奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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世界を笑顔に 2

 

「あー、ほんと……つかれた…………」

 

「あはは…………お疲れさま、美咲ちゃん」

 

 

 背もたれに体を預けて、天井を見上げる。シャンデリアの眩しい光が、瞳の奥を刺激した。

 

 瞼を落としても、皮膚一枚を貫いて。薄ぼんやりとした淡い輝きが映り込んでくる。このまま寝てしまおうか、なんて。ちょっとした誘惑が思考に混ざりこんできて…………あの三人の相手を全うした達成感が、それを助長させる。

 

 長かった。いや、本当に長かった。

 

 こころ一人だったら、まだなんとかなったと思う。言っちゃなんだけど、私ほどあの子と上手く意思疎通できる人はそうそういないと思っているから…………テレパシーを抜きにしても、一定の理解はあるし。

 

 話が逸れそうになるのはいつもの事だから。好奇心というか、なんというか…………とにかく、色んな事に首を突っ込みたがるから話題が脱線しやすい。しかも、その中から何を選んでもいいと考えているから、優先順位が存在しない。

 

 私がするべきなのは、こころの好奇心に順番をつけて、優先するべきことを先にやらせることだ。

 

 彼女は自分に正直で、我慢や妥協とは無縁だから。そこに筋道を立ててやれば…………ちゃんと、話を聞いた上で判断してくれる。

 

 だから、こころ一人を相手にするならなんの問題もない。苦にもならない。

 

 

 問題なのは、瀬田さんとはぐみの二人だ。

 

 まだ付き合いが浅いということもあって、確信が持てていたわけじゃなかったけれど。話しているうちに、どうしようもないほど残酷な現実を突きつけられてしまった。

 

 

 ああ、この三人。一緒にしちゃダメなやつだ。って…………割と早い段階で気づけたのは、ある意味では幸運なことだったのかもしれない。

 

 はぐみは体躯に見合わぬ体育会系的な少女だ。とにかく根性、その次に気合い、分からないことは分からないけどなんとかなる。そんな感じの考え方が伝わってきた。

 

 よく言えば前向きで、悪く言ったら考えが浅い。個人的には、好ましいとは思うけど…………これがもう、こころと気が合っちゃって。

 

 二人の間で勝手に話が完結して、しかもあさっての方へ向かっていくから。少し気を抜いただけで、いつの間にか全く別の話題になっていた。なんてのが何回もあった。

 

 考えなしってわけじゃないんだ。彼女なりに正面から向き合って、ちゃんと考えて結論を出してくれている。ただ…………それがこころと相性が悪くて。いや、相性はむしろこの上ないほどいいんだろう。これ以上ないほど手を焼かされた。

 

 素直な子だから、ちゃんと説明すれば分かってくれるんだけど。流石に変顔をしながら演奏するって言い出した時は、「いや、マジか」って思わざるを得なかった。

 

 

 瀬田さんはあれだ、考えているように見えてあんまり考えてなくて、かと思えば思慮深い一面があるというか…………いや、自分でも何言ってるんだって思うけど。本当にそうなんだから仕方がない。

 

 というか、いったいどういう育ち方をしたらあんな風になるんだろうか。演劇部に入ってるらしいけど、みんなあんな感じなのだろうか。

 

 彼女の口にする思わせぶりな発言は、その実ほとんどノリと気分によって口に出されたものだった。最初は発言の真意が読めなくて、表層をなぞる程度のテレパシーを使用したけれど…………正直、気にするだけ無駄だって事が分かっただけだった。

 

 彼女も彼女なりに考えて発言しているのは分かるんだけど、その思考回路がよく理解できない。長く付き合っていけば、それなりに察せるようになるんだろうけど…………さすがに現時点であの人のことを理解しようっていうのは、かなり無茶ぶりに近いと思う。

 

 あまり認めたくないけれど、こころとの波長は合うみたいで。お互いに個性的な、尖った精神性の持ち主だから…………それがたまたま、ブロックの凹凸のように噛み合っているんだろう。

 

