奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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当日、その朝のこと

 自分でも意外に思うほど、バンド活動に情熱を傾けていた。まだライブも未経験で、そんなにたくさんの時間を費やしているわけでもないけれど。私にしては、とても分かりやすい態度をしていたと思う。

 

 まず、何かに前向きに取り組むこと自体が。柄じゃないというか、似合ってないというか。

 

 こころが言い出したことだから、こころに喜んでほしいから。最初こそ、そんな気持ちからのスタートだったけれど。いざ手をつけてみれば、思っていた以上に相性が良かったというか。

 

 もしかしたら、バンド活動である必要はないのかもしれないけど。誰かと一緒に物事に取り組むというのは、これがなかなか面白い。

 

 思い返してみれば、今までの私の人生において。ここまで精力的に物事に取り組む機会というのは、そこまで無かったような気がする。

 

 その気になれば、なんだってできる。そんな万能感というか、どこか現実味のない感覚は。私からたくさんのやる気を奪っていった。

 

 体や頭の出来が良くたって、それを上手く扱えるとは限らない。本人のやる気や意識一つで、割とあっさりと意味をなくしてしまうもので…………そういうのを、世の中の人々は宝の持ち腐れと呼ぶんだろうけど。

 

 私は、今の私が持っているものを。どうしても自分のモノだとは思えないから。

 

 運動ができたって、勉強ができたって。どこか他人事で、誇ることなんてできなくて。同じ土俵で競っていると、考えられなかった。

 

 ただひたすらに、後ろめたい。人々が努力を重ねて、たくさんの時間を費やして。そうしてたどり着く先に、なんの犠牲も払うことなく立っているというのは。

 

 生きていく上で、優劣を競うことは避けられないけれど。だからこそ、純粋に努力を重ねている人たちのことを、踏みにじりたくなかった。

 

 不正をしているみたいで、なにも楽しめなかった。一度だって、本気で何かを成し遂げようと思ったことはなかった。

 

 

 バンド活動だって、そんな気持ちを完全に切り離せるものだとは思わない。技術の良し悪しがあって、多かれ少なかれ、みんな競っている。競い合って、高め合っている。

 

 その中に、私が入っていいものかと。彼女たちと同じステージに立っていいのかと、悩まなかったといえば嘘になるけれど。

 

 それでも、喜んでくれる人がいるのなら。私の努力が、費やした時間が、何かを生み出せるのならば。

 

 

 私は今日という一日を、一生忘れることはないだろう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 身動きの取れない状況というのは、普通に暮らしているならば経験する機会はそこまでないと思う。むしろ、どういう生活をしていればそんな状態に陥るというのだろうか。あまりにも馴染みのないものだから、考えたこともなかったけれど。

 

 少しの重さと、熱。そして、優しい匂い。

 

 目を覚ました私を待っていたのは、そういうものたちだった。

 

 

 どんな偶然なのか、寝ている間に飛んできたのだろう。私の顔の上を占有している重みを、首の僅かな動きだけで振り払う。

 

 顔の隣に落ちてきたのは、見慣れない猿のぬいぐるみで。所々に縫い合わせたような跡があることから、それなりに年季の入ったものだということが伺える。

 

 どこか懐かしさすら感じさせる、これといった特徴のない、シンプルなぬいぐるみ。子供の頃に親に買ってもらったものを、そのまま大切に持ち続けていたような。そんな雰囲気を漂わせるそれは、私の記憶が正しいのであれば、同じバンドメンバーの少女の持ち物で間違いないはずだ。

 

 小さい頃から、これがないと眠れないんだと。そんな感じの可愛らしいことを口にしていたのを、ついさっきの出来事のように鮮明に思い出せる。

 

 たしか、名前は────。

 

 

「おさる、だっけ」

 

 捻りがなさすぎて、逆に特徴的だったというか。もう少しちゃんと考えてあげても良かったんじゃないかと、思わなくもないけれど。まぁ、本人がそれでいいんだから、口出しするのも違うだろうし。

 

 ただ、寝る前のことを思い返してみれば。このぬいぐるみは間違いなく、彼女の腕の中に収まっていたはずで。

 

 それがここにあるということは、つまりそういうことなんだろう。

 

 目が覚めた時から…………正しくいえば、意識が覚醒する少し前から。体の上に感じていた重みの正体を確かめるために、視線を下へと動かす。

 

 右側と左側にそれぞれ感じる、二つの重み。片方は、それなりに馴染みがある。最近は一緒に眠る機会も多いし、抱きつき癖があることも経験で理解している。

 

