奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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星のリズム 7

 

「一時はどうなることかと思ったけど…………ふふ、あれも美咲の筋書き通りってところかな?」

 

「まぁ、そういうことにしといてください…………いや、ほんと。慣れないことはするもんじゃないですね」

 

 

 私たちが視線を向ける先では、戸山さんと市ヶ谷さんが仲睦まじい様子で会話を楽しんでいた。机の上に置かれた市ヶ谷さんの手の上に、戸山さんが自身の手を重ねている。なんというか、すっかりぎこちなさが抜けたという印象だ。

 

 戸山さんに感じられた、どこか卑屈な様子は。今はもう、影も形も存在していない。市ヶ谷さんが感じていたであろう罪悪感と共に、何処かへと消え去ってしまった。

 

 収まるところに収まった、そんな感じだろう。こうなることは第六感(インスピレーション)でなんとなく分かっていたけれど。実際にその様子をこうして目にすることで、少しだけ残っていた不安も払拭された。

 

 些細なすれ違いで苦悩する姿というのは、見ていて気分のいいものではない。それは自分がそうだったから…………という理由も、多分に含まれていて。

 

 お節介も良いところだけど、口を挟んで正解だった。ああいう笑顔こそが、二人に最も似合っている。卑屈さも、後ろめたさもない。心の底から相手を想っていることが伝わってくるような、晴れやかな笑み。

 

 うん、やっぱり。見ているだけで、こっちまで笑顔になりそうだ。

 

 

「見事なものだったよ、美咲。君はああいう行いには、眉をひそめるものだと思っていたけれど……私は、君のことを勘違いしていたみたいだね。堂に入った演技だった、たいした役者じゃないか」

 

「やめてくださいよ…………泣かせてしまったのは、必要なことだと割り切ってますけど。申し訳ないって気持ちは、無くなってくれないんですから」

 

 結果を見れば丸く収まったとはいえ、その過程はかなり危ういものだったといえるだろう。もしも市ヶ谷さんがその場から逃げ出してしまったら、あるいは虚栄を張って本心を晒さなかったとしたら。

 

 そして…………連絡がつかないことを心配した戸山さんが、市ヶ谷さんを探しにこなかったら。

 

 どれか一つでも、歯車が噛み合わなかったら。私がしたことは…………市ヶ谷さんを無意味に傷つけるだけの結果に終わったことだろう。

 

 そうでなくたって、泣かせたのは事実だ。何も知らない人から見たら…………いや、全てを知っていたとしても。私は、非難されてしかるべきだと思う。

 

 そんな私の気持ちを汲んでくれたのだろう。薫さんは柄にもなく真面目な表情で、諭すように言葉を投げかけてくる。

 

 

「役者とは、どうあったって人々の心に影響を与えてしまうものさ。彼女の本当の気持ちを引き出すために、君は自ら悪役を演じた。痛みを伴う行為だったのは事実だけど、それは腫瘍にメスを入れるのと同じ理屈さ」

 

「そんなもんなんですかね」

 

「そういうものさ」

 

 最後に「とはいえ、後で謝っておいた方がいいのは間違いないだろうね」と付け加えた彼女からは、大人の余裕すら感じられる。

 

 なんていうか、成熟していると思う。この人に比べたら、私なんてまだまだ子供のままなんだと。自然とそう思わせられるだけのものを、この人は持っていて。

 

 それが、少し悔しい。

 

 

「っていうか、私からしたら薫さんまで盗み見しにきてた事の方が驚きなんですけど」

 

「そうかな? 美咲が私を、瀬田薫をどんな風に見ているかは分からない。それは、君だけに見える世界だからね。だけど、それはそれとして…………舞台には、観客がつきものさ。美咲が演じてみせる大舞台を、私が見逃すわけにもいかないだろう?」

 

「いやいや、そんな大層なものじゃないですよ」

 

