奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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星のリズム 3

 なんの話って思うかもしれないけど。

 

 私は割と、顔に出るタイプの人間だ。喜怒哀楽が隠せなくて、気がつけば表情が動いていることが多い。

 

 嘘をつけない性格、とでも言えばいいのだろうか。感じたことがそのまま顔に出ているんじゃないかってくらいには、正直な方だと思う。間違いなく、勝負事には向いていない。

 

 その上、赤面しやすい。これは本当に勘弁してほしいと思う。どれだけ平静さを装うとしても、顔を見られれば一発で内心が読み取られてしまう。こころは不思議がって顔を寄せてくるし、先ほども日菜さんにからかわれたばかりだ。

 

 

 とはいえ、それを自覚したのはここ最近のこと。具体的にいえば、こころと出会ってからだ。

 

 それまでの私は極力人付き合いを避けるようにしていたから…………自分が他人からどういう風に見えるか、なんてこと。ほとんど気にしていなかったわけだし。会話も少なかったから、感情が強く揺さぶられるようなこともなかった。

 

 人との交流を経て、私は自分が隠し事に向いていないことを知ったんだ。だから…………私がこころから貰ったものは、勇気や笑顔だけじゃなくて。そういった事への関心というか、強い気持ちの揺さぶりもひっくるめた、言葉では表現できない大きななにかなのかもしれない。

 

 

 とはいえ、それは大抵の人間が多かれ少なかれ持っている特徴だと思う。

 

 こころやはぐみは喜びが顔に出やすいし、花音さんは私のように赤面しやすい。日菜さんなんかは「るんっ」とかなんとか言って全身で感情を表現しているし、委員長もかなりの恥ずかしがり屋さんだ。

 

 私はそれが少しばかり目立つというか、悪い方にも作用してしまうというだけの話で。

 

 …………薫さんには、悪いことをしているとは思うんだけど。一目で分かる程度には、なんとも言えない表情をしてしまっているのだろう。もしかしたら、自分が思っている以上に表情筋が強張っているのかもしれない。

 

 

 まぁ、それは追い追いなんとかするとして。

 

 結局、なにが言いたいのかというと。自分の感情を十全にコントロールできる人間なんていうのは、滅多に存在していないということで。

 

 程度の差はあるだろうけど、大体の人間は感情が顔に出るもんだと思う。嬉しければ口角が上がるし、悲しければ眉が下がる。怒りを感じれば目つきが鋭くなって、羞恥心で朱色に染まる。

 

 みんな、そんなものだ。それが一般的で、人らしい反応なのだから…………当然のことといえば、そうなんだけど────。

 

 

 目の前の少女が、口を開く。

 

「いや、わ、私とおく、お、奥沢さんに面識はなくて! その、私が一方的に知っているだけというか…………あぅ、ご、ごめんなさい! えっと、あの、き、気持ち、わるい…………ですよね? け、決して気分を害そうとしたわけじゃなくて! あ、わ、私! 奥沢さんにお礼が言いたくて! あっ! 私は戸山かしゅ、か、かすみっていいます! 奥沢さんとお、お、同じ、一年生です! えっと、それと、入学式の時に見て、だからその、お名前も知ってて! それで、あっ! 今日はどうしてここに……って、ライブを見にきたんですよね! オーナーさんはいま席を外してて、あの、スタッフさんは準備中だから、そう! 通常は千二百円なんですけど、高校生は六百円で、あの、ドリンクチケットが貰えて、当日限りで、それから、それから────」

 

 

 いや、うん。

 

 なんというか、ここまであからさまな人は初めて見た。私はそこまで交流が広いわけじゃないけれど、この反応が一般的じゃないっていうのは流石に分かる。

 

 慌てて弁明するように言葉を重ねる彼女の表情は…………それはもう、百面相という言葉がよく当てはまるほど変わり続けていて。不謹慎に思われるかもしれないけど、ちょっと面白い。

 

 正直、色々と突っ込みたいところは沢山あるんだけど。今はとりあえず、その気持ちは置いておくとして。

 

 

 軽いパニック状態になって目を回している彼女の肩に手を乗せて、瞳を合わせた。花音さんにやったように、微弱なテレパシーを使って穏やかな感情を流し込む。

 

【落ち着いて】

 

 相手の精神を包み込むようにゆったりと。それでいて、影響を与えすぎてしまわないように繊細なコントロールで。

 

 イメージするのは、こころと一緒に眠った夜のこと。私の記憶の中で最も精神が安らいだ思い出を想起して、そこから安心感だけを引っ張り出す。

 

 不安や焦りなどの負に近い感情を、私の精神力で希釈する。ゆっくりと、丁寧に。真綿に薬品を染み込ませるような感覚で、心に熱を浸透させた。

 

 私が他人から与えられたもの。こころから受け取った感情を、他人へと与える。かつての私では思いつかなかったであろう、今の私だからこそ出来る超能力の使い方。

 

 

