奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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つないだ手を 3

 

 日菜さんが言っていたことは、間違っていないんだと思う。全部が全部、正しいってわけじゃないんだろうけど。

 

 正直、少しだけ救われた。

 

 苦しい時や辛い時は、他の人に頼ればいい。ああ、その通りだ。本当に、そう思うよ。

 

 負担になるかも、重荷になってしまうかも。なんて風に考えるのはおかしな話なんだろう。

 

 だって、矛盾している。

 

 私はずっと、あの子に頼られたいと思っているのに。必要とされたいと願っているのに。

 

 その私が彼女を頼ることを「迷惑なんじゃないか」と躊躇うだなんて、そんなの、バカみたいだ。私は彼女に必要とされるだけで、笑顔になってしまうというのに。

 

 心配をかけたくないとか、色々言い訳していたけれど。結局のところ、私はあの子に嫌われたくないだけなんだ。そして、その上であの子の「一番」でありたいと思ってもいる。

 

 ああ、重たいな。自分でもそう感じるんだ。他の人が私の心をのぞき込めるのなら、きっと誰もが私を「重たい女」だと思うことだろう。

 

 

 私は怖かったんだ。

 

 あの子に嫌われることも、興味を失われることもそうだけど。なにより…………私と同じようにあの子に救われた誰かが、あの子の隣に立ってしまうことが。なによりも怖かった。

 

 人の愛は無限じゃなくて、人の時間は有限だから。

 

 だから私は、あの子に私だけを見てほしかったんだ。あの輝く瞳の中で、私だけが星のようになれたら。そんな幻想を抱いて、育ててしまった。

 

 

 認めざるを得ない。私はただひたすらに、人との付き合い方が下手なんだ。

 

 それは私が超能力者だから、とか。人の心が読めるから、とかではなくて。

 

 両親に裏切られたから、とか。妹弟たちを裏切ってしまったから、でもなく。

 

 その心根が、臆病だから。

 

 

 あの子も言っていたじゃないか。

 

『あなたってとても心配性なのね。その気になればなんでも出来ると思っているのに、上手くやれるって自信はあるのに、それを行動に移す勇気がないの』

 

『本当は人一倍寂しがり屋で、誰よりも『好き』を諦めたくないのに、それなのに、もしもこれ以上傷つくくらいだったら、いまのままでいいなんて、考えてしまうから』

 

 

 

 

『あなたって本当、びっくりするくらい心配症なのね。そんな顔をしなくても、あたしは居なくなったりしないのに』

 

 

 いや、これは夢の中での言葉だったか。でも、なんだろう。予知夢だからって訳じゃないけど、きっと私が寂しそうにしていたら、あの子はこう言うんだろうな。

 

 私は臆病なんだ、昔からそうだった。

 

 

 いつだって失敗することを恐れていた。過ちばかり犯してしまう私だったから、自分の行動に自信が持てなかった。自分のやろうとしていることが本当に正しいのか、ただそれだけを考えて、そして行動しようとしなかった。

 

 予防線ばかり張っていた。責任を持つことが嫌で、自分自身の人生ですら、他人の指標越しに眺めていた。

 

 私だけじゃないのかもしれない。きっと、みんなそうなんだと思う。

 

 興味がないから、好きじゃないからと。

 

 思ってもいないことを思い込んで、諦めと妥協を重ねて。そんな矛盾を抱えながら、生きているのだろう。

 

 それは悪いことじゃない。諦めるのだって、一つの決断なんだから。正面を向いていなくても、今いる場所から進むためには勇気がいる。

 

 ようやく分かった。

 

 何が間違いで、何が正しいかなんて結果論でしかないんだ。大切なのは「間違っているかもしれない」という気持ちを抱えながらも、一歩踏み出す勇気。

 

 失敗を、過ちを許容する心。

 

 間違えたらどうしよう、ではなく。間違えたらこうしよう、と。

 

 暗闇を見つめて怖がるんじゃなくて、暗闇を照らす方法を探すことなんだ。

 

 

 私は自分で作り上げた「虚像」に怯えていた。

 

 こうなったら嫌だな、と思ったことが。被害妄想の中にだけ存在している「なにか」が、怖くて仕方がなかったんだ。

 

