「ど、どうしよう! こころちゃん、大変だよ! 花音先輩、きっとまた迷子になっちゃったんだ!」
「また…………って、もしかして同じようなことがあったの?」
「えっとね、花音先輩…………今日、はぐみを迎えにきてくれたんだけど、あっ! はぐみはソフトボールでキャプテンをやってて、それで練習してて、えっと、それで、二人でこころちゃんの所に向かってたんだけど…………」
「その途中で逸れちゃったとか?」
「ううん、はぐみと手を繋いでたから良かったんだけど…………花音先輩、途中で何度も道を間違えそうになってて、そのたびにごめんねって謝るから、その、はぐみは気にしてなかったんだけど、よく迷子になっちゃうって言ってて、どうしよう…………はぐみがちゃんと気をつけてれば…………」
「ああ、うん。大丈夫、よく分かったよ…………北沢さんは悪くないから、とりあえず落ち着いて、ね?」
泣きそうな顔で取り乱す北沢さんは、実年齢と見た目以上に幼く見えた。特徴的な声の高さも相まって、まだ中学生くらいに見える。実際、一ヶ月前まで中学生そのものだったんだから、それは仕方がないと思うけど。
彼女は両手を胸の前で力なく垂れさせながら、あちらこちらへと視線を向けている。落ち着きがないように見えるけど、この状況ならそれも仕方がない。
自分よりも混乱している人を見ると、人は冷静さを取り戻すらしい。北沢さんが私の分まで動揺してくれたお陰で、今の状況がよく分かった。
「はぐみ、ちょっと探してくる! こころちゃん達は先に行ってて!!」
「ちょっとまった。闇雲に探してはぐれる方が困るよ。行くにしてもみんなで行けばいい…………だいたい、こころの家の場所知らないでしょ」
いうが早いが、北沢さんは後ろを振り返って道を戻ろうとしていた。咄嗟に腕を掴んで引き止める。
「で、でも! 花音先輩が困ってるかも…………ううん、絶対に困ってるだろうから────」
「はいはい、大丈夫だから少し落ち着いて」
北沢さんはたぶん、焦ると目の前が見えなくなるタイプの人間なんだと思う。考えるより先に体が動く、という感じだろうか。見るからに活発そうな子だし、この様子を見る限りそこまで的外れでもなさそうだ。
今にも駆け出そうとする彼女を落ち着かせようと、小さな体を抱き寄せる。頭を抱えて心音を聞かせて、背中へと手を回した手を一定のリズムで軽く叩いた。
昨日知ったことだけど、こうされると本当に気分が落ち着く。呼吸のリズムが整って、人肌の暖かさが精神を和らげるんだと思う。
腕の中で彼女の呼吸が落ち着いていくのを確認して、こころの方へと顔を向ける。彼女は携帯の画面を見つめながら、首を傾げていた。
「うーん、ダメね。繋がらないわ」
「電話に出ない感じ?」
「たぶん、電源が入ってないんだと思うの。呼び出しにもならないし」
「あー、なるほど」
この中で松原さんへの連絡手段を持っているのは、こころだけだ。私はさっき出会ったばかりだったし、これだけ心配している北沢さんが真っ先に連絡しようとしなかったわけだから。いや、もしかしたら取り乱して思い至らなかっただけかもしれないけど。どのみち、電話が掛からない以上…………今は役に立たない。
どうしたものだろうか。困ってこそいるけれど、正直私はそこまで心配しているわけじゃない。
ああ、別に私が薄情ってわけじゃなくて。ただの迷子であるならば、私が探せばいいだけの話ってこと。
だってほら、誘拐とかだったら流石にもっと必死になるけれど。ただの迷子なら問題ないだろう。ついさっきまで一緒にいたわけだし、まだ割と近くにいると思う。
松原さん本人にしたって、普段から迷子になりやすいなら慣れているはずだ。いや、慣れていないから同じことを繰り返しているのかもしれないけど。元きた道を戻って、私たちが迎えにくるのを待っているかもしれない。
連絡がつかないってのは少し不安だけど、いざとなったら私がどうとでも出来る。うん、人探しなら得意だから。なにせ、遠視がある。
ただ、問題は…………。
「あ、あの! はぐみ、もう大丈夫だから! ちゃんと落ち着いたよ!」
「急に駆け出したりしない?」
「うん!」
