奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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こんにちは新生活 2

  自分の部屋に友人を招くなんて、いつ以来の事だろうか。

 

 小学生の頃ですら、私はあまり人と積極的に関わる性格ではなかった。人間不振というわけではないにしろ、人間関係は希薄だったと思う。

 

 それは一足早く自意識が発達したことによる優越感だったのかもしれないし、単に人付き合いが苦手だったからかもしれない。実情を口にしてしまえば、私が誰かを自分の意思で招く機会というものは、片手で数えられるほどしか存在していない。

 

 唯一気を許していたはずのあの子すら、一度しか部屋にあげたことはないだろう。

 

 別にそのことに拒否感があったわけではない。なんとなく、本当になんとなくなのだ。私は誰かと部屋の中で過ごすことに、それほど関心を寄せていなかったのかもしれない。

 

 私にとって大切だったのは、あの公園であったり、公民館であったり。あるいは、星見の丘であったり。

 

 約束をして、逢引を重ねて、そしてまた次の約束をする。

 

 多分、そのことに拘っていたのだと思う。

 

 約束をすること、約束を守ること。その二つが、私を私らしく生活させてくれていたのだ。

 

 去年の夏に弦巻こころが祖母の家を訪ねてきた時でさえ、私は彼女を自分の部屋に招くことはしなかった。単に、その選択肢に思い至らなかっただけなのかもしれないけど。

 

 それが、ああ、なんてことだ。

 

 私の部屋に、弦巻こころがいる。

 

 私の大切な友人が、大切な人が。私に気を許して、私が気を許すことで。お互いの了承を得た上で、同じ屋根の下で行動している。それも、二人きりで。

 

 それを自覚してしまった途端、心臓が高鳴る音が聞こえた気がした。

 

 私の超能力による世界初のエンターテイメントは、とっくに終わっていた。家具はしっかり配置されているし、小物から何から何までしっかり収納されている。

 

 ダンボールは纏めて放置してある。今度燃えるゴミの曜日を確認して、ちゃんと出しておこうと思う。

 

 だから少なくとも、彼女の目に映る私の部屋は綺麗に整頓されていて、おかしなものはないんだと断言できる。

 

 できるのだが、だけど、これは、あまりにも。

 

 

 ────恥ずかしい。

 

 自分の部屋に、入れただけだというのに。

 

 彼女は特別なことは何もしていない。ただ、好奇心のままに周囲を見渡し、気になるものを物色しているだけだ。もちろん、事前に許可は出してある。隠すようなものは何一つないから。

 

 だけど、こうして楽しそうにしている彼女が、私の部屋で、全くの無警戒で、一緒にいるというだけで。

 

 私は胸の中がいっぱいになってしまっている。自分の部屋なのに、全く見たこともない場所のように感じられてしまう。いや、今日引っ越してきたばかりだから実際見慣れない場所なのだけれど。

 

 金色の妖精(こころ)がいるだけで…………こんな、何の変哲も無い部屋が、まるで夢の中であるかのように、現実味のない景色に変わってしまっていた。

 

 自分の体が、自分のものではないみたいだ。

 ああ、なんでだろう。こんなにも、こんなにも感情が叫び声をあげる。

 

 

 

このまま此処に閉じ込めて、永遠に二人で暮らしていたい

 

 

 

★ ★ ★

 

 

「美咲? どうしてそんな場所で立っているの? こっちにきたらいいのに」

 

「…………あ、ごめん。ちょっと呆けてた」

 

「美咲はいつも、なにか考え事をしているのね。楽しいこと?」

 

「まぁ、悪くはないよ」

 

「そう、それならよかったわ」

 

 

 飲み物の入ったコップを乗せたトレーを持ちながら、彼女が座って待っている卓のほうへと近づく。

 

 床には絨毯が敷いてあって、その上に足の短い丸卓が置いてある。卓のサイズは少し小さめで…………私が昔、家族と同じ屋根の下で暮らしていた頃から使っている馴染みの深い代物だ。今となっては数少ない、私と家族を繋ぐ…………いや、繋いでいると思いたい、そんな家具。

 

 かつては妹と一緒に囲み、目を輝かせるあの子の前で不器用な手つきで羊毛フェルトを作ったものだった。妹はまだ幼くて、ちょっとした針すら持つことを禁じられていたから。裁縫に興味のある妹の代わりに、よく私が針作業をしていた。

 

 まぁ、もう二度とそんな機会は無いんだろうけど。

 

 その卓をこうして、弦巻こころと一緒に囲むことになるとは。人生というものは本当に些細なことで、想像もできない方向へと進むものだ。

 

 

 こんなこと、言えないけれど。

 