 人を信じることすら、躊躇ってしまうほどに。私は弱くて、ダメな人間なんだ。

 

 自分に自信がないから。だから、自分が好きになったものですら、信用できない。

 

 バカみたいだよね。人への甘え方も忘れてしまった私は、一人で思い悩むことしか出来なかった。

 

 自分の中で溜め込んで、溜め込んで、溜め込んで。そうして生まれた怪物こそが、私の恐れていたもの。

 

 人は見えないものを恐れて、知らないものから目をそらす。それは私も変わらなくて、だからこそ、見つめる勇気がなかった。自分の弱さを、認められなかった。

 

 

 でも今は、こんなにも晴れやかな気分だ。

 

 正体見たり、という奴なのかもしれない。自分の感じていたものを言葉で表現できた瞬間、あれほど吹き荒れていた負の嵐が引いていった。

 

 

 …………まだ、怖いけれど。自分を信じることすら、出来ないけれど。

 

 でも、あの子のことだけは信じてみようと思う。だってあの子は優しくて、私のことを…………信じてくれているだろうから。

 

 

 世界はみんなが、誰かのヒーロー。だっけ…………本当に私がそんなことを言ったの? って、思わなくもないけれど。

 

 そうだね。少なくともあの子も貴方も、私のヒーローだと思う。

 

 魔法の言葉だなんて、真に受けた訳じゃないよ。でも、うん。元気は出た。勇気も…………出たと思う、たぶん。

 

 なまじ自分でできることが多いから、人に頼るなんてこと。想像したこともなかった。

 

 頼り方も、甘え方も知らない私だけど。それはこれから、少しずつ覚えていくよ。

 

 

 月並みな言葉だけれど。

 

 あの子の信じている私を、私も信じよう。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「さあみなさん! この商店街にも、ついにマスコットキャラクターができました! クマの『ミッシェル』です!」

 

 

 沢山の視線が、私へと集中する。歓声があがり、拍手の音が聞こえた。その殆どが子供の声で、私は少しだけ頬が緩んだ。

 

 全てが私に向けられたものだけど、その瞳は私を映してはいない。

 

 今の私は、クマの「ミッシェル」になっていた。いや、何を言ってんだって思うだろうけども。これが私のアルバイトの内容だった。

 

 キグルミを着て、愛想を振りまくこと。

 

 高時給の理由はとても単純で、その労働条件が過酷だからだ。キグルミは重いし、中は暑いし、視界は悪くて、しかも子供たちの相手をしないといけない。

 

 普通の人だったら、キツイと思うのだろう。無理もないと思う。

 

 でも、私には関係ない。ズルをしている気がしなくもないけど、私はただの人間じゃなくて、超能力者だから。

 

 怪力の前ではキグルミは羽のように軽くて、自動的に発動する温度調整によって中は快適、視界は透視で確保しているから。フィジカル面での悪条件は、全て無いも同然だ。

 

 

 それに、子供は好きだ。

 

 大人とは違って邪念が少なくて、なにより好き嫌いというものが割とハッキリしている。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだと、口では言わなくても態度で表現している。

 

 それは良いことではないのかもしれない。社会に出て活動して行く上では、その素直さは単純に、性格が幼いだけだと判断されるだろう。

 

 そう、幼いのだ。彼らはまだ成熟していなくて、だからこそ失っていない純粋さがある。幼くてもいい、それが許される年齢なんだから。

 

 相手が嫌いであっても、上辺だけ取り繕って人現関係を構築するのが大人というものだ。だから子供は…………まぁよくはないんだろうけど、そのままでいいと思う。

 

 あとは単純に、可愛いからね。

 

 目の前で喜んでいる沢山の子供たちは、その全員が親に手を引かれてここにいる。母親に連れられている子、父親に肩車されている子、片手ずつ両親と手を繋いでいる子に、まだ幼くて抱きかかえられている子。

 

 それは家族のあるべき姿で、彼らが自分の子供をちゃんと愛していることが、マスコットキャラクターに夢中になっている子供を微笑ましい目で見ていることが、よく伝わってくる。

 

 それはもう、私には手に入れられないものだから。

 