 目の前の少女の顔は、相変わらず赤いままだけど。呼吸は整って、脈も落ち着きを取り戻しているから。

 

 取り乱していた自分を恥ずかしがっているのかな、なんてことを考えながら。今度はテレパシーじゃなくて、口頭で気持ちを伝える。

 

 

「大丈夫、言いたいことはなんとなく分かったから。だから、少し落ち着いて」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 最初に顔を合わせた時、彼女はとても驚いたような反応をしていた。鳩が豆鉄砲を食ったような、とでも表現するべきだろうか。その言葉がこれ以上ないほど適切に思える程度には、呆然とした様子だった。

 

 そして、状況が飲み込めてきたのだろうか。今度は顔を赤く染めて、熱っぽい目で私を見つめ…………そして最後には、真っ青になって必死に自分の無実を訴えかけてきた。

 

 両手を胸元の前で彷徨わせていたり、視線があっちこっちに動き回っていたり、下から覗き込むような仕草でこちらを見上げてきたり、と。

 

 なんというか、委員長と花音さんを足して二乗した感じの子だと思う。しかも、羞恥心や自己肯定感の薄さという…………人とコミュニケーションを取るときに、自分の足を引っ張りそうな部分が目立つというか。

 

 正直、生きづらそうだなって思ってしまう。あんまり人に対してこういう気持ちを抱くのは良くないと思うんだけど、ここまで特徴的だと…………同情心が顔を覗かせてしまう。

 

 憐れみの感情というものは、時として人を大きく傷つける。可哀想だなっていう気持ちを押し付けるのは、相手の自尊心を無視した行いだ。

 

 両親が離婚した時の周囲の反応を思い出して、それが顔に出そうになる。目の前の少女────戸山さんに悟られてしまう前に、気持ちを切り替えた。

 

 胸の内を満たしかけていた負の感情を、意識的に切り捨てる。同情心も感傷も、いまは必要ない。

 

 

「あ、あの、お、奥沢さん?」

 

「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」

 

 二人の間に流れていた沈黙に、耐えかねたのだろう。されるがままに黙り込んでいた戸山さんが、機嫌を伺うような色の声を出した。

 

 その視線は肩に置かれた手と私の顔をいったりきたりしていて、困惑しているのが見て取れる。そういえば、まだ触れたままだった。

 

 嫌がっているわけじゃないみたいだけど。こういう人は往々にして距離感が近い相手を苦手に思う傾向がある。というか、昔の私がそういう人間だったんだけども。

 

 あんまり馴れ馴れしくして苦手意識を持たれても嫌だから、一言謝ってから手を離す。

 

 私の謝罪の言葉にしきりに恐縮する彼女の姿は、どこか放っておけない雰囲気を出していて…………今まで周りにいそうでいなかったタイプだから、どう接するのが正解なのかいまいち分からない。

 

 分からないけど、人との触れ合いって普通はそういうものだから。その不安も飲み込んで、会話へと踏み込む。

 

 

「えっと、戸山さんだよね。悪いんだけど私、心当たりがなくて…………お礼が言いたいって、どういう意味?」

 

 折角だから、戸山さんが口にしていた言葉を話題として使わせてもらう。実際、気になっていることでもあるし。

 

 彼女から送られてくる尊敬のような感情もきっと、それが関係しているんだと思う。

 

 似たような反応はクラスメイトから度々貰っているから、全く意味が分からないってわけではない。学年主席というのは彼女たちの間ではそれなりに話題性があって、会話のタネにし易かったらしいから。実感はあまりないんだけど、割と名前は広がっているらしい。

 

 ただ…………これは、勘なんだけど。

 

 テレパシーで感じる戸山さんの感情は、それだけが原因ってわけじゃなくて。似通ってはいるものの…………何か、別の理由がありそうだというか。

 

 それがどうしても気になって…………ないとは思うんだけど。日菜さんみたいに過去に関係があった、とかだと困るし。いや、困るっていうよりも困惑するけど。

 

 

 あと、それだけじゃなくて。

 

 こうして面と向かって改めて感じる、強烈な違和感の正体が知りたいってのもある。今まで感じたことがない感覚だから、うまく言葉にできないんだけど。

 

 殆ど無意識のうちに近寄って、確かめようとしてしまうくらいには。戸山さんに惹きつけられている私がいる。

 

 例えるのであれば。畳の上に椅子を置いて座っている、みたいな。あるいは、信号の色が全部青になっている、とか?

