「で、あんたどうするの?」
「どうするって?」
「……一緒に組む子よ。このまま一人で過ごすつもり?」
予め集合時間に決めていた正午をとっくに過ぎてしまっている以上、今から相手を探しても誰も残っていないだろう。アカデミアの生徒と小中学生のデュエリストの交流を図るイベントで誰とも組まないなどそれこそ拷問に近いものになる恐れがあった。
「……遊希ぃ」
「泣き言言われてもどうしようもできないわ。自分の短慮さを恨みなさい」
「うぇぇ、遊希がいじめるぅ……」
「やめなさい本当に、気持ち悪いからそういうの」
嫌がる遊希とその足に縋りつく鈴。決して笑いごとではないのだが、その滑稽な二人の行動に千春たちは思わずクスクスと笑い始めていた。なんだかんだ言ってよく見る二人の光景だったというのも大きいのかもしれない。しかし、そんな千春や皐月に付いてきた者たちはそうもいかないようだった。
「ねえねえ」
「ん?」
愛美が隣で一連の出来事を無表情で見ていた華に耳打ちする。
「ボクたち凄いところに来ちゃったね」
(ボク?)
「……せやな」
フフ、と悪戯っぽく笑う愛美に対して華の反応はそっけなかった。鼻はクールに受け流しているように見えるが、内心は心臓が自分でもわかるくらい早く鼓動していた。
(いやいやいや。凄いところに来ちゃったね、やあらへんやろ!)
千春とのデュエルが終わった後、千春は華に対して「私の仲間たちはみんな自分より強い」と言っていた。華からしてみればここに来るまでは正直半信半疑だったが、今になって彼女は千春の言葉の意図することを完全に理解していた。
戻ってきたロッジには自分たち10代のデュエリストの中ではもはや伝説と化しているデュエリスト・天宮 遊希がいて、そしてそんな遊希とじゃれあっている鈴はあの星乃 竜司の娘だ。
それでいて今ロッジに戻ってきたのはロシアを代表する美少女デュエリストのエヴァ・ジムリアである。遊希とエヴァ、2人のサインを貰ってネットオークションに出したら何枚の万札が自分のところに転がり込むかわからないレベルの有名人だ。
一方で千春と皐月に関しては一般的な知名度こそ他の三人に比べて皆無であると言っていいが、遊希やエヴァとこうして組んでイベントに参加しているところを見ると、彼女たちも認める実力者であることがわかる。
(思っていた以上にとんでもないイベントなんやないの、これ)
「ねえ、愛美ちゃん……」
「どうしたの橙季ちゃん?」
「いや、ロッジにいる参加者ってこの人たちで全員なのかなぁ……って」
「うーん……どうだろうね。ボクたちは指導してくれる皐月さんに付いてきただけだけど」
そう言って首を傾げる愛美。すると、気まずい空気を察したのか不機嫌そうな遊希を不安そうに見つめていた未来が遊希のもとへとトコトコと歩み寄っていく。
「ゆ、遊希おねえちゃん……もう鈴おねえちゃんをおこらないであげて、かわいそうだよぉ」
「……そ、そうね」
未来の一言を受けて一息つく遊希。見たところ唯一の小学生と思われる少女が遊希を一瞬で宥めるとはいったい何者なのだろうか。本人の知らないところで未来への関心が高まっていく中、音頭を取った千春の指示で遊希たちと参加者たちは対面するようにテーブルに座った。
鈴 遊希 エヴァ 皐月 千春
―――――テーブル―――――
未来 ヴェート 橙季 愛美 華
最も、指定の時間までに相手を見つけられなかった鈴の前には誰も座っていなかったのだが。
「それじゃあ、まずは私たちアカデミアの方から自己紹介をさせてもらうわ! 私は日向 千春! 使うデッキは【サイバー・ドラゴン】よ! 宜しくね!」
「千春は身体は小さいけど、女子力は高くて面倒見はいいわよ?」
「そうそう。なんてったってこの中でいちばん誕生日が早いお姉さんなんだから……って身体が小さいって何よ!」
すかさずノリツッコミを入れながら飛びかかろうとする千春を遊希は軽くあしらう。遊希は皐月に「気にせず進めて」つ促し、皐月もそれに応じた。
「ええと、織原 皐月と申します。使用するデッキは【ヴァレット】です。今回は訳あって目の前に座るお二人の指導を同時にさせて頂くことになりました。まだまだ至らないことばかりですが、どうぞよろしくお願い致します」
皐月らしい謙虚な自己紹介の次にはエヴァの番が回ってきた。
