奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 今回、ついに満を持してあの人が登場します。


大きな輪になって 4

 

 時間はあっという間に過ぎ去って、気がつけば放課後を迎えていた。

 

 その間、特筆して変なことは起きていない。いつもと違うことと言えば、朝の会話を聞いたクラスメイト達に体調の良し悪しを心配されたことと、その度に罪悪感で心が痛くなったことくらいだろうか。

 

 昨日までよりも話しかけやすくなった、というのは委員長の言葉で。私はそんな気はしないけど…………やけにクラスメイトから声をかけられる一日だったから、きっと彼女の言う通りなんだろう。心が軽くなって、雰囲気が変わったのかもしれない。

 

 ああ、そういえばだけど。私とこころの二人きりだった昼食の休み時間に委員長が加わった。本当はもっと早く話しかけたかったらしいけど、私とこころがあまりにも仲よさそうにしているから。遠慮していたそうだ。

 

 言われてみれば、たしかに人を寄せ付けない雰囲気を出していた気がしなくもない。いや、間違いなく出していた。なんていうか、二人の空間ってことをクラスメイトに見せつけていたんだと思う。今思えば、くだらない独占欲の発露だったのかもしれない。

 

 私は作り置きのおかずを詰め込んだ弁当で、委員長も一人暮らしを始めてからは自分で弁当を作っているらしいから。同じ境遇として、それなりに話が盛り上がった。

 

 こころはいつも黒服の人たちが持ってきた料理を食べているから、話題に入れなくて困るかと思ったけど…………なんか、凄く優しい顔で私たちの話を聞いていた。

 

 お喋りな彼女が聞き手に回るのは珍しい。でも、委員長とも仲良く出来ているみたいだし…………変に遠慮しているわけじゃなさそうなのは良かった。

 

 まぁ、二人とも方向性は違うけど分け隔てなく接するタイプの人間だから。自分から見ても面倒くさい性格をしている私みたいに、無意識に壁を作る事も無いんだと思う。

 

 そういえば、委員長は自分のおかずをやたら私に勧めてきたのが印象に残っている。やっぱり、他の人の感想も欲しかったりするのだろうか。

 

 もともと家の手伝いで料理をしていたらしくて、彼女の作った唐揚げは味付けがさっぱりしていて美味しかった。そのことを伝えると、彼女は嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せる。

 

 こころの言葉を借りるならば、彼女は笑顔がよく似合う。家庭的で、性格もいい子だから。将来は器量良しの、良いお嫁さんになると思う。

 

 

 と、まぁ。だいたい、そんな事があって。

 

 バンドメンバーである私とこころ、それと委員長の三人はいま、教室に残って会話をしていた。

 

 私がクラスメイト達に揉みくちゃにされている内に、こころはあのドラムの人に話をつけてきたらしい。ベースの子の用事が終わったら、ここまで連れてきてくれるそうだ。

 

 ドラムの人の名前は松原花音さん。驚いたことに一つ歳上の二年生だそうだ。いや、だってあんなにオドオドしてるから歳上に見えなくて…………心の中だけの話とはいえ、少女扱いはちょっと失礼だったかもしれない。

 

 私たちがバンドをやるって話を委員長にすると、彼女は瞳を輝かせて、ライブを見にくると約束してくれた。まぁ、まだ何も決まってないんだけど…………興奮している彼女の耳には、届いていないみたいで。

 

 祖母のいる村ほどではないとはいえ、彼女も田舎の出身だから。バンドっていう都会的な要素に憧れたりするんだろうか。

 

 その反応が普通の女の子そのもので、逆に新鮮に感じる。最近、変わった人ばかりに会っていたから。余計にそう感じてしまう。

 

 

 談笑しているこころと委員長に、目を向ける。この二人の共通点といえば、今のところ…………私の知り合いって事ぐらいだから。会話の内容が私のことになるのも、まぁ、なんだ、それなりに自然な事なんだと思う。

 

 私の話で盛り上がっている二人の間には、流石に入りづらい。本人が目の前にいるのに話題に挙げられると…………こう、むず痒いものを感じてしまう。委員長には悪いんだけど、あんまり褒められると…………その、恥ずかしい。この場を離れたくて、仕方がない。

 

 

 松原さん、早く来てくれないだろうか。

 

 そんな私の願いが通じたのか。

 

 

 ガラガラと音を立てて、教室の扉が開かれた。教室に残っていた人たちの視線が、そちらへと向かう。

 

 私も少しの期待を乗せて、そちらを向いてみれば────。

 

 

「失礼します…………奥沢美咲さんは、いらっしゃいますか?」

 

 

 見たことのない人が、私の名前を呼んでいた。

 

 いや、どちら様ですか?

