奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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つないだ手を 2

「もー、ごめんってば! ね、機嫌なおしてよー! ほら、このポテト美味しいよ! あーん」

 

「いや、んぐ、別に…………機嫌、悪くなってませんから」

 

「嘘だー! ずっと視線合わせてくれないじゃん! そんなに頬をパンパンに膨らませてたら説得力ないって! ね、謝るからさ。ポテトもあげちゃうよ、はい、あーん」

 

「んっ、いや、っていうか。頬が膨らんでるのは日菜さんがさっきから色々口に詰め込んでくるからで、んぐっ、というより、同じやつ頼んだんですからそんなに押し付けなくても」

 

「美味しいでしょ?」

 

「…………まぁ、確かに美味しいですけど」

 

 

 よかったー、と。私の返事を聞いた日菜さんは、そう言って微笑んだ。昨日感じた威圧感が嘘のような、穏やかな表情だ。そのどちらが彼女の本当の(かお)なのか、よく分からない。もしかしたら、両方とも彼女の「素」なのかもしれないけど。

 

 その整った顔を、横目でそれとなく見つめる。

 

 本当に、独特な雰囲気を持っている人だ。というのが、少し話して感じた私からこの人への偽りのない感想だ。

 

 得体が知れないのに、不思議と惹かれるところがある。グイグイと押してくるくせに、一定の線を超えてくることはない。それでいて、決して遠慮しているわけでもない。

 

 そう、なんていうか。自然体というのが一番当てはまる気がする。

 

 演じているわけでも、偽っているわけでもない。言動と行動が一致していて、そして気持ちが前に向いている。

 

 余裕がある、と捉えることもできるだろう。

 

 …………隠していることは、多そうだけど。それに踏み込みたくないと思わせる程度には、私はこの距離感を心地よく感じてしまっている。

 

 

 ズルい人だと、そう思う。

 

 だって、急にあんな、あんなことをしておいて。私の頬に、キ、キスをするなんて。何を考えているんだ…………本当に、どういう関係だったんだよ。

 

 私がこんなに頭を悩ませているのに、顔を直視できないほど動揺しているのに。この人は何事もなかったかのように、普通に接してくる。

 

 きっと揶揄われたんだろう。じゃなければ、あんなことをする理由がない。気まずくなって、まともに話すらできないじゃないか。

 

 顔をそらしていたのは、別に意地悪がしたかったからではない。純粋に、どんな目でこの人を見ればいいのか分からなかったからだ。

 

 片目を閉じて悪戯っぽく微笑んだ彼女は、とても魅力的で。それでいて、恐ろしさすら感じる色気があった。

 どう反応すればいいのか、分からなかった。だってそうだろう。たとえ頬であったとしても、キスをされた経験なんて記憶に数えるほどしか存在していないのだから。

 

 親愛の表現、なんだろうか。

 

 分からない。人から好意を向けられることに慣れていない私では、人との関わりを閉じて生きてきた私では、決して理解できないことだ。

 

 でも、と。ちょっとだけ、考えることもある。

 

 もし、これがあの子だったら。

 

 弦巻こころが相手だったら、私はどう受け止めていたのだろうか。少し思い浮かべる。

 想像の中の私はこれ以上ないほどに赤面していて、慌てていて。でも…………そんな私を見て、あの子はどんな顔をするのだろう。

 

 悪戯っぽく笑うのだろうか、優しげに微笑むのだろうか。あの子の色々な表情が次々と思い浮かんでは、泡沫のように消えていく。だけどその全てが、笑顔という共通点を持っていて。

 

 私はその好意を、素直に受け止めることができるのだろうか。

 

 人の感情っていうのは、私の力を以ってしても解き明かすことができないくらいには、複雑なんだなって。自分自身のそれすらまともに理解できない私は、そう思わざるをえない。

 

 なんというか、深い意味はないけれど。

 

 私の気をひくことに必死な目の前の少女を見つめながら、なんとなくそう思った。

 

 

 いや、もうポテトはいいから。美味しいのは十分わかりましたから。っていうか、流石に手持ちの札が貧弱すぎるんじゃないですかね。

 

