奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 デート回第2部です。


星のリズム 1

 私たちがバンド活動…………というか、楽器の練習を始めてそれなりの日々が過ぎ去った。

 

 練習場所はいつもこころの家だ。広い上に音が近所迷惑になる心配が皆無、自前で持ち込まなくても各種楽器が用意されていて、場合によっては三食用意してくれる。甘えるようでどうかとは思うけど、環境としてみればこれ以上ないレベルだ。

 

 そこらのスタジオよりよっぽど便利だ、それを活用しない手はない。最初は規模の違いに気圧されたりもしたけれど、これだけ通いつめれば流石に慣れてくる。

 

 とはいえ、私たちも学生である以上は毎日練習ばかりに時間を割くわけにはいかない。

 

 花音さんはアルバイト、はぐみはソフトボールの練習や実家の精肉店の手伝い、薫さんは演劇部の稽古やファンとの交流。

 

 私だって、そろそろアルバイトのシフトが決まる頃だ。こころは…………まぁ、自由だけど。彼女も彼女なりに忙しかったりするらしい。

 

 

「えっ、今日のライブこれないの?」

 

 ちょうど、こんな風に。

 

『ごめんなさい、美咲。あたしは、一緒に行きたいなって思うのだけれど…………どうしても外せない用事が出来ちゃったのよ。残念ね』

 

「まぁ、それなら仕方ないけど…………」

 

『代わりに助っ人を用意したの。美咲もよく知ってる相手だから、あたしの分も楽しんできてちょうだい!』

 

「いや、助っ人って」

 

『じゃあ、また後で連絡しましょう! 感想、待ってるわ!』

 

「ちょっ…………切れてる」

 

 ツーっ、ツーっと。通話の終わりを告げる無機質な音が、携帯のスピーカーから流れる。思わず出そうになったため息を、ゆっくりと吐き出す。

 

 都合よく全員が集まるとは思わなかったけど、まさかここまで予定が合わないとは。やや気分が盛り下がってしまうのも、仕方がないことだろう。

 

 

 今日はこの前お世話になった鵜沢先輩の誘いに甘えて、バンドメンバーでSPACEというライブハウスに行くことになっていた。彼女がベースを務めている、グリッターグリーンというバンド。それを筆頭にした数グループのガールズバンドが、一堂に集って演奏するらしい。

 

 こちらは花音さんというドラム経験者がいるとはいえ、その彼女ですらバンド活動自体は未体験の領域となる。

 

 こころは思いつきでバンドを始めた訳だし、それに付き合った私も同じようなもので。はぐみは兄がギターをやっているけど、本人は楽器初心者。薫さんはこのバンド歴がそのままギター歴になるって言っていたし、言わずもがな。

 

 つまり、私たちにバンドに関する知識は殆どない。思いつきによる行動が壁にぶち当たるというのがよく分かる、その典型例に陥っている。

 

 一応、独学でやれないこともないだろうけど…………それが通じるのは楽器のコードを覚えるとか、譜面の見方を覚えるとか、究極的にいえば個々人でできる範囲の事ばかりだ。

 

 そんなんでは、バンド活動と名乗るのも考えものだ。

 

 仲間内で盛り上がって、自分たちだけで楽しむ分なら…………それでもいいかもしれない。週末に集まって、それぞれの練習成果を見せ合う。それもまた、バンド活動といって差し支えないだろう。

 

 だけど────。

 

 こころが掲げた「世界を笑顔にする」という目的のためには、それだけでは不十分だ。「世界」という言葉の範囲がどこまで及ぶかは、想像つかないけど…………それにしたって、私たち五人という狭いコミュニティの話をしている訳じゃないというのは、考えなくても分かる。

 

 つまり、最終的には外との交流を行う必要がある。具体的にいえば、ライブをやるべきだ。

 

 曲の作り方も分かってない私たちがライブなんて、まだ先の先の話だとは分かっているけど。実際に現場の空気というものを体験しておくのは、決して無駄ではないと思う。

 

 時間に余裕があれば、経験者から話を聞けるかもしれない。そんな打算を無しにしても、私たちにとって「ライブ」という空気に慣れるのは重要なことだ。

 

 

 私たちに課せられた大抵の物事は、黒い服の人たちに力を借りればどうとでもなる問題ではあるけど。というか、私が頑張れば(・・・・)大体のことはなんとでもなるんだけど。

 

 でも、うまく言えないけど、そういうんじゃなくて。

 

 こういうのは権力とかお金とか個人の力に頼るんじゃなくて。私たちに出来ることを少しずつやっていくべきだと思うから。

 

 こころと話し合った結果、まずはメンバー内で色々と試行錯誤していく事になった。

 

 

 そんな理由もあって、ライブには全員で参加する予定だったんだけど…………。

 

『ご、ごめんね美咲ちゃん。て、店長さんがどうしてもシフトに入ってほしいって…………あの、わ、私、断れなくて…………』

 

『みーくんごめん! その、えっと…………ソフトボールの方でどうしても外せない用事が出来ちゃって…………だから、はぐみ、行かないと…………』

 

