みんなだいすきー……ずっとともだちだよー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううーん……あれ、私は……」

 

 翌朝目覚めた遊希は既に起きていた鈴たち四人の眼の下に酷い隈ができているのに気付いた。その原因が自分であることなど露知らず。

 

「おはよう遊希。昨夜は好き放題してくれたわね」

「は?……話が見えないんだけど」

「皐月ー」

「はい♪」

 

 そう言って皐月は鞄から自分のスマートフォンを取り出した。遊希に色々とされてしまった皐月であるが、そこで折れる彼女ではなく、千春を襲った一部始終から眠りにつくまで遊希の醜態をしっかりと動画に収めていたのである。

 最初は興味津々にスマートフォンの動画を見る遊希であったが、みるみるうちに彼女の顔から血の気が引いていくのがわかった。遊希は眼をごしごしと擦ると、動画について色々と聞き始める。

 

「これ、私?」

―――遊希……お前……

 

 映像に映った自分の醜態が信じられない遊希は目を白黒とさせる。いくら酒の力とは言え、やっていいことをいけないことがあり、昨夜の自分は明らかに後者だった。酔いつぶれていた光子竜すらも引くレベルの出来事を全く覚えていない。そんな遊希を被害者となった鈴、千春、皐月の三人がじわりじわりと取り囲む。

 

「他に誰がいるとでも?」

「……皐月、あんたパソコン上手なのね。動画編集の技術もあるなんて」

「そんなことしていませんよ。第一設備がありませんから」

「往生際が悪いわよ、ゆーうーきー?」

 

 両手の指をぐねぐねと動かしながら迫りくるエヴァを除く三人。目の据わった三人に遊希は「ひっ」と小さく悲鳴を上げて逃げようとするも、昨夜とは逆に自分が追い詰められる形となってしまった。

 

「さーて、ファーストキスを奪った責任を取ってもらいましょうか」

「胸、脇、首筋、ふともも、足……くすぐりの刑よ」

「遊希さん、昨日はよくもやってくれましたね。さて、責任を取ってくれるんですよね?」

「ちょ、やめ……エ、エヴァ!!」

「遊希、素直に受け入れろ。お前を助けたい気持ちはわかるが、さすがにやりすぎた」

―――因果応報ってやつだね!

 

 神は死んだ。遊希は逃げようとするが、酒が残っているのか上手く動けない。ホラー映画においてゾンビに襲われる人間の如く、遊希の身体にはすばしっこい千春が飛びつき、皐月は全身を使って彼女を抑えつけた。

 

「ち、千春! あなたはとってもお淑やかで美人でスーパーモデルになれると思うわ!」

「へー、それはどうもー」

「そうだ。さ、皐月! 今私を助けてくれたら冬にやるイベントで一緒にコスプレしてあげてもいいわよ!」

「それはありがたいですが、それとこれとは話は別ですよ?」

「年貢の納め時よ遊希? 今のアンタは残りライフ1で手札0枚だから」

「り、鈴。私たち友達よね? 親友よね? 私にはプロの世界で活躍するのを待ってくれている多くのファンが……」

「関係ないわね! ファンのことを考える前にこれから自分がされることについて考えなさい!」

 

 関係なかった!―――鈴・千春・皐月から遊希への罰ゲームは数十分間続いた。その間高級ホテルの早朝のスイートルームには遊希の悲鳴と謝罪の言葉が延々と響いていた。

 

「は、はーっ!はっー……」

―――うん、自業自得だな。

「ひ、酷いわ光子竜……自分の主がこんな目に遭っているのに助けてくれないなんて……」

―――私にそんな力はない。これに懲りたらちゃんと謝るんだな?

 

 最も喧嘩したとしても全て吐き出せばすぐに元通りになれるのが本当の親友である。手段はどうであれ、普段秘めた感情を積極的に表に出そうとしない遊希が綾香たちに思っていることを聞けたことで五人の絆はより深いものとなったのは言うまでもない。

 

「ほら、遊希! 早く準備して! 2日目も夕方までプールで遊ぶんだから!!」

「わ、わかったわよ。だからそんな急かさないでよもう……」

 

 少女たちの熱く、楽しい夏はまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、思い返すだけで恥ずかしい。消えてしまいたい」

―――お前が消えると私まで消えるからやめてくれ。

 

 あのイベントから数日後、遊希は未だにあの時の自分の醜態、そして鈴たちによって受けた報復のことを思い出していた。ただ、寮の自室には自分一人。鈴の姿はそこにはなかった。

 夏休みのアカデミアはほとんどの生徒が帰省し、残るのは完全に寮を実家としているわずかな生徒だけだった。入学の際に住んでいたマンションを引き払った遊希もそのうちの一人であり、同じくロシアから留学してきたために住んでいるエヴァなどと一緒に過ごしているため、決して人恋しさを感じるレベルではないのだが、それでも夏休みに入って遊希は暇を持て余しつつあった。

