奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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大きな輪になって 7

 

「あー、えっと…………もしかして、ナンパですか?」

 

「ええっ!? ち、ちがっ…………あの、そういうわけじゃ……ない……です…………」

 

 

 返答に困ってそう口にすると、松原さんは焦ったように否定してくる。その言葉もだんだんと尻すぼみになっていき、言い切る頃には顔を俯かせてしまう。

 

 ただの冗談なのに。真面目に受け止めてしまうその様子が、なんだかおかしくて。思わず、小さく笑ってしまった。

 

 それが聞こえていたのだろう。彼女は勢いよく顔を上げると、自分が揶揄われている事を悟ったのか、抗議するような目で私を見つめてきた。

 

 私も紫の瞳を見つめ返せば、彼女は急に弱気になって。目線をあちらこちらへと彷徨わせる。

 

 面白い人だ。いけない事だと分かっているけれど、弄りたくて堪らなくなる。背筋に得体のしれない感覚が上り詰めてくるのを自覚しながら。油断すれば釣り上がってしまいそうな口角を押さえつけて、平静を装って口を開く。

 

「冗談ですよ。そんなに焦らなくてもいいじゃないですか」

 

「…………美咲ちゃんって、結構意地悪な子なんだね」

 

「むしろ、松原さんが耐性無さすぎると思うんですけど。変な男の人に引っかからないよう、気をつけてくださいね」

 

 こんな風に冗談を口にする事なんて、ながらく経験していなかったのに。人と接することが、あんなにも辛かったというのに。

 

 いまは、こうして触れ合えることが嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 いつになく、積極的だと思う。自分でもそう思うくらいなんだから、他の人が見たら尚更「らしくない」のだろう。中学の時のクラスメイトなんかは、すごく驚くんじゃないだろうか。祖母は…………喜んでくれるかもしれないけど。

 

 思えば、朝からその傾向はあった。

 

 委員長とか、他のクラスメイトとか。紗夜先輩に、北沢さんに、松原さん。

 

 昨日までの私なら、こうはいかなかったんじゃないだろうか。人の好意を素直に受け止めることもできず疑って、心の中を知ってなお、認めないで。疑心暗鬼の塊のような私の心には、あの子の姿だけが残されていて。

 

 どれだけ視野が狭かったのか、心底思い知らされる一日だ。他人を受け入れるということは…………こんなにも、違うものなのだろうか。

 

 あまりにも幸せすぎて、それが少しだけ怖い。

 

 

「それで、私は松原さんと会った覚えは…………残念ながら、記憶にないというか。一応、入学式で新入生代表挨拶を勤めさせていただいたので…………可能性としては、そこで見た、とか? ですかね。私も気になってきたので、他に心当たりがあるなら教えてほしいです」

 

「う、ううん。なんとなく見覚えがあるような気がしただけだから…………もしかしたら、美咲ちゃんのいう通りかも。えっと、変なこと言ってごめんね」

 

「…………まぁ、松原さんがそれでいいなら、そういうことで。気にしないでおくことにします。松原さんみたいな人に会っていたなら、忘れられないと思いますし」

 

「ふぇっ…………そ、それって、どういう意味で…………?」

 

「目が離せないって事ですよ」

 

「も、もう! またそうやって意地悪するんだから…………」

 

「すみません。なぜか自然と……もしかしたら、前にもこんな風に話したことがあるのかもしれませんね」

 

 

 正直、この人と上手くやっていけるか心配だったけど。心の狭い私が、あの時感じた暗い気持ちに整理をつけられるのか…………そう思っていたけれど。

 

 こうして、他愛もないことで笑いあえるくらいには。私はこの人に対して、普通に接することができていた。彼女に向けていた嫉妬心や、こころに感じていた独占欲は。いまは全く感じない。

 

 昨日流した涙と一緒に、何処かへといってしまったみたいだ。私も、少しは自分のことを信じていいのかもしれない。

 

 

 

「あっ、美咲ちゃん…………それと、その、私のことは、花音でいいです。私に「さん」なんて…………」

 

「うーん、流石に呼び捨ては…………松原さん、歳上ですから…………」

 

「ふぇ、で、でも…………」

 

「じゃあ、間をとって花音さんって呼ばせてもらいますね」

 

「う、うん…………よろしくね、美咲ちゃん」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「さすが美咲! ちゃんと花音を連れてきたのね!」

 

「花音先輩、見つかってよかったよ!」

 

「こころちゃん、はぐみさん。心配かけてごめんね」

 

「いいのよ、気にしてないわ」

 

「居なくなっちゃった時はどうしようかと思ったけど…………美咲ちゃんがなんとかしてくれるって、こころちゃんが言ってたから。はぐみ、信じて待ってたよ!」

 

 

 花音さんを発見したこと自体は前もって連絡していたから、合流はスムーズにできた。

 

 こころと北沢さんに囲まれてあたふたしている花音さんを横目に、携帯で時計を確認する。思ったより、時間が過ぎてしまっていた。

 