 だから私は、願うばかりだ。この子たちが私みたいに変に擦れて、当たり前の幸せから見放されてしまわないことを。彼らの両親が、何年たっても自分の子供を愛し続けていることを。

 

 それは、難しいことなのかもしれない。もしかしたら、いつかは無くしてしまうのかもしれないけれど。

 

 それでも、この何気ない日常が子供たちの心の奥に。記憶に残らなくても、思い出の一つとしてあり続けますようにと。人生の先輩としては、思わざるをえない。

 

 

「わーっ!! ミッシェル〜!! ぎゅってしてーっ!」

 

 

 子供の一人が母親の手を離して、私の方へと駆け出した。母親はしまった! といった表情をしているから、予想外のことなんだと思う。

 

 当たり前だけど、彼ら彼女ら大人は知っているのだ。キグルミの中には人がいて、マスコットキャラクターは架空の存在だということを。

 

 平たくいってしまえば、私はクマじゃなくて人間だ。そりゃ、大人たちだって不安に思うだろう。

 

 一人が私に向かったのをきっかけに、子供たちが次々と殺到してくる。おお、すごいすごい。大人気じゃん、ミッシェル。

 

 喜んでいる子供たちを見ていると、心が癒されるのが分かる。正直不安だったけど…………このバイト、始めてよかったな。

 

 だから、ま。給料分の仕事はさせてもらおうかな。

 

 今の私はクマの「ミッシェル」、誰がなんと言おうとクマの「ミッシェル」なんだ! なんて、ちょっと浮かれすぎかもしれないけど。

 

 手に持っていたティッシュをカゴに戻して、両手をあける。そのまま腕を広げて、子どもを受け止める姿勢を見せる。心配そうにしている親御さん方、安心して見ててくださいよ。

 

 全力で飛び込んできた先頭の子どもを、優しく抱き止める。万が一があったらいけないから、怪力はセーブして、最小限の力で腕を動かした。ずいぶん元気だね。子供は元気が一番だよ。

 

 宙ぶらりんになった子供の体を両手で抱えて、衝撃を逃がすためにクルリと一回転。

 

 勢いが弱まったところで、ぎゅっと。私なりに優しく抱きしめた。力加減は大丈夫だと思う。だって、ここ数週間の間でハグは何回もやったのだから。

 

 んふー、とご満悦な様子の子どもを片腕に持ち替える。腕がこの子の椅子になるように、お尻の下へと差し込んで、片腕の力だけで支える。

 

 空いた片手で頭を撫でてやれば、保護者たちの感嘆のため息が聞こえてきた。分かるよ、子供ってあんがい重たいからね。抱きかかえるのにもかなりの力がいるし。

 

 

 でも、この反応は思ったよりも気分がいい。少しだけ得意げになってしまう。ふふ、驚いた? 伊達に鍛えているわけじゃないんだよね、ってね。

 

 なにせもっと大きな大きなお子様が、いつも飛び込んでくるんだから。このくらいの子供だったら、何人束になっても持ち上げられるよ。

 

 

 最初の子どもを地面に下ろしてあげれば、次はわたし! と。子どもたちが競うように抱きついてくる。

 

 その一つ一つを、丁寧に受け止めた。

 

 時に抱きしめ、時に持ち上げ、両手を脇の下に挟んで一回転。望まれれば肩車をしてあげて、両腕でそれぞれ別の子を持ち上げる。

 

 その頃にはもう、大人たちも心配そうな顔をすることはなくなっていた。目の前にいるマスコットキャラクターの中身が、子供たちの相手をするに足るフィジカルを持っていることを理解したからだ。

 

 保護者同士で世間話を始めている人すらいる。内容は私、というかミッシェルに関するものが多い。「さすがプロだな〜」なんて言われてるけど。ごめん、私はバイトなんだよね。

 

 きっと(中の人)のこと、筋骨隆々の男の人だと思ってるんだろうなぁ。まぁ、無理もない。

 

 唯一中身が女子高生であることを知っている担当者は、それはもう驚いていた。目が飛び出そうになってるし、口はあんぐりと開かれている。まだ少しだけの付き合いだけど、その姿がとても面白くて、少しだけ笑ってしまう。

 

 

 みんなが笑っている。子供たちも、大人たちも、そして私も。

 

