奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 最初の部分に少し不快になるかもしれない表現があります。少なくとも僕も書いてて多少なりとも辛かったので、そういうのが苦手な人は注意してください。


こんにちは新生活 5

 …………なんとなく、想像していたことだったけど。

 

「奥沢さんって凄いよね…………“あの”弦巻さんの手綱を完全に握ってるじゃん」

 

「弦巻さんがあんなに大人しく誰かのいうことをきいたの、初めて見た…………」

 

「うちらには真似できないよね…………あんな風に気軽に接したら、ほら、ちょっと怖いし…………」

 

 

 弦巻こころという少女はこれでもかというくらい、腫れ物を触るような扱いを受けていた。

 

 彼女と一緒に机に向かい合う私を、クラスメイト達はみな遠巻きにしならがらも、それでも無視することなく話題にしている。

 

 彼女たちは小さな声で言っているつもりなんだろうけど、私には全て聞こえていた。自分たちは無関係だという態度をとる彼女達に思うことがないわけではなかったが、そこに悪口が含まれていないことだけは、私にとっても救いだった。

 

 

 たしかに、弦巻こころという存在は集団において異質に映るだろう。なにせする事なす事全てが突拍子もなく、それでいて当人の性格が底抜けに破茶滅茶なのだから。まぁ、近寄りがたいというのはよくわかる。

 

 入学式の翌日、私はクラスメイト達に囲まれ、弦巻こころとの関係を問いただされた。いや、そんな乱暴ではなかったけれど、有無を言わせない迫力のようなものを感じたのは事実だ。

 

 私が彼女と友人関係にあるということを伝えると、クラスメイトたちは一歩引いた。そして、その反動とでもいうのだろうか。次の瞬間には全員が全員、前のめりになって弦巻こころについての情報を口にしてきたのだ。

 

 まぁ、そのほとんどが悪意のないもので。弦巻こころがどれだけ勝手気儘に生きているのか、だとか。実家がすごいお金持ちで怒らせたら怖い、だとか。急に距離を詰めてくるからどう反応すればいいのか分からない、だとか。そういった類の話だった。

 

 そして最後にはきまって、こう口にするのだ。

 

 「どうやってそんなに仲良くなれたの?」と。

 

 正直、少しイラついたのは事実だ。

 

 彼女たちに悪意がないのは分かっている。私の前では、どれだけ巧妙に隠したとしても嫌悪感を誤魔化すことができないのだから。そういったものがなくて、純粋に好奇心やら感心で声をかけてきたことは、よくわかった。

 

 それでも口を大きくして言いたい。余計なお世話で、無遠慮が過ぎるのだと。

 

 悪意がなければなんでもしていい、なんて馬鹿げた理屈は存在していない。たとえ悪気がなくても、他人の交友関係に深く踏み込むのはデリカシーにかけた行為だ。

 

 ただ、一つだけ良かったことがある。

 

 それは彼女たちの中で誰一人として、弦巻こころの悪口を言わなかったことだ。

 

 彼女の実家を恐れているだけなのかもしれないけれど、それは結果として、私の感情の導火線に火をつけることがなかったのだから。

 

 

 しかし私はこんなにも、短気な人間だっただろうか。

 

 もしもあの時、少しでも彼女が貶められていたとしたら。私はきっと、自制心を失って怒り狂っていただろう。そうなれば、高校入学と同時に村八分になっていたかもしれない。そして、私と一緒にいる弦巻こころの評判を、より悪いものへと変えていただろう。

 

 それだけは、許せない。私が彼女の重荷となってしまうことだけは、たとえ弦巻こころが許したとしても、私自身が許せないのだ。

 

 だから、というわけではないけれど。

 

 そうならなかっただけ、まだ全然マシなのだと。私は、そう思う。

 

 

 それに、分かったこともある。

 

「こころ、頬にご飯がついてるよ」

 

「あら? 気がつかなかったわ」

 

「ほら、取ってあげるから動かないで」

 

 弦巻こころと一緒にいる間は、あの勢いのすごいクラスメイト達も、決して近づいてこない。彼女が謂れのない理由で不当に扱われているなら怒ったかもしれないけれど、危害を加えるつもりもないのなら、流石に私の気にしすぎだというものだ。

 

 それに、感謝しないこともない。

 

 こんなこと、考えてはいけないと分かっているのだけれど。

 

 クラスメイトが自発的に離れてくれるのであれば、弦巻こころはそこに深く踏み込まない。それはきっと、全ての人たちが楽しく生きてほしいと願っているからこそ。一歩引いた態度をとる相手には、彼女はそれなりの距離感で接するのだ。

 

 いままで私は、弦巻こころが他の人とどんな風に接しているのかを知らなかったから。

 

 心の底から不安だった。弦巻こころが、その他大勢と接するのと同じような態度で、私に接しているのではないのかと。

 

