奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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世界を笑顔に 3

 一人で手作業をしていると、どうしても思考が過去に引っ張られてしまう。この行為(羊毛フェルト)自体が、私の後悔そのものなのだから。ある意味では、当然のことなのかもしれない。

 

 フェルトを丸めて、針を刺して固める。単純な反復動作でも、慣れるまでにはそれなりに時間が掛かったものだ。

 

 一刺しするごとに、過去の出来事を思い出す。その殆どは今日あったことだけど…………中には、まだ私の後ろに妹がいた時の記憶が混じっていて。なんともいえない気持ちが、心の中を駆け抜ける。

 

 

 今日は色々なことがあった。

 

 こころと一緒に朝を迎えて、学校に向かって。委員長と友達になって、昼ごはんを同席して。

 

 

 そして、あの人(紗夜先輩)に出会った。

 

 日菜さん()を思いやる…………何があっても、手を離さないという強い意思が。私の過去を強く刺激して、在りし日の誤ちを想起させる。

 

 この五年間、ずっと付き合い続けてきた感情だ。人はそれを指して、未練と呼ぶ。

 

 いつまでも後悔しているわけではない。私もそれなりに経験を重ねて、理想と現実のギャップにも折り合いをつけた。それが諦め癖に繋がっていたのは、皮肉というほかないけど…………こころのお陰で、その縛からも解き放たれることができた。

 

 だからこれは、ちょっとした感傷にすぎない。過去から抜け出した私が、かつての居場所を思い出しているだけの…………後ろを振り返って、心に刻みつける。そんな、無意味でありながら、意義のある行為なんだと思う。

 

 そんなことを考えながらフェルトを丸めて、針で刺す。

 

 

 私がこれ(羊毛フェルト)を始めたきっかけは、妹の存在だった。

 

 あの子は私みたいに捻くれてなくて、いつもお姉ちゃんお姉ちゃんって、私の後ろをついてきて。私が手を離していなければ…………今も、同じような毎日を過ごしていたのかもしれない。

 

 そんな妹のことが、私は大好きで。あの子のために何かしてあげたい、そんな気持ちで始めたのが羊毛フェルトだった。

 

 もしかしたら、それは言い訳だったのかもしれないけど。自分も可愛いものが好きなくせして、理由をつけないと関われないような私だったから。

 

 自分には似合わない、なんて。好きになる前から諦めていた私だから、あの子のことを理由に使っていただけなのかもしれないけど。

 

 それでも…………私の作った人形を持って喜んでくれるあの子の笑顔が、私は大好きだったから。だから、続けられたんだと思う。それだけは、嘘じゃないんだ。

 

 喜んでくれるのが嬉しかった。笑ってくれるのが嬉しかった。私のやっていることが、妹を笑顔にしている。それはとても素晴らしいことで…………自分が好きなもので叶えられるなら、それ以上望むことなんてない。

 

 あの頃感じていた喜びが、私は今も忘れられない。忘れたくないんだ。だから、この気持ちを無理に捨てる必要なんてない。引きずられるのは、よくないことだけど。大切に抱えるのは、悪いことではない。

 

 一刺しごとに、そんな思いを込める。

 

 

 花音さんやはぐみ、瀬田さんに出会えたことは…………うん、とても良いことだった。

 

 こころが駆け回って集めてきたメンバー。一人を除いて、ほぼ全員が何も知らないズブの素人集団。

 

 おまけに三人は殆ど話が通じなくて、一人は自分に自信がなくて、もう一人は…………ようやく歩き始めたばかりの臆病者。

 

 よくもまぁ、ここまで癖のあるメンバーを集めてきたと思うよ。類は友を呼ぶって言うけれど、この場合も適応されるのかな。いや、それはちょっと違うか。

 

 だけど、ああ。今までにないほど、期待している私がいるんだ。

 

 問題だらけで、先行きも怪しくて。本当に、こんなんでバンドができるのって…………世界を笑顔にできるのかって、思うけど。

 

 このままならなさが、思い通りにいかなさそうな感覚が。波立つことのなかった私の心の奥底の、チャレンジ精神を刺激してやまない。

 

 思えば私は、あまりにも受身が過ぎたのではないだろうか。超能力なんて人のみに余るチカラを持って、なんでも出来ると理解していながら。出来るからこそ…………出来てしまうからこそ、何もしてこなかった。

 

 だって、それは卑怯だと思ったから。努力している人たちと同じ土俵に立つことなく、目的だけ達成してしまうなんて。そんなの…………私自身が許せないから。

 

