奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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世界を笑顔にするために

 

 携帯の画面をスライドさせると、今日一日の思い出が次から次へと蘇ってくる。

 

 私と花音さん、日菜さんと紗夜先輩。花音さん以外の二人は予定外の遭遇だったけど、思いのほか楽しい一日を過ごすことができた。

 

 まだ出会ったばかりの私たちだけど、前から一緒にいたような気すらしてしまう。それくらいには、楽しい一日だった。

 

 

 交友関係が広がるたびに、胸の中の寂しさが和らいでいくのを感じる。前ほど苦しむことも、悩むこともなくなった私だけど。それでもやっぱり、過去を振り返る癖は抜けていなくて。

 

 それ自体は仕方のないことだし、受け入れているから。距離感を間違えずに付き合って行くのなら、むしろ心地よい感傷ですらあるのだけれど。

 

 ただ、寂しいという感情であることに間違いはないから。それが少しずつ無くなっていくのなら…………それは、良いことなんだと思う。

 

 いつか、この気持ちも忘れてしまうのだろう。時の流れは待ってくれなくて、人の心はいつも変化し続ける。その時感じていたものが、どれだけ大きなものだったとしても。時間はそれを風化させ、過去へと変えてしまう。私にとっては、今がその転換期なんだ。

 

 でも、あれだけ忘れたいと思っていたはずなのに。いざその時がきたら、戸惑ってしまうだなんて。

 

 本当、人の心っていうのは不思議だと思う。

 

 まるで、激流のようだ。停滞していたはずの時間が、あの夏の夜にゆっくりと動き出して…………ここ数日で、抗うことのできない大きな流れになった。

 

 ダムに堰き止められていた川の水が、一気に吹き出したような。これまで心の中に溜め込んできたものは、それ程までに大きなもので。

 

 もしもみんなに出会えていなかったら、私はそれに押しつぶされていたんだと思う。光の届かない水の奥底から、必死に外の世界へと手を伸ばして…………そして、諦めてしまうのだろう。

 

 自分のことはよく分かっている。私はそういう…………何もかも諦めてしまう人間だったから。欲しかったはずのものを全て、何処かに置いてきてしまう人間だから。

 

 自分には無理だと、届きっこないと。その場その場で言い訳を用意して、たった一人で決めつけて、行動することを恐れて────。

 

 

 

「ははっ、変な顔」

 

 

 画面に映っているのは、今日の私たちの写真だ。とはいっても、それは私が撮影したものじゃなくて。

 

『美咲ちゃん、ちょっと携帯借りるね!』

 

 なんて言って横から掻っ攫っていった日菜さんが、無理やり撮影したものなんだけどね。

 

 どれもこれも私が写っていて。花音さんや紗夜先輩は一緒にいたり背景に入り込んでいたりと色々と違うところはあるんだけど。

 

 携帯が私の手元に返ってくる頃には。

 

 楽器店の前で撮った写真や、カラオケで撮った写真。ショッピングの最中に撮った写真なんかが、これでもかと画像ファイルに保存されていたから。

 

 消す理由もないし、そのままにしていたんだけど。解散して家に帰ってきた今、こうして一人で眺めてみると…………なんというか、胸が暖かい気持ちに包まれる。

 

 思えば長い間、写真というものに縁がなかったような気がする。小さい頃はよく写真を撮られた気がするんだけど、その行為も離婚前には自然消滅していたし。

 

 友達と一緒に写真を撮る、なんてのもしてこなかったから。画像フォルダに積み重ねられた私の姿が、なんだかとても新鮮に思える。

 

 人から見た私って、こんな感じなんだ。

 

 写真越しに見る私の顔は、どれもこれも困ったような表情をしていて。そのくせ、嬉しそうに口角を上げているから。なんともいえない愛想笑いのような、中途半端な笑顔ばっかりだ。はっきりいって、写真うつりが悪いにもほどがあると思う。

 

 あまりにも不器用な笑顔だから、おもわず笑ってしまった。日菜さん、もうちょっと頑張ってよ。絶対もっといいタイミングあったでしょ。

 

 なんて、ひとしきり文句というか愚痴を吐き出したら…………気づいてしまった。いや、前から薄々勘付いてはいたんだけどね。認めたくなかったというか、目をそらしていたというか。

 

 

 ああ、私って…………こんな日常が欲しかったんだ、って。

 

 これ以上傷つきたくないとか、裏切られたくないとか。なんか色々理由をつけてきたけどさ。やっぱりそれ、良くないよ。

 

 そんな事すら分からないくらい余裕がなかったのは、間違いないけどさ。自分が間違っているって、心の底ではわかっていたのに。

 

 自分を痛めつけてきた日々が、今この瞬間に繋がっていると理解していても。やっぱり、さ…………あんた、下手くそな生き方してるよ。

 

 そんなんだから、私に笑われるんだ。

 

 

「花音さんには、感謝しないと」

 

