「ヤッホー!!」
湖の湖畔から望む日本一の霊峰の美しさは計り知れない。写真でしかその姿を見ることができなかったエヴァはまるで子供のようにはしゃいでいた。
「いやエヴァ。山彦はこんなところからじゃ帰ってこないから」
「知っている。だが、叫びたくないか? そこに山があるのだから」
「いや登るわけじゃないからね」
目をキラキラさせながら山を指さすエヴァ。プロデュエリストとしてデュエルに臨む彼女のイメージをいい意味で崩す。そんな感覚だ。
「でも日本人である私たちもこんな間近で見ることはありませんでしたからね……エヴァさんの気持ちもわかります」
「さすが日本一の山、世界遺産! まるで私のようにビックな存在ね!」
「は?」
「……寝言は寝て言いなさい」
「ちょっとそれどういう意味よ!」
ここまで来るのに遊希たちは電車を利用したのだが、朝早くの出発ということもあってまだまだ眠い中、テンションの上がった千春とエヴァが電車内で騒ぐため、遊希と鈴はあまり眠れず少々不機嫌な様子だった。最も電車内で眠ろうと画策する辺り、遊希と鈴もまるで明日の遠足を心待ちにし興奮して眠れなかった小学生のようなものなのであるが。
「ま、まあこんなところまで来て喧嘩はやめましょうよ」
「そうだぞ。もうすぐ子どもたちもやってくるのだからな」
運営側の人間である遊希たちアカデミアの生徒はは少し早めに現地に集合するように言われている。もっとも宿泊用ロッジの手配は竜司たち大人の仕事であり、講師として参加する学生たちはもっぱらどんなデュエルを見せるか、とかデッキの調整などに追われていた。
「しかし、参加者かなり多いのによく全員が入るロッジがあったわね」
「なんでも複数人で一つのグループを組んで3日間共同生活するみたいね。そういうイベントができるからこの湖畔のロッジ村を場所にしたんだって」
「私たち五人でひとグループ、ということは指導する参加者も含めて最低10人は入れるくらいの場所じゃないといけないわね。まあ男子ならともかく私たちは女だからそんなに場所取らないだろうけど」
そうこうしているうちにやがて続々と参加者が現地入りする。竜司の名前だけでもそれなりに注目されていたものの、そこに遊希とエヴァの名が加わるのである。参加希望者は予想以上に殺到し、本来行う予定の無かった抽選が行われる始末となっていた。
厳正な抽選の結果参加できる小中学生は70~80人前後まで絞られたものの、とそれでもかなり多い。集合時間を迎え、目の前に整列した小中学生の数を見て遊希は思わず絶句するほどであった。
「えー、本日は遠路はるばるご足労頂きありがとうございます。今回のイベントの主催者兼責任者の星乃 竜司と申します」
スピーチをする竜司の姿は中々様になっていた。思えば入学式のころは少し頬を紅潮させ、汗を拭いながら喋るなど見ている方が不安に思うようなレベルであったが、だいぶ喋り慣れたようで滞りなく開会式が進んでいく。
竜司の挨拶が終わった後、協賛者として現地入りしている人々のスピーチが続く。その中には国外からの協賛者の姿もあり、一人の少女がマイクを握る。その少女はまるでファッションモデルのようにすらりとしたスタイルを持っており、その服装からいかにも良家のお嬢様といった印象を受ける。
「ボンジュール。私はフランスから来ました“ヴェート・オルレアン”と申します。この度はこんな素晴らしいイベントに協賛させて頂きありがとうございます。私はデュエルも好きですが、この豊かな自然も大好きです。普段皆さんは文明の利器に囲まれてあまり自然に触れる機会がないかもしれませんが、今回の催しを通して自然の中で人としてデュエリストとして成長できることを願っています。皆さんよろしくお願いします」
ヴェートと名乗った少女はフランス人ながら日本語はとても達者であった。エヴァといい、近年の外国人の日本語力の高さはどこから来るのだろうかと思わざるを得なかった。
「それでは以上で開会式を終わります。参加者の皆様は係員から指示を受けて下さい」
司会者の言葉で開会式が終わる。遊希たちは改めて今回のイベントのルール、ならびに段取りを確認する。
・イベントは2泊3日で執り行われる
・アカデミアの学生一人に原則一人の参加者がついてデュエルを学ぶ
・アカデミアの学生たちは三~五人程度の人数でグループを組み、ロッジ一棟に宿泊
・デュエルのライフは4000でシングルデュエル
・ルールはマスタールール4
・指導をするアカデミアの学生は年長者として小中学生の模範となるように振る舞う
「あら、ライフは4000制なのね」
「なんでも小中学生までは基本ライフ4000でやるらしいわ。それこそ遊希やエヴァちゃんのようにプロとして活躍する人なら別だけど」
「まあ小学生の子に8000制は少々きついかもしれませんからね……」
「どんな子が来るのかしら、楽しみね!」
「集合時間はどうする? 今は朝の9時だが」
「じゃあ12時に一旦私たちのロッジに集合ね。もしその時までに指導する子が決まってたら連れてくる感じで」
そうして遊希たちは分かれて自分についてくれる参加者を探すことにした。さすがに100人もいるだけあって自分のところに誰も来ない、などということはないだろう。それに自分は曲がりなりにも元プロデュエリスト。きっと向こうから人が寄ってくるはず……と思っていた遊希。しかし、その見通しは甘かった。
(……誰からも話しかけらない)
―――そりゃそうだろう。お前は若手デュエリストの間では伝説と化している。そんな伝説的な存在に気軽に声をかけれる者がそういるわけがない。
(やっぱり自分から話しかけないとダメ?)