「それに、私が子猫ちゃんをこの雨の中に一人で送り出すと思うかい?」

 

「ああ、うん、なるほど。よく分かりました」

 

 こういうことをサラリと言えてしまうような人だから、こころとも気が合うんだろう。言葉が通じ合っている気がしないのに、会話自体は成立しているという光景にも慣れてきた。正直、何度見ても意味が分からないけど。あれはあれで、コミュニケーションの一つの形なんだと思う。

 

 まぁ、それはともかく。こうして彼女と会話していると、否が応でも考えてしまう。

 

 

「私にも薫さんくらいの演技力があったらなぁ」

 

 少し前までだったら絶対に思わなかっただろう。そんな気持ちが、口からポロっと漏れ出した。

 

 薫さんは不思議そうな表情を浮かべて、口を開く。

 

「どうして、そう思うんだい?」

 

「そうしたら、もっと上手くやれたかなって。私って苦手なんですよ、こう、嘘をつくとか…………ああ、いや。別に薫さんがそういうの得意な人だって言いたい訳じゃないんですよ? ただ、なんていうか…………薫さんだったら。きっと、泣かせる事もなく戸山さんたちの蟠りも解消できたんだろうなって思って」

 

「いやいや、それは買い被りすぎというものさ。むしろ…………私では、彼女たちを笑顔にすることは出来なかっただろうね」

 

「それはまた…………どうしてそう思うんですか?」

 

「先ほど君の行為を演技と言ったのが、勘違いさせてしまったみたいだね。私の演技と、美咲が行った演技は…………根本的に別のものなんだ」

 

 そこで薫さんは言葉を区切って、一拍おいてから、再び口を開いた。

 

 

「私は役を演じる事で、さまざまな自分を作り出してきた。華やかな主役はもちろん、ライバルやヒロイン、村人や、動物なんてのも演じてきた。その全てがかけがえのない経験で、瀬田薫という存在を構成する要素の一つだった。そうなるように、務めてきた」

 

「…………それで?」

 

「美咲が演じたのは、そういうものじゃないだろう? 君は自分以外の誰かの姿を、自分に重ねたわけじゃない。君が演じたのは他でもない、『奥沢美咲』自身じゃないか」

 

「…………ん? んん? どういうことですか?」

 

 混乱してきた。薫さんの言うことが回りくどいのは今に始まったことじゃないけど、相変わらず分かりづらい。

 

 自分なりに彼女の言葉を噛み砕いているうちに、薫さんは次から次へと、まるで歌うように新しい台詞を口にする。

 

 

「こうなりたい、こうありたい。そういう願望というものは、誰しも胸の内に抱えているものさ。そして、常に抑え込んでいる。現実とのギャップ、周囲との調和を意識するが故の抑圧、捨てきれない葛藤。理由は人それぞれだけど、誰もが自分に正直に生きていけるわけじゃない」

 

「薫さんも、そうなんですか?」

 

「ふふっ、どうだろうね。少なくとも私は『瀬田薫』であることを窮屈に思ったことはないよ」

 

 不覚にも、カッコいいと思ってしまった。自分の中に揺るがない価値観を持っている人というのは…………私みたいな人間からすれば、とても魅力的に見えるものだから。

 

 きっとこれが、「魅せられる」という事なんだと思う。

 

 

「君は一つ、殻を破ったんだ。こうだったらいい、こうなったらいい。そう思う自分の気持ちから目をそらすことなく…………それでいて、今までの自分と矛盾してしまわないように。自分がなりたい『理想の自分』を演じて魅せたんだ。それも、他人の中にある『奥沢美咲』という偶像を壊さないように配慮しながら、ね」

 

「…………つまり?」

 

「つまり、そういうことさ」

 

 冗談めかして。いつもの言葉で話を締めた薫さんからは、それまでの真面目な雰囲気は感じられなかった。こころやはぐみと一緒にいる時の、どこか抜けたような彼女へと戻っていて。