 あの人が私を誘ってくれなかったら、こうして楽しい一日を過ごすこともなかったんだと思う。一人で考えて、一人で楽器を見にいって、一人で済ませる。それはそれで悪くないけど…………今日みたいな一日を経験してしまうと、なんだか物足りなく思えるから。ほんと、私って現金な女だよ。

 

 昨日一日、一緒に過ごしただけだというのに。しかも、朝からずっとって訳じゃなくて、放課後を共にしただけなのに。

 

 それなのに私のことを想って、誘ってくれたから。だから私も、素直に頷くことができたんだ。他でもない、あの人から。私に歩み寄ってくれたから。

 

 私はあなたに、酷く醜い気持ちを抱いていた事すらあるというのに。知らないとはいえ、そんな風に接されたら…………好きになってしまうではないか。我ながら、ちょろいと思ってしまうけど。

 

 臆病で、自信が持てなくて、勇気がない。そんな、少し前の私と似たあなただからこそ…………私はこんなにも早く、心を開けたんだと思う。

 

 あんなに控えめで消極的な誘い文句、初めて見たよ。社交辞令か何かなのかって、疑っちゃったじゃないか。そんな気持ちは、すぐに無くなったけど。

 

 だって、私を見つけたあなたの笑顔は、眩しいほどに輝いていたから。チラリとでも疑ってしまった自分自身が、恥ずかしくなってしまうほどに、綺麗な感情を放っていたから。

 

 

 やっぱり、こころが選んだのがあなたで良かった。あの子の人を見る目は確かだと思うけど、それでも…………私は、無条件に信じられるわけじゃないから。

 

 だから、あなたで良かった。

 

 臆病さの影に心の強さを持ち、自信がなくても誠実で、人からもらった勇気を自分のものにできるあなただから。

 

 こころも、そして私も。あなたを必要だと思えるんだ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 通知が入って、画面をスライドしていた手が止まる。画面上部のバナーをタッチして、連絡用のアプリを立ち上げる。

 

 表示された名前は、花音さんのものだった。あまりにもタイミングがいいから、見られているのかと思ってしまう。

 

 

『今日は付き合ってくれてありがとう』

『急に誘ってごめんね? でも、楽しかったよ』

 

 

「いやいや、お礼を言うのは私の方でしょう」

 

 メッセージに対して口頭でツッコミを入れてしまった。相手に伝わっていないことは分かっているけど、気がついたら口にしていた。

 

 気を取り直して、返信を打ち込む。なるべく素直に、感謝の気持ちが伝わるように。

 

 

『こちらこそ、誘ってもらえて感謝してます』

『凄く楽しい一日でした』

 

『それに』

 

 そこまで打ち込んでから、少し手を止める。考えて…………一拍おいて、言葉を付け足す。少しだけ恥ずかしい気持ちもあるけれど、それよりも…………今は、彼女と心を通じ合わせたい。

 

『花音さんのことも、色々知れて良かったです』

『大変なこともあるかもしれませんけど』

『これから、よろしくお願いします』

 

 これは私の気持ちのほんの一部だけど、偽りのない本心であることは確かだ。本当は、もっと色々言いたいことがあるんだけど…………あまり沢山言葉を重ねても、あの人は驚いてしまうだろうから。

 

 だから今は、これだけにしておく。

 

 さっきまで考えていたことを、文字として打ち込む。

 

 

『私、こころが選んだのが花音さんでよかったと思います』

『正直、不安だったんです。こころ以外の人と、ちゃんと仲良くできるのか』

『自分で言うのもなんですけど、人付き合いが下手なんですよね。私って』

『だから、こうして一緒に過ごせてよかった』

 

 

 

『あなたがいてくれて、本当によかったです』

 

 

 もしかしたら。

 

 この言葉は本当は、私が誰かに言ってもらいたかった言葉なのかもしれない。

 

 だって私と花音さん、実は凄く似ていると思うから。見た目とかの話じゃなくて、その性質というか…………心のあり方が。

 

 これは私が彼女に対して一方的に感じている親近感だけど、あながち的外れなことでもないと思う。そうじゃなかったら、こんなに急に距離が縮まった理由が説明できない。

 

 花音さんも、無意識のうちに同じことを悟っているのかもしれない。

 

 あの場所で集まった五人の中で、私たちだけが…………きっと、同じ存在だったから。だから、すぐに気づけたんだと思う。

 

 そんな彼女に向けて、私は自分がほしかったものを与えているだけなのかもしれない。言葉や態度、あるいは好意。彼女に接することで私は…………間接的に、過去の自分を救おうとしていた。

 

 それは間違っていることなんだと思う。相手に対して不誠実だと、非難される行いなのかもしれない。健全な関係じゃないと、指摘されてしまうかもしれない。

 

 でも、それでも構わない。

 

 ハリネズミはお互いを温めようと近づいて、お互いを傷つけてしまうらしいけど。私も花音さんも人間で、相手を傷つけようという気持ちもなくて。

 