 そんなんじゃ、小学生だって誤魔化されないよ。

 

 いや…………でも、弦巻こころであったら、あるいは…………。

 

 なんて、考えて。

 

 あの子が頬を膨らませて不機嫌になる姿を一ミリも想像できないことに気がついて。そして、事あるごとにあの子のことを考えている自分にも気づいて。

 

 ああ、入れ込んでるなって。自分で自分を笑いながら。

 

 今朝感じていた暗い感情が、そこに少しも含まれていない事実に驚いた。

 

 いつのまやら、だ。

 

 びっくりするほど気分が楽になっていた。胸の内で暴れるように動き回っていた衝動も、ドラムの少女に向けた悪感情も。全く存在しない、というわけではないけれど。明らかに少なくなっていて。

 

 それは、なんでだろうかと考えて。そこでようやく、目の前の少女が落ち込んだ様子で瞳を伏せていることに気がついた。

 

 考え事に夢中になりすぎていたらしい。そのつもりはなかったけれど、結果的に無視してしまったのだろう。

 

 落ち込む、なんて感情。あの子は見せたことがないから。

 

 目の前で体を小さくしているこの人の反応が、少しだけ新鮮で、おかしくて。私がそうさせておいて、こんなこと考えちゃいけないんだろうけど。ああ、可愛い人だなって。

 

 この人が、原因なのだろうか。きっと、そうなのだろう。

 

 短い時間でいくつもの表情(かお)を見せてくるこの人のことが、少しだけ、本当に少しだけ。私は好きになりつつあった。

 

 私が顔を見つめていることに気がついたのか、彼女は瞳をウルウルと潤ませながら…………あぁ、いや、これは演技だな。だって…………両手で拳を握って口元に持っていって、上目遣いで見つめてくるなんて。もう、なんだ。一目瞭然じゃないか。

 

 見た目が整っていて、表情豊かで。芸能人とか向いているんじゃないかな、この人。

 

 演技は苦手だし、嫌いだ。それは両親のことが原因でもあるし、私自身の気持ちが理由でもあるけれど。どうしても私は、人を欺くという行為に抵抗を持ってしまう。きっと、一生付き合っていく感覚なのだろう。トラウマというものは、簡単に癒えるものではないのだから。

 

 あの子に嘘をつくだけで、あんなにも胸が痛かったくらいなんだし。

 

 でも、なんだろう。上手く言葉にできないけれど。

 

 この人みたいにわざと「演技」だって分かるようにやっている演技は、嫌いになれないかもしれない。その違いは何かって考えようとして────ああ、いや、今はそれよりも。

 

 

 

「これ、同じ奴をおかわりお願いします。まだ足りないので……………………あと、さっきの事はそれでチャラでいいですよ」

 

「ほんと!? うん、うん! いいよ! いくらでも頼んじゃってよ! すみませーん! 追加注文いいですかー!!」

 

 

 大食らいだって思われるのは、少し恥ずかしいけれど。こうでもして理由をつけないと、いつまでたっても自分から歩み寄れないと思うから。だからこれは、必要経費なんだ。うん、仕方ない。

 

 あと、ハンバーガー。本当に美味しかったし。量も多いから満足度が高い。いくらでも食べられそうだ。

 

 せっかく奢ってくれるっていうんだから、まぁ、ちょっとは甘えさせてもらおう。

 

 

「デラックスバーガーセットを……あっ、そうだ! 美咲ちゃん、もっと沢山食べられる? 追加増やす?」

 

「…………まぁ、頂けるなら。いくらでも」

 

「んじゃ、とりあえず三つ追加で!」

 

 

 …………流石に多くないですか? いや、食べますけど。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「それで結局、お話ってなんだったんですか? 雑談ばっかりで、おひらきになっちゃいましたけど…………ああ、ハンバーガーご馳走様でした。今度なにかお返ししますね」

 

「気にしないでもいいのに。これでもあたし、ちょっとした小金持ちだからさ! ここはオススメの店だったから、気に入ってくれてよかったよ。あっ、お返しはいいからさ、また一緒にこよーね!」