 だからもう片方は、そうかもしれない(・・・・・・・・)と。正直にいえば、目で確かめる前から。ある種の確信のようなものが、頭の中に浮かび上がっていて。

 

 

 身動きが取れない、というのは。こういう状況のことをいうのだろう。

 

 ベッドに体を横にしながら、見下ろした視線の先では。本来であれば右腕と左腕があるはずのところに。重さも匂いも違うけれど、体温が高いところはとてもよく似ている、二人の少女の頭頂部が、私へと存在を主張している。

 

 

 つまり、左右から腕を抱きしめられているわけで。左側にこころ、右側にはぐみ。まるでサンドイッチのように、見ようによっては、取り合うように。私を中心にして、ひとかたまりになっていて。

 

 三人並んで寝るなんて、いつ以来だろうか。こころもはぐみもいない、いつかの遠い過去の焼きましのような光景が、少しだけ胸の奥を刺激する。

 

 その感覚を無視して、目の前にいる二人を観察する。というよりは、視線を引き寄せれたといった方がいいのかもしれないけれど。

 

 

 二人とも、本当によく寝ている。

 

 こころはさすがにいいところのお嬢様といった様子で。起きている時の天真爛漫な姿は、今の彼女からは想像もつかないだろう。

 

 穏やかな寝顔と、一定のリズムを刻む吐息が重なって。見てはいけないものを覗き込んでいるような、どこか背徳的ともいえる感覚が頭の中をよぎる。

 

 いつまでも見つめていたいはずなのに、なんとなく落ち着かないというか…………いけないことをしている気持ちになる。

 

 まぁ、流石にある程度は慣れてきたけれど。まつげ長いな、とか。綺麗な肌してるな、とか。見ていていつまで経っても飽きそうにないから、自制心で視線を少しだけ横にずらす。

 

 

 その先にあるのは、全身を使って私の右腕に抱きついているはぐみの姿だ。こういったら怒られるかもしれないけど、彼女が持ってきたぬいぐるみのおさるを連想させる姿勢というか。

 

 それが、あまりにも彼女に似合っているものだから。こころと同じくらい元気で、子供のような明るさを持ったはぐみのイメージにぴったりだったから。いや、ほんと、悪い意味とかじゃなくて。

 

 こころとは違う意味で、飽きそうにない。微笑ましい気持ちにさせられるというか、見守りたくなってしまうというか。どっちも、同い年の女の子に向ける感情ではないとは思うけど。そう感じてしまうのだから、仕方がない。

 

 見ているだけで、自然と口元が緩む。

 

 はぐみの寝顔は…………私の家に来たときのように、不安を感じている者のそれではない。本当に心の底から安心しきっているような、そんな表情。なんなら、開きかけの口の端からよだれが垂れてしまっているくらいで…………いや、それは流石に年頃の女の子としてどうなんだろうか。

 

 彼女の口元を見ながら、そんなことを考えていたからだろう。

 

 

「────えっ?」

 

「ん?」

 

 目の前から、驚くような声が聞こえた。私が見ていたはぐみの口が僅かに動いて、それが彼女のものだと気がつく。

 

 少しだけ上へと顔を動かせば、赤みがかった茶色の瞳が、下から私の顔を覗き込んでいて。

 

 私とはぐみ。二つの視線が、一直線に重なった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

『今日はみんなで一緒に寝ましょう!』

 

 ────と、こころが突然そんなことを言い出した時は、正直驚いた。

 

 だけど、驚いたというのは……彼女の提案そのものに対してだけではなくて。

 

 どちらかといえば、その言葉に抵抗のない自分の方に。他の誰かがこころの寝顔を見ることや、私がこころ以外の人と寝床を共にするということに、嫌だという気持ちが湧いてこなかったことに気がついて、その事実に驚いてしまった。

 

 

 昨日はバンドのメンバー全員で、ライブ前最後のセッションがあった。場所はこころの家で、全員が全員……今までのどの練習の時よりも真剣な様子で、自分のパートを演奏していたと思う。

 

 午後いっぱいを練習の時間にしていたのに、終わるまでが一瞬のように感じられて。一種の催眠状態というか、極限状態というか。

 

 文字通り「時間を忘れてしまうほど」集中していて、練習が終わった時には、みんなが限界を迎えていた。あの薫さんでさえ、姿勢を崩して息を整えていた。その姿も絵になっていたのは、流石としかいいようがない。