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 クラス中の視線が集まっているにも関わらず。その人は物怖じすることなく、タレ気味の目尻を上向きにして、教室内を見渡していた。

 

 なんだろう、几帳面そうというか…………真面目そうな人だ。制服も着崩す事なく、ぴったりとしていてシワ一つない。長い髪の毛はしっかりとセットされているのか、乱れている気配がない。

 

 視線をそらしてこころ達の方を見れば。こころは好奇心に満ちた目で、委員長は慌てた様子で私に視線を向けていた。

 

 いや、そんな顔で見られても困る。私も知らない人だし、何の用かも分からない。

 

 ただまぁ、名指しで呼ばれている以上は何かしらの用事がある訳だろうし。特に理由もなく無視するのも、変な話だ。

 

「ちょっと行ってくるね」

 

 カバンを置いたまま立ち上がり、見知らぬ人の元へと向かう。クラスメイトの視線が私の方へと向いたのが、肌で感じ取れた。チラリと横目で様子を伺ってみると、その殆どがハラハラした様子で私のことを見ている。

 

 確かに物珍しい事だとは思うけど、ここまで緊張感を感じるものだろうか。

 

 

 近づいてくる私に気がついたのか、彼女は室内を見ていた瞳をこちらへと合わせてくる。どことなく、ホッとしているのがわかる。眉間に寄っていたシワがなくなって、幾分か穏やかな雰囲気になった。

 

 近づいてみると、あんがい…………なんだ、どこかで会ったことがあるような気がしてきた。

 

 同じ学校の生徒だから、すれ違ったことくらいはあるのかもしれないけど。そうじゃなくて、顔を見る機会があったような…………?

 

 教室は広いわけではないから、そんなことを考えているうちに、彼女の前にたどり着いた。

 

 なんと言ったものだろうか。相手の名前も聞かないうちに用件を聞くのは、流石に違うと思うし。

 

 相手は私のことを知っているみたいだけど、礼儀として。とりあえず、名乗ることにした。

 

 

「私が奥沢ですけど…………えっと、どちら様でしょうか」

 

「…………そうですか、あなたが」

 

 タレ目の彼女は私の名前を聞くと、複雑そうな表情を浮かべ、小さな声でそう呟いた。視線は私の体を上から下まで流すように移ろっていて、どことなく品定めをされているような気すらしてくる。

 

 彼女なりに配慮しているのだろう。その視線は無遠慮というほどのものではなくて、どちらかといえば無意識のものに感じられる。

 

 

 自分が客観的に見て失礼なことをしているのに気がついたのか。彼女はやや慌てるように私と視線を合わせて、その口を開いた。

 

 

「初めまして…………アポイントメントもなしに訪ねてしまって、すみません。少し、お時間をいただけますか? 話したいことと、聞きたいことがあるのですが…………」

 

「えっと…………」

 

 答えに窮して後ろを振り返れば、こころは私へと笑顔でハンドサインを送っている。うん、行っても大丈夫ってことだろう。

 

 体の向きを戻して、口を開く。

 

 

「はい、大丈夫みたいです」

 

「ご友人と歓談の最中だとお見受けしますが、本当によろしいのですか? もし都合が悪いようでしたら、また日を改めて訪ねさせていただきます」

 

「ちょうど人を待っている途中ですから、不都合って訳じゃないです…………その、あんまり長いと困りますけど」

 

「いえ、そこまでご迷惑をお掛けすることはないと思います」

 

「じゃあ、問題ないです…………えっと、場所を変えた方がいいですか?」

 

「はい。できれば、そのようにお願いします」

 

「じゃあ、少し待っててください。連れに説明してきます」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 彼女の畏まった喋り方に、少しだけ息が詰まった。多分、誰にでもああいう喋り方をするんだろう。礼儀正しくて、そうあろうと心がけているタイプの人間だ。

 

 真面目そうな、という印象は間違っていなかった。

 

 自分の席へと戻り、二人に向けて軽く頭を下げる。

 

 

「ごめん、ちょっと用事があるみたいだから行ってくる。こころ、もし私が帰ってくる前に松原さんがきたら待っていてもらえるかな?」

 