 

「それは、まぁ、別に構いませんけど」

 

 気がつけば、時計の針は一時間ほど進んでいた。とりとめもない話をしているうちにタイムリミットが訪れてしまったのだ。私のバイトの開始時間という限界が。

 

 日菜さんとした話は、雑談がほとんどだった。お互いのことや、身の回りで起きたこと。趣味だとか、まぁ色々。

 

 彼女が一つ年上だというのは、その中で知ったことだ。同い年じゃないんだったら、確かにクラスメイトの可能性はゼロなんだろう。そのことを知っていたから、あんなに笑っていたんだ。

 

 いや、じゃあ、本当にどんな理由で知り合ったんだろうって。気になるけど。

 

 心を読むのは簡単だった。でも、そうしたくはなかった。なんでだろう。彼女に対してテレパシーを使うのに、とてつもない抵抗感があった。

 

 多分、私の中の何かが拒絶したのだろう。きっと、自分自身で思い出すべきことなんだ。

 

 お腹も膨れたし、気持ちもだいぶ楽になった。こういっては失礼だけど、いい気分転換になったと思う。あんなに苦しかった心が、嘘みたいに晴れやかになった。不思議だ。ちょっと顔を合わせて、少しお話ししただけなのに。そうさせるだけの何かが、彼女にはあるのだろうか。

 

 だから、まぁ。なんていうか、彼女には本当に感謝している。

 

 彼女と友達になれてよかった(・・・・・・・・・・)って。心の底からそう思う。

 

 

「ねぇ、美咲ちゃん。あとちょっとだけ、時間大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ。バイト先に行くまで、まだ少し余裕ありますし」

 

 前を歩いていた日菜さんが足を止めて、こちらへと振り返る。黄金(・・)の瞳が私の目を覗き込んで、星のような輝きを放つ。

 

 話を切り出してくるのを待つ。無言で見つめあっていることは少しだけ気恥ずかしいけれど、なんだか……この静寂は嫌いじゃなかった。

 

 開かれていた瞳を、そっと伏せて。

 

 彼女は幼い子供のような、ひまわりのような笑顔を浮かべた。

 

 

「うん、本当に大丈夫みたいだね」

 

 一瞬、なんのことを言われているのか分からなかった。少しして、それが昨日の事を示しているのだと気がつく。

 

 少しだけ罪悪感が出てしまい、帽子の鍔を下げた。

 

 

「えっと、昨日のことなら大丈夫ですよ。本当に、ただの目眩でしたから」

 

「ううん、そうじゃないの」

 

 思っていたこととは違う返答を受けて、眉をひそめる。倒れそうになった事を指している訳じゃなかったのか。早とちりをしてしまったらしい。それはそれで恥ずかしくて、帽子をさらに目深にかぶった。

 

 その気持ちが表に出ないよう心がけながら、なんでもないように言葉を返す。

 

「えっと、じゃあ…………何のことなんですか?」

 

 気を許しかけていたから、ちょっと油断していた。だからこそ、想像していなかった返しを受けて動揺を隠せなかった。

 

 

 

 

「美咲ちゃん、昨日私と別れてから何かあったでしょ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ────────えっ?

 

 そんな声が聞こえて。少ししてから、それが自分の口からこぼれた言葉だということを理解する。

 

 開いた口が塞がらないくらいには、彼女の言ったことは予想外のものだった。

 

 

「えっ…………と、何かって、その、何のことですか?」

 

「あはは、誤魔化さなくてもいいよ。別に無理に聞き出そうとしている訳じゃないし」

 

 そう言って笑う彼女は、先ほどまで雑談していた時のものと同じ表情をしていて。だからこそ…………ちょっとだけ、不気味に見える。それは私の被害妄想であると分かっているけれど、弧を描く彼女の口が、まるで私を嘲笑しているみたいで。

 

 

 こんな私を、責めているように見えて────。

 

 震えそうになる体を、必死に押さえつける。

 

 

