奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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大きな輪になって 5

 紗夜先輩と連絡先を交換して、その場で別れた。日菜さんがやらかさないか、トラブルを起こしていないか。そういった事に気を遣っているらしく、何かあったら連絡してほしいとの事だった。

 

 背筋を伸ばして離れていく彼女の後ろ姿は、まさに頼り甲斐のある歳上といった感じで。ああいう人が成長して歳を重ねれば、物の道理をわきまえた本当の『大人』になれるんだと思う。

 

 責任感がある、というのだろうか。彼女が微かに見せた思いつめたような表情は、それだけで語りきれるような軽いものではないのかもしれないけど。

 

 私も、あの人のようになれたら。短い時間でそう思わされるくらいには、彼女は成熟した精神を持っていた。

 

 なにも、鋼のように強い心を持っているわけではないんだと思う。後悔することもあるし、迷うこともある。妹のことを考えて悩むし、自分が正しいのか常に己に問いかけ続けている。

 

 初対面で、十数分程度の付き合いなのに。何をそんな知った風な口を、と思われるかもしれない。それは尤もなことだろう。私が彼女に抱いた気持ちの殆どは、結局のところ…………第一印象に左右されているのだから。

 

 でも、彼女の感情は痛いくらいに伝わってきた。心の中を覗いたわけじゃなくて、その表面に触れただけだけど。

 

 彼女の心は傷ついていて、折れていて。それでも投げ出さず、現実から目をそらさず。自分にできることを探して前へ進んできた、そんな形をしていた。

 

 素直に尊敬できる人だと思う。彼女の持つ心の強さの、そのほんの一割でも。あの頃の私が持っていたのならば、何か行動を起こせたのかもしれない。

 

 たとえそれが、上手くいかなかったとしても。何もしなかったと後悔するよりは、何倍もマシだと思うから。

 

 だから私は彼女が羨ましくて、眩しいと思った。不器用ながら「姉であること」を全うしようとしている彼女の、なんと立派なことだろうか。

 

 

 日菜さんのことは、素直に驚きだった。只者ではないと思っていたけれど、あの計り知れない精神性の奥底に、そんなものを隠していたなんて…………まぁ、なんかそれはそれで納得できたけど。あの人だったらやりかねない、そんな感じすらしている。

 

 あの全てを見通しているかのような、透明な瞳は。凪のような心に浮かぶ、一片の激情は。そういう…………常人には理解できない、複雑な構造の上に成り立っているんだ。

 

 私も私で大概だけど、あの人もあの人でだいぶ非常識な存在だったんだな。なんて、ちょっと嬉しく感じている私がいるのを感じる。

 

 仲良くする、友人として接する。人付き合いが下手くそな私には、だいぶハードルが高いことだと思うけど。それでも、私なりに向き合っていきたいと思う。紗夜先輩との約束を抜きにしても、それは変わらない。

 

 なんというか、相性がいいんだと思う。お互い普通じゃないから。あの人は私が超能力者であることは知らないだろうけど、なんとなく他の人とは違うことを見抜いているのかもしれない。

 

 

 劣等感を抱いていた、紗夜先輩はそう言っていたけれど。私はごく普通のことだと思う。人は誰だって、自分にはないものを求めているのだから。だけど、それを自分で認めるのは…………普通に出来るものではない。

 

 私だって、あなたに劣等感を抱いたのだから。

 

 姉として、妹を…………家族を支えよう。そう考えて、行動できたあなたのことが。私はとても羨ましい。

 

 

 いつの日か。私が過去の自分に向き合って、この現実に決着をつけた時。失ったものを取り戻して、両手にたくさん抱えられるようになったら。

 

 あの子たちに、正面から向き合えるようになったら。

 

 その時は私の方から、会いにいきたいと思う。

 

 合わせる顔がないし、責められるかもしれないけれど。裏切ったと罵られて、嫌われるかもしれないけど。

 

 それでもいつか、私は…………あなたのようになりたい。

 

 太陽でも、天才でもなく。

 