 会話のキャッチボールというより、バレーのトスを野球のバッドで打ち返したらバスケットゴールに入りました。みたいなやりとりがそこそこ見られた。それが表面的には、お互いを理解できている…………みたいなやりとりになってて。瀬田さんはその事に一々感動して、その感情の動きは演技ではなかった。

 

 まぁ、振る舞いが演技くさいからちょっと近寄り難いところはあるけれど。悪い人ではないんだと思う。

 

 というか、むしろ良い人に分類されるんだろう。私には理解できない行動原理だけど、その中身は献身…………他人への奉仕というべきだろうか、そんな理屈に近い。

 

 根っからの役者、エンターティナーっていうのかな。知ったような口をきくのは躊躇われるけど、だいたいそんな感じ。

 

 そんなことを本人に伝えたら、また面倒な事になりかねないから、言わないけど。流石にこころが見つけてきた人物だなとは思ったよ。

 

 ただ、頻繁に運命だのなんだの口にしてこころを口説くのはやめてほしい。本人にそのつもりはないのは分かってるけど、それはそれとして見ていてモヤモヤする。

 

 あぁ、いや、違う。そんなことが言いたいんじゃなかった。人にあれだけ話を脱線させないでって言っておきながら、自分の思考を制御できなくてどうするんだ。

 

 

 結局なにが言いたいかっていうと、その三人の話を纏めるのには、凄く苦労したってこと。超能力者とはいっても、体が一つで口も一つしかないから。そこらへんは普通の人間と変わらないし。

 

 まさか聖徳太子の真似事をさせられるとは思わなかったけれど、なんとか楽器を演奏させるところまでは辿り着いた。

 

 なんでバンドをやるっていってるのに、そこに至るまでに一時間以上を消費してるのか分からないけど。まぁ、それなりに苦労した甲斐はあった。

 

 

 瞼を貫いていた光が遮られて、私の顔に影が落ちたのが分かる。目を開けば、そこには私を覗き込んでいる花音さんの顔があって。

 

 あの三人のことを考えていたせいか。あるいは、単純に疲れているのか。それとも、感謝の気持ちが溢れてしまったのか。

 

 つい、ポロっと。口から本音がこぼれた。

 

 

「ほんと、花音さんがいてくれてよかったよ」

 

「ふぇっ? …………えっ!? っと…………ど、どうしたの、急に」

 

「ん? …………あー、もしかして口に出てましたか?」

 

「う、うん…………いきなりだったから、その、ビックリしちゃった」

 

「や、こころ達が話を聞いてくれないから…………これで一人だったら、まぁ、もっと大変だっただろうなって思いまして。所々話を戻すのを手伝ってくれて、助かりました」

 

 聞かれてしまったものは仕方ないし、この際だからちゃんとお礼を言っておこう。

 

 そう思って言葉を重ねたけれど…………案の定というか、なんというか。この中で誰よりも繊細な心の持ち主である彼女は、予想以上に慌ててしまった。

 

 両手をパタパタを振りながら、赤面した顔を隠そうと、私の視線を遮っている。

 

「えっと…………私、大したことできてないよ? 美咲ちゃんに話を合わせてただけだし…………」

 

「いやいや、助かりましたよ。バンドについてはからっきしですし…………まぁ、結局なにも決まってないようなものでしたけど。それでも十分進展はありましたし、花音さんのおかげですよ」

 

「そ、そんなこと言ったら、美咲ちゃんの方がよっぽど…………ちゃんと、根気強く説明してたし…………わ、私はあんな風に上手く喋れないから、任せっきりで」

 

「いいんじゃないですか、苦手なことを無理にやらなくても。適材適所ですよ…………それこそ、私なんて終始振り回されっぱなしだったじゃないですか」

 

「そ、そんなことないよ! み、美咲ちゃんが居てくれたから…………私も、その…………やってみようって」

 

「じゃあ、お互いに頑張ったってことで」

 

 

 このままだとお互いに話の終着点を見失ってしまいそうだから、適度なところで結論を出す。

 

 椅子から立ち上がって、花音さんの方へ体を向ける。

 