「エヴァ・ジムリアだ。使用しているデッキは【BF】で、相棒はレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト。皆も知っているとは思うが、私はプロデュエリストであるがこの場においては一人のアカデミアの学生に過ぎないのでな、気軽の話しかけてくれていいぞ。では、宜しく」
そう言ってレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトのカードを見せると、対面の参加者たちからは「おおっ」という声が漏れる。エヴァの脳裏にはスカーライトの「あんまり見世物にしないでよね!」という声が響くが全く気にしない。
「……」
「おい、次は遊希の番だぞ」
「わ、わかってるわよ。えっと……天宮 遊希です。デッキは【ギャラクシー】で、その宜しくお願いします」
―――どうした遊希? らしくないぞ。
(うっさいわね、こういうのそんなに得意じゃないのはわかってるでしょ)
「ちょっと遊希! あんたそんなんで自己紹介したつもり!? もっとバーッと行きなさいよー!」
先程のお返しとばかりに煽ってくる千春。因果応報とはまさにこのことか、と思いつつも数度深呼吸をする。
「改めましてこんにちは、天宮 遊希です。あまり教えるのが得意じゃないし、口も悪いけど……これから3日間、宜しくね」
しかし、デュエルで見せる苛烈な姿とこの緊張した姿のギャップが愛らしかったのか、目の前に座る未来をはじめとした参加者たちは一様に晴れたような表情で拍手をするのであった。
「じゃあ、最後は鈴で。相手が居なくてもちゃんとやりなさいよ?」
「わかってるわよ……もう」
鈴はぶつぶつと不満を漏らしながら自己紹介を始めようとしたその瞬間である。ロッジの中にインターホンの音が鳴り響いたのは。
「……誰かしら?」
「あ、私が応対しますね」
皐月が席を立って玄関へと向かう。恐らく運営関係者の誰かが当日の行程などについて確認に来たのだろう、と思っていたが違うようだった。
「鈴さん! ちょっと来ていただけますか?」
「私? わかったわ」
玄関から皐月が鈴のことを呼ぶ。自分に用があるとは何事だろうか、と思って玄関に向かうとそこには目の周りを真っ赤に泣きはらした黒髪ロングの髪型に白いワンピースを着た美少女の姿があった。
「あなた……青山 紫音さん。よね?」
鈴は尋ねると紫音は小さくこくりと頷いた。あのデュエルの後、鈴はしばらく紫音のことを探していたが結局再会できずに終わっていた。鈴としてはさすがに泣かせてしまったことはやりすぎたと思い、紫音を見つけ出して謝ろうとしていたのだ。最もそれが彼女が正午までに組む相手を見つけられなかった遠因でもあるのだが。
「あの……お聞きしたいことがあるのですが」
「……何かしら?」
「もう、お相手はいらっしゃいますよね?」
お相手、というのは恐らく組む相手のことだろう。紫音の質問に彼女の意図を感じ取った皐月は助け船を出す。
「鈴さん、まだお相手いらっしゃらないんですよ?」
「ちょっと皐月……!」
「それでしたら……私と組んで頂けませんか! お願いします……私、もっと強くなりたいんです!!」
そう言って頭を下げる紫音。もっと強くなりたい、と言った瞬間の紫音の表情は真剣そのものだった。皐月はこんなところで立ち話をするのもなんだから、と紫音をリビングへと案内する。リビングには突然の来訪者に驚く皆の姿があった。一方の紫音も鈴のみではなく遊希とエヴァまでいるのだから面食らった様子で少し小さくなって鈴の正面へと座った。
「もし……話し辛いことがあったら別の部屋でやってもいいのよ?」
「大丈夫です。ここで構いません……あの、噂で聞きました。私が行った後のこと……」
あの星乃 鈴が女子中学生三人をデュエルで叩きのめしたことはすっかり広まっていたようだった。鈴はやってしまった、という顔を浮かべて後頭部を掻きむしる。
「正直驚きました……あの星乃 鈴がそんなことをするなんて。周りの子たちはけなしていましたけど……でも、私は……嬉しかったです」
「ちょっと待って、話が見えないんだけど。鈴が女の子たちを泣かしたってのは……」
遊希が紫音に知っていることを話すように尋ねた。鈴に遊希たちに問い質されていたことを知らなかった紫音は鈴が必死に隠し通していた事実を洗いざらい話してしまった。