 繋いだ手のひらの温もりは、心を優しく溶かしてくれたのだから。

 

 私が欲しかったものを、私が与えられたものを。今度は私が、誰かに与えたいと思うから。

 

 だから────。

 

 

『…………うん、ありがとう』

 

 

『私も、その…………美咲ちゃんがいてくれて、よかったと思う。美咲ちゃんに出会えてよかったって、心の底から、そう思うよ』

 

 

 これからもよろしく、花音さん。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 突然な話だけど。

 

 こころと触れ合っているうちに、私は色々なものを取り戻していった。勇気とか、諦めない心とか。言葉にすると恥ずかしいけど……本当に、沢山のものを取り戻すことができた。

 

 過去に置き去りにしてしまった何かを、諦める必要なんかないと。

 

 失ってしまったのなら、もう一度手に入れればいいと。

 

 だからこれも、その一つなんだと思う。

 

 

 誰もいない部屋の中心に、ピアノが一つ。

 

 ここは祖母の家の、その一室だ。

 

 まさか、こんなに早く帰ってくることになるとは思わなかった。しかも正面から入るんじゃなくて、テレポーテーションでこっそり忍び込むなんて。

 

 普通に帰ればいい話だとは思うけど、世間的には明日も学校があるから。急に顔を見せて、いらない心配をかけたくないし。

 

 挨拶もないのは、ちょっと不義理な気もするけど。まぁ、今回だけだから。きっと、許してくれる…………はずだ。

 

 

 祖母がピアノを残してくれていてよかった。私の我儘で持ってきたピアノを…………六年間、一度も音を出すことがなかった置物を。処分しなかったのは、あの人の優しさなんだろう。

 

 今はそれが、とてもありがたい。

 

 一歩近づいて、すぐに気がついた。何年も放置されていたはずなのに、埃はそれほど積もっていなくて。

 

 私には覚えがないことだから、きっと祖母が手入れをしてくれていたんだと思う。

 

 本当に、私の祖母にしておくには勿体ない人だ。そんなことを言ったら、叱られるかもしれないけど。あの人ほど立派な人を、私はこれからも見つけることができないと思う。

 

 心を開かない孫と、五年以上も。一つ屋根の下で暮らすことが、どれだけ負担になっていたことだろう。

 

 不満を一言も口にせず、かといって過剰に関わってくることもなく。

 

 面倒を見ないといけない責任なんて、あの人には無いはずなのに。それなのに、ずっと見守ってくれた。

 

 ほんと、涙が出そうだよ。

 

 色々後悔してきた人生だけど…………私は、あなたの孫に生まれることが出来て良かった。いまはまだ正面から向き合う事が出来ないけど、いつか感謝の気持ちを伝えたい。

 

 あなたのお陰で、私は生きてこられましたと。心の底からの感謝を、いつの日か。

 

 

 今日。

 

 キーボードに触れて、実感した。六年以上のブランクは、私の技術力を限りなく劣化させていたという事を。当たり前だといったら、それまでだけど。

 

 それは私が捨ててしまったもので。普通なら…………取り戻せないものなんだと思うけど。

 

 もう、諦めないと決めたから。

 

 だから、取り戻しにきたんだ。

 

 

 綺麗に磨かれた鍵盤に、手を触れる。私のために両親が用意した、立派な作りのピアノ。

 

 両親が私を手放した時に、私が取りこぼしてしまったもの。そして…………それでも、捨てきれなかったものよ。

 

 どうかもう一度、私に力を貸してほしい。

 

 あの子の役に立ちたい。みんなの役に立ちたい。

 

 世界を笑顔にすると言った彼女の、支えになりたい。勇気を振り絞ったあの人の、隣に立ちたい。

 

 だからどうか、輝いて。かつて過ごした充実した日々、家族全員が揃っていた…………美しき思い出。

 

 

 

 ────サイコメトリー、それはものに宿った記憶を読み解く力。

 

 時の流れを遡って、積み重ねられた情報を解き明かす。瞳の裏に流れていく風景を一瞬たりとも無駄にしないように、頭と心に刻みつける。

 

 

 鍵盤が勝手に踊り出す。幾重にも束ねられた旋律が流れ出す。

 

 全てこの世に存在しないもの。私だけに見えて、私だけが聞こえている幻のような過去。

 

 私が積み重ねてきたものを、鍵盤を叩き続けた記録を。指先から読み取り、噛み砕き、自分のものにする。

 

 幼かった頃の私と、家族の姿が脳裏に浮かびあがる。それは超能力が見せる景色か、それとも…………私の未練が具現化したものなのか。

 

 どっちでもいい、構わない。

 

 だって私は…………奥沢美咲は、もう過去に縋らない。

 

 ありがとう。そして…………さようなら。

 

 

 

 あなた達がいてくれたから、私は未来へと進む事ができる。

 




 これでデート回は終わりになります。

 そして次回からデート回(第二部)が始まります()
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