 あなたのような、「姉」になりたいんだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「おまたせ、もう揃ってる?」

 

「あら美咲、お話はもう終わっ────」

 

 

「奥沢さん! 大丈夫だった!?」

 

 教室に戻った私の鼓膜を、大きな声が突き抜けていった。挙げかけていた手をそのまま耳へと当てて、片目を閉じる。

 

 なんていうか、やっぱり…………というか。声の元は委員長だった。申し訳なさそうな顔で、私の目の前へと駆け寄ってくる。

 

「なんだか、これにも慣れてきたよ」

 

「あの、また私、えっと、その……ごめんね?」

 

「ううん、気にしないで」

 

「そ、それで…………その、奥沢さん。ふ、風紀委員の人が、なんの用だったの?」

 

「え? ああ、うん。個人的なお話だったよ。あの人の妹さんとちょっとした知り合いというか、友達なんだ」

 

「あっ、そ、そうだったんだ…………その、私てっきり…………あの、早とちりして、ごめんね?」

 

 

 ようやく気づいたことだけど、委員長は少し心配性すぎるところがあるのかもしれない。だってほら、なんか事あるごとに我を忘れて大声をだしてしまっているし。

 

 まぁ、確かに直した方がいいとは思うけど。それは本人も理解しているんだろうし…………こうして反省しているから、悪気はないんだと思う。ちょっとした癖みたいなものだ。

 

 なにより、私のことを思っての行為だから。あまり責めたくない。人を思いやれるというのは、彼女の良いところなんだから。それを跳ね除けるようなことは、したくない。

 

 

 さっきまで姉妹のことを考えていたからだろうか。それとも、彼女の人間性がそうさせるのか。

 

 肩を下げて落ち込んでいる委員長を見ていると、いつも私の後ろをついてきていた妹のことを思い出してしまう。あの子も感情の表現が激しくて、大きな声で私を呼んでいた。

 

 笑顔が眩しくて、女の子らしくて。きっとあのまま育っているなら、委員長みたいな明るい子になっているはずだ。

 

 だからだろうか。

 

 気づけば私は、彼女の頭に手を乗せていた。妹が落ち込んでいる時や泣いている時は、いつもこうして頭を撫でてやったっけ。

 

 私の手のひらの下で。委員長はぽかんと口を大きく開けて、私の目を見つめていた。あっ、やばい…………同級生の頭を撫でるって。何やってんだろ、私。

 

 委員長も嫌がって…………る、訳ではなさそう? 口を開いたまま、少しずつ顔が赤くなっていくのがわかる。十秒もした頃には、もう耳まで真っ赤だった。

 

 やや潤んだ瞳で、熱のこもった吐息を吐き出して。

 

 あれ、なんかちょっと面白いかもしれない。そんな風に考えるのは、流石にどうかと思うけど。こんなに過敏に反応されてしまうと、余計に構いたくなる。

 

 なんとなくそのまま頭を撫でれば、彼女の綺麗に切り揃えられたショートカットの髪がわずかに揺れる。

 

 どれだけそうしていただろうか。正直、いうほど時間は経っていないと思う。だけど、同級生の頭を撫でるというこの不思議な状況が、私の中にある時間の感覚を狂わせていた。

 

 固まっていた彼女も徐々に我を取り戻していったのか、私を見ていた瞳を伏せて、肩を震わせ始める。ん? やっぱり怒ってる?

 

 下の方を向いたまま、委員長が口を開いた。

 

 

「あ、わ、わ、わ、わた」

 

「…………わた?」

 

 委員長の声は掠れそうなほど小さくて、そして震えている。思わず言葉をおうむ返しにすれば、彼女は机の上に置いてあった自身の鞄を手にとって、すごい速さで教室から出ていった。

 

 うわっ、はっや。

 

 

「わたし!! 委員会の仕事に行ってくる!!」

 

 壁を突き抜けて聞こえてくるほど大きな声が、扉の向こう側からこちらへと届く。急な出来事だったから、呆気にとられてしまった。

 

 先ほどの委員長みたいに、口を開けて扉を見つめる。

 