 だからこの五年間、勝負事に力を入れることはなかった。テニス部の活動も真面目にやらないで、なぁなぁで済ませてきた。私という存在に負けて涙を流す人の姿なんて、見たくなかった。そういう…………個人の力でどうにも出来ない理不尽が、どうしても受け入れられなかった。

 

 両親の離婚が決まってしまった、あの日のように。私は認めたくない現実から目をそらすことで、自分の心を守ろうとしてきたんだ。

 

 

 何が言いたいのか自分でもよく分からない。でも、これからの事に期待しているってことは…………心を読まなくたって、分かる。

 

 

 フェルトを突いていた針を置いて、完成した人形を眺める。

 

 ピンク色のクマ…………ミッシェル。私がアルバイトで着ていたキグルミで、なんの因果か、六人目のバンドメンバーになってしまったもの。

 

 本当は、黙っているつもりなんてなかった。ミッシェルの正体は私なんだと、キグルミの中には人がいて、それが私なんだと。すぐにでも伝えるつもりだった。

 

 だって、冷静に考えて…………無理があるだろう。いくらこころの為とはいったって、いつまでも正体を騙し続けられるなんてのは、子供だって信じない幻想だ。

 

 よしんば騙せたとしても、それをいつまで続ければいい? 一週間、一ヶ月、一年? それとも、もっと長い間? こころがミッシェルを忘れてしまうまで? それとも、私の心が潰れてしまうまで?

 

 期限の決まっていない、解決する見込みもない課題を、延々と繰り返すのか?

 

 …………そこから目を背けるのは、結局のところ、問題を先延ばしにしているだけだ。根本的に破綻しているのに、気づかないフリをしているだけ。

 

 だから、本当に。そんなふざけた話に乗る気なんてなかった。

 

 こころだって、もう高校生だ。話せばわかってくれるだろうし…………多少、残念に思うかもしれないけれど。割り切ってくれると思う。

 

 黒い服の人達が過保護で、必要以上に過敏になっている。そういう風に思っていたし、それは今でも変わらない。

 

 

 だけど────。

 

 

『…………美咲?』

 

『あなたから美咲の匂い? 気配? ううん…………分からないけど、美咲を抱きしめた感じがするの! 間違いないわ! ね、ね、ミッシェル、あなた、美咲と仲がいいの? だったら、美咲に伝えておいてほしいのだけど────』

 

『ミッシェルはあたしたちと一緒に、バンドのメンバーを探しているのよ!』

 

『そうよ! 失念していたわ! 美咲と仲がいいなら、あたしと友達も同然よ! あなたもメンバーとして採用するわ! クマ枠で!』

 

『これでメンバーは揃ったわね! みんなで一緒に、楽しいことをしましょう!』

 

 

 ミッシェルを前にはしゃいでいた彼女の姿が、頭から離れなくて。開こうとしていた口が、どうしても動かなかなくて。

 

 

『美咲、ミッシェルはいつ来てくれるのかしら』

 

 なんて、期待した目で私を見つめるから。高校生にもなって、キグルミの存在も理解できないなんて。まさか、サンタさんを信じているような…………そんな、絶滅危惧種みたいな子が二人もいるなんて、流石に思わなかったけれど。

 

 その純粋さが、曇りのない瞳が。私の記憶の奥深くに眠った、妹たちの姿を思い起こさせる。

 

 

『お姉ちゃん、サンタさん…………きてくれるかな』

 

『ぼく、おねーちゃんとはなればなれになるなんていやだよ!!』

 

『おねえちゃん…………ちゃんと、あいにきてくれる? わたし、いい子にしてるから…………』

 

 

 そんな目で私を見てほしくなかった。そんな、縋るような視線を向けてほしくなかった。いつか自分で気がついてしまうまで、他の誰からも残酷な真実を突きつけられることなく…………あの子たちには、幻想でもなんでもいいから、夢を信じたままでいてほしかった。

 

 そうさせなかったのは、大人たちで、両親で、現実で。そして…………そんな理不尽に向き合うことを拒絶した、私自身だから。

 

 笑顔を奪ってしまった私はまだ、会いにいく勇気を持てないでいる。

 

 

 念動力を使うのに、アクションを起こす必要はない。目で見つめて、視界にさえ入っていれば…………意思一つで物を動かすことができる。

 

 それでも私は指を振ってみせた。まるで、魔法使いが杖を振るように。

 

 目の前にある人形が、命を得たように動き始める。一礼して、その場で回って、踊る。私の指先一つで、役者へと変わる。

 

 子供たちが見たら、きっと喜ぶことだろう。私も昔は、こんな風に魔法を使う事に憧れていたこともある。

 

 魔法じゃなくて、超能力。自分のためじゃなくて、笑顔のために。

 

