奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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こんにちは新生活 4

 人の心を覗くということの意味を、考えたことがあるだろうか。超能力を使える私には、その在り方がよく分かる。

 

 人の心というものは、決して嘘をつくことができない…………いや、その言い方は正確ではないか。

 

 正しく表現するのであれば、人の心は表面的には嘘をつくことができる。

 

 たとえ口頭でどれだけの言葉を重ねていても、じゃあ心の中でその言葉通りのことを考えているかというと、それは違うということは誰もが理解しているだろう。本音と建前、というやつだ。

 

 人は普通、心の中の本音を隠そうとしない。だって、そうだろう。普通の人間であるならば、心の中を読むことなんて所業は不可能なのだから。ありえないことを警戒する人はいない。誰にも知られることがない以上、心の中の本音を隠そうとする人なんているはずもない。

 

 だけど、隠そうとすれば隠すことはできる。

 

 「思い込む」というやり方だ。それも、生半可なものではない。自分で自分が嘘をついていることが分からなくなるほどの、自分自身を騙すような、強烈な思い込み。

 

 いうなれば、虚言癖の人間がこれに該当する。彼らは自分が嘘をついているという自覚がない。口にした嘘こそが自分にとっての真実で、嘘を本気で信じて嘘をつく。まぁ、一種の狂人だ。

 

 嘘をついている自覚がないのだから、心の中に隠された本音は存在しない。だからこそ、心を読まれても建前が建前であるとバレる心配がないのだ。

 

 それが、表面的には嘘をつくということ。

 

 あ、そうだ。これは漫画からの受け売りだけど、「何も考えない」という方法で内心を悟らせないやり方がある。こちらは現実で遭遇したことがないから、なんとも言えないけど。

 

 バトル物の作品において、敵キャラが読心能力を持っている場合はこの二つの方法が主な対策になることが多い。たしかに、考えれば考えるほど理にかなっているだろう。

 

 なんなら、認識に干渉するタイプの能力者が自分自身の「思い込み」を強化してトリックスター的な活躍をする場合だってある。むしろ、王道といっていいだろう。王道といわれるほど使われている展開だということは、実際にそれだけ読心能力に対して有効打になりうると考えられているからこそだ。

 

 

 

 だけど、それは私には通用しない。

 

 なぜなら私のいう「読心能力」というものは、表面的に何を考えているかを悟るだけのものではないからだ。

 

 表層意識と深層意識、という言葉がある。厳密にはちょっと違うかもしれないけど、読心能力ときけば大体の人は、この表層意識の方を想像するだろう。

 

 人が自分でコントロールできるのも、この表層意識の方だ。そして表層意識であっても、コントロールできる部分は二割にも満たないといわれている。

 

 対して、私のテレパシーは相手の深層意識まで読み解くことができる。

 

 普段からそんな事をしているわけではない。人の心の中に踏み込むという行為は、いうなれば自分の知らない異世界に迷い込むのと同じなのだ。深く入り込めば帰ってこれなくなる可能性もあるし、飲み込まれてしまえば自分自身を見失う。

 

 感受性の高い人がクオリティの高い物語に触れた時、「人生観が変わった」と口にすることがあるだろう。あれと原理的には同じだ。人の心は多かれ少なかれ、物事から影響を受けて成長する。劇物に触れてしまえば、その変化も著しい。

 

 だから、普段は人の表層意識を「心の声(聴覚)」という限定された感覚のみで読み取っている。ラジオで声だけを聞くのと、テレビで映像を見るのとでは、感じ方の程度にも差が出るだろう。概ねそんな理屈だ。声として聞くだけならば、そこまで影響されることがない。

 

 

 じゃあ、深層意識を読み解くということがどういう事なのか。

 

 それは大袈裟に言えば、一つの人生を遡るのと同義だ。

 

 人の心とは、深層意識というものは。その人がそれまでに歩んできた一生をかけて育まれていくもの。思い出の中にある一つ一つの出来事が心に影響を与えて、与えられた知識が枠を作り、経験が精神を研磨する。

 

 生きてきた年月を濃縮して、一つの形に纏める。

 

 それこそが人の心であり、精神。

 

 人格、と言ってもいいかもしれない。

 

 言葉を尽くして説明したけれど、これも本当の意味で心を表現できているかは怪しいところだ。

 

 私には人の心を言葉で説明しきるほどの語彙力がないのだから。いや、たとえ語彙力があったとしても、だ。

 

 自分の見ている景色を言葉で説明して、他の人の頭の中に全く同じ風景を再現できるかといえば、それは不可能だろう。それと同じこと。

 

