奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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星のリズム 10

 

 最後のバンドが演奏を終えて、壁に貼られた出演者リストに斜線が引かれる。

 

 裏まで聞こえてくる観客の戸惑いの声を背景に、出演者やスタッフはオーナーの監督の元で片付けを始めてしまった。

 

 戸山さんの友人なんだろう。黒髪の少女は口元に手を当てて震えていて、戸山さんと市ヶ谷さんはそんな彼女を慰めている。戸山さんなんかは、自分も涙を流しているというのに…………その上で友達を気遣えるなんて。本当に、いい子だと思う。

 

 だからこそ、浮かばれない。

 

 

 両目を閉じて、意識を遠くへと飛ばす。

 

 駅を辿り、路線を遡り。遠くへ、より遠くへと。まるで体が鳥になったかのような浮遊感に身を包まれながら、視界を彼方へと送り続ける。

 

 第六感(インスピレーション)を頼りに。鵜沢先輩が乗っている電車を見つけて…………まだそれなりの距離が離れているという事実を、再確認した。

 

 

「ダメ、か…………」

 

 恵まれていたとは思う。出演者はみんな曲を増やしたり、MCを伸ばしたりと。グリグリの面々が間に合うことを信じて、時間を稼いでくれていた。

 

 ライブに明確な終わりの時間は設けられていないけれど、それだって流石に限度というものがある。グリグリの不在の中で、予定よりも三十分近く引き伸ばしてくれたのだから。その献身というか、協力的な態度は疑いの余地もないだろう。

 

 あとは単純に、現実がそれよりも厳しかったというだけの話。これがせめて…………あと一組、あと一組でもバンドが参加していたのならば。話は変わったのかもしれない。

 

 でも、ifの話をしても仕方がない。

 

 現実はいつだって非情で、どれだけの可能性を語っても…………時が遡ることはないのだから。

 

 

 鵜沢先輩は、グリッターグリーンは、間に合わなかった。

 

 

「────で、でも! もしかしたら…………もう、すぐそこまで来てるかもしれないじゃないですか!」

 

 抗議の叫び声が聞こえてきて、目を開いた。今日初めて出会って、それが誰のものなのか判別できる程度には聞き慣れてきた声。

 

「あ、あと…………あと、少しだけ。待ってもらえないんですか! ここにいる皆さんだって、あんなに頑張ってくれたじゃないですか! ゆりさんとだって、名前で呼ぶような仲なんでしょう!」

 

 戸山さんだ。人と目を合わせるだけで怯えていた筈の彼女が、あのオーナーに対して正面から叫んでいる。

 

 いや、怯えているのは間違いない。肩は震えているし、瞳はもっと揺れている。涙を拭く余裕すらなくて、まともに立っていられるのが不思議なくらい、腰が抜けている。

 

 だけど、それが不恰好には見えなかった。

 

 市ヶ谷さんや、黒髪の少女に引き止められていても。それでも一歩も下がらずに、気持ちと体を前へと向けている。

 

 …………なんとなくだけど。

 

 あれが、あの力強さが。瞳に宿る意思の輝きこそが、彼女の本当の姿なんじゃないかと。そう思わされるくらいには、今の戸山さんは勇敢だった。

 

 だけどそれは、今この場においては役に立たない勇気だ。

 

 戸山さんの抗議を真っ向から受け止めて…………その上で、オーナーの瞳に宿っている意思もまた、覆されないほどの強固さを持っている。

 

 情がないわけじゃないんだろう。むしろ、並みの人たちよりも遥かに強いのかもしれない。だけど、それよりも。彼女には何よりも…………信念というものがある。

 

 頑固さも、偏屈さも。全ては信念ゆえに。

 

 その気持ちが痛いほど伝わってくるから。こちらにチラリと流し目を向けた彼女の視線から、読み取れてしまったから。だから、声を聞くよりも早く。彼女の答えが、分かってしまう。

 

 

