鈴の自己紹介が終わり、次は参加者たる六人の自己紹介の番となった。席の並び順で千春から反時計回りに自己紹介が進んでいたため、次は来たばかりの紫音から自己紹介をする運びとなった。
「私からでいいんですよね……? では改めて、私は青山 紫音(あおやま しおん)と言います。中学1年生の13歳です。使っているデッキは【ブラック・マジシャン】です。宜しくお願いします」
ブラック・マジシャン使い、というのを聞いて鈴以外の四人がおお、とリアクションを取る。中学生であのデュエルキングが愛用していたモンスターのデッキを使いこなすとなればそのリアクションも頷ける。
ブラック・マジシャンというカードを知らないデュエリストは存在しないと言っていいが、やはりブラック・マジシャン自体が効果を持たない通常モンスターであり、攻撃力2500というのも最上級モンスターの中では低いため上手く使いこなすにはコツのいるデッキであったのだ。
「凄いじゃない、その歳でブラック・マジシャンを使いこなすなんて!」
「ですが、鈴さんには何もできずに負けてしまいました。闇のデッキ破壊ウイルスでサポートカードの大半を破壊されてしまって……」
「……あんたそんな戦法使ったの? もうちょっと考えなさいよ」
「は、反省してまーす……」
遊希たちに勝つために取った戦法となるならば、それに劣る(であろう)中学生デュエリスト相手に使うにしてはやはり加減が必要だったようだった。
「わ、わたしはあかしゃかみらいでしゅ! しょうがっこう2ねんせいの7さいでしゅ! よろしくおねがいしまちゅ!!」
遊希と組んだ赤坂 未来(あかさか みらい)が挨拶をした瞬間、ロッジ内にはなんとも言えない空気が広がった。
「あうう、またかんじゃった……やっぱりへんなこだっておもわれちゃうよぉ……」
「皆、この子を見てちょうだい。可愛い以外の感想が浮かぶかしら?」
遊希の言葉にその場にいた全員が「浮かばない!」なり「異議なし!」といった言葉は舞い踊る。「ふぇっ!?」と驚いた様子の未来であるが、自分以外の全員が暖かい笑みを拍手で彼女を迎え入れた。
安堵の表情を浮かべて椅子にもたれかかる未来。見ればわかる通り、今回遊希たちの元に集まった参加者の中で最も幼い小学2年生である。当然彼女の無垢な可愛らしさもそうだが、そんな幼さであるにも関わらず一人でこのイベントに参加したその勇気と度量は誰もが認めていたのだ。
「宜しくね、未来ちゃん。ところで未来ちゃんはどんなデッキを使うの?」
「わ、わたしはみゃだはじめたばかりで……デッキももってないでしゅ」
「そう。だからまずはデッキを組むところから始めるところよ」
遊希のその言葉を聞いて鈴の顔が曇る。そもそも鈴たちは組む相手とデュエルをしたり話を聞くことで事前に彼女たちのデッキを把握していた。そうすればどうやって指導するかという計画も立てやすくなるからだ。
しかし、未来にデッキを組むところから始めるとなると、わずか三日間という日程でこなせるだろうか。時間に余裕があるわけではないのに、集合時間である正午までの時間の間にデッキを組む準備ができていたのではないだろうか。鈴はそう思わずにいられなかった。
「ねえ、遊希。これからデッキを組むのよね? 時間足りる?」
「ええ、まあ色々あったのよ」
「ごめんなさい、わたしがわるいんでしゅ。遊希おねえちゃんにくんでもらうことがきまってからおねえちゃんにいろんなところにつれていってもらってあそんでもらっていたから……」
「あっ、未来ちゃん。それは私とあなただけの秘密……」
「へぇ……遊んでたんだぁ」
さっきまで訝しむ様子でソファーに掛けていた鈴であったが、未来の話を聞いた途端にその顔に何やら黒い笑みが浮かび上がる。そして後ろに回って遊希の右肩に顔を乗せることで鈴が動けないようにした。
「あんた、あたしが色々悩んでる間に遊んでたんだぁ? 楽しかったぁ?」
「……さ、次に行きましょう」
―――遊希、素直に謝った方が被害は少ないぞ?