「大丈夫よ! 彼女、美咲のお友達?」

 

「いや、今日初めて会った…………あ、そういえば名前聞くの忘れてた」

 

 私とこころのやり取りを見ていた委員長が、控えめに口を挟んでくる。

 

「えっと、奥沢さん…………あの人、確か風紀委員の人だったと思うんだけど…………」

 

「えっ…………? あっ」

 

 委員長の言葉で思い出して、咄嗟に後ろを振り返った。確かにそうだ。校門前で、生徒の身だしなみをチェックしていた覚えがある。既視感の正体はそれだったのか。

 

 クラスメイトたちが不安そうに見ていたのも、そういう理由なのだろう。そりゃ、風紀委員の人に呼び出されている人がいるとなれば、静まり返ってもおかしくない。

 

 いや、っていうか。本当になんの用事なんだろう。私、なにか目をつけられるような事をしただろうか。まぁ、昨日学校サボっちゃったけど…………先生から呼び出しを受けてない以上、そういう理由でもないと思うし。

 

 分からないけど、だからといって待たせるわけにもいかない。

 

 

 先ほどよりも、少しだけ緊張しながら。

 私は二人を置いて、風紀委員の人の元へと向かう。

 

「もう大丈夫です、行きましょう」

 

「では、着いてきてください。なるべく手短かに済ませますので、時間の心配はしないでください」

 

「ありがとうございます…………それと、その、ちょっといいですか?」

 

「…………? はい、なんでしょう」

 

「あの、まだお名前を聞いていないんですけど…………」

 

 私を先導するように歩いていた彼女は、私の言葉で足を止める。そのまま振り返ると、私に頭を下げて言葉を続けた。

 

「ああ、申し訳ありません。あの子(・・・)の事ですから、もう写真の一枚や二枚見せているものかと…………いや、そうでなくても一度はちゃんと名乗るべきでしたね。失礼しました、あなたを軽んじる行いでした」

 

「あっ、いえ、その。そんなに畏まらなくても…………えっと、気にしてませんので。頭をあげてください」

 

「そういうことでしたら…………本当に、申し訳ありません」

 

 顔を上げたことで露わになった彼女の顔は、やや赤色に染まっているのがわかる。肌が白い人だから、それが尚更目立つ。本当に申し訳なさそうな顔をしていて、それでいてとても恥ずかしそうだった。

 

 しかし、あの子(・・・)というのは誰のことだろうか。私の名前を知っていたことといい…………もしかして、共通の知り合いがいるのか。

 

 そんな私の疑問を見抜いたようなタイミングで、彼女は自らの名前を名乗った。

 

 

 

「改めまして…………私の名前は、氷川(・・)紗夜。あの子の────」

 

 彼女の名字を聞いて、なんとなく納得した。見たような気がする、というのは。別に彼女が風紀委員だからではなくて、もっと別の原因があったのだ。

 

 私の数少ない友達の一人に、似ていたから。だから私は少しだけ、この人の顔に覚えがあったのだ。

 

 

 

 ────氷川日菜の、姉です。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「お話っていうのは…………日菜さんのことですか?」

 

「はい。あまり妹の交友関係に口出しをするべきではないと分かっているのですが、どうしても気になってしまい…………」

 

 人気のない階段の下で、私と彼女は対面していた。

 

 妹の友人、つまり私に接触してきた理由は単純なものだったらしい。一言でいえば、この人は過保護なんだろう。

 

 日菜さんのことを話題に出した彼女は、元々下がっている目尻をさらに下へと向けて、恥ずかしそうに頬を染めている。

 

 まぁ、なんだ。確かに気持ちはわかるかもしれない。妹のことは気になるけど、本人からは聞き出しにくいんだろう。

 

 体を少し揺らして、話題の切り出し方を探している彼女へと向けて、私から話を振る。

 

「それで、あー…………氷川先輩は」

 

「紗夜、と呼んでください。名字だと、あの子と被ってしまいますから」

 

「じゃあ、紗夜先輩と…………日菜さんは、私のことを何か言っていたんですか? 私は紗夜先輩のこと、色々聞いちゃったんですけど…………」

 

「…………あの子は私のことを、なんと?」

 

「えっと、優しくて自慢の姉だと言っていました。お世辞とかじゃなくて、本当に楽しそうに…………それと、ポテトが好きだそうですね」

 

「そうですか、あの子がそんな事を…………」

 

