奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 今回、あの人が登場します。


世界を笑顔に 8

「そうですか。あなた達もバンドを…………」

 

 

 どこか感慨深げな様子で、紗夜先輩は呟くようにそう口にした。その視線は私と花音さん、そして日菜さんの三人の間を行き来していて…………どことなく、嬉しげな雰囲気を纏っている。

 

 妹である日菜さんが、ちゃんと友達付き合い出来ていることに安心したのだろうか。それとも、自分と共通した趣味を持つことが、単純に喜ばしいのだろうか。

 

 本人は感情を隠そうとしているのかもしれないけど、その口角は微かに上を向いていて。正直いって、全く隠せていない。

 

 ポーズとはいえ人前での抱擁を拒んでいたことといい…………あれだけ妹のことを想っているのにも関わらず、その当人の前では素直になれないのだろう。日菜さんに組まれた腕へと意識を向けて、しきりに気にしているのがなんとも焦れったい。

 

 こういう時くらい、素直に喜べばいいのに。

 

 姉としての矜持がそれを許さないってのは、分からなくもないけど。あれだけ「姉」としての姿を見せていた彼女が、こうして妹の前ではタジタジになっているのを見ると…………なんともいえない気持ちが込み上げてくる。

 

 それは決して、マイナス方面のものではなくて。むしろプラス的な…………この人もこういう顔をするんだな、という安心感みたいな感情だけど。

 

 その表情を向けられている筈の日菜さんは、姉と一緒に買い物するというこの状況に浸っていて。もはや抱きついているのとなんら変わらないほど体を密着させながら、ウキウキとした顔を浮かべて歩いているから。多分、姉の様子には気づいてないんだろうなって思う。

 

 本当に、見てて微笑ましい。そんな気持ちを胸の内にしまいこんで、代わりに口を開く。

 

 

「まぁ、まだ何も決まってないんですけどね。私に限っては、演奏する楽器すら」

 

「だ、だから今日は…………その、二人で一緒に、楽器を見に行ってみようって」

 

 私の言葉を補うように、花音さんが言葉を付け足す。

 

 紗夜先輩曰く、今日は突然呼ばれたらしいから。いまのうちに世間話としてお互いの話を擦り合わせておかないと、変な思い違いが発生しかねない。

 

 なんて考えていたんだけど、案の定────。

 

「二人…………? 日菜。もしかしてあなた、無理やり二人に同行しているわけじゃないでしょうね」

 

「んー? でも目的は一緒だし…………大丈夫じゃない?」

 

 あっけらかんとそう口にした日菜さんに対して、紗夜先輩は顔を引きつらせた。妹の対人関係に殊更頭を悩ませていた事から、それなりに分かっていたことだけれど…………これは本当に、普段から苦労しているようだ。

 

 彼女は何か言いたげな雰囲気を発しながらも…………数秒かけてそれを飲み込み、それから大きなため息を吐いた。諦め混じりの、呆れの感情が伝わってくる。

 

 憤りもあったんだろうに。それを抑えてから、少なくとも表面上は冷静さを保ちつつ、日菜さんへと言い聞かせるように語りかけた。

 

「日菜、あなたはいつもそうやって相手の都合を考えないから…………この歳になっても、私しか休日に一緒に出かける相手がいないんじゃない。奥沢さんという友達が出来て嬉しいのは分かるけど、もう少し遠慮というものを覚えないと。また何かトラブルの発端にでもなったりしたらどうするの? だいたい────」

 

 思っていたよりも、冷静ではなかった。くどくどと説教を始めてしまった紗夜先輩は、普段からそれなりに溜め込んでいたものがあったのだろう。私と花音さんの存在も忘れて、日菜さんへと視線を向けている。

 

 ただ、それは側から聞いていても…………日菜さんのためを思ってのものだというのが、伝わってくるくらいだったから。

 

 それを間近で実感している日菜さんは、彼女の叱責なぞどこ吹く風で、嬉しそうにニコニコと笑っている。

 

 反省のはの字も見せないその態度に、紗夜先輩は段々と語調を強めていって…………日菜さんは、益々笑顔を輝かせる。

 

 

「まぁまぁ、紗夜先輩。そのくらいで…………確かに、なし崩し的に同行しているのは否定しませんけど。私も花音さんも気にしてませんから、ね? 花音さん」

 

「う、うん。最初はちょっとビックリしちゃったけど…………えっと、日菜ちゃんも悪気があるわけじゃないですし。氷川さんの意見が聞けるなら、美咲ちゃんの助けになってくれますから…………」

 