(うっさい)
遊希のアイコンタクトに気が付いたのか、ヴェートがすっと立ち上がる。
「次は私ですね。ボンジュール、ヴェート・オルレアンと申します。フランス生まれで中学3年生の15歳です。この中では一番お姉さんですね。この度はエヴァ・ジムリアさんの下でお世話になります」
「改めて宜しく頼むぞ」
お嬢様らしい丁寧な言葉遣いのヴェートに対し、エヴァは相変わらずの尊大な物言いだった。
「しかし、よくエヴァと組めたわね。プロなんだから倍率高かったでしょう?」
「いえ? エヴァさんも相手が見つからないとか言っていて……お花を眺めて現実逃避してました」
エヴァに遊希たちから向けられる白い目。エヴァは口笛を吹いてやり過ごそうとするも「すぴー」と空気が口から抜けてもはや口笛にすらなっていなかった。
―――いやいやいや、口笛吹けてないから。
「と、と、ところでヴェートの使っているデッキは何だったかな?」
―――あ、逃げた。
「使っているデッキは大まかにいうと【シンクロ召喚】でしょうか?」
「……大まかにいうと、とは?」
「私のデッキはS召喚をメインにしていますが【シンクロン】【ジャンク】【ウォリアー】など様々なカードが入っています。それぞれ違うテーマのカードですが、異なる存在が手を取り合って一つの大きな力になる。このデッキのそんなところに魅力を感じています。日本人である皆さんとロシア人であるエヴァさん、そしてフランス人である私……生まれも育ちも違う私たちがこの機会で交わり合うことで互いに成長できると思っています」
さすが参加者六人の中では最年長、とだけあって話す内容のスケールが大きい。そんなヴェートに関する興味はまた別のところに移る。
「そう言えば、ヴェートさんは協賛者の方でしたよね? どうしてこちらに?」
「私も初心者デュエリストの端くれでして……いち協賛者として運営側に回るべきだったんですけど、先ほどのあなたの行動を見て火が点いちゃって」
「先ほどの……あっ」
ヴェートの言葉に心当たりのある皐月の顔がリンゴのように真っ赤になる。
「なになに、皐月何したの?」
「そちらの方……皐月さんがこちらのお二人の面倒を一人で見る、と星乃 竜司さんに掛け合ったんです。まさに年長者、そして教育者の鑑でした。その姿を見て私も参加したい、と思ったんです」
「へー、やるじゃない皐月ぃー?」
「流石、根は熱い女!」
「そんな、私は……あうぅ」
鈴と千春にからかわれて頭から湯気を出しながら俯いてモジモジする皐月。あの時の皐月は愛美と橙季、二人のために必死だったため、自分がどれだけのことをしたのか、という意識に欠けていたのかもしれない。しかし、そんな皐月を庇うかのように愛美と橙季が立ち上がる。
「待ってください、元々は私たちのせいで……」
「皐月さんはボクたちの恩人です! 皆さんとボクたちを引き合わせてくれた運命の女神様なんです!」
「だからそんな大声で言いふらさないでくださいぃぃ!」
しかし、愛美と橙季が皐月に対する恩義の言葉を重ねるにつれてますます他の四人に好奇の目で見られてしまうのであった。
「えっと、立ち上がったついでにボクたちも自己紹介しますね! ボクは藍沢 愛美(あいざわ まなみ)、中学2年生の14歳! 使うデッキは【トリックスター】です、宜しくお願いします!」
「愛美ちゃんと同じく、皐月さんにお世話になる二宮 橙季(にのみや ゆずき)です。中学1年生の13歳です。あの、ゆずきって名前は橙色に季節の季と書きます。使うデッキは【サイバース族】です。その、宜しくお願いします」
「二人とも宜しく。皐月一人で大変かもしれないけど、私たちもサポートするから。ところで二宮さん、その腕に抱えているのは……」
「えっと、これは……」
遊希に指摘され、橙季はずっと抱えていたものを皆に見せるように出した。隠すように抱えていたリンクリボーのぬいぐるみを見た遊希と皐月、愛美と橙季以外の全員が目をキラキラと輝かせてそれを覗き込んだ。
「それはリンクリボーよね?」
「はい。私サイバース族が好きで、このぬいぐるみは母に作ってもらったんです」
「……よくできているな。作った人は相当の技術を持っていると言っていいだろう」
「まあサイバース族デッキを使うんだもんね! リンクリボーが好きでも悪いことじゃないわ!」
理解が良くて助かった、とほっと胸を撫で下ろす皐月と愛美。仮に年頃の少女にしては変わった好みを持っていたとしても、橙季自身に罪があるわけではないのだから。
