奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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つないだ手を、離さない

 私は自分に打ち勝った。

 

 いや、なんのことって思うかもしれないけど…………うん、とにかく打ち勝ったんだ。

 

 色々な意味でのぼせそうになった私は、限界がきてしまう前に彼女を残して風呂を出た。もともと私の方が先に入っていたから、不自然でもない。湯あたりしてしまう前に上がったという、ただそれだけの話。ほんと、他意はない。

 

 自分でも見苦しい言い訳だなって思うから、他の人から見ればそれはもう見るに堪えないものなんだろう。

 

 それくらい、私に体を預けて鼻歌を口ずさむあの子の無防備な姿は…………なんだ、私の心を揺り動かした。

 

 そのあり方が、仕草が、というかもう全部ひっくるめて、愛おしくて仕方がないのだ。

 

 抱きしめたい、という衝動を振り切ることができたのは奇跡に近いと思う。彼女から見えていないことをいいことに、私の体はいまにも胴へと手を回さんばかりに両腕を動かしては、引っ込めるという行動を繰り返していたのだから。

 

 別に抱きしめるくらいならいいんじゃないかなって思う自分もいたのは事実だ。

 

 でも…………再三繰り返して主張している通り、私は自制心が弱いという自覚がある。一度彼女を抱きしめて、それで満たされてしまったら。きっと私はそのことに味を占めて、事あるごとに抱擁を求めてしまうだろう。

 

 いや、まぁ、ハグくらいなら既に沢山しているけど。私が言いたいのはそういうんじゃなくて…………こう、ね。物事には節度が必要ってことで。

 

 彼女はきっと、そんな私でも受け入れてくれるんだと思う。そのことについてはもう、かけらも心配していない。

 

 だって、あんな醜態を晒してしまった自分ですら、彼女は受け入れてくれたのだから。

 

 この先何があっても、もう私は不安に思うことはないのだろう。

 

 私が彼女を特別に思っているのと同じくらい、彼女は私を特別だと思ってくれている。言葉で確認する必要がないくらい、心で感じられた。

 

 難しく考えなくても、分かることだった。

 

 私がいないところで浮かべる彼女の笑顔は、私に向けるそれとはまた別の種類のものなのだから。

 

 上手く言葉に出来ないけれど。

 

 彼女へと向かうこの愛が、それを教えてくれた。この熱くて燃えるような感情には、まだ慣れないけれど。でも、この気持ちがある限り…………私は二度と、彼女からの好意を疑うことはない。

 

 泣いてもいいって、心の弱さも認めてくれた彼女だから。私が間違っても、笑顔でなくても。それでも私を見捨てないでくれた彼女のことを、私は信じたい。

 

 なんて、ちょっとだけ恥ずかしいことを考えて。熱くなった顔を風で冷ましながら、これからのことに想いを馳せた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「美咲! こっちにきてちょうだい!」

 

 

 こころが私を呼ぶ声が聞こえて、席を立った。特に何か考えることもなく、そうすることが当たり前のように彼女の元へと向かう。我ながら、よく躾けられているなって思わなくもない。

 

 そういえば、着替えはどうするのだろう。一瞬だけ、サイズの合わない私の寝巻きを着た彼女の姿を想像して…………すぐに振り払う。いや、流石にそれはないだろう。だいたい、黒服の人が用意しているだろうし。

 

 私の借りている部屋はそこまで広くない。そんなことを考えているうちに、すぐに浴室へとたどり着く。

 

 その扉を開いて────すぐに閉じた。

 

 ああ、神よ。もしかしてあなたは私のことを試しているのですか?

 

 そんな馬鹿げたことを頭の中で言い捨てて、目の前の扉を睨みつけるように凝視した。

 

 瞳を閉じて、力の篭ってしまった目頭を軽く揉む。大きく息を吸って、吐き出す。

 

 そうして心の準備を完了させてから、もう一度扉を開いく。開口一番、彼女へと疑問を投げかけた。

 

 

「いや、なんで服着てないの」

 

 

 というか、体を拭いてすらいなかった。弦巻こころは両手にバスタオルを握りながら、困ったような様子で私に視線を向けてくる。

 

 というか、そのバスタオルも見覚えがないんだけど。黒い服の人達、本当に用意がいいな。彼女が私の家で風呂に入るなんて、普通は想像できないだろうに。

 

 もしかしたら、彼女が一緒に入るって決めてからすぐに取り寄せたのかもしれないけど。それにしたって、うん、あの人達もだいぶ人間離れしていると思う。

 

 いや、それどころじゃない。

 

 前もって覚悟を完了していたにもかかわらず、今の彼女の姿は…………私の脳を焼き切ってしまいそうなほど、刺激的だった。

 

 風呂に入る前もだいぶ凄かったけれど、これはそれ以上で。

 