 そんな彼女が竜司に呼び出されたのはうだるような暑さの真夏日だった。テレビの天気予報で気象予報士が熱中症に注意するように、と何度も繰り返し呼びかける日だったこともあって、遊希は白のノースリーブにデニムのショートパンツという非常にラフな格好で校長室へとやってきた。

 

「何ですか? 突然呼び出して……厄介ごとは勘弁願いたいんですけど」

「残念ながら厄介ごとに感じるかもしれないね。実はちょっと遊希君に協力して欲しいことがあるんだ」

 

 竜司が申し出た協力して欲しいこと、それは来週開かれるアカデミア主催の小中学生向けのデュエル講習だった。I2社や海馬コーポレーション、藤堂グループのような日本を代表する企業はもちろん、海外からも協賛者が出るなどそのイベントの反響は凄まじく、何より元プロデュエリストである竜司が参加するということだけあって結構な規模のイベントになると新聞記事やデュエル雑誌で遊希は目にしていた。

 

「で、私に何をしろと?」

「君にもいち講師として参加してほしいんだ」

「ええ……」

 

 竜司の依頼に目に見えて嫌そうな顔をする遊希。今でこそだいぶ打ち解けてはいるが、それも鈴たちのような同年代の少女たちだったり竜司のように幼少期から付き合いのある人物相手だからこそ気軽に喋れるのであって、出身も性格もバラバラの少年少女たち相手に遊希が普段通り振る舞える保証はない。

 

「頼む! 君の人気はあのライディングデュエル以降もの凄くてね……」

「つまり私は客寄せパンダ、というやつですか。そうですか。つまり竜司さんはそういうやつなんですね」

「何故私が蛾の標本を握りつぶしたみたいな言い方をされなければいけないのかはわからないけど、まあそうなるかな……」

 

 苦笑いしながらばつの悪そうな笑みを浮かべる竜司。遊希はそれには答えない代わりに敢えて大きくため息をついた。もし竜司が縁もゆかりもない人物ならこの申し出は突っぱねていただろう。

 

「……正直私一人では気が引けます。鈴たちに声をかけてみてもいいでしょうか? みんなが行くなら私も参加します」

 

 遊希は竜司にそう告げると、校長室を出てエヴァの部屋へと向かった。ロシア生まれのエヴァはやはり日本の暑さに慣れておらず、遊希同様ラフな格好をしながら部屋で暑さに苦しむ水族館のホッキョクグマのようにぐでーん、となっていた。

 もちろんそんな事態を予想していた遊希はエヴァの部屋に向かう途中にあった自動販売機でスポーツドリンクを買っていき、エヴァにプレゼントとして渡す。エヴァは「おお、神よ!」と満面の笑みを浮かべてそのスポーツドリンクを飲み、結果いつもの尊大ながら愛らしいエヴァに戻ることができた。

 

「しかし、日本の暑さは予想以上だな……私が前に来たときはここまで暑くなかったぞ?」

「首都圏は暑さに加えて湿気がある。だから熱中症に倒れる人が多いのよ。その分、山間部は暑さでは首都圏以上だけど、ジメジメしてなくてカラっとした暑さだからそんなに苦はないわ」

 

 遊希の故郷は所謂山間部にあたる。そのため、そこで育った遊希からしてみれば自分の故郷はまた過ごしやすい地域で合った。

 

「そうなのか? ならば今度連れて行ってくれ」

「……あら、それだったらいい話があるんだけど」

 

 遊希は校長室で竜司から話されたイベントの内容をエヴァに洗いざらい話した。そのイベントは日本で一番標高の高い山の周辺にある湖の畔にあるロッジ群で行われ、デュエルを学ぶと共に自然とも触れ合えるというのが売りであり、たった今エヴァが行ってみたいと希望した山間部での催しである。

 エヴァは時間ができたら日本観光がしたいと常々思っており、一度間近で見て見たかった景色が見れるということに喜びを隠せない様子であった。そして何よりプロデュエリストになるくらいデュエルが大好きな彼女は二つ返事で参加を了承した。

 

「よし、エヴァも参加、と。みんなはどうかしら?」

 

 エヴァのその様子を見た遊希は携帯電話の通信アプリのグループトークで鈴たちにも同じ内容のことを書いて送ったところ、5分もしないうちに全員から「出たい」という返信が来た。遊希はやっぱりね、と思いつつ竜司に対して自分も参加する旨を伝えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回より夏休み編第二部・林間学校編が始まります。
プール編と同じくカオスかつネタが溢れるシリーズとなりますので、その辺りは予めご了承ください。
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