 無邪気なこころと、元気な北沢さんの相手を花音さん一人に任せるのは、なんていうか…………ちょっと不安だ。

 

 もみくちゃにされて目を回している彼女の視線は、助けを求めるように此方へと向いている。あんまり余裕もないことだし…………盛り上がっている二人には悪いけど、さっさと話をまとめてこころの家に向かうことにしよう。

 

 パン、パン。と、手を二回鳴らすことで、全員の視線を私へと集める。

 

 

「そこまで。感動の再会を喜ぶのはいいけど…………ほら、花音さんが困ってるでしょ。本人は反省しているみたいだし、時間も結構経っちゃってるから。そろそろ、こころの家に行こう…………こころ、案内よろしく」

 

「わかったわ! ほら、美咲…………こっちにきて」

 

「はいはい」

 

 片手を伸ばして私を呼ぶこころの声に従って、側へと近づく。いつものように片腕を差し出して…………なぜか、彼女は私の手を見たまま。考え事を始めた。

 

 いつもはすぐに腕を取るというのに。その反応の違いに困惑して、自然と首を傾げた。

 

「えー、っと…………こころさん?」

 

 思わず畏まった呼び方をしてしまったけれど、彼女は私の言葉にも反応を返さない。

 

 私の腕を…………というか、手を見て。それから私の顔を見て、もう一度視線を落として…………最後に花音さんの顔を見てから、大きく頷いた。

 

 いや、本当にどうしたの。

 

 

「あたし、いいこと思いついたわ!」

 

 なにを────と、私が言う前に。彼女は近くにいた花音さんの手を取って、私の掌へとくっつけた。

 

 思わず、花音さんと顔を見合わせる。彼女の表情には、困惑の感情がありありと見て取れた。きっと、私も同じような顔をしていると思う。

 

 二人揃ってこころの方へ顔を向ければ、彼女は満足そうな笑みを浮かべて、どこか得意そうにしていた。

 

 先ほどまで繋いでいた手が、いまも手の中にある。自分から繋いだのか、こころによって繋がれたのか。そこに違いはないはずなのに、なぜか少しだけ新鮮な感じがする。

 

 感触を確かめるように、ゆっくりと握りしめる。抵抗感というか、ほどよい弾力が存在しているのが不思議だ。

 

 女の子らしい柔らかさを残しながらも、何かに取り組んできた人特有の固さを併せ持っていて。こんなに小さいのに、妙に頼もしい。

 

 少なくとも、努力ができるタイプの人なんだと思う。一朝一夕では、こうはならない。

 

 

「あの…………美咲ちゃん? く、くすぐったいよ…………」

 

「あっ、ごめんなさい。つい」

 

「こうすれば、もう花音が一人になることもないでしょう? 我ながら、いい考えね!」

 

「それはいいんだけど…………やる前に一言くらいくれてもいいんじゃない? ほら、花音さんもビックリしてるし」

 

「あたしはこっち!」

 

「そこはスルーするのね…………」

 

 私が形だけの抗議をしているうちに。

 

 花音さんと手を繋いでいない方。鞄を持っている方の腕をとって、こころは嬉しそうに微笑んでいた。

 

 あー、なんだ。つまり、こころなりに気を使っているってことなんだろう。持ち手に手をかけている以上、こっちの方では手を繋ぐことが出来ないし。フリーな方を花音さんに渡して、腕を取るには問題ない方を自分で使う…………と。

 

 いや、私と花音さんの意思は…………? って、思わなくもない。でも、花音さんは困惑こそしているけど、嫌がってるわけじゃなさそうだから。私も別に、問題はないし。うん、今回は大目に見てあげよう。

 

 多分、これからも似たようなことをしてくると思うけどね。

 

 

「あー! みんなで楽しそうなことしてる! ねぇ、はぐみ! はぐみも!」

 

 仲間はずれにされたと思ったのだろうか。状況を飲み込めていなかった北沢さんも、ようやく会話の中に入ってきた。全身で存在感をアピールして、自己主張している。

 

 私はすでに両手が塞がっているし、こころもこころで私の腕に両手を絡めている。残っているのは…………。

 

 

「えっと、はぐみさん…………その、よかったら私の手を…………うぅ…………」

 

 自分から言いだしておいて、恥ずかしくなってしまったのだろう。私一人と手を繋ぐだけでも顔を赤くしていたのに。両手に別の人を抱えるのは、それはもうハードルが高い。

 

 それでも北沢さんを仲間はずれにしないように、勇気を出せるのは、凄いことだと思う。いや、ほんと……尊敬するよ。

 

 なんでもないような顔をしている私も、流石に恥ずかしいんだから。だって、これ…………大人と手を繋いでないと道を歩けない年頃の子供みたいじゃん。いや、見た目的にも子供ポジションはこころと北沢さんって感じがするけどさ。

 

 