 私とそれ以外の人とでは、人の心に対する認識があまりにも違いすぎる。

 

 私の見ているものを、他の人たちは見ることができない。私の感じているものを、他の人たちは感じ取ることができない。

 

 私が六感全てを使って「視て」いるものを、常人は想像することでしか認識できない。

 

 だからこれは私だけが知っていることで、私だけに許された特別な権利なのだろう。

 

 弦巻こころという、誰よりも純粋な心の持ち主を。私だけが理解しているのだ。

 

 

 純粋であるということは、それほど難しい事ではない。

 

 それこそ、人は誰しも純粋だった頃があるではないか。そう、子供の頃は誰だって純粋だった。私だってそうだ。

 

 人によって程度は違うだろう。サンタさんなんかいないという事実に気づくまでの時間ですら、個人差があって然るべきなのだから。

 

 純粋であるということは、その言葉の通り、まじりけがないということだ。邪念がないということで、擦れていないということだ。

 

 

 そう、人は誰しも純粋「だった」。

 

 本当に難しいのは「純粋なまま成長する」という事なのだ。

 

 そもそも成長するということ自体が、大人になっていくという意味なのだから。子供から純粋さを奪っていって、やがて大人になる。その過程こそ、人は成長と呼ぶ。

 

 

 だから、あの子が、弦巻こころが。

 

 

 ────あまりにも、純粋すぎたから。

 

 まるで、自意識が発達したばかりの子供のように。

 

 世界中に好奇心を向けて、知ったものや体験したこと、その全てをまじりけのないまま受け入れていたから。

 

 子供よりも、純粋だったから。

 

 だから私は、無意識のうちにあの子を歳下だと思いこんでいたんだ。発育がいいだけの、ただの「子供」だと思っていたんだ。

 

 だって、いったいどう育ったらあんなふうになるんだ。あんな、誰よりも広大で、どこまでも果てがなくて…………私と同じ年月を過ごしているはずなのに、私とはあまりにも違いすぎる。

 

 

 認めたくない。認めたくなかった。

 

 嘘だと思いたかった。

 

 あの子は私の友人で、恩人で、暗闇から引っ張り出してくれた、手を引っ張ってくれた、心を救ってくれた、笑顔をくれた、思い出させてくれた、そんな、なによりも大切な、大事な人なのに。

 

 なのに、なのに、私は、わたしは、あの子のことを、弦巻こころのことを、ちょっとだけ、少しだけでも────。

 

 

 

 

 ────まるで、人間じゃないみたいだ。

 

 

 なんて、思ってしまったのだから。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「奥沢さん、代表挨拶カッコ良かったよ!」

 

「入試を満点で合格したって本当? なんか話題になってたよ」

 

「奥沢さんって部活動に興味はありますか? よかったら、その、一緒に見学に…………」

 

「奥沢さん」「奥沢さん」

 

 

 いや、落ち着いてほしい。

 

「ち、ちょっと落ち着いて」

 

 この状況はなんなんだって思うかもしれないけれど、一番困惑しているのは私だ。

 

 入学式が無事に終わり、私は教室でガイダンスを受けていた。いや、そこまでは良かったんだ。

 

 問題はそれが終わって、いざ解散ってなった後のこと。

 

 私はなぜかクラスメイトの女子達に囲まれて、その…………ええと、私の勘違いじゃないんだったら、結構好意的に話しかけられているんだと思う。

 

 いや、転校生ってわけでもないのにこの展開はちょっとおかしくない? 私が目立つような要素って、新入生代表挨拶をしたくらいだよ? っていうか、なんで私の入試結果が公然の事実みたいになってるんだ。

 

 たしかに何も知らない人に話しかけるよりは取っ掛かりがある分やりやすい方だと思うけど、だからってこんなに殺到するほど? 女子高生の行動力、侮りがたし、かな。私もその女子高生なんだけど、ちょっと理解できない。

 

 

 まぁ、それはいい。それよりも大事なことがある。

 

 同じクラスに弦巻こころがいるという事実は…………なんとか飲み込んだ。私が彼女に抱いていた歳下という印象は一方的なもので、実際には同い年であるということも、まぁ受け入れられないことはなかった。

 

 いや、本当にびっくりしたけど。

 

 こんなに驚いたのはいつ以来だろうか。両親が二人揃って不貞をしていると知ってしまった時にでさえ、ここまで驚かなかったのではないだろうか。いや、流石に大げさかな。笑えないし。

 

 自分では平静を取り戻したと思っていたけれど、こんなことを考えている時点でまだまだ動揺が抜けていないのがよく分かるよ。落ち着くのはお前だよ、奥沢美咲。

 

 だって、そりゃあさぁ。私だって嬉しいか嬉しくないかで言ったら、嬉しいに決まっている。

 

 同じクラス、同じ教室だよ?