 こうして近くで見てみれば、視線の高さは数センチほどしか変わらない。しかも、私の方がやや身長が高いということもあって…………なんだか、本当にこの人が歳上なのか、少しだけ疑ってしまう。ほら、振る舞いがやたらオドオドしているし…………こんな風に考えるのは、失礼なんだろうけど。

 

 いったい、この体のどこにドラムを叩き続ける力があるんだろうか。

 

 人は見た目によらないというけれど、この人にはそれがよく当てはまると思う。家の中で裁縫とかしている姿とかが似合いそうで、こんなにも可愛らしい人なのに。

 

 どうして、ドラムを始めようと思ったんだろうか。いつか機会があったら、聞いてみようか。

 

 

 そんなことを考えていたのが悪かったんだろうか。

 

 彼女は私の視線に恐縮したように身を縮こませて、小動物のような態度で顔色を伺ってくる。

 

 いけない、また無遠慮な視線を向けてしまった。言い訳するみたいであれだけど、彼女を見ているとどうしても庇護欲を感じてしまう。

 

 妹弟に向けたものや、子供達に感じていたものとはまた別の意味を持った感情だ。これで狙っているわけじゃないんだから、天性のものなんだろう。

 

 花咲川が女子高で良かったと思う。共学だったらきっと、男たちが放っておかないんじゃないだろうか。人と話すことが苦手なのに、毎日アプローチをかけられている姿がありありと思い浮かぶのだから…………あながち的外れでもなさそうだ。

 

 

「あ、あの…………美咲ちゃん? わ、私なにかしたかな…………?」

 

「えっ? いや、特にそんなことはないですけど…………」

 

「じ、じゃあ…………えっと、そんなに見つめないでくれると、その…………」

 

「ああ、すみません。こんなに小さな体でよくあんなに演奏できたなーって思ってたんですよ。ほら、腕だって細いし…………ちょっと失礼しますね」

 

 なんとなく、この人を揶揄いたくなった。

 

 一言断って、花音さんの腕を取る。二の腕あたりを軽く摘めば、しっかり抵抗が返ってきた。

 

 やっぱり、それなりに筋肉がついてるんだなって。なんか、ちょっと感動する。

 

 

「あっ、み、美咲ちゃん? な、なにを」

 

「やっぱちゃんと練習してるんですね。しっかり筋肉ついてるじゃないですか」

 

「あっ、や、は、恥ずかしいよ…………」

 

「恥ずかしがることないですよ。頑張ってきた証じゃないですか、もっと自信もっていいと思います」

 

「わ、わかった! わかったから、も、もう離して…………」

 

「短い付き合いでなにを言ってるのかって思うかもしれませんけど、花音さんはもうちょっと自分を信じた方がいいと思いますよ。こんな風になるまで努力できるのに、謙遜しすぎですって」

 

「ふぇ、ほ、本当にわかったから…………もう許して…………」

 

 

 あんまりしつこいと嫌がられてしまいそうだから、素直に手を離す。やっぱり、反応を見ていて面白い。今まで感じたことがないような気持ちが、ゾクゾクと溢れてきそうになる。私って、こんなに意地悪な人間だっただろうか。

 

 目の前の少女が、そうさせているのだろうか。いや、それは責任転換もいいところか。

 

 口にした気持ちは本心だけど、そのうちのどれほどが彼女に伝わっていることだろうか。一歩踏み出す勇気をもった、この勇敢な臆病者が…………ああ、だからか。

 

 やっぱりこの人、私に似ているんだ。見た目とか性格とかじゃなくて、その生き方というか…………波長ともいうべきなにかが、いい感じに噛み合っている。

 

 悩んでいたこととか、諦めようとしていたところとか。あと、こころに元気付けられたところまで。もしかしたら、彼女もそれを感じ取っているのかもしれない。

 

 私にしては珍しく、こんなにも心を許している。まぁ、さっきまで一緒に苦労していたから。それで親近感が湧いてるだけかもしれないけど。

 

 

 明らかに物言いたげな様子なのは、努めて無視して。

 

 自分の体を抱きしめるように、掴まれていた腕を胸元にかかえている花音さんへ、声をかける。

 

 

