奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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つないだ手を 1

 携帯の画面に表示された地図を頼りに、足を進める。

 

 天気は晴れだけど、この時期はまだ肌寒さが強く感じられる頃だ。普段着のパーカーの上から長袖を重ねて、風から体を守る。

 

 ふと、携帯のホームボタンを押す。

 

 トップ画面に設定していた、彼女とのツーショット写真が目に入り、自然と頬が緩んだ。

 

 連絡用のアプリの左上には、メッセージの着信を知らせる赤いバッジが付いていた。あの子からのものだろうか、それとも、あの人のものだろうか。

 

 分からないけど、確かめたくはなかった。だって、あの子からのメッセージを見てしまったら。きっと私は、我慢できなくなってしまうだろうから。

 

 会いたいと願う、この想いを。

 

 

 今日から私は、あの着ぐるみを着てアルバイトをする事になっている。正直、気分的には休みたいところだったけれど。初日からサボりというのは、なんとなく憚られた。学校をサボっておいて、いまさら何を、と思わなくもないけれど。

 

 それに、アルバイトに出ているのだったら。「用事があるから」と、彼女に送ったメッセージも、あながち全てが嘘というわけではなくなるんじゃないかって。そんな、ズルいことを考えてしまったから。嘘をついてしまった事実は、決して消えないのに。

 

 

 だからこうして、足を進めている。

 

 いつも彼女と一緒に歩いている道の反対方向へと、たった一人で。それはまるで、私が昔みたいな孤独な生活に戻ってしまったみたいで。そう思って自分の心を傷つけることが、嘘をついたことへの罰のように思えて。痛む胸の感覚が、ちょっとだけ心地よかった。

 

 

 もう一度、送られてきた地図を開く。

 

 初めてくるところだから、少しだけ分かりづらい。あの場所にコンビニがあるから、次の角を左方向へ曲がればいいのだろうか。

 

 バイトが始まるのは、午後の二時から。携帯に表示された時間は、昼の十二時。バイトまでにはまだ二時間もある。

 

 少しだけ、寝ていたかったけど。

 

 でも、昨日約束(・・)してしまったから。だから、行かないわけにはいかなかった。どんなに気が向かなくても、後ろめたくても。足を向ける以外の選択肢はなかった。

 

 

 ────にゃー。

 

 

 猫の鳴き声が聞こえて、意識を現実へと取り戻す。携帯の画面を見ていた顔を上げ、なんとなく周囲を見渡せば。いつのまにか、目の前に一匹の猫が座り込んでいた。

 

 珍しい色の猫だな、と。そう思った。

 

 薄い水色の体毛に、つぶらな黒の瞳。両耳の下には、一対で揃えられたリボンがそれぞれ一つずつ結ばれている。飼い猫なのだろうか。

 

 その猫は私と目が合うや否や、私の足元へと擦り寄ってきた。足と足の間へと体を滑り込ませて、擦りつけるように甘えてくる。随分と人懐っこい。これは間違いなく、誰かに飼われているのだろう。

 

 好意的に接してくる相手を、無碍にすることはできなかった。それが猫であったとしても。いや、猫だからこそ。人ではないからこそ、気を許せた。

 

 前足の下へ手を挟み込んで持ち上げてやれば、そいつは小さな声で鳴きながら、私の頬を舐めてくる。片腕で抱えて人差し指で撫でてやれば、その指へと舌を伸ばしてくる…………いや、ほんと、なんだろ。すごく…………可愛いじゃん。

 

 荒みきっていた心が、癒されていくのを感じる。

 

 猫、飼ってみようかな。

 

 猫がいる生活を、家に一人ぼっちじゃない生活を想像しようとして────すぐにやめた。いや、なんでだよ、なんで猫のイメージが全部あの子の姿なんだ。流石にそれはどうかと思うよ、私。

 

 でも、ちょっとだけ。気持ちが楽になった。うん、ペットを飼う人の気持ちが、わかった気がする。

 

 あっ、いや、違う。こんな事をしている場合じゃなかったんだ。只でさえ知らない場所へと訪れているのに、これでは約束の時間に間に合わなくなってしまう。

 

 名残惜しいけど…………本当に、勿体無いなって思うけど。

 