 紗夜先輩が頬を赤く染め始めたあたりで、流石に止めに入った。これ以上は暖簾に腕押しっていうか、正直まったく意味があるとは思えない。花音さんも話を合わせてくれて…………なんていうか、今日は彼女にフォローばかりさせている気がする。あとでお礼をした方が良さそうだ。一応、私が原因と言えないわけでもないんだし。

 

 途中から…………説教というよりも、単なる愚痴になりかけてたし。

 

 日菜さんが非常識な分、この人が余計に礼節を重んじるようになったんだろうなって。そんな関係性に思い至るくらいには、二人とも慣れた感じのやりとりだった。いや、紗夜先輩としては真面目に話を聞いてほしいんだろうけど。

 

 私も花音さんも、もともと気にしてないし。

 

 

「…………まぁ、お二人がそう言うのでしたら。私も、少々言い過ぎたかもしれませんし…………今日は日菜ともども、お世話になります」

 

「いえ、私の方こそ…………その、急にお呼びしてしまって…………」

 

「呼び出してきたのは日菜ですから。奥沢さんが謝る事ではありませんよ」

 

「でも、紗夜先輩も忙しいって話だったじゃないですか」

 

「…………なんというか、今日も誘われそうな予感がしていましたから。ですから、本当に…………奥沢さんが気にするような事はありませんよ」

 

 困ったように、恥ずかしがりながら。紗夜先輩が口にした言葉の意味を考えて…………ああ、なんだ。つまり、最初から予定を空けていたのかと。

 

 うん、なるほどね。

 

 紗夜先輩…………妹、大好きすぎるでしょ。

 

 

「ね? おねーちゃん、可愛いでしょ?」

 

 紗夜先輩の腕を離さないままで、日菜さんは私の耳元へと顔を寄せて、そう囁く。

 

 反応して横を向けば、彼女はウィンクをしてから姉の方へと…………照れている紗夜先輩へ顔を寄せて、何事かを囁いていて。

 

 何を言ったのかは分からないけど、紗夜先輩は怒ったように顔を歪めているから。きっとまた、余計なことを言ったんだと思う。

 

 可愛い、なんて。自分の姉に対して言うことなのかは、甚だ疑問だけれど。照れ隠しで頬を赤らめる彼女の姿は、うん。可愛らしいといって差し支えないと思う。

 

 完全に主導権を握られてるんだなぁって。聡明な彼女が、そのことを理解していないはずがないだろうに。

 

 それでも不満に思わず、ただただ相手の幸せを想っている。そんな彼女たちのやり取りが、どこか眩しくて。

 

 羨ましがる権利なんて、私には無いんだろうけど。それでも、目を離すことができないから。

 

 いつか、途方も無い理不尽で二人の関係が壊れてしまわないことを。何も出来なかった私は、祈るしかなかった。

 

 

「美咲ちゃん…………? えっと、大丈夫?」

 

「えっ…………私が、どうかしましたか?」

 

 反対側から唐突に話しかけられて、思わず惚けた声を出してしまった。振り返った先には、心配そうな花音さんの顔が近づいてきていて。

 

 眉を寄せた彼女が、日菜さんたちに聞こえないような声量で。口ごもりながらも、明瞭な声音で囁く。

 

「あの、なんていうか、美咲ちゃん…………氷川さんたちを見て、寂しそうにしてたから…………わ、私の勘違いだったら、ごめんなさい。で、でも…………私は、美咲ちゃんに笑顔でいてほしいから、だ、だから…………その…………」

 

「私、そんな顔…………してました?」

 

「う、ううん。表情は普通だったけど…………でも、なんだか雰囲気が…………ご、ごめん。意味、分からないよね…………私、なに言ってるんだろう…………」

 

 素直に驚いた。彼女が口にした事は、根拠が全然なくて…………言うなれば、ただの勘でしかないんだけれど。

 

 それでも、私が感じていた喪失感のようなものを、ハッキリと言い当てていて。

 

 まるで、超能力者みたいだね。なんて、口にしそうになるくらいには。彼女から感じる確信的な思考と心配の感情が、心地よくて。

 

 先ほどまでの寂寥たる想いが、全部吹き飛んでいってしまった。

 

 彼女と繋いでいた手を、少し強めに握り返す。迷子にならないため…………そんな、高校生らしくない理由で始めた行為だけれど。存外、私の心の支えになっていたみたいだ。

 

 私の行動に驚いて、赤面している花音さんの姿は…………うん、とても可憐だと思う。それを今は私が独占していることが、なんとなく誇らしい。

 

 今度は私から、顔を寄せて。もともと赤かった顔を更に紅潮させて、身を縮こませてしまった彼女へと囁く。

 

 

 

「寂しくないですよ。私には、皆がいますから」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 「EDOGAWA GAKKI」というのが、今回の目的地だったらしい。わりかし商店街から近めというか…………ぶっちゃけ、学校から徒歩数分の場所に存在していた。

 

 まだこの街にきてそんなに経っている訳じゃないし、そもそも楽器屋とか気にしていなかったけれど。こんなに身近な所に建っているとは、流石に思わなかった。

 

 なんとなく促されているような気がして。四人を代表して、私が先頭になって入店する。

 

 

 ────いらしゃー!