「わーい! あ、それと……はぐみのことは、はぐみでいいよ」

 

「じ、じゃあ…………はぐみちゃん、で」

 

 親睦を深めているところ悪いんだけど、この状況はいったい…………なんだ、どうしてこうなったんだろう。

 

 高校生にもなって、横一列になって手を繋いで歩く、なんて。まぁ…………小学生の時も、こんな経験はなかったけど。

 

 

「あ、美咲ちゃんも、その、はぐみでいいよ…………ほら! 同い年だし!」

 

「あ、うん。じゃあ、そうするよ」

 

 なんだろう。この、手探り状態で名前を交換しながら距離を詰めていく感じ。普通の子供って感じがして、ちょっとだけ懐かしい。

 

 こころも、日菜さんも。委員長は…………ちょっと違うけど。みんなグイグイと近づいてきては、私が拒む暇もないほどの勢いで押し切ってくるタイプだったから。こうやって世間一般的によくある形で交友を深める機会っていうのは、意外と経験が少ない。

 

 うん。やっぱり私の知り合いって全体的に変わり者っていうか、良くも悪くも型にはまらない人たちだったんだなって。改めて認識したよ。どちらかというと、私は能力以外は普通の方だから。花音さんやはぐみみたいな出会い方のほうが、なんとなく安心する。

 

 

「美咲」

 

「ん、どうしたの?」

 

 横から私の顔を覗き込んで、こころは私の名前を呼んだ。彼女の方へ視線を向けようとして…………その前に、彼女は言葉を重ねる。

 

 心底、嬉しそうに。

 

 

「皆でいるのって、楽しいでしょう?」

 

 そう質問してきた彼女の表情は、私がどう思っているのかを見抜いているようで。どんな返事をしてくるのかも分かった上で、問いかけてきているんだと思う。

 

 だからこれは、些細な抵抗。素直に認めることを恥ずかしがってしまう私の、本心を隠しきれない悪あがき。

 

 彼女の耳元に、顔を寄せて。

 

 そっと…………こころだけに聞こえる小さな声で、言葉を返した。

 

 

 

 

「まぁ…………悪くないよ」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 最初は「もしかして」って思った。

 

 次に「いやいや、まさかそんな」と自分に言い聞かせた。

 

 その次には「ドッキリか何かかな?」なんて、無意味な現実逃避をした。

 

 

 最後には「嘘でしょ!?」って叫びそうになった。

 

 嫌な予感はしていたんだ。歩いても歩いても、同じ色の外壁が途切れることなく視界に移り続けている事実に。

 

 誰が想像できただろうか。私たちが四人揃って歩いていた道の横の、ずっっっっと続いていた壁の中が。全て同じ所有者の敷地だったなんて。

 

 私が言うのもなんだけど、流石にもうちょっと常識の範囲に収まったほうがいいと思うよ、こころ。

 

 

「あら、薫。もうきていたのね! 門の前で立ってないで、中に入って待ってくれててもよかったのに!」

 

「いや、私も今きたところさ。こんなものは、待っていた内に入らないよ」

 

「あら、じゃあちょうどいいタイミングだったのね!」

 

「そうだね…………これは、まさしく運命!」

 

 

 見慣れない制服の、長身の女の人が…………女? いや、スカート履いてるし…………女の人、だよね? やたら顔が整っている上に身長が高いから、男の人と見間違えてしまった。

 

 やたら大仰で、それでいて不自然にならない程度の振る舞いをしている。話には聞いていたけど、演劇部っていうのはこういう人がデフォルトなんだろうか。いや、流石にこの人が特別なだけか。

 

 普段だったらもっと気になっていたかもしれないけど。今はそれよりも気になる物があるからか、あんまり衝撃を受けなかった。キグルミ越しとはいえ、一度会っているわけだし。

 

 

「おや、そちらの子猫ちゃんは初めて会うね」

 

「こね…………? あっ、えっと。はじめまして、奥沢美咲です」

 

「そうか…………君がこころの…………ふふっ、なるほどね。私は薫、瀬田薫だ」

 

「あれ、もしかしてこころから何か聞いてましたか?」

 

「ふふ…………子猫ちゃんの質問には答えてあげたいところだけど、それは私の口から伝えるべきことではないからね。気になるんだったら、こころ本人から聞くといいさ」

 

「はぁ…………」

 

 

 なんていうか、やっぱり。独特な雰囲気を持っている人だ。行動の一つ一つが洗練されていて、人に見られることを意識している。長いこと演技の世界にいたんだろう、振る舞いが自然で違和感がない。

 

 気になることを言われた気がするけれど、正直今はそれどころじゃない。こころには、後で聞いておくことにして。

 

 大きな門を背にして、腰に手を当てたこころが、私の目の前に立っていた。

 

 この場に揃った全員へと順番に視線を向けて、それから口を開く。

 

 

 

「みんな、ようこそ! ここがあたしのうちよ!」

 

 

 

 …………いや、宮殿か何かで?

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