「…………あんたの気持ちは分かるけどね。もう、これ以上は待てないんだよ。待たせられないんだ」

 

「だって、そんな……じゃあ、りみちゃんのお姉さんは…………あ、あんなにキラキラしていたのに…………」

 

 俯いてしまった戸山さんが、あまりにも見ていられなくて。声を掛けようとして…………オーナーに、視線で止められた。

 

 戸山さんの目の前で、大きなため息を吐き出して。それに反応した戸山さんが、体をビクリと震わせる。

 

 オーナーは険しかった目元を幾分か和らげて、それから口を開いた。

 

「それとも、なにかい? ゆりたちが来るまでの時間を、あんたが稼いでくれるのかい?」

 

「…………えっ?」

 

 戸山さんが顔を上げて、オーナーの目を見つめた。何を言っているのか、分からないといった様子だった。

 

「ちょ、ちょっと! 何考えて────」

 

「部外者は黙ってな! …………私はね、この子と話してるんだ」

 

「いーや、黙らねぇ! あんた知ってんだろ! 香澄がどんな気持ちで────」

 

「関係ないね」

 

 見かねたのか、今度は市ヶ谷さんがオーナーへ口を挟んだ。体を二人の間に挟み込んで、戸山さんをその小さな背中に隠している。

 

 そんな市ヶ谷さんを無視して。オーナーは市ヶ谷さんの肩から顔を覗かせている戸山さんへと、声を掛け続けた。

 

 

「出来ないんだろう?」

 

「…………ぁ…………ぅ…………」

 

 

「だったら、話はこれで終わりだよ」

 

 戸山さんは何も言い返さなかった。というよりも、言い返せなかったんだろうけど。自分の無力さを嘆いている彼女話の姿は、なんていうか…………とても痛々しくて。

 

 話の流れは読めないけど、大体の事情は理解できた。戸山さんから伝わってくる感情は…………恐怖、そして後悔。彼女を臆病にさせるような何かが、過去にあったのかもしれない。

 

 軽く触れただけで、影響されてしまいそうなほどの。それだけ深く強烈な、トラウマと呼ぶべき負の感情。

 

 覗き込んだのは一瞬だったけど。それでも、軽く呼吸を忘れてしまうくらいには。強い絶望が、私を襲ってきて。

 

 彼女の抱えているものがなんなのか。私には分からない。分からないけど、それでも。

 

 

 

 ────私は、そんな彼女に。何かを与えたいと思ってしまったから。

 

 

「あっ、美咲ちゃんみっけ! 急にいなくなるんだもん、探したよ」

 

「…………日菜さん」

 

 背中から軽い衝撃を受けて、その原因がこの人だということで…………どこか、安心してしまった。

 

 ここからは見えないけれど。きっと、いつもと同じ笑顔を浮かべているんだろう。楽しそうな声も、どこか異質な気配も、もはや慣れたもので。

 

 普段と変わらない彼女の存在が、今となってはありがたい。

 

 

「ねぇ、日菜さん。ちょっと頼みたいことがあるんですけど」

 

「えっ! …………やった、美咲ちゃんに頼られちゃった! 遠慮しないでいいよ、あたしに出来ることならなんだって手伝うからさ!」

 

「じゃあ、一つだけ」

 

「んー、なになに? まぁ、美咲ちゃんの考えてることはなんとなーく分かるんだけどさ。ほら、日菜ちゃん天才だから? でもでも、やっぱり直接口に出してほしいなーって、ね!」

 

 どんな人にだって、出来ることと出来ないことがあるだろう。たとえその才能に疑いがなくても、感性に長けていると知っていても。私が彼女に頼もうとしていることは、常識的に考えて…………相当無茶な事だと思う。

 

 だけど、それは相手がこの人以外の時の話だ。どうしてそこまで信じられるのかは、私にも分からないけど。それでもこの人だったら…………氷川日菜だったら、と。

 

 そう思わせるだけのものを、彼女は持っているから。

 

