いつだかあとがきに書いた余談です。ライブハウスでのいろいろがあった日の夜、美咲の家にこころが突撃してきた話。読みたいって感想があったので、即席で形にしました。
会いたいな、と思っていたのは間違いない。
いやまぁ、次の日は学校だったから。なんの用事がなくても、少し我慢すればいつもみたいに顔を合わせる事になったんだろうけど。だからといって、この気持ちが抑えられるわけじゃなくて。
最近自覚したことだけど。私という存在は、ひどく寂しがり屋な一面を持っているらしい。日菜さんや薫さん、戸山さんと市ヶ谷さん、その友達である牛込さんに、鵜沢先輩を含めたグリグリの人たち。全員で参加した打ち上げ代わりのレストランでの晩御飯は、とても楽しい時間だったから。
それが終わって、みんなで連絡先を交換した後に。一人でいる家の中が妙に静かに思えてしまったのは、不思議なことじゃないと思う。
鵜沢先輩や戸山さん、あと日菜さんなんかは。解散した後にアプリでメッセージをくれたんだけど。振替で月曜が休日の鵜沢先輩はともかくとして、戸山さんは私と同じように学校があるし、日菜さんはなんだかそれなりに忙しいみたいだから。そこそこ続いた言葉のやりとりも、時計の短針が十を過ぎる頃には途切れてしまって。
ここ最近はずっと、誰かと一緒にいたものだから。いざ、一人でいる状況を自覚してしまうと。その反動か、酷くセンチメンタルな気持ちになってしまった。
前までだったら、というか。一年前までは、毎日がこんな夜のように静かで。誰とも関わることなく、誰と会話することもなく。寂しかったのは間違いないけど、それを強く実感するようなこともなかっただろうに。
こころと出会って、人との付き合い方を真剣に考えるようになって。気がつけば私の周りには、沢山の人の姿があふれていて。一人でいられる時間なんて、めっきり減っていたから。
たった数時間。それこそ、今すぐ寝てしまえば。明日の朝にはまた、騒がしい日常が戻ってきているだろうに。そんな短い間でさえ、孤独さを我慢できないほど。私は、弱い生き物になった。
…………いや、元から弱かったんだと思う。人を遠ざけようとしても、一人になろうとしても。結局私は、孤独に徹することなど出来なかった。その気になれば人里離れた僻地にでもなんでも篭れるというのに、だらだらと言い訳を重ねて行動に起こそうとしなかった事実が、心の弱さを露呈させている。
超能力が使えたって、人に出来ないことが出来たって。案外、人間らしさというものは失われていなかったらしい。人という生き物は、どう足掻いたって一人で生きていけないように出来ているから。心の奥底で誰かの温もりを求め続けていた私も、その点でいえば間違いなく人間だったんだろう。五年も経ってようやくその事に気づけたのは、遅かったのか、早い方だったのか。
どちらにせよ、彼女には感謝してもしきれない。
弦巻こころ、私の大切な友達。どれだけ交流が増えて、沢山の人達が心の隙間を埋めるようになったとしても。やっぱり彼女だけは、特別視してしまう。むしろ、人付き合いが増えたことでその事実を強く認識する事になったのかもしれない。
戸山さんと、市ヶ谷さん。あの二人の関係は、私からこころへの感情を切り取ったみたいで。もしかしなくても、だからこそ放っておけなかったんだと思う。二人とも相手を大切に思っているのに、それがかみ合わないでいびつな形を取っていたから。まるで、独占欲と執着心に振り回されていた時の私のようで。どうしても、見ていられなかったんだ。
こころに対する執着心は、今でもなくなっていない。彼女に受け入れてもらって、涙を流した事で。ある程度は薄まったというか、正常な友情に戻ったんだけど。彼女へ向けたこの愛おしさは、決して代わりが効かないものだと思うから。
彼女だけに感じる、特別な思い。それにどんな名前を与えるべきなのかは、まだ分からない。自分の気持ちを十全に把握するためには、まだまだ対人経験が少なすぎる。
でも、彼女に限った話ではなく。私がみんなに向けている気持ちというのは、友情という一つで見てみても、それぞれが微妙に形が違うから。もしかしたら、それが当たり前で。等しい感情、言葉で統一された気持ちなんていうのは、幻想に近いのかもしれない。心というのは、言葉という記号で表現するには、あまりにも複雑なんだ。
ああ、だから、うん。
