奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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星のリズム 11

 常識でモノを考えるのであれば、上手くいくはずがない。

 

 少しでも音楽を知っているのであれば…………いや、知識なんていらない。物事を理論的に考えられる人であれば、私たちがどれだけ無謀なことをしようとしているのか分かるだろう。

 

 ギターボーカル、ドラム、キーボード。なるほど確かに、最低限は音が揃っているといってもいい。

 

 ギターボーカルが大まかな曲のイメージを伝え、ドラムがリズムを作り出し、キーボードが音の足りない空白部分を埋める。そうすれば、演奏自体は成り立つ。

 

 

 ただ、その理屈を通すためには。それ以外の部分にいくつもの必須条件がある。

 

 バンドをやってみよう。そう思った後にどんなプロセスを踏めば、人は演奏まで辿り着けるのだろうか。

 

 楽器が演奏できること。これは一応、全員がクリアできている。

 

 私は自身の過去の経験を追体験したことで、当時と遜色ない技術を手に入れている。その上でここ数週間、空いている時間をキーボードの練習に充ててきた。キーボードとピアノの違いにも慣れたし、キーボードの利点である広い音域を使い分けられる程度には腕が上達した。

 

 日菜さんは…………あの人に出来ないことがあるとは思えないし、心配はしていない。彼女が口にした「出来る」という言葉からは、自分の実力を疑う気持ちが微塵も感じられなかったし。というか…………間違いなく、純粋な技量でいったらこの三人の中で一番だと思う。

 

 一番心配だった薫さんも、この短期間でそれなりのものに仕上げてきている。沢山の技術を持っているわけじゃないんだろうけど、数種類のフレーズを上手く組み合わせる事で音にバリエーションを持たせているのが分かる。私と日菜さんで拡張していけば、一曲二曲なら違和感なく終えられるだろう。何より、歌声が尋常じゃないほど綺麗だ。

 

 

 だから、それ以外の部分で。個人個人の腕前の他に、人様に聴かせられるレベルの演奏をするには何が必要なのか。

 

 まず、大前提として。メンバー全員が演奏する曲がどんな曲であるのかを理解している必要があるだろう。いや、そんなの当たり前じゃんって思うだろうけど…………私たち三人は実のところ、その当たり前な事すら達成できていない。

 

 だって、ほら。もともと客として参加していたわけだから。こんな事になるなんて思わなかったし、知っていても正攻法なら時間が足りなかったと思う。

 

 正攻法…………すなわち、全員で集まって、曲を決めて、個人練習を重ねて、セッションを繰り返して。

 

 そういう、努力を積み上げた先にこそ。確かな技術や経験が生まれて、自信がつくというものだ。

 

 これは別に、バンド活動に限った話じゃない。赤ちゃんが言葉を、子供が常識を、学生が勉強を、社会人が仕事を覚えるために。誰だって多少なりとも努力をするし、日々の生活の中で何かを身につけていく。

 

 それが受け身なのか、自発的なのか。違いがあるとすれば、それくらいだろう。

 

 当たり前だけど、人はやり方を知らないことは出来ない生き物だ。曲を歌うためには、歌詞と曲調を知っていないといけない。楽器を演奏するためには、楽譜を知っていないといけない。

 

 才能があったとしても、知識がなければ何も始まらない。自分の知らないリズムを、はたして…………どんな手段を用いたのであれば、奏でることができるだろう。

 

 天才と呼ばれる人たちであれば、即興で合わせることができるかもしれない。だけどそれは…………積み重ねられた膨大な記憶を組み合わせて、その場に合わせた旋律を作り出しているだけ。

 

 

 薫さんが選んだ歌を、私は知らない。

 

 お互いが演奏できる曲の知識を共有する時間なんて、私たちには残されていなかった。

 

 お互いがどんな曲を好んでいるのか、練習してきたのか、満足に演奏することができるのか。私は二人の好きな曲を知らないし…………二人も、私の好きな曲を知らない。

 

 