 私を見て無邪気に笑う彼女の姿が、一瞬だけ、妹の姿と重なった。五年前の、まだ本当に幼かった頃の姿だ。それは彼女とは似ても似つかないというのに、瞳だけは同じように輝いていて…………それはまるで、星を称えた宇宙のように眩しく、私には直視できないもので。

 

 もはや癖になっているのだろう。片手で帽子の鍔を下げようとして、その手が宙をからぶる。そうだった、室内に入ったから脱いでいたんだった。

 

 そんな変な動きをした私を、弦巻こころは不思議なものを見る目で見つめている。恥ずかしい、顔を隠してしまいたくなる。

 

 

 もう、ほんとうに。

 

 ダメだなぁ、私。自分では振り切ったつもりだったけど、未練タラタラじゃないか。

 

 妹と私は同じ部屋で過ごしていたから。だからきっと、自分の部屋というのは私にとって特別な空間なのだ。今はもう手に入らない、かけがえのない思い出が詰まった、そんな場所。

 

 意味がないとは思いつつも、想像してしまう。

 

 両親が本当にお互いを愛し合っていて、離婚なんて想像できないような関係で、だから私もこの街から離れることがなくて、妹弟たちと道を違えることもなくて。

 

 そして、私の部屋にあの子(・・・)とこころを招くことができたら、どれだけ幸せだっただろうかと。

 

 

 …………いや、本人を目の前にして無い物ねだりをするなんて、流石に失礼だろうか。彼女は気にしないだろうけど、私は気にしてしまう。

 

 こうして弦巻こころを招くことができただけで、十分なのだ。こんな私には、勿体無いほどだ。彼女という素晴らしい友人と、特別な日に、特別な場所で、一緒に過ごすことができる。それ以上を望むなんて、高望みが過ぎるというものだろう。さすがに、バチが当たってもおかしくはない。

 

 絨毯の上にゆっくりと腰を下ろして、卓の上にトレーを乗せる。バニラアイスを乗せた、メロンソーダ。妹も弟も、そして私も、これが大好きだった。

 

 ファミレスでよく頼む私を見て、母親が家でも口にできるようにと、わざわざ専用のグラスを用意してくれた。アイスを丸く取り出すための、ディッシャーも一緒に。

 

 あの頃の母の優しさを、いつまでも信じることができたのなら。私が超能力なんて力に目覚めなくて、その心の中を知り得なかったのなら。

 

 もしかしたら、今もみんなでこの味を────。

 

 

「これ、美味しいわっ! 美咲、あなたもそう思うでしょ!」

 

「あはは、喜んでくれてよかったよ」

 

 弦巻こころの笑顔が、私の心を晴らす。それはまるで、私の分まで喜んで笑ってくれているようで。こんな風に笑顔を浮かべていた頃が私にもあったんだなと思うと、少しだけ気持ちが楽になった。

 

 多分、私も自然に笑えているんだと思う。遠視で確かめる必要もない、だって、私の顔を見つめる彼女はこんなにも、嬉しそうなのだから。その瞳に映る私の笑顔も、きっと素晴らしいものであるに違いない。少なくとも、彼女が満足してくれる程度には。

 

 

「ありがとう、こころ」

 

「…………? よく分からないけど、どういたしましてっ!」

 

 

 あぁ、なんて眩しい────。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 楽しい時間ほど、早く過ぎ去っていくものだと。なんか去年の夏も同じことを思った気がするけど、やっぱりその事実は不変のものだった。

 

 弦巻こころはいつも、一日を刹那のごとく感じているのだろうか。あれだけ楽しいことばかり探しているんだ、きっと気がつけば夜になっていて、そして翌日のことを考えながら眠りにつくのだろう。「明日はどんな楽しいことがあるんだろう」と。

 

 サンタクロースを信じる子供のように純粋で、無邪気に。望む明日が当たり前のように訪れると、疑うことすらせずに。

 

 そんな、終わりのない毎日を過ごしているのだろうか。

 

 

「今日は、楽しかったよ」

 

「あたしも楽しかったわっ! また一緒に引っ越し、しましょうね!」

 

「いや、引っ越しはしないから! …………せっかく、住み始めたばっかりなんだからさ」

 

「あら、そうなの。それは残念ね」

 

「そういうなんでも無茶言うところ、なおしたほうがいいと思いますよー」

 

「…………? 美咲がいうなら、そうするけど…………でも、あたしって無茶を言ったことなんてあったかしら」

 

「…………まぁ、あんたはそういう奴だよね」

 

 

 コロコロと表情の変わる彼女は、自分の感情をとても素直に表現しているんだなって、そう思う。

 