 花音さんは急なシフトの変更、はぐみは私用で二人とも不参加。ライブは日程が決まってるから、後日改めてという訳にもいかないし。

 

 じゃあ、残りのメンバーで行こうって事になったんだけど。その結果が…………直前になっての、こころの不参加。

 

 メンバー五人のうち、過半数を超える三人がいないという…………なんとも言えない状況になってしまった。

 

 しかも、よりにもよって参加してくれる相手というのが────。

 

 

「────と、いうわけで。こころも来れなくなったそうです」

 

「それもまた、人に与えられし運命…………ふふっ、儚いね」

 

 帽子のつばを弄りながらそう告げると、やたらと演技めいたレスポンスが返ってくる。

 

 それとなく隣へと視線を向ければ…………そこには、両手を胸元の上で重ねて自身の言葉を噛みしめている、うちのバンド内でも生粋の変人が佇んでいた。

 

 立っているだけなのに、やけに様になっているのはなんなんだろうか。というか、この人と二人でライブに行くことになったのか。よく分からないけど、ファンの人たちから怒られたりしないだろうか。

 

 いや、こころのいう助っ人とやらを含めたら三人だけど。それにしたって…………こう、なんていうか。

 

 

「ふふっ、そんなに私を熱心に見つめてどうしたんだい? もしかして…………あぁ、なんてことだ! 私の美しさがまた一つ、儚い運命を引き寄せてしまったのか」

 

「なに言ってるかよく分からないですけど、多分違うと思います」

 

「美咲…………そんなふうに遠慮しなくてもいい。私たちは同じ星の下で運命を共にする…………いわば運命共同体じゃないか!」

 

「めちゃくちゃそのままじゃないですか…………流石に、もうちょっと捻ったほうが良くないですか?」

 

 彼女の口にしている言葉にさしたる意味はないと分かっていても、そう指摘せざるを得ない。所々で見せてくるこの抜けた感じはなんなんだろうか。

 

 

「おや、運命を共にするということ自体は否定しないんだね。こころは君の、そういうところが気に入ったのかな?」

 

「私、薫さんのそういうところが苦手です」

 

「フラれてしまったね。あぁ、儚い…………」

 

 瀬田薫、私はこの人のことがあまり得意じゃない。いや、良い人であるというのは分かってるつもりなんだけど…………なんていうか、波長が合わない。

 

 まず、その露骨に演技してますっていう態度がちょっと苦手だ。身振り手振りは大げさだし、言葉も逐一抽象的で掴みにくい。思わせぶりなことを言ったかと思えば、特に深い意味はなかったりもする。変に考えさせられると、精神的に疲れる。

 

 かといって流そうとすれば、今度はやけに確信を突くようなことをいって心を揺さぶってくる。

 

 真意が読めなくて、よく分からない。心を読むことができる私ですらそうなんだから、普通の人だったらもっと戸惑ってもおかしくない。

 

 だというのに、彼女は「そういうもの」として受け入れられている。多分、人の心に入り込むのが絶妙に上手いんだと思う。

 

 だからこれは、私が余計に身構えているだけ。超能力という力を持ってしても見通すことの出来ない、迷宮のような心を持っている彼女を、私は警戒している。

 

 認めたくないけど、薫さんに一番近いタイプなのはこころだ。広大すぎる心の持ち主と、不透明すぎる心の持ち主。それぞれ性質は違うけど、中身を把握できないという意味では傾向が近い。

 

 だからこそ、単純に相性が悪いとしか言えない。こころを受け入れて、求めている私が。薫さんに戸惑い、距離を測りかねている。それは未知への感情が正か負のどちらに寄っているか、好奇心と畏れのどちらに傾いているかの違いなんだと思う。

 

 つまり、何が言いたいのかというと…………一人でこの人の相手をするのは、とても面倒くさいってこと。

 

 何度もフォローするようであれだけど、良い人なのは間違いない。

 

 人を思いやる気持ちを持っているし、練習には真面目に取り組んでるし、ファンの人たちへの対応は誠実だ。

 

 だから…………こう、もっと普通に振舞ってくれれば良いのに、と。そう思うことが多い。

 

 

 …………本当は、分かっている。

 

 彼女は演技をする事はあっても、嘘をつく事はない。人を楽しませたり、喜ばせる事はあっても…………傷つけるような事はしない。

 

 いうなれば、生粋のエンターティナーなんだろう。それ自体は好ましい事だと思う。

 

 でも、どうしても頭の中をチラついてしまう。

 

 嘘をついて、それを隠すために欺いた…………あの人たちの事が。彼女は違うと頭でわかっていても、心の奥底に眠る本能がそれを受け付けない。

 

 役者というものを、受け入れられない。

 

 いつかはそれにも慣れて、この拒否感も消えるのかもしれないけど。それは少なくとも、今ではない。

 

 慣れなきゃいけないってのは、分かってるんだけど。

 

 