 だけど、それは違った。

 

 私はこのクラスに入ってから、その確信を得たのだ。

 

 間違いない。私は弦巻こころにとっても、特別な存在なのだ。

 

 クラスメイトと私たちの間に引かれた見せない線が、それを教えてくれた。

 

 ああ、なんて喜ばしいことだろう。

 

 私は彼女たちとは違うのだ。このクラスの中で、私だけが許されているのだ。

 

 弦巻こころに近づくことも、弦巻こころに触れることも、弦巻こころの関心を得ることも。

 

 少なくとも今だけは、私一人に与えられた権利なのだ。

 

 それが分かっただけで、私は満足だった。たとえ後ろ指さされようとも、遠巻きに噂されたとしても。私たちの間に結ばれた友情には指一本も触れることができない。

 

 このクラスで弦巻こころの友達は、私一人なんだ。

 

 

 いや、自分でも分かっているんだ。そんな事を考えるような、歪んだ感情を抱いている私は、弦巻こころの隣に立つには相応しくないんだって。

 

 友達が恵まれない環境にいることに心を痛めるならまだしも、それを喜んでしまうなんて。なんて捻くれた性格なんだ。そんなの、私だって嫌だよ。嫌なんだ、こんな自分が。

 

 だからなるべく、そういう暗い優越感を表に出さないように努力はしているんだよ。

 

 でも、ダメなんだ。私には、『奥沢美咲(化け物)』には、どうしても彼女の存在が必要なんだ。

 

 その他大勢の、名前も知られていない数多の星々の一つには、なりたくないんだよ。

 

 控えめに表現しても、とても醜い本性だ。まるで、人間じゃないみたいだ。

 

 ああ、普通の友達であるということは、こんなにも難しい。

 

 この気持ちに名前をつけるとすれば、それは間違いなく────。

 

 

「独占欲、なんだろうなぁ」

 

「…………? 美咲、なにかいったかしら?」

 

「ううん、なんでもない。あと、私お腹いっぱいだから。そんなに気になるんだったら、私の唐揚げ、食べていいよ」

 

「本当! じゃあ、ありがたく頂くわね」

 

 

 私の弁当からおかずを取り出す彼女の、その満足げな表情を目にして。やっぱり、思わずにはいられなかった。

 

 彼女の浮かべる笑顔を、独り占めしたい。

 

 その特別な微笑みは、私一人にだけ向けていてほしいと。

 

 それが間違った想いであるという事を、自覚していながらも。私はやっぱり、どうしても祈らずにはいられないのだ。

 

 

「あー、よかったら卵焼きも食べる?」

 

「ええ、いただくわ! 美咲は料理がとても上手なのね!」

 

「はは、ありがとう」

 

 

 ほしくてほしくて、堪らない────。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 今日も学校が終わった。授業はまだそこまで難しくない。中学校で習ったことのおさらいのようなものなのだから、当たり前だけど。

 

 私はもともと、そこまで頭の出来がいいわけじゃなかった。

 

 小学校の時も上から数えた方がはやいとはいっても、内容は高が知れている。そりゃ悪い点数を取ることはなかったけど、決してずば抜けて知能が高いというわけじゃなかった。

 

 それが変わったのは、高熱を出した五年前のあの出来事の後だった。そう、私が超能力を使えるようになったあの頃だ。

 

 私は自分の知能がたった数日のうちで、常識ではあり得ないほど向上しているという事実を理解していた。

 

 それは天啓のように、空から落ちてきたものだった。

 

 超能力を使えることを、誰に言われるでもなく理解していたように。私の頭の出来が見違えて良くなったことも、自然と認識できていた。

 

 まるで、超能力という力を使いこなせるように。劇物を注ぎ込んでも壊れてしまわないように、器そのものを全く別のものへと取り替えたようだった。

 

 もちろん、最初の頃は動揺していた。

 

 自分が自分じゃなくなった気がして、吐きそうになった。なんとなくズルをしているような気持ちになって、後ろめたい感情を抱いたりもした。

 

 でも、自己正当化かもしれないけれど。

 それが決して悪いことではないということも、なんとなく理解していた。

 

 動揺していたのは、最初の数日間だけだった。感覚にもすぐに慣れて、できることが増えた事実を喜んだ。超能力と一緒に、絶対に使いこなすと決心もした。まぁ、それも両親のことを知るまでの短い期間だったけれど。

 

 えっと、なんの話だったっけ。

 

 ああ、私がどうして入試で一位をとって、代表挨拶をする事になったのか。それには、こんな深い理由があったということ。

 

 とにかく、そのおかげで学業には苦労していない。

 

 だから、私が悩んでいるのはそれ以外のことだった。

 

 そう────────。

 

 

 

「お金が、足りない」

 

「美咲、なにか困っているなら黒い服の人達に」

 