 抱えた猫をゆっくりと地面に降ろして、自身の足で立たせる。手を振って別れを告げれば────猫がその行動の意味を理解しているかは分からないけど────尻尾で地面を一打ちして、鳴き声を返してくる。

 

 

 私はきっと、心の拠り所を他にも持つべきなんだろう。離れていく猫の後ろ姿を見つめながら、そう思った。きっと、私の全てが弦巻こころという存在へと向けられているから。だから私は、ちょっとしたことで冷静でいられなくなるんだ。

 

 だから、本当は。もっと沢山友達を作って、人との繋がりを強くして、弦巻こころへ向かっているこの執着心を、薄めるべきなんだろう。

 

 

 ────それを、分かっていながらも。

 

 私は結局、その道を選ぶことはできない。だって私はその選択肢を、彼女に対する「裏切り」だと思ってしまっているのだから。

 

 ああ、バカだな。そんなことあるわけないのに。だって、私じゃないんだから。友達が、他の友達(特別)を作っても、それを裏切りだなんて思うような奴は、マトモじゃないんだ。

 

 彼女がそんな、狭い心の持ち主のはずがないのに。

 

 それなのに私は、いつまでも一人で悩み続け、苦しみ続け。どれだけ時間をかけても、そこから抜けだせないのだろう。

 

 その事を悲観しているわけではない。ただ、本当に。心の底からそう思って、納得して。

 

 事実をそのまま受け入れるように、私の心の中にストンと当てはまった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 チリン、と。鈴の音がなる。

 

 店内は不思議なくらい、人が少なかった。いや、そうでもないか。だって、こんなにも人通りから外れた場所にある喫茶店なのだから。たぶん、隠れた名店という奴なのだろう。それで採算とれているのかどうかは、分からないけど。

 

 喫茶店といえば、去年行った商店街の店を思い出す。結局まだ、あの店には行っていない。毎日あの子と遊んでいたから、そんな暇がなかったんだ。連れていったら、喜んでくれるかな。あそこの料理は美味しいし、なにより雰囲気が良かったから。

 

 いや、でも、彼女は少し騒がしいくらいが好きかもしれないし。やっぱりちょっと、様子をみよう。あの子が私以外に興味のあることを見つけたのなら、私一人の時間も増えるだろうし。

 

 そんなことを考えていたから。

 

 私は後ろから近づいてくる気配に、気づくことができなかった。

 

 

「みーさーきーちゃん!」

 

 

 店員が案内にくるのを手持ち無沙汰に待っているところで、体に衝撃が走った。視線を下げれば、首元に二つの手が回っているのが見える。ああ、抱きつかれているんだなって。

 

 彼女のことはほとんど知らないはずなのに、おかしな事だと思うけど。なんだか、彼女らしいなって。そう思った。

 

 腕がとかれて、体が解放される。

 

 後ろを振り返ってみれば、私を見つめる二つの麦わら色の瞳が、爛々と輝きを放っていた。ああ、この人。こんなに楽しそうに笑うんだ。まるで、なんだか、あの子みたいな笑顔で。

 

 なんでそこまで、嬉しそうなんだろうか。

 

 疑問に思いながらも、口を開いた。

 

 

「こんにちは、日菜さん。昨日ぶりですね」

 

「来てくれて嬉しいよ! ささっ、入って入って!」

 

 

 挨拶もそこそこに、彼女は私の腕をとって店の中へと進んでいく。表にあるテーブル席やカウンター席には座らず、もっと奥へと。店員へと視線を向けてみたけど、彼女たちはこの人を静止する気がないようだった。

 

 きっと、常連なんだろうな。オススメの店を紹介するって言ってたし。もしかしたら、前もって話を通しておいたのかもしれない。

 

 私の歩調なんか気にしないで、自分のペースで前をいくこの人のことを。私はなぜだか、少しだけ、気に入りはじめていた。

 

 いや、理由は分かってる。だって、その無邪気さが…………あの子に似ているから。

 

 私の大切な友達に、弦巻こころに、似ているから。だから私は、こうして大人しく腕を引っ張られるままにしているんだ。

 

 