「えっと、次はうちでええんやな? うちは浅黄 華(あさぎ はな)。中学1年生の13歳で使うデッキは【HERO】や。ここに来たのは紫音と同じでデュエルの腕を磨きたかったからや。でもって目の前に座る千春さんにお世話になりますー。よろしく頼むで!」
「なるほど、ちびっ子コンビね」
「いやいやいや、うちはまだ千春さんと違って成長期やから」
「ちょっと! 私だってまだ伸びるんだけど!!」
「女の子は小学校から中学校にかけて背が伸びるそうですね。それこそその時期は男の子よりも大きくなる子もいるそうですし」
先ほどからかわれた仕返し、とばかりに理論的なデータを千春に突き付ける皐月。「毎日牛乳飲んでるんだからね!」と返すも誰からも相手にされていなかったのは言うまでもない。
「まあ千春さんはちっちゃいし、今後背が伸びる気はせえへんけど」
「ちょっ……!」
「この人、器はとっても大きいんやで。なんせうちと他の参加者の間を取り持ってくれたんやから。ホンマアカンわな、うち熱入ると周りが見えなくなるところがあって……」
華のその話を聞いて遊希、鈴、皐月の三人がクスクスと笑い出す。三人は春の入学式の日のことを思い出していた。あの時は入学式直後の懇親会、として催されたパーティーなのだが、真偽が定かではない噂を口走った翔一ら三人の男子生徒に千春が食って掛かり、あわや入学式初日から謹慎もあり得た事態になりかけたのだから。
「千春も成長したのね……あたしは嬉しいわ」
「そうですね、入学式当日に男子生徒の方に飛び掛かった千春さんが……」
「あの頃の血の気の多い千春がもう見れなくなるのは寂しいわね」
「ちょっ……!!」
「えっ、それどういうことなん? なんか面白そうなんで後で話聞かせてや!」
「華、あんた調子に乗るんじゃないわよ!!」
喧嘩しながらも何とか全員の自己紹介が終わった。紫音を待っていたこともあってか、だいぶ時間が経ってしまっていた。腹が減っては戦は出来ぬ、というだけあってまずは昼食をみんなで作って食べることにした。同じ釜の飯を食うことで仲間意識を育てようという狙いであった。しかし、立ち上がろうとした遊希の肩を鈴が後ろから抑え込む。
「鈴、どういうつもりかしら? 私は今からみんなと昼食を作らなければいけないんだけど」
「そうね、じゃあ早速みんなで作り始めましょう。千春、皐月。指揮をお願い。あたしは遊希と大事な、だーいじな話があるから」
「……みんなに任せているだけじゃダメだと思うんだけど」
「いいから。あたしたちはあっちの部屋で大事なお話をしなきゃいけないから。出てくるまで誰も覗いちゃダ・メ・だ・よ?」
鈴のなんともいえない笑みに全員がハイ、と返事をする。今の彼女に関わるととんでもないことになる、と生物の本能がそう告げていた。
「あっ、ちょっとみんな助けて……」
「はいはい、こっちに行きましょうねー。遊希おねぇちゃん?」
(光子竜、なんとかして!)
―――なんともならんな。しかし、お前に小児性愛の気があったとは……
(違うわよ!!)
光子竜にも自業自得と見放された遊希は鈴に引きずられて隣の部屋へと連れ込まれていく。彼女に待っていたのは未来と遊んでいたにも関わらず鈴を詰問したことに対するきつい反撃であった。遊希と鈴が別の部屋に行った後、何事もなかったかのように千春たちが昼食を作る準備を始める中、未来を除く四人が顔を見合わせ、この自己紹介の時に感じた率直な感想を華が漏らした。
「あのな……うち思ったんやけど」
「何かな?」
「この人たち経歴や実力こそ凄いけど、結構なポンコツ揃いやな」
・元プロの娘だけど、加減ができず女子中学生四人を泣かす。そしてそれを黙っていて怒られる。
・みんなの憧れである伝説のデュエリストだけど、小さな女の子と遊んでばかりでやるべきことをし忘れて復讐される。
・喧嘩を止めに入るなど世話焼きだが、過去に自分も似たようなことをして罰を受けている。
・決意すると凄い行動力を発揮するけど、普段は引っ込み思案で恥ずかしがり屋。
・一国を代表するプロデュエリストだけど、組む相手が見つからなくて花を眺めて現実逃避。
「そうみたいですね……意外と言うかなんと言うか……」
「でも、そんな人たちだからこそ面白いというか、親しみやすいと思います」
「ボクもそう思う!」
「3日間、楽しくなりそうやな。互いに頑張ろーな!!」
1つのロッジに揃ったのは生まれも育ちもデュエルスタイルも違う十一人の少女。彼女たちの夏が今、始まる。