―――ああ。コミュニケーション障害のお前には難題だと思うが、これも自分を鍛えるためだ。がんばれ。
事実とはいえ、随分とはっきりと物を言う光子竜。彼としてみては、遊希がこうして他の人間と交わることでより社交性に磨きをかけてくれれば御の字であった。それに世代の違うデュエリストと交流することで、彼女のデュエルタクティクスの向上も見込めるとなれば積極的にならない理由はない。
「全くもう、他人事だと思って……」
―――実際他人だしな。ああ、私は人ではないから……何と呼ぶのが適当か。
「どうでもいいわよ、まったく」
遊希が光子竜に呆れていたその時。突然腰の辺りに「ドン」といった感じの衝撃が走る。何が起きたのか、と驚く遊希の横では薄いピンクのワンピースを着た少女が膝を抱えて蹲っていた。どうやら遊希にぶつかってきたこの少女はその時に転んで膝を擦りむいてしまったようである。
「ちょっと、あなた大丈夫?」
遊希が声をかけると、目に涙を溜めた少女が遊希の顔を見る。シュシュで結った茶色のサイドアップに赤い瞳が特徴的な少女であった。
「ふええ……ひざ、いたいよぉ……」
(……かっ、可愛い)
思わず本音が声に出そうになるが、今はそれどころではない。膝を擦りむいて動けない様子の少女を遊希はおんぶすると、運営本部が置かれている管理室へと向かった。自然の中で行われるイベントなので、転んだり虫に刺されたりなどして怪我をしてしまった者を治療するための設備がそこには設けられているのだ。遊希は痛々しく擦りむかれた少女の膝を庇うようにその場所へと向かった。
「あっ、あの……ありがとうございましゅ」
患部を水で洗った後、同行していた保健教師の治療を受けた少女はすっかり一人で歩けるようになっていた。この年代の子供は外で走り回り、膝小僧を擦りむくのが当たり前と思っていた遊希であったが、この少女はそんな様子など全く見られない。それも時代の変化なのだろうか、と考えていると少女が遊希の方を見つめて小さな声でお礼の言葉を言っていることに気が付いた。
「えっ? いやいや……私もボーっとしてたから」
「おねえちゃんのようなやさしいひとにたすけてもらってうれしいでしゅ」
顔を紅潮させながら必死に言葉を捻り出す少女。恥ずかしがり屋なのか、それとも対人関係を構築するのが苦手なのか、言葉の端々で噛んでしまっている。しかし、その様子がますます遊希の心をチクチクと突っついてきた。
「あうう……またかんじゃったよぉ……へんな子っておもわれちゃったらどうしよう……」
(何、この子。妖精? 天使?)
―――いや、何の変哲もない人間だぞ?