「やめて、それ以上は言わないで。あんたとは、友達でいたいから」

 

「…………そう、残念ね。せっかく美咲の役に立てると思ったのに」

 

 もう十分、あんたに助けられてるよ。なんて言葉が、素直に言えるはずもなく。

 

 私のあぐらの上に腰を下ろしている彼女の頭を、優しく撫でて返事の代わりにする。相変わらず、すごく滑らかな感触だ。ほのかに良い香りが漂ってくる。どんな高いシャンプーを使っているのだろうか。値段を知るのはちょっと怖いけど、それでも気になってしまう。

 

 私に背中を預けている彼女の顔は見えないけれど、どことなく満足げな雰囲気が漂っているから、この接し方で問題ないのだろう。彼女の残念そうな声色は、私の罪悪感をヤスリで削るように傷つける。だからこれは私のための行動で、自己防衛なんだ。

 

 しばらく頭を撫で続けていたけれど、活発な彼女がずっとそのままの状態でいられるかといえば、そんなことはないわけで。

 

 体の正面を私の方へと向けて、体重をかけてくる。もちろん、彼女一人の重さ程度で体勢を崩す私ではない。しっかりと受け止めれば、彼女はなぜか不満そうに頬を膨らませた。そんな可愛い顔をして、いったい私をどうするつもりなんだ。

 

 

「美咲、さっきからずぅーーっと画面ばっかり見てるわ。せっかく二人でいるんだから、もっと別の事をしましょうよ」

 

「あぁ、ごめん。ちょっとアルバイトの求人を見てたんだ…………ほら、私って結構食べる方だからさ。ある程度稼ぐ手段がないと、すぐに金欠になっちゃうんだ」

 

 

 もちろんだが…………金が足りない、というのは。現時点で全くない、という話ではない。

 

 長い間貯めてきたお小遣いはそれなりの額になっているし、祖母からの仕送りも、そして返済不要の奨学金だってある。

 

 だけど、このまま見境なく使っていけばいずれ生活が苦しくなるのは目に見えている。外食も積み重なればかなりの出費だ。自炊が安く済むというのはそれなりの量を一度に作ることでコストを削減しているからであって、それを全部食べきってしまうようでは意味がない。

 

 いや、我慢しようとすれば我慢できる。なんなら、全く食べないでも数ヶ月は持ちそうな感覚さえある。

 

 でも、それは本当に人間の生活なのだろうか。そう考えると、我慢するつもりにはなれなかった。流石に三食全て暴食するわけではなくても、週に一度は気の済むまで食べ物を口にしたい。

 

 ただでさえ、一人暮らしをしているのだ。お金はあってもあっても足りない。

 

 今の生活が、彼女との触れ合いが心地よすぎて目をそらしていたけれど。そろそろ真剣に向き合うべきだろう。

 

 それに、これからも弦巻こころと付き合っていくならば。どうせなら、金銭に不安を覚えることなく、色々なことを経験したいじゃないか。

 

 

「あるばいと?」

 

「うん。なるべく短時間で稼げて、それなりに自由のきく仕事がいいかな。体力には自信があるから、日雇いでもいいけど。やっぱり時間は大切にしたいし」

 

 あんたとの時間を、なんて。口にできたら良かったんだけど。そんなこっぱずかしいことは言えなかった。

 

 

「ああ、これなんていいかもしれない」

 

 

 商店街での、広報活動。短時間で、それなりに日給が高い。広報活動というのは多分、ビラ配りのようなものだろう。

 

 拘束時間も短い。これは私にとってかなり大きい。アルバイトに時間を取られて、この子と過ごす時間が減ってしまうようでは、本末転倒だから。

 

 いや、それにしても不自然なくらい高いな。なにか変なことでもやらされるのだろうか。でも、特別な技能は必要ないって書いてあるし…………条件は体力に自信があること、身長が160cm程度であること。身長に指定があるのは不自然だけど、それが理由で応募が少ないから高いのか?

 

 まぁ、怪しかったら辞めればいいだけだし。変なことをされそうになったら、抵抗すればいい。

 

 そろそろ彼女の頬が膨らみすぎて破裂しそうだし、とりあえずはこれに応募してみよう。

 

 

「はいはい、そんなにむくれない。私が悪かったって。ほら、遊ぶんでしょ」

 

「別にむくれてなんかいないわ。ちょっと…………ううん、なんでか分からないけれど、すごく面白くないって思ってただけ」

 

「だから、ごめんって。ほら、機嫌なおして。外、歩く?」

 

「うーん…………今日は、家の中で遊びましょう! あたし、またフェルトをやりたいわ! 今日はサメを作るの!」

 

「いや、なんでサメ…………? べつにいいけど」

 

 

 いつまでもこうしていられたらいいなって、心の底からそう思うよ。

 アルバイト、なんの問題もなければいいけれど。

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