 私がこの光景を生み出したって思うのは、少し傲慢かな。でも、その一端を担っていると思えば…………ああ、なんて気持ちのいいことだろう。

 

 本当は、あの子たちも笑顔にしてあげたかった。私が無力なばかりに離ればなれになってしまった、弟と妹を。私が何かしてあげるたびに大袈裟なくらいに喜んでくれた、あの二人を。この力で笑顔にしてあげたかった。

 

 だからこの行為が、その代償行為でない自信はないけれど。私が許されたいばかりにおこした行動じゃないって、言い切れないけれど。

 

 それでも私は、この子たちの笑顔が見れてよかったと思う。少しだけ寂しいけれど、その気持ちはキグルミが隠してくれるから。私は気負うことなく、ミッシェルというキャラクターを演じていられる。

 

 必要に駆られて始めたアルバイトだけれど、もしかしたら天職なのかもしれない。

 

 だってほら、見てよこの笑顔を。

 

 私だって、私の力だって、人を笑顔にできる。

 

 だからこころ、見ていてくれると嬉しいな。あなたから貰った勇気と力は、人々をこんなに笑顔に────。

 

 

 

「来たれい〜〜っ、ベーシストーっ!! あたしたちと一緒に、楽しいことしよーっ!」

 

 

 

 

 

 ……………………は?

 

 いや、ちょっとまって…………えぇ?

 

 

 聞き慣れた声の方へと視線を向ければ…………今まさに心の中で名前を呼んだ、数少ない私の友達の姿が、そこにあった。

 

 

 変なチラシをもって、通行人に呼びかけている。

 

 件のドラムの少女も一緒だ。

 

 私抜きで楽しそうにしているあの子の姿に少しだけ胸が痛んだけれど、それもすぐに無くなるほどの小さなもので。うん、大丈夫だ。少しはまともな精神に戻ってる。日菜さん、本当にありがとう。

 

 ドラムの少女にも思うところが無いわけではないが。まぁ、あれだ。よく見なくても分かるけど、彼女からは私みたいな執着心のようなものは感じられない。というか、無理やり引っ張られて困ってるのかな。一人だけ場違い感がすごい。いや、場違いなのは弦巻こころの方なんだと思うけど。

 

 そして一人増えてる長身の人、誰だあんた。ドラムの少女とは違って、花女の生徒ですらないじゃないか。なんであの人、自分の顔が写ったポスターを配ってるんだ。

 

 分からない。全く意味が分からない。

 

 いやいや、なんだあの集団。よくもまぁ、あんなに何もかもチグハグな集まりができたものだ。

 

 

 …………ベーシスト募集、って言ってたよね。ドラムの少女と、歌が好きなあの子の思考回路から察するに、もしかしてバンドでも始めるつもりなのだろうか。

 

 それだったら、私はキーボードができるから。あの子が私を必要としてくれるなら、手助けできないことも…………いやいや、なんで誘われる前提なんだろ。あんだけ飽きられたらどうしようって悩んでたくせに、もうメンバー気取りか。

 

 

 っていうか、あれ? なんかあの三人、こっちの方を…………私のことを、見てないか?

 

 …………確かに「見ていてくれると嬉しい」なんて言ったけどさ、まさか今この瞬間に遭遇するなんて思わないじゃん。いや、そんなことを言ってる場合じゃなくて。あれ、なんだろ。なんか嫌な予感が────。

 

 

「ミッシェル!! ねえ、握手して!!」

 

 

 やば、バイトの途中なの忘れてた。

 

 目をキラキラと輝かせたツインテールの女の子から差し出された手を、慌てて両手で包み込む。そのままゆっくり上下に振って、最後に頭を撫でてあげれば、女の子は嬉しそうに目を細めて────あっ、まずい…………まずいまずいまずい! 今のこころから目を離すのは、流石に油断しすぎ────。

 

 

 

「ミッシェル!! あなた、このポスターを配って!!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 それが、私と彼女の新しい関係の始まりであると。無駄に高性能な私の第六感(インスピレーション)が囁くのを、できる限り無視して。

 

 キグルミの下で誰に悟られることなく、私はため息をついた。

 

 …………もう少しだけ。心の整理をする時間が、欲しかったんだけどなぁ。

 

 

 

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