 

 なんて、やる気があるのかないのか判断のつかない掛け声が耳に入った。声の発生源へと視線をやれば、エプロンを着た小柄な少女の店員が、カウンターの中で暇そうに座っている。

 

 女の子のアルバイトというのは、結構多いんだろうか。女子高が二つも近所に設立されているだけあってか、目にする機会が多い気がする。

 

 さっきまで居た喫茶店も、前来たときとは別の女の子が給仕をしていたし。

 

 私も一応、学生アルバイターになる訳だけど。クマのキグルミを着るバイトなんてのは、わりかし珍しい部類に入るのだろう。まぁ、まだ始めたばかりだけど。

 

 ああいう、可愛い制服を着て接客する仕事も…………ちょっとだけ、憧れる。

 

 

 女の子の店員は珍妙なぬいぐるみを持って、ぐにぐにと弄って遊んでいる。時々店内のあちこちに視線をやっているから、サボっている訳じゃないんだろうけど。見かけだけなら、不真面目と取られてもおかしくない。

 

 ぬいぐるみはちょっと気になったけど、それよりも楽器が先だ。

 

 

「それで、奥沢さんは気になっている楽器があるんですか? ギターでしたら、多少なら……私が教えられないこともないのですけど」

 

「あっ、キーボードをやろうと思ってます。昔…………といっても、小学生の頃の話なんですけど。一応、ピアノを習っていました」

 

「なるほど…………既に考えが決まっているのなら、その通りにされればいいかと。キーボードは、確かあちらに…………」

 

 紗夜先輩が記憶を頼りにある程度の方向を教えてくれている最中に、花音さんから声がかかった。

 

 

「えっ、美咲ちゃん…………ピアノやってたの?」

 

「あれ、言ってませんでしたっけ」

 

「聞いてないよぉ…………えっと、もしかして…………一緒に考えてあげる、なんて、よ、余計なお世話…………だった、かな?」

 

 首を傾げて不安そうに言う彼女の姿は、なんだろう…………卑怯、だと思う。余計なお世話、なんて全く思っていないけど。それはそれとして、どう考えていたとしても慰めたくなるような、そんな雰囲気がある。

 

 きっと、無自覚に男を振り回すタイプの人だな。なんて、失礼なことを思いながら。やや涙目になっている花音さんを、慌ててフォローする。

 

 

「いやいや、大助かりですよ。楽器屋の場所なんて知らなかったですし…………何より、一人で勝手に決めるのも、なんだかなって思ってましたから」

 

「そ、それならよかっ────」

 

「でも花音ちゃん、一人だと道に迷ってたんだよね? 余計なお世話どころか、美咲ちゃんにお世話になっ」

 

「こらっ、日菜! ああ、もう! あなたは本当に…………っ! 松原さん、奥沢さんの案内はよろしくお願いします。私は日菜を連れてギターを見に行ってますので」

 

「えー? あたしまだギターにするなんて言ってないんだけどなー?」

 

「どうせあなたは私と同じやつにするんでしょう! ほら、さっさと行くわよ!」

 

「えへへ…………じゃあ美咲ちゃん、花音ちゃん、またあとでねー!!」

 

 相変わらず、嵐みたいな人だなって思った。花音さんの心を抉るような事を口にしかけた日菜さんは、紗夜先輩という外付け良心回路によって…………いや、まぁ、日菜さんに良心がないって訳じゃないんだけど。あの二人のやりとりを見ていると、なんとなくその言葉が思い浮かんだというか。

 

 本当に仲がいいなぁ、なんて。紗夜先輩からしてみれば複雑かもしれないけど、見てて安心する。

 

 紗夜先輩に肩を引っ張られながら、日菜さんは笑顔で私たちに手を振っている。二人の姿が棚の陰に消えたのを見届けてから、花音さんの方へと振り向いた。

 

 

 

「ふっふっふっ、聞いたよー! キーボード、始めるんだって?」

 

 

 先ほどまでぬいぐるみを弄っていた店員さんが、目の前に立っていた。花音さんが立っているものだと思っていたから、ちょっとだけビックリした。

 