 だからこれは、厳密に言えばセッションですらないんだろう。メンバーそれぞれが好き勝手演奏しているだけのこれをそう呼んでしまったら、色々なものを積み重ねてきた人たちに失礼だ。

 

 私にしか…………いや、私たち(・・・)にしか出来ないこの一瞬に、なんと名前をつければいいだろうか。

 

 薫さんが重ねてきた努力(ギター)に、日菜さんが才能(ドラム)を合わせる。驚くほど違和感のない、完璧としか言いようがないパフォーマンスだ。

 

 彼女に焦点を当てると、ドラムを叩く合間にスティックを投げたり回したりしている様子が視界に映る。

 

 その上で、薫さんと一緒に歌っている。

 

 ロメオ、この曲は最初からデュエット用に作られたものだ。歌詞を聞く限りだと…………ジュリエッタと呼ばれる少女を迎えにきた二人の王子様が、それぞれ彼女に愛を囁くといった内容の曲らしい。

 

 ほんと、薫さんが好みそうというか。むしろ、ファンの人たちに勧められたのかもしれないけど。

 

 薫さんと日菜さんがクラスメイトで良かったと思う。

 

 西の国の王子を薫さんがやっている以上、東の国の王子を他の誰かがやらないといけないから。薫さんがこの曲を選んだのも、日菜さんが一緒に歌ってくれる確信があったからなのだろう。どちらかといえばカッコいい系が映える日菜さんの声には、この歌がよく似合っている。

 

 とはいえ、日菜さんが好んで聞くタイプの曲じゃないと思うから。そこはやっぱり、薫さんから日菜さんに伝わったんだろう。そうじゃなければ流石に、この土壇場で選曲する気にはなれない。デュエットの曲を一人で歌うというのは、薫さんでも厳しいだろうし。

 

 

 とにかく、これで安心した。

 

 薫さんと日菜さん、この二人が一緒にいてくれると分かっていても。私はまだ、一抹の不安を抱えたままだった。

 

 最悪の場合、私が一人でなんとかするつもりだったけど。これならば、なんの問題もない。むしろ…………条件としては、最高に近いと思う。

 

 誰よりも目立って、視線を集めてくれる薫さん。

 

 誰よりも才能があって、どんな状況にも対応できる日菜さん。

 

 全てが噛み合う感覚というのは、この胸の高鳴りを指して喩えるんだろう。こんなにも方向性が違うのに。それぞれの持っている長所が、お互いの持ち味を腐らせることなく重なり合う。

 

 一体感、あるいは全能感。

 

 一人だけでは生み出すことの出来ない、最高の瞬間。超能力が使えると知ったあの時のような、胸の中を埋め尽くす満ち足りた感覚が…………いま、私の元へと再来している。

 

 

 ああ、きっとそうだ。この気持ちこそが、私の求めていたもの。ずっと欲しいと願っていて…………抑圧してきた。

 

 あの子が与えてくれた、取り戻してくれた。他者と関わることを拒んでいた私に、思い出させてくれた。

 

 ねぇ、こころ。あんたはずっと、こんな景色を見続けてきたのかな。私に見せたかったものは、これだったの?

 

 だとしたら…………今の私はきっと、あんたと同じ目線で世界を見ることが出来てるんだと思う。

 

 贅沢をいえば、一番近くにいてほしいけれど。たとえ離れていたとしても、心は隣で寄り添っているはずだから。

 

 

 

 見てて、私が輝くところ。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 薫さんと日菜さんには、好きにやっていいと伝えてある。それは二人を信用しているから…………という気持ちがないといえば、嘘になるけど。本当の理由は、そんなんじゃなくて。

 

 私が合わせる側(フォロー)に回るのが、一番向いているだろうから。というのが、偽りのない本心だ。

 

 

 バンドにはそれぞれ、役割というものがある。

 

 私は薫さんのように華があるわけじゃないし、日菜さんみたいに才能に溢れているわけじゃない。

 