「顔を見た時思ったけど、昨日と比べてかなりやつれてたんだよね。アレ(・・)が原因でよくない夢でも見たのかなって思ったけど、それは違うみたいだし。じゃあ、あとは消去法で。あたしの見てない場所でなにかあったんだなーって。他にも色々判断材料はあったけど、まぁ、大体そんなところ」

 

「…………あの、私は、えっと」

 

「汗、すごいね。声も半オクターブ上ずってるし、ボリュームは平常時の半分以下。瞳孔がやや開いてて、視線が左右に揺れてる。誤魔化すのが下手なんだね、可愛いなぁ。『るんっ!』ってしないけど、ちょっとゾクゾクするかも」

 

 そんな、意味のわからないことを。だいたい、帽子で隠れているから目は見えていないじゃないか。

 

 視線のやり場に困って、地面へと向ける。その先で、彼女の足が動いた。

 

 一歩、私に近づく。後ずさろうとして、足が動かなかった。まるで、地面に縫い付けられたかのように。私の意思に反して、体は微動だにしない。

 

 そんな事をしているうちに、彼女は私の目の前まで迫っていた。

 

 近くに見える麦わら色の瞳が、私の記憶を揺り動かす。頬にキスをされた時のことを、助け起こされた時のことを思い出す。

 

 その先(・・・)にある、大事な何かを取り戻しそうになって────。

 

 

 

「えっ?」

 

 再び、口から疑問符がこぼれ落ちた。

 

 

「大丈夫、美咲ちゃんは強い子だから。何があったかは知らないけれど、元気出して」

 

 

 抱きしめられていた。それも、さっきみたいに後ろからではなくて…………正面から。力強くて、熱い抱擁だった。

 

 言葉も出ない私を気にもとめず、彼女はそのままの体勢で、口を動かす。吐息が耳元に当たってこそばゆい。彼女の口から吐かれたそれは、どことなく熱を持っていた。

 

 

「本当に心配だったんだよ? だって美咲ちゃん、助けを求めるような顔をしていたからさ。あたしには、美咲ちゃんの求めているものを与えられないと思うけど…………うん、気を紛らわせるくらいはできると思うんだ」

 

 

 私は、そんな顔をしていたのか。回らない頭で彼女の言葉を理解すると同時に、体がカッと熱を持った。彼女の冷たい体温が、気持ちよく感じる。なんだろう、落ち着く。ずっとこうしていたいと思うくらいには、夢のような感覚だった。

 

 いや、夢だったのかもしれない。

 

 だって気がついた時には、彼女はもう私の体から離れていて。その瞳に切なそうな色を乗せて、私を見つめていたのだから。

 

 

「本当は…………あたしが美咲ちゃんの一番になれれば、良かったんだけどね。でも、美咲ちゃんの心の中のその場所は、もう埋まっちゃってるみたいだから。だからあたしは、ただの友達でも…………ううん、知り合いの一人でもいいよ」

 

「それ、は、どういう?」

 

「あはは、美咲ちゃんったら。さっきからそればっかりだね、本当に面白いんだから」

 

 

 トッ、トッ、トッ…………と。ステップを踏みながら、彼女は数歩下がって。それから、言葉の続きを口にした。

 

 

 

「世界はみんなが、誰かのヒーロー。そう言ったのは美咲ちゃん、君なんだから。もうちょっと、他の人を頼るってことを覚えたほうがいいと思うな。苦しい時とか、辛い時なら尚更、ね? 君の大切な人は、きっと君に手を差し伸べてくれるよ」

 

 

 

「助けを求めるのが怖いんだったら、私が勇気の出る魔法を教えてあげる。口に出して唱えてみて」

 

 

 

 

「ハピネス、ハピィーマジカル! ってね!」

 

 そう言い残して、彼女は去っていってしまった。彼女が伝えたかったことの意味は分からなかったけれど、最後の言葉だけがどうしても、耳に残って離れなかった。

 

 彼女が消えていった曲がり角を見つめたまま。

 

 私は一人、口元に手をやって。誰も聞こえないような声量で、その言葉を呟いた。

 

 

 ────ハピネス、ハピィーマジカル。

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