 

 

 そんな中で一番元気だったのは、こころだった。時計の短針が七を回っていて、窓の外はすっかり暗く……いや、弦巻家の噴水を照らす照明でむしろ明るいくらいだったけれど。

 

 ともかく、すっかり日が落ちているというのに。地上のもう一つの太陽こと、私の大切な友人は…………いつもよりも嬉しそうな、輝くばかりの笑顔を浮かべていて。

 

 私も肉体的には余裕があっても、精神的な疲労は避けられないというのに。こころの場合は、そもそも「疲労」という概念を親のお腹の中にでも置いてきてしまったんだろう。

 

 汗をかいて、水分を摂って。呼吸を整えているみんなを見ながら、彼女はお泊まり会を提案した。

 

 

『みんなでひとつのベッドで寝るの! 寝る前には絵本を読んで、一緒にでんぐり返しをして、ババ抜きをするのよ! きっとすごく楽しいわ!』

 

『でんぐり返しとか……なんかすごく久々に聞いたんだけど』

 

『もちろん、ご飯もお風呂も一緒よ! せっかくみんなが揃っているんだもの、楽しいことをしたいわ!』

 

 

 昨日の翌日、つまり今日は私たちの記念すべき初ライブの日だ。当たり前だけど、メンバーは全員参加で、他の用事は一切入っていない。

 

 だから、まぁ。せっかくということならば、特に止める理由もなく。どちらかといえば、私を含めて全員乗り気なわけだから。

 

 とはいえ、なんの準備もしていないのはどうにもならないわけで。その場では一旦解散、それぞれが自分の荷物を用意して、もう一度こころの家に集合する流れになった。

 

 黒服の人たちが送迎してくれたおかげで、時間もそんなに経っていなかったし。気疲れしていたのは間違いなかったけど……それ以上に、楽しみだという気持ちが私の体を動かしていた。

 

 

 それで、何が起きたかというと。

 

 昨日の夜は、それはもう大騒ぎだった。改めて思い返すだけで、ため息が出てしまいそうなくらいには、色々と大変だった。

 

 こころだけじゃなくて、はぐみも、薫さんも。いったいどこにそんな元気を隠していたのかってくらい、平常通りの騒ぎっぷりで……花音さんなんてご飯を食べる前から船を漕いでいたというのに、あの三人ときたら。

 

 次の日が大事な日だというのに、あそこまで騒げるのはある意味すごいというか、なんというか。私がいうのもなんだけど、もっとこう、緊張とかしないんだろうか。

 

 そんなことを考えながら過ごした時間は、あっという間に過ぎ去っていって。パジャマ姿ではしゃぐこころたちに引っ張られて、喋って遊んで、気がつかないうちに寝てしまっていた。

 

 

 こころのベッドは、私と二人で寝てもスペースが余るくらい大きいものだけど。五人全員が入るほどかというと、流石に少し狭く感じてしまう。

 

 だから、まぁ、こころが全員で一緒に寝たいって言った時は。ちょっと無理があるんじゃないかと、そう考えていたんだけれど。私はこの期に及んで、弦巻家のことを……黒い服の人たちのことを見くびっていたらしい。

 

 私たちが一通りのイベントを楽しんだあと、こころの部屋へと立ち入った時には。彼女のベッドは当たり前のように、そのサイズをひとまわりもふたまわりも大きいものへと変化していた。

 

 …………というか、扉よりも幅があると思うんだけど。まさか、あの短時間で組み立てでもしたのだろうか。

 

 私にもできなくはないけれど、普通ならやろうと思わない。そういうことを、こころのためといって平然とやってのける彼女たちのことが、私はまだよくわかっていない。

 

 

「あ」

 

「美咲ちゃん?」

 

「あぁ、いや、なんでもないです」

 

 突然声を出した私を、花音さんが不思議そうな目で見つめてくる。ちぎったパンを持った手を振ってそれに応えれば、彼女は納得したように食事を再開する。

 

 なんでもない、なんて言い草はちょっと失礼だったかもしれないけど。

 

 そういえば、あの黒い服の人たち。

 

 実は、名前すら聞いたことがないような。こころのついでとはいえ、それなりにお世話になっているというのに。あの人たち個人のことを、私は何も知らない。

 

 今回のライブだって色々と……主にミッシェル関係で助けてもらってるから。我ながら……こう、流石にそれはどうなんだろうかと。

 