 彼女の体を沿って落ちる水滴が、その発育の良さをこれでもかと強調している。毛先から滴るお湯がマットへと溢れる様は、妖精が沐浴をしているのかと見間違えるほど神秘的だ。

 

 思わず、唾を飲み込んだ。ゴクリ、という音がやけに大きく響いた、気がした。

 

 いや、何を感じ取っているんだよ。

 

 気を抜けば下へと向かいそうになる視線を、必死に彼女の顔へと固定する。彼女はバスタオルを持って、私に何か訴えるような視線を向け続けていた。

 

 あれ、こんなシチュエーションを前に見た気がする。見たとはいっても、漫画か何かでだったけど。

 

 あれは確か、世間知らずのお嬢様が庶民の暮らしを体験して…………その勝手の違いに困惑する。みたいな、まさにこの状況にピッタリなあれだ。

 

 いや、でも、まさか。いくら彼女でも、体の拭き方が分からないとか…………そんなことを言いだすはずが────。

 

 

「美咲、どうしましょう。あたし、どうやってからだを拭けばいいか分からないの」

 

 

 嘘でしょ!?

 

 いや、たしかにそんな気はしていたけれど。でもまさか、本当にそんな漫画みたいな…………ああ、黒い服の人達が原因か!? 過剰なくらいに過保護なあの人たちのことだ。今までずっとこの子の面倒を見続けてきた可能性はある。

 

 でも、さっき普通に自分で体洗って…………あっ。

 

 よく考えてみれば、その気配は確かにあった。あんなに長い髪の毛なのに、洗う時間がやけに短かった。後ろで纏めることもしてなかったから、浴槽に毛先が浸かっていた。

 

 多分、本当に今まで一人で風呂に入ったことがなかったんだと思う。あまりにも手際が悪いし、杜撰だ。

 

 でも、それなのにどうして。私と一緒に入るなんて言い出したんだろうって、そう考えて…………うん、野暮にも程があるなって。

 

 一人で入るよりも、二人で入る方が楽しい。彼女が口にしたその言葉が全てで…………もしかしたら、私を元気付ける意味もあったのかもしれない。いや、流石にそれは自惚れすぎかな。

 

 私は自分を抑えるのに精一杯で、気がつかなかった。そのことがちょっとだけ、後悔に繋がるけれど。でも、それ以上に嬉しかった。

 

 彼女が慣れないことを試してまで、私と一緒にいようとしてくれたことが。本当に、嬉しいんだ。

 

 あれだけ動揺していた心が、嘘みたいに落ち着くのを感じる。その代わりに、好きだという気持ちが、とめどなく溢れる。

 

 不謹慎なことに。私はこの友人が狼狽える姿を見て、なんというか…………母性本能というのだろうか。甘やかしてあげたいって気持ちが、胸の内から溢れてやまない。

 

 思わず笑ってしまったのだろう。

 

 彼女は一瞬だけキョトンとしたあと、一転して、輝くような笑顔を浮かべる。そして、口を開いた。

 

 

「素敵な笑顔よ、美咲!」

 

「あー、はいはい。ありがとね」

 

 

 一歩踏み出して、彼女の手からバスタオルを取り上げる。それをそのまま横のタオルハンガーに引っ掛ける。

 

 不思議そうな顔で私を見つめる彼女を浴室へと優しく押し込んで、服の裾を捲った。

 

 

「ほら、戻って…………髪の毛、ちゃんと洗ってあげるから」

 

「ほんとう? ありがとう、美咲!」

 

 お礼を言いたいのは、こっちの方だよ。なんて、正面からいうのは恥ずかしいから。その代わりに彼女の頭を撫でて、私なりの感謝を伝える。

 

 他人の髪の毛を洗うなんて久しぶりだから、ちょっと不安だけど。でも、きっとなんとかなる。

 

 ワクワクした表情の彼女と、鏡越しに瞳を合わせながら。私はゆっくりと、黄金の輝きを手に取った。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「あたしね、バンドをやりたいの」

 

 

 彼女の髪の毛を洗って、ついでに体も洗って。冷やしちゃいけないからってもう一度湯船に浸からせて、それからようやく体を拭いて。

 

 お姫様が着るような可愛らしいワンピース状のパジャマを、丁寧に被せてやって。

 

 ようやく一息つける、と。マグカップに入れたホットココアを二人で飲んでから、彼女は私の目を見てそう言った。

 

 正直なところ、「そういえばそんな話だったな」って他人事のように感じてしまうくらいには、今日は色々なことがありすぎた。

 

 彼女に嘘をついて、学校をサボって。

 

 友達が一人増えて、元気付けられて。

 

 バイトで子供達と戯れて、こころの言葉に傷ついて。

 

 この子の目の前で泣いて、叫んで、抱きしめられて。

 

 なぜか一緒に風呂に入って、こうしてココアを口にして。

 

 それでようやく話ができるって状態になって彼女の口から出た言葉が、それだったのだから。うん、知ってる。そう言いそうになった口をココアで塞いで、話の続きを促す。

 