 それがとても羨ましくて、それでいて、絶対に自分には無理なことなんだなと。彼女が聞いたら、「やる前から諦めるなんて」と憤慨…………憤慨? いや、なんていえばいいんだ。叱咤…………? まぁ、なんでもいい。そう言ってきそうなものだけれど。それでも私には真似できないことだと、素直に感心してしまう。

 

 人が誰しも彼女のように生きることが出来たら、どれだけ素晴らしいことだろうか。いや、間違いなく社会は混乱するし秩序は乱れてしまうだろうけど、そんなことを気にする人がいなくなれば、問題じゃなくなる。だって、弦巻こころなら絶対に気にしないから。

 

 それはやっぱり、誰にも真似できない生き方なんだろう。

 

 人を遥かに超越した力の持ち主である私ですら、他者の視線を気にしてしまうのだから。なんの力も持たない普通の人なら、尚更難しいんだ。

 

 もしかしたら、私が気にしすぎなのかもしれないけれど。

 

 今だってそうだ。彼女から向けられる好奇の視線が、親愛の眼差しが、いつ化け物を見るそれにかわってしまうのかと、怯えている。

 

 相手を信じられないから、ではない。こんなにも大切に思っていて、それなりの密度で交友を深めた相手だ。人となりは大体理解しているし、人柄の良さは疑うべくもない。

 

 私が信じられないのは結局、私自身なのだ。私がいつ、自分の醜い本性を白日の下に晒して、ドス黒い欲望のままに振舞ってしまうのか。それだけを恐れて、怯えている。

 

 距離が近づけば近づくほど、恐れは強くなる。それはまるで、自分の針で仲間を傷つけることを懸念するハリネズミのような心。好きであればあるほど、体と心を寄せたいと思うほどに。逆に引いてしまいそうになる、そんなジレンマ。

 

 彼女と一緒に過ごせば、いつかはこの気持ちにも決着がつくのだろうか。そうであればいいなと思う。神様に願うなんて歳でもないけれど、星に願うくらいならば許されるだろう。きっと、喜んで叶えてくれる。だって、約束したはずなのだから。

 

 

「こころ、これ…………あんたに受け取ってほしい」

 

 震える手でポケットから取り出したそれ(・・)を、彼女へと差し出す。柄にもなく緊張しちゃって、声が不自然に高くなってしまう。

 

「あら、なにかしら」

 

 興味を乗せた瞳を、私の手のひらへと向ける。それだ、それなんだよ、こころ。もっと、もっと私のことを見て、私に、わたしに興味を持ってほしい。よそ見をしないで、私のことだけを────。

 

 油断すればすぐに暴れそうになる感情と思考に蓋をして、口を開く。

 

 

「私の家の…………鍵、だよ。あんたに持っていてほしい」

 

 いや、流石に重すぎるだろ。って、自分でもそう思う。この世界のどこに、引っ越し当日に友達に自分の家の合鍵を渡す女がいるんだって、本当にそう思う。

 

 でも、あえていうならば。そんなバカみたいな女が、此処にいたんだよ。驚きだけど、バカみたいだけど。

 

 自分でもなんで、そんなことを思ったのかは分からない。だけど、その気持ちに嘘はつけなかった。

 

 弦巻こころには、私の全てを受け入れてほしい。だから、彼女には、どうしても、どうしても、この約束を、誓いを、果たして、約束を、約束、あの断末魔を、助けを求める声を、契約を、許してほしい、受け入れてほしい、約束だ、約束なんだ、だからこの気持ちを────。

 

 

「うーん、あたしにそれは必要ないと思うけど」

 

 拒絶、の、こ、えが────。

 

「だって、美咲はあたしが遊びに来たら…………いつでも迎え入れてくれるんでしょ? だったら必要ないじゃない。あたし、また美咲に『ようこそ!』って言ってほしいわ」

 

 

 ────私は、いったいなにを怯えていたのだろうか。

 

 そうだった、この子は私とは違う。

 

 約束を守れなかった私とは、違うんだ。そんなことすら、忘れていた。

 

 鍵を差し出した手を引っ込めて、代わりになにも持ってない腕を差し出す。

 

 流石というべきか。

 

 なにも言わなくても、彼女は私の考えを汲んでくれた。

 

 彼女の両手が私の掌を包み込み、ブンブンと大きく振り回す。私は鍵をしまった方の手で、そっと頬をかいた。胸の内に湧くこの感情に、なんと名前をつけようか。人の心が読めても、自分の感情一つ分からないなんて、本当に笑える。

 

 

「これからよろしくね、こころ」

 

「ええ、一緒に楽しいことを探しましょう!」

 

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