 良くも悪くも、普通の高校生だ。人の前に立つのには向いていないし、出来ることには限りがある。この三人の中では、一番没個性だろう。本来ならば、彼女たちと同じ場所に立つことすら難しいと思う。

 

 

 だけどそれは、私がただの高校生だったらという話であって。もちろん、そんな単純な話でもなく────。

 

 私は、奥沢美咲。

 

 超能力者の、奥沢美咲だ。

 

 その事を受け入れてしまえば…………もう、力を使うことへの躊躇いは無くなった。この力も含めて、奥沢美咲だから。

 

 その結論にたどり着くまでに、随分とかかってしまったけど。幸いなことに、遅すぎることはなかったみたいだから。

 

 今こそ、私に出来る事を。他の誰にも真似できない、他の誰にも代わることの出来ない役割を果たす時だ。

 

 

 帽子の鍔を下げることで、観客達から目元が見えないようにした。完全に隠しているわけじゃないから、もしかしたら何人か気づいてしまうかもしれないけど。薫さんが視線を集めてくれているおかげで、その心配は限りなくゼロになっている。

 

 私はいま、両目を閉じながら鍵盤を叩いている。それも一瞬とかじゃなくて…………演奏が始まった時からずっと、一度たりとも目を開いていない。

 

 側から見れば、異様な光景だろう。

 

 視界が閉じられているのにも関わらず、私の指は寸分の狂いもなく正確に演奏を続けているのだから。

 

 ただ、私という存在を少しでも知っているのなら。むしろ、納得してくれると思う…………そんな人、この世に一人しか知らないけど。

 

 瞳を閉じた私の視界は、目を開いている時よりも遥かに広くて鮮明だ。遠視を通して見る世界は、眼球という物理的な制限に一切縛られることのない景色を映し出すのだから。

 

 目の前にある鍵盤と、ギターを弾く薫さんの指と、ドラムを叩く日菜さんの手元。歌う二人の口の動きと瞳の動き、観客の反応まで。

 

 私の頭の中では。二桁にも及ぶ異なる光景が、それぞれ重なることなく、並行して同時に流れていて。

 

 例えるのであれば、建物全体の監視カメラの様子をモニターしているような。複数の視点を一枚の液晶で見つめているような感覚で、私は沢山の情報を処理している。

 

 それに加えて。原曲を知っている薫さんの思考を覗くことで、これから先のメロディラインを先読みしている。曲を知らないというマイナス要素を、知っている人の頭の中から読み取るというゴリ押しの力技で解決したのだ。

 

 もちろん、簡単な事ではない。少し前までの私なら、こんな芸当は出来なかったと思う。

 

 超能力があるからといって、それを使いこなせるかどうかは別問題だ。いくら仕様上は複数の視点を維持できるとしても、そこから必要な情報を読み取れるかどうかは観測者の能力に依存する。

 

 複数の画面で別々の番組を視聴した場合、どれだけの人が全ての内容を把握できるだろうか。聖徳太子でもない限り、十全に読み取るのは不可能に近い。

 

 だから、鍛えた。

 

 あの日、彼女の笑顔を守ると決めた時から。

 

 彼女のために出来る事を、一つでも増やすために。私がやるべきことには、複数の視点を活用することが必要不可欠だったから。

 

 並列思考、あるいはマルチタスクと呼ばれる技術を手に入れるための努力をした。念動力で人形(・・)を動かしながらキーボードを叩いて、歌って…………それを、複数の視点から客観的に見つめた。

 

 もちろん、最初は上手くいかなかった。今までも似たようなことはしてきたから、思っていたよりは難しくなかったけど。それでも、人形を動かす力が途切れることもそれなりにあった。

 

 その努力が実を結んだのかどうか。それは、今この瞬間が証明してくれる。

 

 まさか、こんなにも早く役に立つとは思わなかったけど…………自分のしてきたことが誰かのためになるのであれば、間違いなくそれは良いことだろうから。

 

 

 理論上ならば。どんな曲であっても、どんなパートであったとしても。誰か一人でもそれを知っているのであれば、演奏を合わせることができる。

 