 だから私も、遠慮なく無茶を口にすることができる。私のエゴから生まれた…………私たちだけに出来ることを。

 

 勇気の魔法を、届けるために。

 

 

 

「私と一緒に、ライブしてみませんか?」

 

「────いいね。美咲ちゃんがやりたいことを、好きなようにやってみようよ」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「話は聞かせてもらったよ」

 

「あっ、薫さん」

 

 出てくる機会を見計らっていたとしか思えないタイミングの良さで、薫さんが姿を現した。いや、まぁ…………最初からいるのは分かっていたんだけれど。だって、日菜さんがいる訳だし。

 

 多分、指摘しない方がいいんだろう。

 

 マンガか何かで聞いたことのあるような台詞は、目立つ彼女によく似合っていて。なんていうか、本当に舞台の中から飛び出してきたような人だと思う。

 

 薫さんの方を向いたんだろう。背中に張り付いていた日菜さんの頭が動いたのを感じて、それがなんだか擽ったい。

 

「あっ、薫くん! どうだった?」

 

「与えられた役割はしっかり果たしたさ。他でもない、友の頼みだからね」

 

「わぁ、流石だね」

 

「なんですか? 役割って」

 

「それは…………おや? すまないが、説明は日菜に任せるとしよう。私は少し、やるべきことが出来てしまったからね」

 

「あっ、ちょ、薫さん?」

 

 説明もそこそこに。薫さんは私たちから離れて、出演者たちの元へと足を進めてしまった。

 

 

 自然と伸ばしそうになっていた手が、動かなくて。掌から伝わる熱が、誰かに手を繋がれているという事実を教えてくれる。じゃあ、誰が…………なんて、いうまでもないことで。私を逃がさないとでも言わんばかりに、日菜さんが後ろから握りしめてきていた。

 

 耳元に、吐息を感じる。

 

「薫くんにはね、帰ろうとしていたお客さんを引き止めてもらってたんだ。ほら、薫くん目立つでしょ? 適任かなって思って、ね?」

 

 その声が、あまりにも近いから。なんともいえないゾクゾクとした感覚が、背筋を走り抜ける。

 

「美咲ちゃんはいなくなっちゃうし、お目当てのバンドは登場しないしでおかしいと思ったんだよね。念のために頼んどいてよかったよ…………ほら、こうして美咲ちゃんの役に立てたわけだしさ」

 

「やぁ、子猫ちゃん。二日ぶりだね」

「えっ、か、薫さま!? ど、どうしてここに!?」

 

 少し遠くから聞こえてくる薫さんの声が気にならないほど。日菜さんの言葉には、無視できないものがあって。

 

 彼女の言っていることが事実だとするならば。それはもはや、勘がいいとかそういう言葉で片付けられるようなものじゃない。

 

「それ、流石に気がきくってレベルの話じゃないですよ? …………どこまで、知ってるんですか?」

 

「君の麗しい歌声に惹かれてね。ふらふらと揺蕩っているうちに…………ここに、誘い込まれてしまったのさ」

「そ、そんな!? わ、わひゃひの歌が薫さまを…………?」

 

「日菜ちゃんは天才だからね、なんでも知ってるんだよ」

 

 心を読んでいないというのに…………その言葉に、嘘偽りが全くないのだと。そう確信してしまうほど、彼女は────。

 

 

「見事な演奏だったよ。実は私も、君と同じようにギターを嗜んでいてね。今回のライブからは、学ぶことも多かった」

 

「う、うそ、まさか、薫さまがギターを……? そ、そんなの、美しすぎます!!」

 

「ふふっ、ありがとう。気が早いかもしれないが、君のような素敵な子猫ちゃんに出会えた奇跡を…………歌いたくなってしまったよ」

 

「は、はうっ…………わ、私と、薫しゃまが……う、運命…………? な、なにが起きているの? これは、私の、夢…………?」

 

「夢なんかじゃないさ。ほら、この手を握ってごらん? 熱を感じるだろう? 瀬田薫は、たしかにここに居るんだ」

 