多分、戸山さんたちに影響された部分もあると思うんだけど。布団の中で一人で目を閉じて、最初に思い浮かんだ顔が、彼女の…………弦巻こころのものだったから。
もしかしたら、寝ているかもしれないって、そう思ったんだけど。でも、起きていたんだったら。ほんの少しだけでも、話が出来るんだったら。ちょっとだけ、声が聞きたいなって。
特に深い理由はなかった。本当に、それだけ。台風が過ぎ去って、いつもより星がよく見える夜に。なんとなくセンチメンタルになってしまったから、その寂しさを紛らわせたかったという。それだけの理由で、なにも今すぐ顔が見たいってほどじゃなかったんだけど。
『こころ、まだ起きてる?』
でも、こころにとっては。私の行動は、そんな小さな動機とは思えなかったらしい。起きてるかどうかを確認するためのメッセージに既読がついて、その直後には。私の持っている携帯は、着信音と共に振動していて。
画面に表示された文字列は、彼女の名前だったから。
嬉しさと共にアイコンを押して、端末を耳に当てて。ベランダで星を見上げながら、この街に来るまでそうしていたように。とりとめもない事、その日に体験したことをダラダラと語り合って。違うことといえば、聞き手に回ったのが私じゃなくて彼女だったという一点だけなんだけど。
楽しそうに話を聞いてくれるこころに、つい口が滑ってしまったのは。仕方がないことだと思う。何度も言うようだけど、戸山さんと市ヶ谷さんの二人を見ていたせいで、多かれ少なかれ影響されていたはずだから。ありていに言えば、雰囲気に飲まれていたわけで。
早く会いたい、だなんて。そんな、まるで子供みたいなことを。口にしてしまった私にも、原因があるんだろうけど。
『じゃあ、今から会いにいくわね!』
────なんて、フットワークが軽すぎる彼女のは。やっぱり……どこまでいっても、弦巻こころだった。ブレないというか、なんというか。もしも私が地球の裏側にいたとしても、会いにきてくれそうな。ある種の信頼があるくらいには、その言葉は彼女らしくて。
いや、嬉しいんだけどさ。
『美咲ー! きたわよー! 開けてー!!』
「ほんとに、きちゃったよ」
チャイムの音と一緒に、扉の向こうから聞こえてきた声に。心の準備ができていたにも関わらず、思わずそう呟いてしまった。
だって、あと少しで日付が変わりそうなのに。こんな時間に、特に理由もなしに。私が会いたいって言っただけで、本当に会いにきてくれるなんて。
…………今の私は、ちゃんと平静を装うことが出来ているのだろうか。気を抜けば緩んでしまいそうな頬を必死に押しとどめながら、玄関へと足を進める。鏡を覗き込めば、さぞかしだらしのない表情の少女が立っていることだろう。自分でそれが分かるくらいには、理性の鎖を歓喜の感情が振り切ってしまっていて。
「はいはい…………夜なんだからさ、もうちょっと声を抑えてよ」
なんて、照れ隠しと近所への配慮を兼ねた言葉を口にしながら。扉を開いた私の視界に飛び込んできたのは、前にも見たワンピースのような寝巻きに身を包んだ彼女の姿だった。
夜の景色を背景に、そこだけ別世界を切り取ったみたいな。金色に輝く瞳と、微かに揺れる長髪が。まるで一枚の絵画のように、目の前に存在していて。
思わず見惚れてしまったのは、仕方がないと思う。
こころには本当に、夜の暗闇がよく似合う。太陽のように明るいのに、星の光のように儚げで。そして、月のように優しく輝いている。どれだけ言葉を尽くしても、彼女の魅力は語りきれないだろう。それくらい、眩しいから。
「こんばんは、美咲。あたしも、美咲に会いたいと思ってたの! 二人で一緒に、寝るまでお話ししましょう!」
☆ ☆ ☆
沢山のことを話した。今日一日で起きた出来事、ライブハウスで二人の少女に出会ったこと、付き合いのある先輩が台風で遅れてしまったこと、代打で即興バンドを組んだこと、レストランで色んな人と話をしたことや、薫さんのことをある程度は理解できたということ。
二人で一つの布団の中に入って、お互いを正面から見つめ合いながら。まるで修学旅行の日の夜のように、喋ることが楽しくて。
私の話すことの全てに、彼女は瞳を輝かせて。時に楽しそうに、時に大きな反応を返して。そして…………心底嬉しそうに、耳を傾けてくれた。
できれば、彼女にも一緒にいてほしかったんだけど。私の見たものを、同じ視線で体験してほしかったんだけど。