元気のいい返事を聞いた私は、彼女を解放した。うん、たぶん大丈夫。ちょっと息苦しかったのか顔が赤いけど、呼気は落ち着いている。
ただ、うずうずと足踏みしているから。本当は今すぐ探しに行きたいんだろう。歩いてきた道をチラチラ眺めては、私の言葉を待っている。
この北沢さんが、問題だ。いや、彼女が特別何かしたとかじゃない。単純に、彼女がいると私が超能力を使いづらいという意味だ。
さっき別れたら困ると言ってしまった以上、私が一人で探すといっても聞かないだろう。というか、自分も一緒に行くっていうに決まっている。
善良である人ほど、そうする。こころほどじゃないけれど、まるで子供のようなこの子なら、間違いなく着いてくる。
普通ならそれで構わないんだけど、今回はちょっと遠慮していただきたい。あまりこういうことを言いたくないけれど、私一人で探した方が遥かに効率がいいし、見つかるのも早い。
それを、どうやって伝えるか。なるべく彼女が傷つかないように納得させるか。
こころへと視線を向ければ、彼女は私の顔を見つめていた。金色の瞳を覗き込んで、気持ちを伝える。
【私が探してくるから、話を合わせて】
【花音を見つけてくれるの?】
【うん、なるべく早く戻るから。こころは北沢さんと一緒にここに居て】
【美咲がそういうなら、安心ね。分かったわ、はぐみはあたしに任せて】
不自然に思われないよう、最低限のことを伝えて視線を戻す。
北沢さんの肩に手を置いて、口を開いた。
「北沢さん、松原さんは私が探してくるから。二人はここに残ってて…………こころも、それでいいよね?」
「ええ! 美咲、花音をよろしくね」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ! 美咲ちゃん、さっきはみんなで探した方がいいって」
「えっと、それは…………なんていうか」
言葉に詰まって、こころの方を見る。やっぱり私って、嘘をつくのが苦手すぎる。予め言われると分かっていて、答えも用意していたのに。いざ口にするとなったら躊躇ってしまった。人を騙すのって、想像以上に難しい。
そんな私の助けを求める視線を受けたこころは、任せなさいとでも言いたげに頷くと、北沢さんに近づいて声をかけた。
「大丈夫よはぐみ! 美咲は迷子探しのプロなの! きっともう、花音がどこに居るのかも分かっているはずよ!」
いや、その言い訳は苦しいでしょ!?
だめだ、よく考えなくてもこころはこういう事に向いていない。人選を間違えた。他に任せられる人なんていないけど…………いや、流石に北沢さんもこれには誤魔化され────。
「えっ!? そうなの!? 迷子探しのプロ…………はぐみ、そんな人がいるなんて初めて聞いた!!」
いや、信じるんかい!
安心してほしい、そんな人がいるなんて私も初めて聞いた。まさか、どう聞いても嘘八百な言い訳に騙されるなんて…………フォローしてくれたのは嬉しいけど、人探しのプロってなんなんだ。私…………まだ友達のことも見つけられてないんだけど。
思わず出てきそうになった抗議の言葉を、無理やり飲み込む。こころの口から放たれたツッコミどころ満載の言い訳は、子供だって騙せないと思う。いや、そのこころ本人だったら騙せるのかもしれないけど。
「ほら見てはぐみ。美咲、さっきからずっと落ち着いているでしょう? あれがプロの余裕ってやつなのよ! 困ったことがあったら、その道のプロに任せるのが一番よ!」
「そ、そう言われてみれば…………すごいよ美咲ちゃん! ただ者じゃないと思っていたけど、そんな特技があったなんて!」
「あー、はいはい。うん、アリガトネ」
自分が騙されているとも知らず、北沢さんはキラキラした瞳を私へと向けてくる。ああ、いや、考えてみれば真っ赤な嘘って訳でもないのか。実際、私が適任な訳だし…………出来ないこと自体、ほとんど無いし。
まぁ、私がそう思い込みたいだけなのかもしれないけど。北沢さん、かなりいい子っぽいから。あんまり嘘をつくようなことはしたくない。
というか、あれだ。この子ちょっと弟に似てるんだ。あの子も私が何かしたらすげーすげーって喜んでくれる子だった。