「か、かおるしゃまぁ…………」

 

「話を聞いたところ…………どうやら、私の力が必要みたいでね。これも何かの導き、君の助けを借りたい。難しい話だとは思うけれど…………そのギターを、私に預けてくれないだろうか」

 

「あ、あずけまひゅ! わ、わたひにできる事なら、な、なんでもいってくだひゃい!!」

 

「ありがとう…………私の記念すべき初めての一曲は、君に捧げるよ。是非とも、受け取ってほしい。そして、目に焼き付けてくれ。私が、瀬田薫が、ステージの上で輝く姿を!!」

 

 

 

「────いや、何やってんのあの人」

 

「あはは、やっぱり薫くんって面白いね!」

 

 少しだけ感じていた真面目な雰囲気が、一瞬で消え去ってしまった。

 

 視線の先、出演者たちが揃っている控え室の中で。薫さんは床に膝をつけて…………いや、よく見たらギリギリ服が触れないように力を込めているのが分かるけど。

 

 薫さんのファンなんだろう。小柄ながらキレのある演奏をしていた少女は、薫さんの言葉に顔を真っ赤にして悶えていて。大事そうにしていたギターを、勢いよく薫さんへと差し出していた。あっ、失神した。

 

 いや、あなた本当に何やってるの?

 

 

 崩れ落ちそうになったファンの人を優しく受け止めて、ほかのバンドメンバーらしき人たちに預けてから。薫さんは借り受けたギターを大切そうに抱えつつ、此方へと戻ってくる。

 

 私の非難する視線をものともせず、彼女は目の前までやってきて…………大仰な身振り手振りを交えながら、口を開いた。

 

「また私の美しさが子猫ちゃんを傷つけてしまったね…………これもまた、儚い運命という奴かな?」

 

「なんか見てて可哀想だったんですけど。薫さん…………あなたって人は、ほんと、なんていうか」

 

「薫くんがギターやるんだ。美咲ちゃんはキーボードだよね? じゃあ、私はドラムかな?」

 

「いやいや、平然と受け入れすぎでしょ!? 今の見てましたよね? ツッコミどころ満載でしたよね!?」

 

「だって薫くん、いつもあんな感じだよ?」

 

「嘘でしょ…………」

 

 どうしても視線が惹きつけられて仕方がないから、途中からしっかり見ていたけれど。薫さんが口にした言葉は…………演技めいてはいるものの、その全てに嘘偽りが存在していなくて。

 

 つまり、薫さんは本心からあんな小っ恥ずかしい言葉を相手に向けていたということで。それが……なんか、普通に引いた。だって、見ているだけの私が顔を赤くしてしまいそうなくらい…………アレだったから。

 

 失礼なことを言ってしまうと、同じ人間とは思えないというか。ああ、勿論悪い意味ではなくて…………なんだろう、彼女は本当に心の底から「瀬田薫」という存在なんだなってことを、嫌でも理解させられた。

 

 

「さて、と」

 

 ファンの人から借りたギターの肩がけに、腕を通して。髪を整えた彼女の立ち姿は、間違いなく…………美しいといえるものだから。

 

 それを認めるのは、ちょっと悔しいけど。

 

 

「これで三人。最低限の人数は揃ったね……あとは美咲、君の気持ち次第だよ」

 

「私はスティック持ってるから大丈夫。さ、美咲ちゃん…………いこ?」

 

 

 差し出された手を取るのが、どうにも恥ずかしくて。二人の手のひらに一回ずつタッチしてから、こちらを見ていたオーナーの元へと足を進める。

 

 ああ、もう。なんで二人とも、一々カッコいいかな。

 

 睨めつけるような視線を、正面から見据えて…………今の私は間違いなく、昨日の私よりも成長しているから。

 

 

「オーナーさん、少しいいですか?」

 

「…………言ってみな」

 

 

 

「私たちに、演奏させてください」

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