 ────ああ、吐き気がするよ。結局私は、自分を引っ張ってくれる人なら誰でも────。

 

 

「美咲ちゃん、どうしたの? そんなにぼーっとして」

 

「あ、すみません。ちょっと考え事をしていて…………」

 

「固いなーもー! 言葉遣いが固すぎるよ! ね、もっと気軽にいこうよ。友達っぽく、ね!」

 

「えっと、その…………」

 

「うーん、まだダメかー。残念、美咲ちゃんとはもっと仲良く(・・・)したいって思ってるのに」

 

 

 本当に、なんなんだろうこの人。やけにフレンドリーというか、妙に距離が近い。物理的にも、精神的にも。私はこの人を知らないはずなのに、この人はまるで私のことを知っているかのような態度をとる。

 

 いや、この人は私を知っているんだっけ。それなのに、私だけが覚えていないんだ。それは…………申し訳ないって、思わなくもないけど。

 

 でも、やっぱり。怖いな。

 

 だってこんな風に好意的に接されたら、いつか拒めなくなってしまいそうだから。

 

 私はまだ、何も思い出していないのに。思い出せていないのに。それなのに、許されたと…………錯覚してしまいそうだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 昨日のことだ。彼女──氷川日菜から連絡があったのは。

 

 

『こんな時間にごめんね』

『会った時調子悪そうだったからさ』

『ねぇ、本当に大丈夫だった?』

 

 そんな言葉から、彼女とのやり取りは始まった。連絡先を教えた記憶がないけれど。まぁ、彼女なら知っててもおかしくないって。なぜかそう思えた。

 

 少しだけ考えて、返事を打ち込む。

 

『その節はご迷惑をおかけしました』

『体調は問題ないです』

『わざわざありがとうございます』

 

 私が返信しきったあと、間髪を容れずにメッセージが送られてくる。いや、タイピング早いな。

 

『よかったー!』

『急に顔色を変えるんだもん』

何かよくないものでも見たんじゃないかと思ったよ!』

 

 なんか、変な言い回しだなって思った。っていうかこれ、私が日菜さんの顔を見て気分を悪くしたみたいに受け取られてもおかしくないんじゃないか? …………いや、私はそんな失礼な人間じゃないよ。

 

『いや、本当に大丈夫ですよ』

『むしろあの時は体調が良かったくらいですし』

 

 

 少し置いて、再びの通知音。

 

『じゃあさ、ちょっと話したいことがあるんだけど』

 

 

『明日の昼、一緒にご飯食べない?』

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「それで、話したいことってなんなんですか?」

 

「まぁまぁ、まずは注文しちゃおうよ。今日は私から誘ったんだし、好きなだけ奢るから! 美咲ちゃんって、結構食べる方? ここのハンバーガー、すごく美味しいんだけどちょっと量が多くてさ。自分でも女の子に勧めるのはどうかなーって思うんだよね。ほら、カロリー制限? 気にする子っているらしいし。でも、ほんとすっごくすっっごく美味しいからさ! 美咲ちゃんにも食べてもらいたいなって! それでね、この前おねーちゃんと一緒に食べにきたんだけど、おねーちゃんも気に入ってくれてね! で、また今度一緒に行こうって話になって────」

 

 

 まずは注文しようって言ったのと同じ口で、彼女は捲したてるように、自分のことを話し始めた。いや、流石にマイペースすぎるでしょ。

 

 お姉ちゃん、と。彼女の口から家族についての言葉が出たことで、少しだけ身構えてしまった。私も昔は、そんな風に呼ばれていたことを思い出す。すごく、懐かしい響きだった。

 

 こんなにも家族のことを嬉しそうに話せるなんて、ちょっと羨ましいかもしれない。私にはもう、二度と出来ないことだから。

 

 いや、でも流石にそろそろ止めないといつまでも喋り続けそうだ。この少しの間に何回「おねーちゃん」って言葉を聞いたか。正直数えきれない。

 

 

「それでね、その時おねーちゃんが────」

 

「お姉さんのことが好きなのは分かりましたから、とりあえず注文しちゃいましょう。その、オススメのやつでお願いします」

 

