奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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 こちらの話は番外編となります。本編とは別の世界線の話ですので、時系列は繋がっていません。


番外編if√ もしもこころが『五歳』だったら
もしもこころが『五歳』だったら 1


 授業終了のチャイムが校内を駆け巡り、ドッと押し寄せるような倦怠感と解放感が全身を支配した。

 

 机の上に広げていた教科書や文具を片付けて、鞄へと入れる。両手を伸ばして、背筋を伸ばす。肩に手を当てて首を回せば、凝り固まった筋肉が解きほぐされていく。その快感に、口元が緩んだ。

 

 周囲を見渡せば、だいたいのクラスメイトが似たような行動をとっているのが分かる。

 

 胸元を広げて扇いでいる女子までいて。そういえば今は夏だったな、なんて。どこか他人事のように考えている私の体は、汗一つかいていなかった。

 

 ズルを覚えてしまった私は、自身の力を使って身の回りを最適な温度で保っている。冷暖房必要なしの、人間クーラーみたいなもんだ。もちろん、周囲の人にはバレないようにやっているから。私が超能力者だって知られる心配はしていない。

 

 おかげでよく、奥沢さんって涼しげだよね…………なんて言われるけど。まぁ、実際涼しいからね。

 

 

 そんな些細な優越感を感じながら、席を立つ。そのまま扉へと向かおうとして────。

 

「あっ、美咲ちゃん。今日も弦巻さんのところ?」

 

 背中越しに、聞き慣れた声が聞こえてきた。足を止めて振り返ると、予想通りの人物が近づいてきていて。

 

 少し急いで準備したのだろうか。鞄はチャックが開いたままで、中身が少しだけ見え隠れしている。紐につながれて揺れる犬のストラップを目にして、ちょっと嬉しくなった。

 

 視線を少しだけ上へと移せば、可愛らしい雰囲気の女の子の姿が視界に映り込む。

 

 クラスでも仲のいい、友達と呼んでも差し支えない相手だ。

 

 

「ああ、委員長…………どうしたの?」

 

「実はみんなとカラオケに行こうって話をしてて…………その、よかったら美咲ちゃんも一緒にどうかなって思ったんだけど…………えっと、やっぱり難しいかな?」

 

「先約があるからね…………ごめん、また今度誘って」

 

「う、ううん! 約束は大事だからね! 全然気にしないで…………むしろ、その、誘うのが迷惑だったりしたらどうしようって思ってたから。えっと、今度、また誘うね!」

 

「うん、ありがと」

 

 

 誘いを断られたのに。不満そうな顔一つしない彼女は、やっぱりすごく人がいいと思う。こちらの迷惑になっていないか、なんて。そんな事あるはずないのに。安心したように微笑む姿を見ていると、なんだか悪いことをしている気がしてしまう。

 

 控えめに片手を振る彼女に別れを告げて、教室を出る。

 

 気持ち早足で階段を降りて、廊下を渡って、校舎から飛び出した。

 

 

 思っていたよりも太陽が眩しくて、片手で光を遮る。その腕の奥から、私の方へと走ってくる人影を見つけた。

 

 小さい体を、必死に動かして。後ろで慌てたようにあたふたしているお付きの人達を、振り返ることもなく。

 

 丸みを帯びつつも、整った顔だちに笑顔を浮かべながら。彼女は一目散に、私めがけて駆け寄ってきていた。

 

 その可愛らしさに、頬が緩むのが分かる。慕われているということは、こんなにも心地いい。

 

 

 飛び込んできても困らないように、その場に膝をついた。砂がつくと思うかもしれないけど、そこは念動力で薄い壁を張っているから問題ない。

 

 鞄を置いて、両手を広げる。私が受け入れる姿勢を見せたことに安心したのか、彼女はあと少しというところで地面を勢い良く蹴ると…………なんというか、予想通り。私の腕の中めがけて飛び込んできた。

 

 

 

「みさき! あいたかったわ!」

 

 

 念動力で空気のクッションを作って、優しく受け止める。やや不自然な動きに見えるかもしれないけど、近くで見ていないと分からない程度のもので。私もすっかり、小狡いやり方が身についたものだなって。頭の片隅で自嘲した。

 

 短い両手を、私の首へと回して。必死にしがみついてくる彼女の姿は、とても愛らしい。

 

 お尻の下に腕を回して、落ちないように体を支える。もう片方の手を背中に回してあげれば…………それはもう、嬉しそうに喉を鳴らしていた。

 

 私の首筋に埋めていた頭を離して、下から覗き込むように見上げてくる。はにかむような笑顔を見ているうちに、自然と言葉が口をついて出た。

 

 

「私も、会いたかったよ」

 

「あたし、ちゃんといいこにまってたのよ! みさきがいうとおり、わがまましないでいたんだから!」

 

「ふふっ…………こころはいい子だね」

 

 背中に回していた手で頭を撫でれば、猫がすり寄るように、私の手へと頭をグリグリと押し付けてきた。その下に見える無邪気な笑顔が、一日の疲れを全部吹き飛ばしてくれる。

 