 キーボードの利点を一つ挙げるとするならば、多くの人がこう口にする事だろう。

 

 出せる音の幅が広い、と。

 

 ピアノとしてだけじゃない。鍵盤にそれぞれ音を割り振れば、沢山の楽器の代わりとして使うことができる。電子音でこそあるものの、使いこなせれば無限の可能性があるといっていいだろう。

 

 だからこそ、私のやり方と相性がいい。

 

 足りないものを補う、という意味では。これ以上ないほど役に立ってくれるのだから。

 

 薫さんの頭の中で流れている曲に近づくように、指を動かし続ける。

 

 タイミングを合わせて、呼吸を読み取って。少し先の展開を予想して、そこに音を当てはめる。

 

 経験どころか、全員で合わせたこともない。それぞれが自分勝手にやるしかないくらい、お互いのことを知らないけれど。

 

 それでも私だけは、人よりも沢山のものを見通すことが出来るから。

 

 一つ一つの音を拾って、組み合わせて、作り出す。二人の持っている長所を引き出して、最高のタイミングで引き立てる。

 

 バラバラになってしまわないように、私の音で二人の音をつなぎ合わせる。

 

 

 その気になれば、出来ないことなんてないって。そう言ってくれた彼女の言葉を、嘘にしてしまわないように。

 

 

 不可能を可能にして、無謀を勇気に。言葉に出さなくても、この音色で伝えよう。

 

 ────世界を笑顔に(ハロー、ハッピーワールド!)

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 楽しい、と。本当に、心の底からそう感じる。

 

 薫さんの選んだ一曲目が終わって、二曲目は日菜さんから歌い始めた。なんとかっていうアニメの歌で、私も少しだけ聞いた覚えがあったから。日菜さんの波長を少しだけ読み取りつつ、そこに演奏を合わせた。薫さんが演奏しやすいように、うっすらと彼女に曲のイメージを伝えることも忘れない。

 

 そのまま三曲目をやりきって、四曲目が終わった頃には。お客さんの盛り上がりも、かなりのものになった。

 

 彼女たちから上がるコールの殆どは、薫さんに向けられたものだけど。それでも、私たちの演奏が誰かを楽しませているという事実だけで、たまらないほど嬉しいから。

 

 正直、癖になりそうだ。

 

 自分が成長しているという実感、メンバーとの一体感、投げかけられる叫び声の高揚感。客として見ていた景色とは、全くもって別物だった。

 

 だから────。

 

 

 

 

「────きたね」

 

「日菜さん?」

 

「美咲ちゃん、選手交代だよ」

 

 これから五曲目って時になって、ドラムから離れた日菜さんに向けた声は、我ながら間抜けなものだったと思う。

 

 いつの間にか、薫さんも手を止めていた。

 

 楽器に手を当てているのは、私一人で。その時になって初めて、私は自分の瞳で周りに視線を向けた。

 

 日菜さんも、薫さんも、そして客の人たちも。全員が同じ方向を見つめていて。

 

 

 

「さ、有咲(・・)! 一緒にやろう!」

 

「ちょ、待てって! 本当にそれでいいのか!? 奥沢さん達に任せておけば────」

 

「だって、私も輝きたい! キラキラドキドキしたい! ね、りみりん(・・・・)も! 私とキラキラしようよ!」

 

「え? え? か、香澄ちゃん…………? どうしちゃったの?」

 

 

 騒がしい声が、聞こえてくる。引き留めようとする市ヶ谷さんの声と、戸惑っているような少女の声。そして…………これ以上ないほど楽しそうで、元気いっぱいといった様子の声が、こちらへと近づいてくる。

 

 それが、信じられなくて。思わず目を見開いてしまった。彼女のイメージと違いすぎて、ビックリしてしまった。

 

 だって、私が耳にした声は────。

 

 

 

「ありがとう、美咲ちゃん」

 

 

「あとは、私たちに任せて!」

 

 

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