 少し恥ずかしいけど、あとで聞いてみようか。いや、でも、なんか気まずいというか。今さらな気持ちが拭えないというか。

 

 私の勘違いじゃなければ。彼女たちも、一線を越えないように接しているみたいだし。

 

 あくまでも付き人として、そこから一歩先に進まない。誰かがそう言ったわけじゃないけれど、そんな雰囲気は感じているから。決して私の言い訳作りとかじゃなくて、これは本当に。

 

 

「みんなで食べる朝ご飯、と〜〜っても! 美味しいわね!」

 

「ふふ、この苦味…………その、とても味わい深いね」

 

 なにもせずとも朝食が用意されているのも、黒い服の人たちがちゃんと手配しておいてくれたおかげだろう。

 

 こころを入れて、五人前。一般家庭だったら、ちょっとどころじゃなく普通に大変だけど。あまりにも当たり前のように用意されているから、その気遣いについつい甘えてしまう。

 

 というか、薫さんはそんなにブラックコーヒーが辛いなら砂糖とか入れればいいのに。相変わらず、変なところで見栄を張る人だ。

 

 こころとかにはバレてないんだろうけど。花音さんはその様子に苦笑していて、きっと私も彼女と同じ表情をしている。

 

 バンドの練習を重ねるに従って、一緒に過ごす時間が増えることで。薫さんのことも、少しだけ理解できるようになってきた。

 

 彼女の言葉を借りるとすれば……つまり、そういう人なのだろう。

 

 

 なんだかんだ、五人での朝食というのは初めてだ。こころと二人っていう条件であれば珍しいことでもないし、夕食であれば五人揃うことも何回かあるけれど。こうして朝から顔をつき合わせて食事を摂るというのは、なんだかんだ初体験だ。

 

 平日も休日も……バンドの練習とかで集まることはあっても、それ以外では時間が合わなかったりするし。二人や三人で遊べる機会はあっても、五人でとなると…………初ライブが近いこともあって、どうしても練習を優先してしまうから。二日連日で五人のスケジュールを合わせるというのは、あまり多くないし。

 

 まぁ…………これからは、こういう機会も増えていくのかもしれない。CiRCLEでのライブが終わったら、今度は文化祭でのライブで。今日と違って最初から持ち曲が用意できている以上、五人の集まる時間を全部練習に捧げる必要はないだろうし。バンドメンバーとしてではなく、女子高生という個人としての付き合いも、現在進行形で増えているわけだし。

 

 

 きっと、楽しい日々になることだろう。こころがいて、みんながいて、友達も増えて…………少しどころじゃないくらい、贅沢な悩みだけど。本当に、忙しくなりそうだ。

 

 だからって訳じゃないけれど、今日のライブは成功してほしい。いや、何がなんでも成功させる。そういう気持ちで色々やってきた。

 

 最初の体験、それも成功体験というのはすごく大切だ。これから先の活動のモチベーションにも関わってくるし、こころの願いを汲むとすれば、知名度や人気はいくらあっても足りないだろうから。

 

 

 まぁ、なんだかんだ理由を並べたところで。私はただ、みんなが楽しんでくれればそれでいいんだけど。失敗して落ち込んでいる姿とか、見たくないし。

 

 

 だから、なんというか。いつも通りに過ごしてくれれば、それだけで大丈夫だと思うからさ。

 

 その、朝のことはあんまり気にしないでくれると嬉しいんだけど。

 

 

「はぐみちゃん、大丈夫? さっきから一言も喋ってないけど…………緊張してるの?」

 

「う、ううん、はぐみは大丈夫だよ! たくさん練習したんだから…………今日は任せて!」

 

 口ではそういいながらも、花音さんと話しているはぐみの視線は、私の方へとチラチラと向けられていて。花音さんも花音さんで、はぐみの様子を見て、私の方へと意識を向けているのがわかる。

 

 私とはぐみの視線が、重なって──────。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ベッドの上での出来事が、頭の中に蘇る。

 

『みーくん……はぐみね、頑張ったんだよ』

 

 半分閉じられた、潤んだ瞳と。どこか夢を見ているような、ぼんやりとした表情。彼女が寝ぼけていたというのは、よくわかってる。

 

 わかっているからこそ、理解できない。彼女はなにを思って、あんなことを口にしたのだろうか。どうしてあんなに、辛そうな声をしていたのだろうか。

 

 どうしてあの時……私は、はぐみの心を覗くのが怖いと思ったのだろうか。

 

 

 

『はぐみ、みーくんのことが────』

 

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