「ああ大丈夫よ、言いたいことはちゃんと伝わってるから。そう言えばここにいるってことはあなたも参加者なの?」
「はっ、はい。わたしは赤坂 未来(あかさか みらい)っていいましゅ! しょっ、小学2年生の7歳でしゅ!」
少女こと赤坂 未来の年齢と学年を聞いた遊希は自分の7歳の時を思い出す。遊希はその年齢の頃には既にプロデュエリストとして活躍しており、大人たちに囲まれていた自分はもっと大人っぽく振る舞っていたのを覚えている。それならば自分と未来ではどれだけの差があるのか、と少し変な気分になる。最も彼女の風貌からして自分よりも裕福な家庭で育った人間であることは容易に想像できたのだが。
「あっ、あのぉ……おねえちゃんは?」
「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私は天宮 遊希。アカデミアの1年生よ」
遊希のその名前を聞いて未来は少し考え込む。そして驚いたような顔をして目を見開いた
「もしかして天宮 遊希って……!!」
「えっと、うん。元プロデュエリストの天宮 遊希よ?」
「わっ、わっ、わわ……あ、あにょ!」
「あら、何かしら?」
「おねえちゃん……わたし以外に教えている子はいますか? もしだれもいなかったら……わたし、遊希おねえちゃんにデュエルを教わりたいでしゅ!!」
*
「なになに、何の騒ぎよ!」
参加者同士が喧嘩をしている―――それを聞いて駆けつけた千春が見たのは自分と同じくらいの身長の少女が10センチ以上背の高い男子中学生三人相手に大立ち回りを見せている様だった。
ゆるふわヘアーの茶髪に長袖のシャツを腰に巻いた様子の小柄な少女は男子相手にも一歩も引く様子はない。千春は少女に対して背が低いのに凄い、と思いつつもだからと言ってこのまま放っておくわけにはいかない。元々お節介焼きのきらいがある千春はその少女と男子中学生の間に割って入っていった。
「こらーっ! 喧嘩はやめなさい!!」
突然大声で叱りつけられた少女と男子中学生はいったい誰が叱りつけたのか、と周囲を見渡す。千春が「ここよ!」と怒りを露わにして言ってようやく千春の存在に気付いたようである。
「ここはみんなの親睦を図る場所よ! 喧嘩だったら余所でやりなさいよ!」
「だ、だってこいつが……」
「こ・い・つ? ウチには浅黄 華(あさぎ はな)っちゅうオトンとオカンがつけてくれた名前があんねんぞ! その耳かっぽじってよく覚えとけやボケ!」
その愛らしい見た目に反するきつめの関西弁が耳に残る華という少女がフン、と両手を腰に当てて自分の名を名乗る。千春は自分と同じくらいの背丈ながら男子中学生三人相手に全く引こうとしない華に何処か親近感を抱いた。それでも事の詳細次第ではこの華についても弾劾しなければならない。
「それでこの華って子がどうしたの?」
「俺たちは他の女の子に一緒にパートナーを探さないか、って声かけてただけだ。別に怒られるようなことなんて」
「いやいやいや、嘘つくなや。こいつらさっきからめっちゃしつこく絡んでたで。だから嫌そうにしてた子を助けようと思って割って入ったんや。そしたら手を出してくるはウチの背のことをバカにするわでホンマどうしようもない奴らやで!」
当然ながら双方の言い分は食い違う。千春は周囲にいた他の参加者に話を聞いて回るも、双方の言い分ともアリバイが取れた。男子中学生たちが嫌がる少女に無理やり迫っていたのも事実であり、そんな少女を助けるために華が割って入ったのもまた事実であった。
千春は華に男子中学生たちに絡まれていた少女のことを聞くと、四人にそこで待つように伝える。何をするかと思えば、少年たちが絡んでいた少女をその場に連れてきたのだ。
「こほん。えーと、そこの男の子たちはさっき絡んだこの女の子に謝って。そしてあなたは手を出したこの男の子たちに謝る! これ喧嘩両成敗!」
「えっ……」
予想だにしなかった千春の行動に華も男子中学生たちも呆気にとられた様子であった。第三者である千春は双方に負があったため、どちらの味方もせず、あくまで双方に反省を促したのである。
背丈こそ小さくとも、その大人顔負けの行動力の前に四人は素直に従わずにいられず、結局千春の言うがままに互いに自らの非を認めて謝罪をするのであった。これで全部丸く収まった、と満足気な千春の後を付いてくる者がいた。他ならぬ華である。
「なあ、ちょっと待ってくれへん?」
「あれ、さっきの子じゃない? どうしたの?」
「仲裁してくれてサンキューな。ウチちょっと周りが見えなくなることがあってな……地元の友達にもその辺気を付けるように言われてるんや」
「別に大丈夫よ。私だって後先考えず行動しちゃうことだってあるし。でも今日はそういう場所じゃないでしょ? みんなで楽しむ時なんだから」
「あんた偉いねんな……同じ中学生とは思えへんわ」
華に褒められて気を良くした千春はエッヘン、と得意気になる。だが、すぐに違和感を覚えた。
「ちょっと! 私は高・校・生! アカデミアの生徒!!」
「えっ? だってそんなに背低いのに……」
「身長が低いことに関してあんたに言われたくないわよ!! あんただって私とそんな変わんないじゃない!」
「いや、ほら。ウチはまだ中1やし。まだまだ発展途上やし。きっと大きくなるわ。そうに決まってるわ」
「私だって発展途上よ! これからもーっと伸びるんだから!! ねえ、ところで今時間ある?」
身長のことで弄られるのはともかく、高校生なのに中学生と間違えられるのは我慢ならない。千春は折りたたんでいたデュエルディスクを展開する。デュエリスト同士が互いを理解し合う方法としてもっとも手っ取り早い方法、それがデュエルなのだ。
「ええわ、相手になったる。もし高校生ならウチなんて楽勝で倒せるんやろ?」
「それはどうかしら? でも勝ち負けに関係なく私のプレイングを見せてあげる!」