「ん、分かったよ。あっ、店員さん! デラックスバーガーセット二つ! あとあと、コーラを一つお願い! 美咲ちゃんは? 飲み物どうする?」

 

「あっ、じゃあメロンソーダでお願いします」

 

「ん、メロンソーダも一つ!」

 

 いつのまにか後ろに控えていた店員さんに、日菜さんが注文を口にする。っていうかやけに店の奥まで行くと思ったけど、まさか喫茶店に個室が用意してあるなんて思わなかった。

 

 店員さんは注文品を復唱して確認すると、一礼して去っていった。なんというか、動きが洗練されている。

 

 もしかしなくても、結構いい値段する店だったりするのだろうか。いや、まぁ、喫茶店ってファミレスとかに比べると元々単価高いイメージあるけど。

 

 注文が終わって、個室には私と日菜さんだけが残された。日菜さんは何がそんなに楽しいのか、両ひじを机に立てて両頬に手を当て、ニコニコと笑いながら私の顔を見つめている。えっ、なんだろう。

 

 気になって、口を開く。

 

「えっと、私の顔、なにかついてますか?」

 

「んーん? 普通の顔だよ。目が二つでー、鼻が一つでー、口も一つ! あっ、耳も二つだね!」

 

「じゃあ、なんでそんなに楽しそうにしてるんですか」

 

「いやー、美咲ちゃんは変わらないなって思ってね! あの頃のままだなーって。ね、ねね、五年間…………ううん、五年と八ヶ月間かな? 美咲ちゃんは、どこでなにやってたの? 正義の味方とか?」

 

「なんですかそれ…………普通に、引っ越してたんですよ。祖母の家がある田舎で暮らしてました」

 

「えー? 面白くないなー。美咲ちゃんはもっと、こう、『るんっ!』ってくるようなことをやってると思ってたよ。探しても見つからないと思ったら、引っ越してたんだ」

 

 本当に、私のことを知っていたんだなって思う。だって、私のことを話す彼女の顔は、あんなにも嬉しそうで。その好意を向けられることが、ちょっとだけ、くすぐったい。

 

 照れ隠しに、話題を変える。というか、私にとってはこっちの方が大切なことだ。

 

「そういえば、日菜さんと私ってどんな関係だったんですか? 申し訳ないんですけど、やっぱり思い出せなくて。クラスメイトでもないんですよね? 私、交友が狭い方でしたから…………親しい関係だったら、忘れられないと思うんですけど」

 

 一番大切な友達のことを忘れておいて、よく言うよ。

 

 まぁ、でも。流石にこの人があの子ってことはないんだろうけど。だって、あの子はもっと大人しくて、いつもオドオドしていたから。

 

「んー…………うん、どうしようかなぁ。仕方がないとはいえ、ショックだったし…………えへへ、やっぱり内緒にしておこうかなー」

 

「えぇ……それだと私、日菜さんが何者なのか分からないまま過ごさないといけないんですけど。それはちょっと、というか…………すごく、モヤモヤするんですが」

 

「そうだなぁ、じゃあ、一個だけヒントをあげる!」

 

「ヒントって────」

 

 

 ────気がつけば。

 

 顔が、近くにあった。麦わら色の瞳が、私の瞳を覗き込む。予想外のことに、少しだけ思考が停止した。いやっ、ちかっ…………えっ、なん、で、って…………っ!

 

 チュッ、と。

 

 頬に触れる湿った何かと共に、そんな音が耳に届く。呆然として頬を抑えてみれば、元の位置へと戻った彼女は悪戯な笑みを浮かべて、片目を閉じた。

 

 そして、口を開く。

 

 

 

「──────こういう関係、かな?」

 

「…………は?」

 

 

 その表情は、同性であるにも関わらず。思わず見ほれてしまうほど、魅力的で。蠱惑的、とでもいうのだろうか。

 

 とにかく、今はなにも考えられなかった。

 

 自分がされたことを、信じられなくて。私の中にあった何かを、奪われたような気さえした。

 

 声も出ない私を置いてけぼりにして、彼女は言葉を続ける。

 

 

「あとは、まぁ。その時がくれば分かると思うよ!」

 

 

 いや、え? はぁ…………うん。

 

 …………本当に、どういう関係なんだ。

 

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