 

 そこで彼女の言葉が途切れる。気になって瞳を覗き込んで見れば、そこには嬉しいような、悲しんでいるような。とてもじゃないけど一言では表せないような、複雑な感情の色が浮かび上がっていて。

 

 ああ、この人。何か後悔していることがあるんだなって。私も似たような気持ちになった事があるから。だから、すぐに分かった。

 

 妹たちを見捨ててしまったあの頃の私と、少しだけ似たような瞳をしているんだ。

 

 その理由を、無理に聞き出す事はしない。誰だって、言いたいことと言いたくないことがあるのだから。

 

 彼女が自分の気持ちに整理をつけるまで、口を閉じて待つ。手持ち無沙汰に前髪を整えながら、少しだけ…………妹たちのことを思い出した。

 

 不思議な静寂を切り裂くように、彼女が再び口を開いた。

 

 

「もうお察しかもしれませんが…………話したいこと、というのは。その日菜のことなのです」

 

「はい」

 

 私の反応を確かめながら、彼女は少しずつ言葉を重ねる。

 

「あの子はなんというか…………昔から変わった子でして。才能に溢れていて、いつも私の前を歩いていました。その、お恥ずかしながら…………嫉妬したこともあります」

 

「…………」

 

「いや、私のことは今は関係ありませんね。私があなたに話しておきたいのは、あの子がズバ抜けて天才であるということ。そして…………それが、人の領分(・・・・)を遥かに超えた先までたどり着いてしまっていることを、伝えておきたかったんです」

 

 正直いって、少し驚いた。身内びいきという事もあるんだろうけど、彼女から日菜さんへの評価はかなり高いらしい。

 

 確かに不思議な雰囲気を持っている人だけど、そこまでいうほどの人物だったのだろうか。人の領分を超えている、だなんて。それではまるで、自らの妹のことを人外扱いしているようなものではないか。

 

 少し話しただけでも、この人が日菜さんのことを大切に思っていることは、態度から理解できた。だからこそ、その彼女がこういう言い回しをしたことに、衝撃を受けている。

 

 

「ミレニアム懸賞問題、というものをご存知ですか?」

 

「ああ、確か解けたら百万とか…………なんか、そんな感じの難しい問題。でしたよね?」

 

「はい、正しくは百万ドル…………一ドル百円計算でも、日本円にして一億となります」

 

「…………どうして、今そんな話を? それに確か、ミレニアム懸賞問題ってもう全部────」

 

「ええ、全て証明されました」

 

 彼女はそこで一拍置いてから。真面目な表情で、もう一度口を開いた。

 

 

 

 

「────当時十歳だった、あの子…………氷川日菜によって」

 

 

 ……………………え?

 

 思わず呆気に取られる。彼女の口から語られた言葉は、あまりにも予想外のことだった。

 

 口を開いて驚く私を他所に、彼女はそのまま淡々と言葉を続ける。

 

 

 

「…………その反応を見る限り、知らなかったようですね。いえ、それ自体は構いません。あの子も特別誇っているわけじゃなくて、ただ出来るから…………出来てしまう(・・・・・・)から、そんな理由で解いたと言っていました。その道では有名な話ですが、メディアに露出しているわけではないので、知らないのも当たり前のことです」

 

「私が何を言いたいかというと…………あまりこういう言い方をしたくないのですが、あの子は友達が、心を許せる相手が少ないのです。私は家族だから、姉だから慕われていますが…………あの子は普通の人とは違う感性をしていますので、どうしても周りがついていけないのです。そして、あの子自身、そのことを受け入れてしまっています。誰よりも優れている妹は、その実…………誰からも理解されない、孤独の路を進む定めでもあるのです」

 

「あの子にはあの子の人生があって、あの子なりの行動理念が存在しています…………それに私が口を挟むこと自体が烏滸がましいとは思うのですが。それでも、あなたに会いに来ることを止められませんでした。あなたは…………あの子が私に自慢してくれた、あの子にとって初めての友人なんです。だから、直接会って確かめたかった」

 

「あなたの事は、少しだけ知っていました。成績が優秀で、新入生代表に選ばれるくらいには優れているということ。運動能力も高く、人当たりも悪くないということ。あと、これは噂話で聞いた事ですが…………弦巻こころという生徒と、とても仲がいいこと。そのどれもが、あなたに人格面で問題がないことを物語っています」

 