 頭を撫でていた手はいつのまにか頬へと寄せられていて、餅のように弾力があってすべすべな肌の感触が手のひらごしに伝わってくるのが分かる。

 

 こそばゆいのか、首を引っ込めるようにして目を細める彼女はそれでも身を引く事なく、私にされるがままで。

 

 黄金の瞳と、同色の髪の毛。子供特有の高い体温に、小さな体躯。その全てが非現実的と言えるようなもので、まるで御伽噺の世界から飛び出してきたかのようだ。

 

 妖精みたいだと。初めて彼女…………弦巻こころに出会った時はそう思ったものだったけど。触れ合いを重ねて、色々な姿を見た今でもそう思ってしまうのだから。その様は天性のものなのだろう。

 

 陰ることなく、健やかに成長し続ける彼女の将来が楽しみで。そして少しだけ心配だ。

 

 こんなに素直で純粋なまま育ってしまったら、いつか悪い人に騙されてしまうのではないだろうか。いや、黒い服の人(セコム)がいるからそんなことはないんだろうけど…………うん、それでも気が気でない。

 

 そんなことを考えているうちに、撫でる手が止まっていたのだろう。

 

 こころは不思議そうな顔で自分の手を私の撫でる手に重ねて、こちらを覗き込むように見つめていた。きょとんとした表情が、なんだかおかしくて。吹き出しそうになる口を、必死に抑えつける。

 

 

 その様子を見て、なにを思ったのだろうか。彼女は上を向いた状態で、瞳を閉じた。そして、口を開く。

 

 

「みさき、いつものちょうだい」

 

「えー、ここで?」

 

「いますぐがいいわ! あたし、まちきれなくてここまでむかえにきたんですもの!」

 

「…………もう、しょうがないんだから」

 

 

 そんな風に言われてしまえば、意思の弱い私としては断れるわけもなく。まぁ、感じていた抵抗感なんて吹けば飛ぶようなものに過ぎないんだけど。

 

 頬に当てていた手を彼女の額へと移して、前髪を優しく搔き上げる。露わになった可愛いおデコに、唇を落とした。

 

 チュッ、と。小さなリップ音が鳴る。

 

 顔を離せば、彼女は両手を自分の額に当てて、嬉しそうにはにかんだ。この表情が見たくて、毎回毎回流されるように行為に及んでしまう。

 

 とはいえ、今は放課後の校門前。周りには下校中の生徒がそれなりにいて、私たちはすごく目立っていた。

 

 そりゃ、明らかに生徒じゃない幼子と一緒にいれば衆目を集めてしまうのは仕方がないことだろう。同じ学校の生徒らしき人物が、その幼子にデレデレしていればなおさら。

 

 でも、なんというか。こういう風にこころが私を迎えに学校にくるのも…………ぶっちゃけ、ほとんど毎日のことだから。

 

 最初は物珍しいものを見る視線を向けていた生徒たちも、今では「ああ、またか」みたいな…………勘違いでなければ、微笑ましげな視線へと変わっていた。

 

 私も最初は恥ずかしかったし、抵抗感が強かったんだけど。人って生き物はどうしても慣れる生き物だから。なんだかんだ、この流れにも順応してしまった。

 

 クラスメイトから揶揄われるのは流石に恥ずかしいけど、それも甘んじて受け入れている。言い逃れできないくらいには、私はこの子に甘いという自覚があるから。

 

 

 本当は部外者が校内に立ち入るのは禁止されているんだけど、彼女の場合はそれが許されている。最初は教師が注意してたんだけど…………なんか、その、黒服の人が話をしにいった翌日には、学園長からの許可が下りていた。なんでもありだなって思うよ、弦巻家。

 

 とはいえ、道の真ん中でいつまでも座り込んでいるわけにはいかない。

 

 とりあえずは満足そうなこころを抱きかかえたまま、その場に立ち上がろうとして。

 

 地面に置いたはずの鞄がないことに気がついた。

 

 

「奥沢さま」

 

「うわっ、ビックリした」

 

 いつの間に後ろに立っていた黒服の人に声をかけられて、背筋をビクりと震わせる。ほんと、全く気がつかなかった。

 

 この日差しが強い夏の日にもかかわらず、黒い服を着たままで。それなのに、汗一つ掻いていない。そんな彼女の手元には、私の鞄が収まっている。

 

「あー、その、大丈夫なんで。自分で持ちますから」

 

 こころを片腕で抱えながら、もう片方の手を彼女へ差し出す。黒い服の人は静かに首を振って、それから口を開いた。

 

「いえ、奥沢さまにはこころさまだけに集中していただきたいので」

 

「えっと…………じゃあ、すみません。お願いします」

 

「こちらこそ、こころさまをお願いいたします。くれぐれも、目を離されませんように」

 

 サングラスの奥の瞳が、ギラギラとした光を放っている気がした。やや威圧的なのは、過保護で済ませていい話なんだろうか。この人たちはこころの事になると時々、こうして露骨な態度をとることがある。まぁ、気持ちは分からんでもないけど。

 