 

 いや、ダメだ。何かに置き換えようとしても無理だ。私を襲っているこの感覚は、私にしか分からないものなんだと思う。

 

 強いていうのなら、存在感だろうか。街中で芸能人が通り過ぎて行った時、それに気がついた人は思わず振り返って本物か確認することだろう。感覚としては、それが一番近いと思う。

 

 一度気になってしまうと、どうにも無視できない。ふとした拍子に、彼女の心の奥底まで覗き込みそうになる自分を抑えられるのは、成長の証だと思うけど。

 

 こんな感覚は、こころと出会った時ですら感じなかったというのに。

 

 

 他の人と、何が違うんだろうか。この少女と、普通の人との間に…………いったい、なんの差異があるのだろうか。

 

 

 ついさっき落ち着かせたばかりだというのに。既に体が落ち着きなく揺れ動いている戸山さんは、頭の中で言葉を整えているのだろう。口元が小さく動いて、独り言のような声が漏れている。

 

 戸山さん、考え事が口に出るタイプの人間なんだ。なんて、とりとめもない事を考えながら。先程の質問にレスポンスが返ってくるのを、静かに待つ。

 

 

 ようやく考えがまとまったんだろう。どこか虚空を見つめているようだった戸山さんの瞳に、意思の光が宿る。

 

 決意を定めたような瞳で、私を正面から見つめ返して…………いや、そこまで気合を入れなくても良いんだけど。

 

 一度深呼吸をしてから。戸山さんは口を開いた。

 

 

 

「あの、実はわた────」

 

「美咲ちゃーん! チケット買ってきたよ! ね、ね、ここって学生だと半額なんだって! 知ってた? …………あれ? その子どうしたの? 美咲ちゃんの知り合い?」

 

 

 いや、日菜さん。流石にそれはダメだと思うよ。

 

 言葉を遮られた戸山さんは、声を出そうとした体勢で固まってしまっていた。せっかく勇気を出して口を開いてくれたのに、この仕打ちはあんまりだ。

 

 日菜さんという人物の登場に動揺を隠せないのか、変な汗まで出てきていて。露骨に緊張して、目が回りそうになっている。

 

 

 コーラらしき飲み物を片手に首を傾げている日菜さんには、悪気はないんだろうけど…………流石に、今回ばかりはフォローできない。私と戸山さんを交互に見つめる彼女の口元には、薄っすらと笑みが浮かんでいて…………あぁ、これは自分が何をしたのか全く分かってない人の顔だ。

 

 

「戸山さん、この人は気にしなくてもいいから。話の続き、しようか」

 

「えっ、で、でも、その、奥沢さんのお友達…………ですよね? 待たせるのは悪いんじゃ────」

 

「ねぇねぇ、あたし何かしちゃった?」

 

「ほら、日菜さん。あとで話しますから、今はちょっと待っててください」

 

 今にでも戸山さんの方へ絡みに行きそうな日菜さんを止めながら、戸山さんに続きを促す。こういうのはさっさと済ませておかないと、後になればなるほど話題にしにくい雰囲気になってしまう。

 

 しな垂れかかるように体重を預けてくる日菜さんを抱えていると、その肩越しに薫さんの姿が見えた。手にチケットらしきものを持って、こちらへと近づいてくる。

 

 目の前まできた彼女は、私たち三人を一通り見つめた。それだけで大体の状況を察したのだろう、言及することもなく、淡々と自分の要件を伝えてきた。

 

 

「美咲、君はメロンソーダが好きと聞いていたのだけど…………飲み物はそれでよかったかな? そちらの子猫ちゃんとの話が長くなりそうなら、私の分と一緒に用意してしまおうと思うのだが」

 

 気がきくというか、ナチュラルにイケメンというか。たぶん、こういうところがファンの人に人気なんだろう。

 

 今はそれが、とてもありがたい。日菜さんの空気の読めなさを、いい感じに誤魔化してくれている。

 

 

「あー、ありがとうございます…………ついでにお願いしたいんですけど、日菜さんを連れていってもらっても大丈夫ですか? その…………なんていうか、日菜さんがいたら話が進まなさそうなので」

 

「ふふっ、麗しき少女二人の秘め事か…………そういう事ならば、私に任せてくれたまえ」

 

「ねーねー、あたし何かしちゃったの? ねぇってばー」

 

「戸山さん。この人こんな感じで全く空気読めないんだけど、悪気があってやってるわけじゃないから。あまり怒らないでやってくれると嬉しい」

 

「えっ、あっ、い、いえ! その、ビックリしちゃった、ん、ですけど…………でも、そんな、怒るなんて、わ、私は気にしないでください!」

 

「ほらー、この子もこう言ってるし機嫌なおしてよー! さっきから全然あたしの顔見てくれないじゃん! ねぇったらー!」

 

「薫さん、この人お願いします」

 

「えー! 美咲ちゃん、もうちょっとあたしに優しくてもいいじゃーん!」

 

「あ、あの、私、ほ、本当に気にしてないですから…………」

 

 

 とにかく話がしたい私。気を使う戸山さんと、こんな時に限ってダル絡みしてくる日菜さん。何故か訳知り顔で頷いている薫さん。

 

 纏め役が私しかいないのが祟って、混沌とした環境から抜け出せなくなってしまった。いや、ほんとこれ。どう収拾つければいいんだろう。

 

 そんな風に頭を悩ませていた私の耳に、聞きなれない声が届いた。

 

 

 

 

「あのー? うちの(・・・)香澄に何か用ですか」

 

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