 

 友達が多い人には分からないかもしれないけどさ。これって、私みたいなのにとってはもう運命みたいなものなんだよ。

 

 正直に言ってしまえば、今すぐ抱きしめて喜びを分かち合いたいって思ってるくらいには、本当に嬉しいんだ。

 

 でも、あの子ときたら。

 

 入学式ではあんなに周りの空気を読まずに手を振っていたくせに────。

 

 

 なぜかやたらボディタッチの多いクラスメイトたちのアプローチを受け流しながら、あの子の方へと視線を向ける。いや、ほんとなんでこんなに声をかけられているんだろう。女子校ってみんなこうなの? 勢いと距離感が尋常じゃないと思う。

 

 

「────、────♪」

 

 

 私がこんなに助けを求めているのに、弦巻こころは呑気に鼻歌なんか歌いながら、机に向かって作業をしている。いや、っていうかガイダンスの間もずっとそれやってたよね? なにしてんの? なんでよりによってこの瞬間に、クレヨンでお絵描きしてるの? 懐かしいな、それ。

 

 まったく、本当に自由なやつだよ。

 

 私はこんなにあんたのことばっかり考えてるっていうのに。あんたは私に視線を向けてすらくれないのかって。

 

 そんな、全くもって的外れな感情なんだろうけど。でも、やっぱり少しだけ悲しくて。

 

 今はただ、少しでも多く君と話したいから。

 

 大人しく話しかけられるのを待っている、なんてことはしない。一人で悩んでいた頃のように、誰かに引っ張ってもらうまで動けないような、そんな弱い私じゃないから。

 

 だから、ごめん。

 

 なにがそんなにあなた達の興味を引いたか分からないけど、今日は付き合えない。

 

 

「あ、あの、奥沢さん、わ、私のこ────」

 

「みんな、誘ってくれるのは嬉しいんだけど…………その、今日はちょっと用事があるから…………ごめん、また明日、声かけてくれると嬉しい」

 

「そっかぁ、残念だけど…………仕方ないね」

 

「あ、明日…………その、一緒に、あの…………」

 

「あっ、奥沢さんちょっとまっ────」

 

 

 

「じゃあ、また明日」

 

 入学式で少しだけ重たいカバンを持って、あの子の…………弦巻こころの方へと向かう。

 

 いや、なんだろう。やけに視線を感じる。教室のみんなが、こっちを見ているような…………?

 

 まぁ、どうでもいいか。

 

 

 お絵かきに夢中な弦巻こころの目の前にカバンを置けば、彼女はようやくこっちの存在に気がついたのか、顔を向けてくる。

 

 憎たらしいくらいに楽しそうな笑顔を見て、思わずこっちも口元が緩む。

 

 だらしなく崩れてしまいそうな表情を引き締め、口を開いた。

 

 

「ほら、一緒に帰るよ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「それで、なんで黙ってたの」

 

「…………? 黙ってたって、なにが?」

 

 

 二人で歩く帰り道。両手を水平に広げて縁石の上を歩こうとする彼女を「危ないから」と抑えて、私が道路側を死守する。

 

 不満そうな顔をしていた弦巻こころは、何かを思いついたような笑顔を見せると、私の鞄を持っていない方の腕へと両手を絡めて歩き始めた。ちなみに、彼女は鞄を持っていない。なんでだか知らないけど、多分黒い服の人達が持っているんだろうって思う。

 

 この距離感と体勢で歩くのにも、ここ数日でだいぶ慣れてきた。彼女は私が想像していたよりも遥かにスキンシップを好むらしい。嬉しいやら、恥ずかしいやら。でも、悪くない。

 

 頭に疑問符をつけて私の言葉を聞き返してくる彼女は、惚けているような雰囲気はこれっぽっちも感じられない。きっと、本気でそう言っているのだろう。

 

 

「だから、同い年だってこと。私…………ほら、あんたのこと、結構歳下扱いしてたじゃん? あ、やだ、なんか思い出したら恥ずかしくなってきた」

 

「そうだったの? あたし、全然気づかなかったわ! それにしても…………美咲とあたしは同い年なのに、変な話ね。あたしは、美咲が同い年って知ってたわよ!」

 