 …………うーん、怒っていたわけじゃないみたいなんだけど…………やっぱり恥ずかしかったのかな。悪いことをしてしまった気がする。

 

 

「やっぱりイインチョウって面白いわね!」

 

「わぁ…………」

 

「あれ!? 委員長…………もう帰っちゃったの?」

 

 

 私の背中へと投げかけられた声に反応して、振り返る。見慣れた姿が一つと、見慣れない姿が二つ。

 

 前者はこころで、後者は松原さんと商店街の子だ。この見るからに元気そうな方の子は、ベースをやるんだっけ? あんまり覚えてないけど、そんな話をしていた気がする。

 

 

 そんな三人を目の前にして、私は気まずさから目を逸らした。いや、あれだ。私が原因なんだと思うけど、委員長の取り乱した姿をみんなに見られてしまった訳で。うん、ごめんね、ほんと。後で謝っておこう。

 

 三者三様の意味がこもった視線を受け止めて。私は頬を指で掻きながら、口を開いた。多分、これ以上ないほど顔が引き攣っていると思う。

 

 だって、ほら。

 

 

「とりあえず、歩きながら話をしない? ほら、全員揃ったわけだし。こころの家に向かおうよ」

 

 

 ────クラスメイト達の視線が、すごく痛い。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「えっと…………奥沢さん、だよね?」

 

「あ、はい。こうして話すのは初めてですね…………奥沢美咲です。こころの友人です、よろしくお願いします」

 

「わ、私は、その…………松原花音と……いいます」

 

「はぐみは北沢はぐみだよ! よろしくね!」

 

 

 実際、どうなるものかと思っていたけれど。この二人との関係は、こんな風に…………普通に始まった。

 

 私たちは四人で並びながら、こころの案内で彼女の家へと向かっている。横並びは他の通行人の迷惑になるかと思っていたけど…………下校時のピークからは外れているせいか、私たちの他に人影は見当たらない。

 

 最初は黒い服の人達が校門前で車を用意していたけど、こころは話しながら歩いて帰りたいらしく。残念ながら、運転手はお役御免といった様子だった。本物のリムジン、初めて見た。

 

 なんというか、前から思っていたことだけれど。こころはどちらかというと、こうして話しながら歩いて帰るのが好きらしい。

 

 これまでのことを振り返っても、彼女が車に乗っている姿に思い当たらないし。普通の道からも楽しいことを見つけ出す才能がある彼女のことだから、そちらの方が性に合っているんだろう。

 

 私の腕をとって前へ前へと進んでいく彼女は、こんなにも楽しそうに笑っているんだから。こんなことで喜んでくれるんだったら…………私も、付き合ってみよう。そんな気持ちにさせられてしまう。

 

 得意の鼻歌を口ずさんで、ステップを踏むように歩き続ける。

 

 時々私や他の二人の方を振り返っては、満足そうに頷いて。この世の春がきたかのような、そんな上機嫌さを見せる。

 

 一目で分かるほど、舞い上がっていることが伺えた。だいたい毎日こんな感じだけど、今日は特に分かりやすい。

 

 今にも踊り出しそうなのに、何処かに駆け出してしまいそうなのに。彼女は両手で掴んだ私の腕を、一瞬たりとも離すことはなかった。

 

 …………ああ、もう。本当に可愛いな、なんて。

 

 そんなことばかり考えて現実から目をそらしていたけれど…………流石に、それも限界な気がしてきた。

 

 こころの頭越しに、チラリと横へ視線を向ける。

 

 私の顔を見ている紫の瞳と、目があった。そのことに気がついたのだろう。彼女は咄嗟に顔を背けて、誤魔化すように毛先を弄り始める。

 

 かと思えば、また此方へと視線を向けなおして…………そして、同じことの繰り返しだ。

 

 ここまで露骨に視線を感じれば、どんなに鈍感な人でも気がつくことだろう。盗み見るにしても、もっと自然な方法は無かったんだろうか。

 

 

 彼女…………松原さんは。何故かずっと、私の顔を見つめている。

 