紗夜先輩のせいか、今日はやけに妹弟の事を思い出してしまう。失礼な事だと分かっているけれど、面影を他の人に重ねることをやめられない。
あんまり未練っぽくないのは、悪くないけれど。どちらかというと、懐かしんでいる気持ちの方が強いから。でも、流石に頭を撫でたり抱きとめたりはやめた方がいいかもしれない。そのうちトラブルを起こしかねないし、迷惑をかけることになる。
すっかり元気を取り戻した北沢さんをこころの方へと押しやって、元きた道を走って遡る。
片目を閉じて、遠視を使用した。
目の前の景色に、鳥の視点のような半透明の景色が重なっていく。瞼の裏に映り込んだ遠くの光景が、プロジェクターのように目の前に投影されているのだ。とはいえ、私にしか見えていないものだけど。
初めはこの感覚に慣れなくて、乗り物酔いを起こしたような気分に襲われていた。平衡感覚が崩れる、とでもいうのだろうか。
実際には見えていないものを見ると、人の頭が混乱してしまうのだ。話題になっているVR酔いも、似たような原理だと思う。
ただ私は、いま見えているこの視界が嫌いじゃない。
空に近くて、どこまでも飛んでいける。なんだってできる。そんな気持ちになれて、気持ちが落ち着くから。
☆ ☆ ☆
松原さんは、すぐに見つかった。なぜか一つ前の曲がり角を曲がっていて、そこから結構歩いた先の、入り組んだ路地裏で立ち尽くしていた。それなりに距離はあったけど、私の足の速さの前では誤差みたいなものだ。その気になれば距離自体がないようなもんだけど、流石に誰に見られているかもわからないような場所でテレポーテーションは使う気になれない。
携帯を片手に、オロオロと周囲を見渡している。大方、連絡が出来ないことに気がついて困っているんだろう。思っていたよりも、危なっかしい人だ。
というか、これ私がいなかったらどうなっていたんだろう。そう考えてしまうくらいには、複雑な場所に迷い込んでしまっている。
これが日常茶飯事なら、普段の生活に支障が出るレベルだと思うんだけど。本当に大丈夫なんだろうか。まぁ、最悪の場合こころか黒い服の人達に頼めば何とかなるんだろうけどさ。
あまり驚かせないよう、少し遠くから声をかける。
「松原さん、探しましたよ」
「ふぇ…………あっ、奥沢さん」
びくりと肩を震わせて、松原さんは私の方へと振り返った。目尻には微かに涙が浮かんでいて、口はへなっと曲がっている。
本当に歳上なのか疑いそうになるほど、その姿は頼りなくて、見るものに保護欲を抱かせる雰囲気を放っていた。ほんと、こころが見つけてくる人はみんなどこか個性的じゃないといけない決まりでもあるのだろうか。
一歩近づくと、彼女は瞳をぎゅっと閉じて肩をすくめた。えっ、なにその反応。
怒られるとでも思ったのだろうか。私の方が歳下なんだから、そんなに怯えることないのに。たしかに、今日出会ったばかりだから。相手がどんな性格をしているか分からないかもしれないけど。
というか、私ってそんなに不機嫌そうに見えているのだろうか。なんていうか、ちょっとショックだ。少し逸れたくらいで怒ることなんて…………いや、昔からこの調子だったんなら、親に口を酸っぱくして叱られていたのかもしれない。その時の記憶が、こういう態度を取らせている可能性もある。全部私の想像だけど、あながち的外れでもないんじゃないかな。
怒っていない事を示すため、努めて優しい笑顔を浮かべる。頭の中でイメージするのは、昨日のこころの顔だ。
そのまま、子供に語りかけるように。ゆっくりと、柔らかな声を出す。
「こころ達も心配してましたよ。さ、戻りましょう」
「えっと、ご、ごめんなさい…………私……考え事をしていて、それで、いつも帰り道で曲がる所だったから。気づいたらみんなとはぐれてて…………その、焦ってたらこんな所に」
「いや、いいですよ。こうして無事に見つかったことですし…………怪我とかなくて、良かったです」
「うぅ…………本当に、ごめんなさい。その、私の方が歳上なのに、迷惑をかけちゃって」
「だから、気にしてないですって」
こうして接してみて分かったけど。この人、本当に気が弱いんだな。