「そりゃあ、高校に入学するために越してくるって言ってたからね」

 

 

 嘘をついている気配はなかった。念のため表層意識を汲み取ったけれど、違和感に思うことは何もなかった。

 

 いつもと同じように、考えたことをそのまま口にしているみたいだ。ここまで隠し事に向いていない性格の子も、そうそういないだろう。

 

 ああ、私の杞憂だったんだ。もしかしたら、なんて考えていたけど。

 

 この子は私をビックリさせたくて黙っていたわけじゃなくて、本当に偶々お互いの情報のすり合わせがなかっただけだったんだ。

 

 結果的に、これ以上ないサプライズになったわけだけど。

 

 

「それよりも美咲、よかったの?」

 

「えっ、なにが?」

 

「ほら、美咲、すごい人気者だったじゃない! やっぱり分かるものなのよ、美咲はすごい人間なんだって。せっかく仲良くなれるチャンスだったんだから、もっとお話しててもよかったんじゃないかしら?」

 

「いや、流石にちょっと勢いが強すぎて…………っていうか、こころ、あんた」

 

 少しだけ驚いて、視線を前から彼女へと向ける。彼女は優しい瞳で私を見つめていて、その眼差しで、なんとなく頬が痒くなった。

 

「…………?」

 

 彼女が首を傾げ、私の腕へと頬がぶつかり、柔らかく潰れる。それがなんかちょっと間抜けで、私は笑いそうになる自分を抑えて、言葉を続けた。

 

「いや、見られてたんだなって思って」

 

「当然じゃない。あたし、ずっと美咲のことを見ていたのよ」

 

「いやいや、お絵かきに夢中になってたじゃん」

 

「あれは楽しかったわね!」

 

 

 短いやり取りだったけれど、それだけで理解した。あぁ、なんだ、彼女は私のためを思って、話しかけてこなかったんだ。

 

 クラスメイトから話しかけられている私を見て、私が気兼ねなく会話を続けられるようにと。そう考えて、私から話しかけてくるのを待っていたんだ、この子は。

 

 自分も、会話に加わりたかっただろうに。むしろ、そうしなかったことを不思議に思っていたけれど。

 

 多分、これも彼女なりの優しさというか、思いやりに近いんだろう。

 

 あれだけ自由に生きているくせに、そういうところだけ余計な気を回すんだから、なんというか、彼女に似合わない表現だけど、ちょっといじらしいじゃないか。

 

 心配してくれていたのかもしれない。私が、新しい環境に馴染めるのかって、、

 

 彼女のことだから、そこまで考えていないのかもしれないけれど。それでも、その心使いを私は嬉しいと思うし…………ちょっとだけ、寂しくも思う。

 

 そんな、まるで遠慮するみたいな。それは、あんたには似合わないやり方だよ。

 

 

「ねぇ、美咲。まだ言ってなかったことがあるの」

 

 腕から手を離して、弦巻こころは私の目の前に立った。踊るようなステップを踏んで、演劇の舞台に立つ役者のように、両手を広げながら。

 

 ちょうど、登り坂の途中だったから。

 

 太陽を背にした彼女の姿は、まるで御伽噺の世界から飛び出してきたかのように神秘的に見えて。やっぱり君は、こんなにも眩しいんだなって。心の底から、そう思った。

 

 小さな口が、言葉を紡ぐ。

 

 

 

「美咲、入学おめでとう! これからもよろしくね!」

 

「あんたも、入学おめでとう。これから…………うん、よろしく」

 

「ありがとう美咲、あたしは『えすかれーたーぐみ』? ってやつらしいから。あんまり入学おめでとうって感じはしないけれど…………あなたと一緒に高校生になれて、本当に嬉しいわ」

 

「…………私も、だよ」

 

「それじゃあ、両想いね!」

 

 

 そうだね。この気持ちが片想いじゃないのなら、私にとってそれ以上のことはないよ。

 

 あんたはいつも、私が一番に欲しい言葉をくれるんだね、こころ。

 

 

 私にだけは分かる。彼女の言葉には、偽りも、まじりけも、全く含まれていないことが。

 

 その心の中に浮かんだ言葉を、そのまま素直に口にしているということが。

 

 だから私も、捻くれた性格の私でも、彼女の前では素直な言葉で、まるで子供の頃に戻ったかのような、純粋な気持ちで想いを伝えられる。

 

 本当にすごいのはあんたなんだよ、こころ。

 

 私だけが知っている、私だけが本当の意味で理解できるんだ。

 

 今はそれだけが、堪らなく嬉しかった。

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