 

 ともすれば、私の勘違いだったと錯覚してしまいそうなほど。あまりの切り替えの早さに、目が点になった。きっと側から見れば、それはそれは間抜けな顔を晒しているんだろう。

 

 あの言葉も、演技でしかないのだろうか。それとも、今の姿こそ…………彼女が作り出した『瀬田薫』という人間の外皮なのか。

 

 相変わらず、底が読めないというか。この違和感さえなければ、もっと素直に尊敬できるというのに。

 

 

 膝の上に置いた帽子を未練がましく片手で弄りながら、もう片方の手で前髪に触れる。微笑ましげな視線を向けられるということが、こんなにも恥ずかしいとは思わなかった。

 

 というか、鋭いにも程がある。超能力者でもあるまいし…………いや、違うよね?

 

 ちょっと、心配になって。薫さんの目を覗き込もうとして…………視線が合わさった瞬間に、目を逸らした。無駄に顔が良いのが腹立つ。

 

 少し褒められただけで気にしてしまうなんて、自分のことながら…………ちょっとどうかと思う。

 

 気まずい雰囲気が流れ始める。いや、多分気まずく感じているのは私だけなんだと思うけど。今の状況で薫さんと二人でいるという事実は、思いのほか心臓に悪い。

 

 なんとなく話題を変えたくて、此処にいない人のことを持ち出した。

 

 

「ところで、日菜さんはどうしたんですか? さっきから姿が見えないんですけど…………あの人が一人で行動していると思うと、なんか、胸のざわつきがすごいですね」

 

「私にはよく分からないけど、必要なものを用意してくると言っていたね。私のファンの子たちが所持していたような、うちわか何かを持ってくるんじゃないかな?」

 

「…………うちわ? 日菜さんが? いや…………うーん、想像つかない。っていうか、こんなに雨が酷いのに外に行ったんですか?」

 

 外の天気はあいにくの雨…………というか、台風が近づいてきているらしい。降り注ぐ水の勢いは、段々と強くなっているように見える。

 

 ライブハウスは防音だから、そこまで大きく感じないけど。さっき外に出た時は、雨の音がそれなりの音量で響いていたことを覚えている。

 

「台風の進路自体は逸れているから、そこまで危険なわけでもないだろう。ライブが始まる前には帰ってくると言っていたし、時には待つことも大切さ。シェイクスピアも言っている、小雨はいつまでも降り注ぐが…………大嵐は、あっという間だと」

 

「まぁ、そうですけど…………っていうか、日菜さんは雨の中に一人で送り出していいんですか?」

 

「たしかに日菜は猫のような性格をしていると思うけど…………子猫ちゃんという柄ではないだろう?」

 

 価値観があまりにも違いすぎるから、不安に思っていたけれど。薫さんでも、日菜さんに対しての評価は割と私と近いらしい。なんとなく安心して、口が軽くなる。

 

「あー、薫さんもそこら辺は普通の感覚なんですね」

 

「美咲は日菜に対しては本当に容赦がないね。しかし…………気兼ねなく付き合える友人というものは、儚いものさ」

 

「いやいや、いまの薫さんに対しても結構アレな言い方をしたと思うんですけど。もしかして、伝わってない感じですか?」

 

「おや、それは私のこともそれなりに受け入れてくれたという解釈をしていいのかな?」

 

「…………私、やっぱりあなたの事苦手です」

 

「ふふ、つれないね」

 

 髪をかきあげる仕草を、ここ数日で何回見たことだろうか。いや、というか今日一日で既に数回見たんだけれど。それでも見惚れてしまいそうになる程度には、綺麗な人だと思う。

 

 絶対に揶揄われるから、口にはしないけど。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「あ、あの! お、奥沢さん…………えっと、もしよかったら、その、私たちと一緒に、ら、ら、ライブを…………あの……一緒に…………らいぶ…………」

 