 いや、まぁ。なんとなく考えていることは分かる。横目で観察していれば、彼女は私の顔を見つめているだけじゃなくて、時々こころの方へと視線を向けているのだから。

 

 というか、私とこころが組んでいる腕をめちゃくちゃガン見していた。なにを想像しているのか知らないけど、やや顔が赤くなっている。

 

 

 いや、うん。分かる、気持ちは分かるよ。やっぱりこれ、なんか違うよね。

 

 こころは人に対する距離感が異常に近い。スキンシップはよくやる方だし、彼女の敬語なんて聞いたことがない。

 

 でも、なんというか。これまで流されるままに流されてきた私が言うことじゃないと思うけど。

 

 

 こころさん、ちょっと距離が近すぎやしませんか?

 

 

 もしも私が男の子だったら、思春期特有の勘違いをしていたこと間違いないだろう。男の子の純情を弄ぶような、そんな距離感だ。

 

 端的にいってしまえば、これ友達じゃなくて恋人にするような事なんじゃないかって。そんな気すらしている。

 

 視野が狭かったことに加えて、この状況に慣れきってしまったから気づけなかったけれど。流石にその…………なんだ、本当にこれって大丈夫なのだろうか。私、黒服の人たちに怒られたりしない? いや、今さらだけど。

 

 距離が近いのは、嬉しいけれど。その、勘違いしてしまいそうになる。

 

 わ、私が…………こころの、その、特別な友人なんだって。そう思ってしまう。

 

 

 いや、いやいや、ダメだ、ダメだこれ。よく分からないけど、この事を考え続けるのは私の精神衛生上…………すごく、よろしくない。胸の内がカッと熱くなって、湯あたりしたような気分になってしまう。

 

 恥ずかしい。顔が赤くなってたりしないだろうか。

 

 

 あー、やめやめ。この話はもう終わり。

 

 考え事がすぐ脇道に入ってしまうのは、私の欠点だと思う。

 

 というよりも、松原さんのことだ。

 

 あの顔は間違いなく、なんか勘違いしているやつだと思う。いや、どんな勘違いをしているのかは知らないけど…………興味もないし。

 

 ただ、このままだとちょっと変な雰囲気のままというか…………この後の付き合いに影響するだろうから。誤解自体は解いておかないといけないと思う。ほら、こころにだって迷惑をかけるだろうし。

 

 ん? むしろ私がこころの行動で迷惑をかけられているんだろうか…………いや、私は別に迷惑だと思っていないから、問題ない。まぁ…………その理屈でいったら、こころも特に気にしてないんだろうから。問題なくなっちゃうんだけどね。

 

 

 そんなことを考えていたのが、悪かったんだろうか。私としては、そこまで長いこと意識を遠くにやっていた気はしないんだけど。いつの間にか私たちは、それなりの距離を歩いていて。

 

 ああ、いや、ほんと。少しは警戒というか…………注意しておくべきだったんだと思う。

 

 なんていうか、油断していた。

 

 こう…………こころとかに比べて普通というか、大人しいというか、常識人っぽい人だと思っていたから。ちょっと気が弱いとは思っていたけど、それ以上に…………その…………。

 

 

 

「あれ? 松原さん…………?」

 

「美咲、花音がどうかしたの?」

 

「いや、どうしたっていうか…………姿が見えないんだけど」

 

 

 気がついた頃には、すでに遅かった。私と、こころと、北沢さんの三人だけが、並んで歩いていた。

 

 辺りを見回しても、影も形もない。

 

 本当に、忽然と。松原花音という少女は、姿を消していた。

 

 

 

 

 …………え? なんで?

 

 





 自分バンドリはアニメも小説も嗜んでて、最近はドラマCDの内容を確認したりしてるんですけど、ここら辺の設定を結構拾っていく予定なんで、興味のある人はアニメや小説にも手を出してみてください(ダイレクトマーケティング)もちろん、見てなくても伝わる文章を書こうと心がけてますけど。それはそれとして、原作ネタが分かるゆえの楽しみってあると思いますから。
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