視線はずっと下を向いてるし、言葉は震えているし。なんていうか…………うん、たとえ腹を立てていたとしても、この姿を見るだけで怒りが収まってしまうだろう。あの子も、こんな雰囲気の人だったな。
本当に、怒っているわけじゃないんだけど。
もう、ほんとうに。仕方がない人だ。
大きくため息をつけば、彼女は露骨に怯えて、それを隠すこともなく、私の気を伺っている。
目の前まで近づいて、片手を挙げる。彼女が反射的に一歩引こうとしたところを、空いてる手で肩腕を掴むことで、その場に縫い止める。
彼女の潤んだ紫の瞳と、目があった。微弱なテレパシーを使って、直接イメージを送り込む。
【落ち着いて】
それは明確に言葉として聞こえるわけではない。遠くから吹いてきた風が、体の中を通り抜けていくような。そんな、僅かな時間で芯に触れるだけの、気休めのような意思疎通。
気のせいで済んでしまう、その程度の力。
それでも、私の力は人の心の中に確実に染み込んでいく。
掴んだ彼女の手から震えが無くなって、涙目になっていた瞳はしっかりと焦点を取り戻す。肩から力が抜けて、彼女がリラックスした状態になるのが見て取れた。
取り出したハンカチで目尻を拭いてやって、水滴が残っていないのを確認してから、ポケットの中にしまう。
ポカンとした表情の彼女を至近距離で観察して、もう大丈夫だと判断した。
っていうか、最近やたらこういう顔をされる気がする。なんなのだろうか、そんなに私が人に優しくするのが意外なのか。
腕から手を離して、代わりに手を掴む。
そして、少しだけ驚いた。
握った彼女の手は、なるほど。確かにドラムをやっているんだなってことが分かるくらいには、しっかりと固くなっている。
思わずニギニギと手を揉んで触感を確認していたら、彼女はまた顔を赤く染めて恥ずかしがってしまった。
なんか、可愛らしい人だな。
「ああ、すみません。これがドラマーの手なんだなって思って、つい揉んでしまいました」
「い、いいけど…………その、そろそろ離してくれると」
「いや、また見失ったら困るんで。このまま手を繋いで二人のところに戻りましょう。あんまり時間をかけていると、それだけ心配させてしまいますし」
「ふぇ…………えっと、な、なら…………よろしく、お願いします?」
「任されました。それと…………自分のことは美咲でいいですよ。松原さんの方が歳上ですし」
「えっ、えぇ? じゃあ、美咲ちゃん…………って呼ぶね?」
「はい、よろしくお願いします。手、離さないでくださいね」
歳上の女の人の手を繋いで、道を歩くなんて。そうそうあることじゃないと思うけど。まぁ、それではぐれる可能性が低くなるなら。恥ずかしいかもしれないけど、松原さんには我慢してもらおう。
二人である程度歩いたところで、斜め後ろにいる松原さんから声をかけられた。
「あの、美咲ちゃんって…………いつも、ああいうことをしているの?」
何が聞きたいのか、いまいち分からない質問だった。
「ああいうこと?」
「ほら、お、女の子の頭を撫でたりとか…………腕を組んだりとか…………手を繋いだりとか…………」
「…………なんか、そういう言い方をされると誤解を招きそうで嫌なんですけど」
「あっ、ご、ごめんね? その、なんか気になっちゃって」
「……………………うーん、別にいつもしているって訳じゃないですね。というか、私は友達が少ない方なんで…………頭を撫でたのも、なんていうか、妹のことを思い出しちゃったからなんですよね。別に意識してやった訳じゃないです。委員長には悪いことをしたなって、思いますけど」
「へ、へぇ…………そうなんだ…………美咲ちゃん、妹さんがいるんだね」
「はい、自慢の妹ですよ。素直で、可愛くて、いつも元気な子です」
もう、何年も会っていないけど。なんてのは、初対面の人に言うべきことじゃないから。そこはボカして伝える。
私はもともと会話が得意じゃなくて。松原さんもきっと、あんまり口数が多い方じゃないんだろう。話はそこで一旦途切れて…………私たちは手を繋いだまま、黙って歩き続けた。気まずい沈黙が、二人の間に漂う。
それから、何回か角を曲がったところで。彼女はもう一度、口を開いた。
「あの、美咲ちゃん…………私たち、前に何処かで会ったことってないかな?」