「あぁ、もう! そこまで言ったなら最後まで言い切れよ! なんで諦めるんだよ!」

 

「だ、だって…………」

 

「あれ、戸山さんに市ヶ谷さん。もう二人で話しなくていいの?」

 

 いつのまにか側に寄ってきていた二人に話しかけられて、思っていたことをそのまま口にしてしまった。二人が近づいてきてるのには気がついていたから。いつのまにか、なんて言い方は白々しいにもほどがあるけど。

 

 私が二人の方へ顔を向けたことで、戸山さんの瞳の輝きが一段と強くなった。気のせいだろうか、二人の間にあった誤解を解く前よりも彼女から向けられている感情が大きくなったように思える。

 

 …………いや、気のせいじゃないんだろう。恥ずかしいから、やめてほしいんだけど。

 

 

「はい! そのことでもお礼も言いたくて…………ね、有咲ちゃん?」

 

「…………まぁ、なんつーの? 奥沢さんのお陰っていうか、その、か、勘違いしないでほしいんだけど」

 

「有咲ちゃん?」

 

「うっ、いや、あの…………なんだ、世話になった」

 

「仲が良さそうで、何よりです」

 

 最終的にどんな話し合いが行われたのかを、私は見ていない。二人の大切な話を盗み聞きするのは気が憚られたし…………なにより、無粋だと思ったから。

 

 だけど、この様子を見る限りでは。そう悪くない結果だったというか…………まぁ、丸く収まったんだろう。

 

 戸山さんは市ヶ谷さんに対する遠慮がいい意味で無くなったし、市ヶ谷さんも気持ち素直な印象を受ける。この二人についてそこまで知っているわけじゃないから、安易にそう判断するのもどうかと思うけど。少なくとも、先ほどよりはいい関係になっていると思うから。

 

 彼女たちの瞳に映る私も、自然と笑顔を浮かべている。なんていうか…………安心した。私がやったことは間違っていなかったんだって、ちょっとした手助けが、いい結果へと結びついたんだって。

 

 私の心を縛っていた何かが、消えていくのを感じる。もともと薄れていたものだけど、根深く突き刺さっていた何かが。

 

 苦い思い出や後悔と共に、溶けていく。

 

 

「────ありがとう」

 

「えっ? な、なにかありました……か?」

 

「ううん、こっちの話。それで、ライブだっけ。別にいいよ、知り合いは多い方が楽しいだろうし…………あっ、薫さんもそれで大丈夫?」

 

「勿論だよ。人と人が心を繋げ、新しい関係を作り出す…………あぁ、なんて儚いんだ!」

 

「えっ? えっ?」

 

「あぁ、この人こういう人なんです。深い意味があるわけじゃないんで、適度に流しちゃってください」

 

「あっ、うん、お、奥沢さんがそう言うなら、が、頑張ります!」

 

「いやいや、そんな気合い入れることじゃねーからな?」

 

「えっ、で、でも…………」

 

「奥沢さんも、あんまりうちの香澄が困るようなことを言わないでください」

 

「あはは、ごめんね?」

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 

 

 静まり返ったステージ、たった一人のため(・・・・・)の舞台の上で。

 

 二人の(・・・)少女の物語が、産声をあげた。

 

 

『みんな、最高がほしいんでしょう!!』

 

 人が変わったような、自信に満ちた表情。星の距離でも届いてしまいそうな、力強く鮮烈な歌声。

 

 六本の弦を搔き鳴らすことで生み出された、激しい旋律が響き渡る。

 

 

『私はほしい!! 最高を、この手で掴み取りたい!!』

 

 少女が叫ぶ。何処までも届くように、何処までも聞こえるようにと。強く、強く、もっと強く。

 

 

 ────彼女が構えたギターの先端が、私へと向けられる。

 

 ────胸を叩きつけるような衝撃が、私の心を刺激した。

 

『────夢を撃ち抜け!(BanG Dream!)

 

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