 嬉しそうに微笑みながら。まだ何も話していないのに、彼女の瞳は「楽しいことを見つけた!」と。なによりも雄弁に語っていた。

 

 その瞳の中に宿る輝きはひとつじゃなくて、まるで星空のように沢山の煌めきが光を放っている。

 

 そして、その中には私の顔が映り込んでいて。仕方ないな、とでも言いたげな。ごく普通の女の子の、困ったような笑顔が私を見つめていた。

 

 彼女から見た私は、こんな風に笑っているんだなって。それが、なんだか気恥ずかしくて。

 

 私は、こんな風に笑う彼女の瞳が大好きなんだと。前までとは違って、素直に認めることができた。

 

 

 どれだけの星々を宿しても────。

 

 彼女の瞳の中から私の輝きが消えていない現実に、ようやく気づけたから。だから私はもう、落ち込むことはない。

 

 だって、私とこの子は友達なんだから。

 

 

「もうメンバーだって集めたのよ! 花音でしょ、薫でしょ、はぐみに、ミッシェル! 美咲、明日は時間だいじょうぶ? みんな紹介するわ。あっ、ミッシェルとは知り合いなのよね? あの子から美咲を感じたから、きっと関係あると思ったのよ!」

 

「うん、明日は大丈夫だよ。あと、ミッシェルはわた────」

 

「じゃあ決まりね! 明日が楽しみだわ!」

 

「まーたそうやって人の話を遮る」

 

 

 なんだかんだ伝え損ねてしまっているけど、まぁ、この笑顔を見られるなら別にどうでもいいかなって。なんとなくそんな気になってしまう。

 

 っていうか、ミッシェルから私を感じたって、ほんとなに、どういうこと? 鋭いとかそういうレベルの話じゃないでしょ。

 

 だいたい、ピンクのクマと私を繋げられるって…………いや、もしかしたら彼女にとって私がピンクのクマとおんなじ存在ってことなのかも…………それはないか。ないよね?

 

 

「それでね、ミッシェルから聞いてると思うんだけど…………」

 

「あっ、ごめん。なにも聞いてないんだよね」

 

「ええっ!? ミッシェルにちゃんと伝えておいてってお願いしてたのに!」

 

「いや、ほら、私が忙しかったからさ。うん、ミッシェルはワルクナイヨ」

 

「あら、じゃあ仕方ないわね」

 

 よし、これで話を聞いてなかったのを誤魔化せた。その代わり、ミッシェルが私だって言い出しにくくなっちゃったけど。うん、まぁそのうちほとぼりが冷めたタイミングを見計らって伝えればいいでしょ。

 

 結局、なにを伝えたかったのか。気になって仕方がない、というわけではないけれど。まぁ、聞いといたほうがいいかなって思うし。ほんと、気になってないから。全然、まったく。

 

 

「だから、何か言いたいことがあるならいま言ってくれると嬉しいよ。連絡がつかなかったの、本当に申し訳ないと思ってるし」

 

「そうね、目の前にいるんだから。直接伝えればいいのよ!」

 

 

 そういうなりなんなり、彼女は私の手を両手で握りしめた。もう裸も見て、腕まで組んで、何度も抱きしめ合った仲だというのに。

 

 私は彼女のこんな行動ひとつで、未だに胸の高鳴りを覚えてしまう。

 

 まるで、初恋を覚えた子供のようだ。あながち、間違いじゃないのかもしれないけど。

 

 彼女の瞳がキラキラと輝いて、私の心がドキドキと弾むようなリズムを奏でる。

 

 ああ、昔…………こんなことがあった気がする。なんだったっけ、キラキラとドキドキが、一度に訪れたあの記憶は。

 

 

 弦巻こころの顔が、目の前にあった。

 

 金色の瞳が、私の中を覗き込んでいる。その輝きが、まるで星のようで…………。

 

 あぁ、思い出した。

 

 この胸の高鳴りは、ドキドキは、あの夜の…………。

 

 

「美咲、あなたも一緒にバンドをやりましょう! あたしには、あなたが必要なの!!」

 

 

 

 

「…………うん、いいよ。付き合ってあげる」

 

 

 私がこの子の誘いを断るわけがないのに。全身で喜びを表現して跳ねて回る彼女の姿が、おかしくて、おかしくて。

 

 ああ、よかった。私は間違っていたけど、間違えたわけじゃなかった。

 

 子供のように無邪気で、誰よりも優しくて、なによりも純粋な。そんな君に一番近い場所で、君を見守れることを。

 

 私は、誇りに思う。

 

 

 

 

 

 ────この日、私はもう一度『星の声(キラキラドキドキ)』を聞いた。

 

 





 えがおのオーケストラっ! 編は始まったばかりですけど、ちょうどいい感じに区切れたんでエピローグって書きそうになりました。大丈夫、まだまだ続きますよ。
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