「ですが、どれだけ優秀であっても。たとえ根っからの善人であったとしても。あの子という劇薬は劣等感や恐怖心を刺激し、人を変えてしまいます。そうして心が砕かれていった人を、私は何人も見てきました。あまりにも人と違いすぎるあの子から、みんな離れていってしまうのです。それが、私は悔しくて…………そして、何もしてやれない自分が、心の底から情けなくなります」

 

「別に、あの子の全てを受け入れろという訳ではありません。そして…………あの子を裏切るなとも、逆に、離れてほしいとも言いません。私よりも遥かに聡明なあの子が選んだのが、あなたなんですから。そこに疑いを持っていません。こうして面と向かってみて、あなたが普通の女の子であるということを理解しても、その気持ちは変わりません」

 

「ですから、ただ知ってほしかったのです。あの子がどんな人間で、これまでどんな風に生きてきたのかを。その上で、あなたには妹を任せたいと思っています。余計なお世話もいいところですが、私に出来ることといえば、こうしてあなたに頭を下げることだけです」

 

 

 

 

「ですがどうか、あの子のことをよろしくお願いします。特別なことはしなくてもいいんです。ただ、普通の友人として…………接してあげてください」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 綺麗に頭を下げる彼女をみて、私は何も言えなかった。なんと言っていいのか、分からなかった。

 

 この人は今日、ただならぬ覚悟を持ってここに来ているのだろう。私が何か言うまで、絶対に頭を上げない。そんな気配すら、感じ取れる。

 

 それは、かつて妹たちから目を逸らしてしまった私とは逆の生き方で。私には選べなかった道を、この人は歩んでいるんだと思う。

 

 端的にいって、気圧された。

 

 この人はきっと、ただの人間なんだと思う。変な力も、人並み外れた才能も持っていない。家族思いな、ただの人。

 

 それなのに。

 

 存在しているかも分からない、姉としての責任を果たそうとする姿が。私には眩しくて、羨ましく感じてしまう。

 

 日菜さんの言っていたことが、本当の意味で理解できた。

 

 間違いなく、この人は自慢の姉なんだ。だから日菜さんも、あんなにこの人を慕っているんだ。

 

 だから、その事を飲み込んで。

 

 私は自然と、口を開いていた。

 

 

「その、正直あの人がどうして私を友達と呼んでくれるのか…………いまいち、よく分かっていないんですけど」

 

「…………はい」

 

「たぶん、大丈夫だと思います。約束(・・)しましたから。また一緒に、ご飯を食べに行こうって…………だから、それが私の答えです」

 

「…………そうですか、ありがとうございます」

 

 

 顔を上げた彼女…………紗夜先輩は、心底安心したと言う風に、大きく息を吐いた。

 

 なんだったってこう、私の周りにはこういう人たちばかり集まるんだろうか。ほんと、勘弁してほしい

 

 眩しすぎて、好きになってしまいそうだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「ところで、聞きたい事というのはなんですか? まだ話は終わっていないんですよね?」

 

「いえ…………その、最初は聞こうと思っていたことがあったんですけど。今ので気が変わりました。そっちのことは忘れてください」

 

「紗夜先輩がそれでいいなら、私も構いませんけど…………そう言われると、なんだか気になりますね」

 

「じゃあ、あと一つだけいいですか?」

 

「はい、なんでも聞いてください」

 

 

 思えば私は、油断していたんだと思う。あの日菜さんが私のことをなんて伝えるかなんて、想像すらできていないのに。

 

 彼女の見せた人柄にすっかり絆されて、安心していたんだ。だからこそ、その質問に対して、すぐに返事をすることができなかった。

 

 

 

 

 

「日菜とキスをした、というのは本当ですか? 本校の生徒でないとはいえ…………あまり風紀を乱すような行いは、慎んでほしいのですが」

 

 

 彼女の、どこか迫力の篭った言葉を聞いて。私はテレパシーを使うまでもなく、理解した。

 

 あぁ、間違いない。この人、怒ってる。いや、その、私はされた側の人間なんですけど、なんて。言い訳する事も出来なくて。

 

 私は一日で二回も、この人に気圧されることになった。

 

 

 …………ほんと、すみません。





 まさかこのタイミングでおねーちゃんが登場するなんて…………氷川姉妹、本当に恐ろしい子。

 展開の遅さを1話あたりの字数でカバーするぜ! と言わんばかりの8500字でめっちゃ笑いました。長くなってごめんね。
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