「鈴、あんた……」
遊希はなんで話してくれなかったの、といった悔しい表情を見せる。できれば真実を早めに話してくれていればしたくもない詰問せずに済んだのに、と後悔している様子だった。
「もー、何で喋っちゃうの?」
「……ご、ごめんなさい。でもあのまま星乃 鈴さんに泥を被せたままというのは私も嫌なんです」
そんな遊希の気持ちなどどこ吹く風。鈴は足を組んでふん、と不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。最も千春たちはそれが鈴の照れ隠しと知っていたのだが。
「まあいいわ。それで、なんであたしと組みたいって思ったの?」
「星乃さんは、私がデュエルの前に言ったこと覚えていますか? このイベントでどうしたいか、って」
鈴はデュエルの前の紫音の言葉をはっきりと覚えていた。彼女は「もっと自分を高めたい」と言っており、その言葉から紫音が自分の現状に満足していないことは理解できた。
「ええ。覚えているわ。自分をもっと高めたい、でしょう?」
「はい。ですが……あれは本当の理由じゃないんです。今回のイベントの参加を勧めてくれたのは私の両親だったんです」
「ご両親……?」
自嘲気味に笑う紫音だったが、鈴は真剣にその話を聞いていた。
「私の両親はデュエルが好きで、プロデュエリストを目指していました。結局その夢は叶いませんでしたが……だからその夢を私に託してくれたんです。自分で言うのもおこがましいことですが、デュエルの才能に恵まれた私はそんな両親の期待に応えたい、と思って……」
(……なんなの、これ)
両親の期待に応えたい、その言葉に鈴は自分と紫音を重ね合わせた。竜司からの期待を一身に受けた鈴は父と同じ【青眼】デッキを使うことを許されている。歴史と実績のあるこのデッキを使うと決めた以上、結果を残すことが鈴には求められていた。
しかし、自分に竜司ほどの才能がないことを鈴は理解しており、同世代には遊希やエヴァといったより才能のある天才たちがごまんといる。故に髪を金色に染めて不良のようなファッションをするようになったのだ。
それでも遊希とデュエルをして、千春や皐月、エヴァと出会い幾つもの戦いを繰り広げてきた今、鈴は改めて一人のデュエリストとしてより高みに行きたいと思っているからこそここにいる。
「まさかあの星乃 鈴さんに会えるなんて思っていませんでした。きっとあの人に師事できれば、自分も変われるんじゃないかって……」
自分の思いを率直に告げる紫音に対して、鈴は黙ったままだった。そんな鈴の姿を見て紫音ははっ、と我に返る。
「あっ、すいません。自分ばっかり喋ってしまって……ダメ、ですよね?」
「えっ……」
「こんな自分勝手な都合で星乃さんの手を煩わせてしまって……あの、もう帰りますね」
「あっ、ちょっと!」
千春の制止を振り切って帰ろうとする紫音であったが、その手を鈴が掴んで引き留める。ぎゅっと掴んだその手を鈴は離そうとはしなかった。
「えっと、最初に言っておくね。あたしは青山さんが思っているほど凄いデュエリストでもないし、結構ザルなところがあるから上手く教えられないかもしれない。あなたがあたしにどんなイメージを持っているかはわからないけど、幻滅させちゃうかもしれないよ?」
鈴のその言葉に、紫音は俯いたまま何も答えなかった。
「まあ、その、なんて言えばいいのかな。今あなたに出て行かれるとあたしだけ教える子がいないんだよね。だからね……えっと……あたしと組んでくれないかな?」
「えっ……? 今……」
「……っ、2回も言わせないで。結構恥ずかしいんだから。青山 紫音さん、お願い。あたしとパートナーになって」
鈴の方を向き直った紫音が見たのは優しい笑みを含んだ鈴の姿だった。そんな彼女の笑顔を見た紫音は強張った顔を崩しては「はい!」と愛らしい笑みで応えた。
「……鈴。全員揃ったことだし、自己紹介の続きをしましょう!」
「そうね、じゃあ……」
鈴は紫音を自分の目の前に座らせると、少し照れ臭そうにしながら自己紹介を行った。
「改めまして、こんにちは。あたしは星乃 鈴。星乃 竜司の娘で使用デッキは【青眼】! 思っていた以上にあたしの名が知れ渡っててびっくりしたけど、この3日間を全力で楽しみましょう! 宜しくね!!」