 私も理由も変わってしまったけれど、それで良かったんだと思う。

 

 

 頭の中に思い描いた演劇が終わり、私は力を解いた。人形はその場にコテンと倒れて、自力で起き上がることはない。当たり前だ。人形がひとりでに動き出す方が、はるかに現実離れしているのだから。

 

 タネも仕掛けもないけれど。私にはこの力がある。誰かの夢を守って、笑顔を与えられる。そんな力が…………たしかに、存在しているんだ。

 

 

 正直に言えば、今も悩んでいる。自分がやろうとしていることが正しいのか、また間違ってはいないか。答えの出ない問いかけを、何度も繰り返している。

 

 だけど、答えが見つからなくても。それを探そうとする気持ちと…………夢を守りたいという想いは、正しいものだから。

 

 

 こころ、私は決めたよ。

 

 あんたが世界を笑顔にするんなら、私はあんたの笑顔を守ろうと思う。

 

 年甲斐もなく夢見てしまった幻想を、全力で支えてあげる。たとえどれだけの嘘を重ねてでも、守りたいものが出来たから。

 

 嘘を受け入れて、自分の気持ちを偽ってでも。それでも子供の夢を守ろうとする者のことこそ、私は大人と呼びたいから。

 

 もう、一人で悩んで苦しんでいるばかりの子供じゃない。自分の頭で考えて、自分の足で踏み出す。

 

 

 そんな大人に、私はなりたいから。

 

 どうせ嘘をつくのなら、自分のためじゃなくて他人のために。それが代償行為でもなんでも構わない。

 

 

 いつか、彼女が大人になって。

 

 夢を与えられる側から、与える側へと変わってしまうまで。それまでは、私が夢を見せ続けたいと思う。

 

 その日が早くきてほしいと願う私と、ずっとこないでほしいと願う私。どちらも自分の本当の気持ちで、譲りたくないから。

 

 

 演じ切ってみせようじゃないか。ミッシェルという空想を、彼女の現実にしてみせる。

 

 私は奥沢美咲。超能力者の奥沢美咲だ。

 

 やろうと思えば出来ないことなんてない。やる前から諦めたりしない。そうありたいと願うから、証明してみせる。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 棚の中から、便箋を二つ取り出す。

 

 机の上に広げて…………なんて書こうか、少しだけ迷った。挨拶から入るべきか、謝罪をするべきか。

 

 こうして手紙を書くのは、久しぶりだった。最近はずっと自分のことばかり考えていて、こころのことばかり見つめていたから。

 

 気まずくて、忘れたかったのかもしれない。

 

 この手紙に、返事がかえってくることはない。私は自分が糾弾されるのが恐ろしくて、自分の住んでいる場所を教えないようにしていたから。

 

 手紙も贈り物も、全てが一方通行のものだ。

 

 直接会うこともなくて、記憶の中の声も随分と曖昧になってしまった。

 

 それでも、超能力を使ってまで届け続けたのは。妹たちの部屋の中に、私の贈り物が置かれていることが…………私の心の救いになっていたから。

 

 あの子たちはきっと、今も私を待ち続けているんだろう。じゃなかったら、贈り物をあんな風に大切にしてもらえるものか。枕元に飾って、夜を迎えるなんて。罪悪感で泣いてしまいそうだよ。

 

 本当は、今すぐ会いにいきたい。声を聞いて、抱きしめて、頭を撫でてあげたい。

 

 でも、まだダメだ。そうするべきだとわかっていても、最初の一歩に尻込みしてしまう。

 

 忙しいから、とか。やる事があるから、とか。そういう言い訳は、一つもないけれど。躊躇う理由は、探さなくても溢れてきて。

 

 だからいつか、私が全てに向き合う覚悟ができたら。二人に誇る事ができるような、立派な『姉』になれたのなら。

 

 その時は、口に出して唱えたいと思う。魔法の言葉を、勇気の出るおまじないを。

 

 それまではまだ、あと少しだけ。信じて、待っていてほしい。

 

 二人にみせる私の姿は、思い描く理想のものであり続けたいから。子供の夢を、守るように。

 

 二人はそんなこと、気にしていないと思うけど。まだ…………確信が持てないから。

 

 ごめんね、こんな臆病な私で。

 

 

 

 紙を前にして、悩み続ける。こういうものは、書き出しが一番難しい。

 

 悩んで、悩んで、考えて。私は言葉が上手いわけじゃないから。

 

 悩みきった末。余白の多い紙面に、たった一言だけ綴る。

 

 

 取り繕うことなき、正直な気持ちを。

 

 

 

 

 

『今年中に、会いに(迎えに)いきます』

 

 あなたの姉より、愛を込めて。

 

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