 私の視線に気づいた薫さんが、此方を覗き込むように見返してくる。身長が高いというのは、それだけで得だと思う。目を合わせるだけで、私は上を見上げなければいけないのだから。少しでも視線を下へと向けようとすれば、たちまち相手の顔が見えなくなってしまう。

 

 相手に思うところがあればあるほど、人は目を逸らして会話する生き物だから。顔を見上げないといけないというのは、その視線の行く先を限定されてしまうということで。

 

 ああ、もう。本当に相性が悪い。

 

 見下ろしてくる彼女の瞳には、深い理解の色が浮かび上がっていた。私の苦手な、人の心を見通すような透明感のある視線だ。

 

 視線の先で、彼女の口が開かれる。誰よりも雄弁に語る、演者の口が。

 

 

「なに、気にすることはない。人には運命(さだめ)の星がある…………私の星と、美咲の星。今はまだ距離があるだけ…………お互いのことは、これから知っていけばいい」

 

「…………何を言ってるのか、分かりませんよ」

 

「隠すことはないさ。美咲が私を…………なんだ、ちょっとばかし苦手に思っているのは、見れば分かる。それを後ろめたく思っているのも、分かるとも」

 

「…………まぁ、ハッキリ言って結構苦手なタイプですね」

 

「本当にハッキリ言うじゃないか。率直さというものは、いつだって人の感情を揺さぶるもの。それは私だって例外じゃない」

 

「…………?」

 

「私はこういう性分をしているからね…………ソリが合わない。という人たちも、残念ながら…………それなりに出会ってきた。だけどそれは、彼ら彼女らを私が知らないから。そして同様に…………この瀬田薫のことを、彼らが知らないからこそ起きた悲劇なんだ」

 

「…………」

 

「美咲、君は自分にできる範囲で歩み寄ろうとしている。それは簡単に出来ることではない…………まさしく、吹き荒れる風の中へと己を投げ込むが如き行いだ。だからこそ、私は君を理解したいと思う。そして知ってほしい、私という存在…………瀬田薫のことを」

 

「えっと、つまり…………?」

 

「つまり、そういうことさ」

 

 いつもの言葉を口にしておどけてみせる彼女からは、先ほどまでの真面目な雰囲気は微塵も感じられない。

 

 彼女の口にしたことは迂遠で、無駄に着飾っていて、よく分かりづらい。いつも何かを演じている弊害なのか、とにかく一言一言が悠長だ。

 

 でも、多分だけど────。

 

 彼女の言葉を一つ一つ噛み砕いて、自分なりに翻訳する。そうして出てきた答えは、とても単純なもので。

 

 意外だと思う気持ちを、言葉に乗せて。目の前の相手へと、問いかけた。

 

 

「もしかして、慰めてます?」

 

「君にそう聞こえたのなら、それは君がその言葉を求めているということさ」

 

「いや、そこは煙に巻かないでくださいよ」

 

 両手を広げて、しみじみと。自分の言葉を噛みしめるように口にした彼女の姿は、やっぱり色々と受け入れがたい。

 

 でも、彼女の言ったことは間違っていないと思うから。だから私も自分の気持ちを、ちゃんと口にしなければならないと思う。

 

 

 

 

「今日は、よろしくお願いします」

 

「任せてくれたまえ、しっかりエスコートするとも」

 

「いや、そういうのはいいんで…………今回の趣旨、ちゃんと分かってます?」

 

「ふふ、つれないね…………あぁ、儚い」

 

「薫さん? …………だめだこれ、聞いてない」

 

 

 雨が降りしきる駅前で、二人並んで人を待つ。慣れない相手との沈黙は、普通なら気まずいものだけど。この時間ですら、二人の関係を深めるために必要なものだろうから。

 

 今は何も考えないで、三人目を待った。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 携帯の着信音が、静寂を切り裂いた。設定も変えていない、ステレオタイプの音声が鳴り響く。

 

 誰だろうかと思って画面をつけると、ここ最近よく見るようになった名前が書いてあって。通話ボタンを押して耳元に当てれば、機械越しに彼女の声が聞こえてくる。

 

 

「もしもし? どうしました?」

 

『美咲ちゃん、目の前目の前!』

 

 

 下へと向いていた視線を、目線の高さへと戻す。正面へと視界が動いて…………電話中の相手がそこに立っているのを、認識した。

 

 

「…………もしかして、助っ人ってあなたですか?」

 

『そだよー? 美咲ちゃん、こころちゃんと知り合いだったんだね。あたし、びっくりしちゃった』

 

「あぁ…………うん、私もあなたがこころと知り合いだったことに驚いてますよ」

 

『そう? じゃあお揃いだ!』

 

 

 目の前にいるのに、電話越しに会話するのも変な気がするけど。彼女は楽しそうにしているから、私から切るつもりにはなれなくて。

 

 そっと、相手の名前を呟いた。

 

 

 

「一週間ぶりですかね…………日菜さん」

 

『正確には八日ぶりかなー? 元気してる? 友達がこなくて寂しくなかった? 代わりに日菜ちゃんが来てあげたよ! どう、どう、嬉しい?』

 

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