「じゃあ、隣の部屋に行きますか。こころ達も待ってるでしょうし…………いや、待たないで好き勝手やってそうな気がしますけど」

 

「…………美咲ちゃんって、やっぱり意地悪だよ」

 

「私も今日、初めて知りましたよ。自分で言うのもなんですけど、結構意地悪なんですね…………花音さんは、どうです? 嫌いですか?」

 

「…………そ、そんなことは、ないけど…………でも…………」

 

 

 我ながら狡い聞き方をしたと思う。人よりも深く心というものを理解している私には、彼女の揺れ動く感情の機微が、五感で捉えられるのだから。

 

 だから、この質問は答えが分かっているもので。彼女に嫌われていない確信があるからこそ、こんな態度で接しているわけで。

 

 本当に卑怯だと思うけど。彼女の好意が、あまりにも心地よくて。どこまでなら許されるのか…………それが、どうしても気になってしまう。

 

 

 顔を赤くして、自分の指を弄ぶ彼女の姿がおかしくて。私はまた一つ、笑顔で言葉を口にする。

 

 

「さ、行きましょう。世界を笑顔にするんですから、こんなところで時間を潰している余裕はないですよ。立ち止まってたら、あの子はどんどん先を進んでいっちゃうんですから」

 

 今度は腕じゃなくて、手を取って。流石に心配しすぎかもしれないけど、こんな広い家で遭難でもされたら困るから。

 

 

「ほら、そんなに拗ねないでくださいよ」

 

「す、拗ねてなんかないよ。ほ、ほんとに…………」

 

 

 言葉とは裏腹に、その表情はどこか不満そうで。そんな顔をしながらも、しっかりと手を握り返してくるこの人のことが…………私は、気に入っているのかもしれない。

 

 

「これから、よろしくお願いしますね。きっと、毎日が忙しくて仕方がないと思いますから」

 

「…………美咲ちゃん、嬉しそうだね」

 

「そう見えますか?」

 

「うん、すごく楽しそう」

 

「そうですか…………なら、よかった。最近知った事なんですけど、人を笑顔にするためには…………まず、その人が笑顔じゃないといけないらしいですよ」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 ────世界を笑顔にする。

 

 時間をかけて私たちが出した結論が、それだった。私たちというより、こころが言い出した事だったけど。

 

 私はそれを、とても尊いものだと思った。

 

 その気になれば、なんだってできる。あの子が私に言ってくれたことだ。悩んで、苦しんで、前に進めなかった私の顔を上げさせてくれた、大切な言葉。

 

 それを彼女が望むんだったら、私もできる限りのことをしたいと思う。彼女のために、ではなく。誰かのために、というわけでもなくて。

 

 じゃあ、なんのためになのか。それすら、まだよく分かっていないけど。

 

 人々に笑顔を与えたいと思うことは、絶対に悪いことじゃない筈だから。

 

 それを音楽で達成しようなんて、いかにも彼女らしくていいじゃないか。

 

 

 だから、私は自分にできることを。私なりのやり方で、彼女を支えていきたいと思う。




 吹っ切れた奥沢美咲、テレパシーで人の感情を読み取りつつ無意識にパーフェクトコミュニケーションを連発していくのズルくないですか?

 人ってやっぱ相手によって態度を変える生き物なのは間違いないんですけど、この松原花音って女があまりにも誘い受けすぎてずるいよそんなのは…………って気持ちになりますね。からかい上手の奥沢さんになっちゃう。

 オリジナリティを出しつつ原作をなぞるのは結構神経が必要だったんですけど、ここからはもう完全にやりたい放題やっていきますよ。

 とりあえずバンドストーリーで省かれてた各メンバー間のコミュと曲を作るまでの下りと、あとは奥沢がどうやってライブを取り付けたのかまでを捏造交えて描いていきたいと思います。

 それと、どのタイミングになるかは分からないんですけど奥沢以外の視点の話を一つ混ぜます。誰視点なのか想像して楽しみにしていてください。

 感想やツイッターの反応を見てモチベが常に頂点です。本当にありがとうございます。これからも楽しんでいただけるように頑張りますね。
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