 その花音さんはというと、日菜さんに言われた事を気にしているのか、落ち込んだように項垂れている。ああ、もう。本当に気にしてないって言ってるのに。責任感が強いっていうのも、厄介なものだ。

 

 日菜さんみたいに、とは口が裂けても言えないけど。せめてもう少し気楽に生きてほしいと思うのは、私の我儘なんだろうか。

 

 

「あれ、お客さん大丈夫? なんかすっごい落ち込んでるけど…………」

 

「あ、あの、はい。私は大丈夫です…………その、ちょっと自己嫌悪していたっていうか」

 

「えぇ…………よく分かんないけど、元気出して! ほら、デベコもそう言ってるゾ」

 

 私に話しかけたは良いものの、隣で陰気な空気を出している花音さんが気になって仕方がなかったんだろう。

 

 項垂れている花音さんの顔の前にぬいぐるみ…………デベコという名前は、如何なものだろうか。いや、私も人のセンスに口出しできる程じゃないけれど。それでも、こう…………他になんか無かったのか。

 

 というか、子供じゃないんだから。ぬいぐるみ越しに話しかけても、あんまり効果は期待できな────。

 

 

「わぁ、可愛い子だね」

 

「でしょー? デベコはリィちゃんのベストフレンドだからね! 褒められると嬉しいんじゃー!」

 

「いや、それでいいんだ!?」

 

「ふぇっ…………?」

 

「あ、ううん…………なんでもないよ。そのままの花音さんでいてね」

 

 思わず口を挟んでしまった。まぁ、花音さんってどこかメルヘン好きみたいな所があるみたいだし。ほら、フリルとか…………お姫様みたいじゃん? うん、ぬいぐるみとか好きなんだと思う。

 

 

 花音さんを元気付けてくれた店員さんは、ニシシ…………とでも聞こえてきそうな。白くて健康的な歯が見える笑顔を浮かべて、片手でデベコをフリフリと動かしている。

 

 体と仕草は子供っぽいけど、雰囲気は熟している。多分、歳上…………かな? 珍妙なイントネーションに反して、見た目は今風の女の子って感じ。

 

 

「いやー! 女の子がゾロゾロ入ってくるから気になって見てたけど…………まさか、うちの期待の一年が音楽を始めようとしてるなんて、リィちゃんビックリしたんじゃー。奥沢ちゃんだよね?」

 

「あれ? 面識ありましたっけ?」

 

「んーん? リィちゃんが一方的に知ってるだけ。奥沢ちゃん、結構有名人なんだよね! たぶんそのうち、生徒会役員にならない? ってお誘いが行くと思うから…………断っても構わないらしいけど、ちょっと考慮しといて!」

 

 有名人、という言葉にはピンとこないけど。だって、私って結局ただの新入生だし。

 

 それはともかくとして、生徒会…………という単語でピンときた。九割くらいの確信を持って、目の前の少女へと問いかける。

 

「あー…………もしかして、先輩だったりしますか?」

 

「フッフゥーー! 正解! リィちゃんは鵜沢リィ、三年生だよ。グリグリってバンドでベースをやってるから、何かあったら相談してね!」

 

「…………グリグリ、ですか?」

 

「あっ、聞いたことあるかも…………たしか、グリッターグリーン…………でしたよね?」

 

「そそっ! 知っててくれて感激なんじゃー! こんどSPACEって所でライブするから、良かったら見にきてね!」

 

 お近づきの印に。とかなんとか言って渡されたチラシには、たしかに鵜沢リィと名前が書かれていて。

 

 予想してなかった所で、バンドを組む上で参考になりそうな繋がりがまた一つ出来たことに。小さくない喜びを感じている私がいた。

 

「実は私たちもバンドを始めようと思っていて…………その、ライブ。都合がついたら、見に行かせてもらいます」

 

「ほんと!? 言ってみるもんだね! 奥沢ちゃん、リィちゃん的にポイント高いゾ?」

 

「それで、といいますか。先輩に教えてもらいたいことが色々あるんですけど」

 

 私が聞きたいことがなんなのか。少しの手がかりから、察しているのだろう。というか、誰だって気づくもんだとは思うけども。だって、こんなにあからさまな態度を取っているんだから…………よほど人の気持ちを察するのが苦手って人でもなければ、容易に想像がつく。

 

 少しの下心と、純粋な敬意を混ぜ込んで。

 

 二つの意味で「先輩」である目の前の相手へと、頭を下げた。

 

 キラリ、と。白い歯が輝いて。彼女は人の良さそうな笑みを浮かべて、自身の胸を軽く叩いた。

 

 

 

「勿論、いいよ! 困ってる後輩を助けるのが先輩の役目! このリィちゃんに、何でもまかせんしゃい!!」

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