こうして一緒にいるだけで、言葉を交わすだけで。そんな不満なんて、最初からなかったみたいに心が満たされてしまうから。子供が拗ねるみたいな言葉だけは、心の中にしまい込んだ。
我慢しているわけでも、遠慮しているわけでもなくて。それを口にしてしまえば、今日の出来事に関わった人全員に失礼かもしれないし。だから、なんていうか。少し前までの自分なら思い至らなかったのかもしれないけど。
全てを伝えるだけが、友情じゃないってだけの話。
まぁ、もしかしたら。言葉の節々に出てしまったちょっとした不満から、私の隠したい気持ちなんてとっくに伝わってしまっているのかもしれないけど。彼女だって、それをわざわざ口にすることはなくて。
本当に、楽しい夜になった。楽しくて、時間が過ぎていくのも忘れて。
だから、最後まで気がつけなかったんだと思う。私は自分が思っていた以上に疲れていて、それが肉体にも影響していたということに。
「────美咲? もう、おやすみなの?」
こころの声が、耳の近くから聞こえてくる。きっと、近くまで顔を寄せて私が起きているかどうかを確認しているんだろう。布団の中で移動しているのか、もぞもぞと掛け布団が音を立てている。
瞳を開けば、彼女の整った顔がすぐ目の前で見られるというのに。薄っすらとしか上がらない瞼が邪魔をして、ぼんやりとした視界の中には、こころの口しか映っていない。
まだ、大丈夫。そう口にしたつもりだったんだけど。思ってた以上に体の力が抜けてしまっていて、その意思は言葉にならなかった。いつまでも起きていられると思っていたのに、こころの声を聞いているうちに。それが子守唄の役割のように、頭の中に浸透していって。
気がつけば私は、いますぐにでも意識を手放しかねないほどの。強く大きな睡魔に襲われて、一日に別れを告げようとしていた。
私の反応がない、というか、弱いことに気がついたんだろう。一定の距離をとって向き合っていたはずのこころの気配が、すぐ目の前に感じられる。彼女から発せられる体温が空気を介して伝わってきて、余計に頭の中がぼんやりとしてしまう。
あと少し、もう少し。そう思って途切れかけの意識を必死に繋いでいるけれど、それも長くは持ちそうになかった。
だって、こんなにも安心してしまうから。彼女が近くにいて、私を見ていてくれるだけで。声を聞いて、声を聞かせてくれるだけで。気持ちが満たされて、ふわふわとした柔らかな感情が次から次へととめどなく溢れてしまうから。
それがどうしようもなく、私を眠りへと誘う。
「美咲、美咲────」
声が近い。蕩けるような、優しげな呼びかけ。頭の中が痺れて、鼓膜が震える。これは、たぶんよくないやつだと思う。うまく言葉にできないけど、おかしくなりそうだ。次からは、やめさせないと。
「美咲、頑張ったのね。お疲れさま」
母親が子供に向けるような、そんな慈愛に満ちた声だった。顔に柔らかい何かが当たると共に、頭の裏へと手が回される。体温を直接感じられて、それがとても心地よい。
前にも、似たようなことがあったから。だから、抱きしめられたんだということが。自分でも驚くほど、すぐに理解できた。なにを、とか。子供じゃないんだから、とか。いつもの私だったら、そう口にしていたんだろうけど。
髪の上から頭をクシャクシャと撫でられながら。彼女の心臓の音を、肌越しに感じ取って。親のお腹の中にいる胎児が、心音で安心するみたいに。私も、抗いきれない安堵の感情に飲み込まれて。
早い話、骨抜きにされてしまったということなんだろう。
トクン、トクンと。彼女の心音に、自分の心臓の音が重なっていくのがわかる。まるで同じ一つの生き物になってしまったかのように、心も体も、彼女の中へと溶け込んでいって────。
「おやすみ、美咲」
「…………おや、すみ」
残された力を振り絞って口にした言葉を最後に。私はそのまま、深い眠りへと。真っ逆さまになって、落下した。
蛇足なのであっさりめ。
番外編とは立場が逆だよっていうお話が書きたかった、それだけのための更新です。心臓の音に安心していい子いい子されながら寝落ちする美咲ちゃん、実質五歳児では。
最近気づいたんですけど、自分ってこういう如何わしいのが一切ない感じで女の子同士が一緒に寝るみたいなシチュが大好きみたいです。
次からの更新内容の予定は「作曲」です。それを最後に「えがおのオーケストラっ!」編は終わりです。なるべく早く更新したいですね。