 なにせ、この子ったら好奇心が人一倍強いから。ちゃんと私が抱えておかないと、すぐにあちこちに走り出してしまう。黒い服の人達も、それなりに苦労しているんだろう。

 

 黒い服の人が姿を消して、その場には私とこころだけが残された。また影に隠れて見守っているんだろうけど、急に現れたり消えたりされるこちらの身にもなってほしい。いったい今までどれだけ、心臓が止まるかと思ったことだろうか。

 

 そんな恨み言の代わりにため息を吐き出して、こころへと話しかける。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

「あたし、しょうてんがいに行きたいわ!」

 

「はいはい、お姫様の仰せのままに」

 

 

 腕の中にある幸せを抱きしめながら。自分が力のある方で良かったと、しみじみ思う。もともと軽い方なんだと思うけど、子供を抱えながら歩くっていうのは、本来なら結構な重労働だろうから。

 

 

「ところで、いつも思うんだけど。そんなにくっついて暑くないの?」

 

「みさきのちかくはすごくすずしいからすきよ!」

 

「…………ああ、そう。それならよかった」

 

 

 うん、超能力者で本当によかった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 こころとの出会いは、だいたい一年ほど前の出来事だった。

 

 夏休み中にちょっとした里帰りをしていた私は、思い出深い公民館で休憩をしていた。茹だるような暑さの、いかにも夏といった一日。

 

 公民館にはたくさんの子供がいて、こころもその中の一人だった。綺麗な金色の髪が光を反射していて、とても眩しかった気がする。

 

 色々あってナーバスになっていた私にとって、彼女の無邪気さと純真な言動は…………その、正直苦痛だった。

 

 小さい頃の自分とか、まだ幼かった妹のこととか。そういう思い出したくないことを、いやでも突きつけられてしまうから。

 

 

 それなのに。

 

 彼女の奔放な行動に、私はどうして付き合っていたんだろうか。気まぐれだったのか、ほかに理由があったのか。今となっては、自分でも自分の考えが分からない。案外、理由なんてなかったのかもしれないけど。

 

 夏空の下で、手を引かれて。

 

 色々な場所を見て回ったことは、私にとって忘れられない大切な思い出だ。

 

 ちょっとしたアクシデントで私が超能力者であるということがバレてしまったけれど、それもいい方向に動いたんだろう。

 

 私が高校生になって、この街で暮らすようになって。なんの因果か、私はこうして彼女と遊び歩く日々を送っている。

 

 この関係は、歳の離れた友達といっていいのだろうか。あるいは、血の繋がっていない妹なのか。そんなふうに考えられるくらいには、私はこの子に心を許している。

 

 

 カランコロンと音を立てて、喫茶店の扉が開く。外の暑さと中の涼しさが混ざり合って、なんともいえないぬるい空気が私たちを襲った。

 

 こころなんかは「ひゃーっ」と目を力強く瞑って、その未知なる感覚に身を震わせている。こころのこういう姿を見るたびに、胸の中になんともいえない暖かさを感じるようになった。なんだろう、母性…………ってやつだろうか。

 

 

「あっ、美咲ちゃん! ………それと、こころちゃん。こっちこっち!」

 

 ここ最近よく聞くようになった声が、私たちを呼んだ。発生源の方へと顔を向けて、予想通りの人物が座っていることを確認する。

 

 頭を動かして振り向こうとするこころがよく見えるように位置を調整しながら、足を進める。

 

 

「いやー今日も暑いね! 二人はなに飲む? あたしはやっぱりコーラがいいと思うよ!」

 

「いや、それ喫茶店にきた意味…………というか、もしかして……待たせちゃいましたか?」

 

「んーん? 今きたところだよ…………あっ! こころちゃんはどうするの?」

 

「おれんじじゅーすがいいわ!」

 

「…………じゃあ、私もそれで」

 

「じゃあ私も同じやつにしよーっと。つぐちゃーん! 注文いいー?」

 

 

 既に空になったグラスを机の角に寄せながら、日菜さんは手を上げてつぐみを呼ぶ。それで今きたところは流石に無理があるでしょって思ったけれど、指摘するのは無粋だと思うし。大人しく席について、隣にこころを座らせる。

 

 一息ついて顔を上げれば、日菜さんは肘を机について両手で頬を支えながら、私の方をニマニマとした笑顔で見つめていた。いや、なにその…………なに? その目は。

 

 わかってますよと言わんばかりの態度が少し不満で。抗議しようと、口を開きかけた瞬間だった。

 

 

「はーい、ただいま…………って、美咲ちゃん! 来てくれたんだ!」

 

「つぐみ、お邪魔してるよ」

 

「あたしもいるわよ!」

 

「こころちゃんも、いらっしゃいませ…………美咲ちゃん、最近きてくれてなかったから…………寂しかったんだよ?」

 

「えっと、ごめん…………その、色々忙しくて」

 

 視線をそれとなく横に向ければ、つぐみも釣られてそちらへと視線を移す。手を上げて存在をアピールするこころの姿を見て、彼女は不満そうな相貌を崩した。

 

 そして次の瞬間にはハッとなって私の方へ視線を戻し、可愛らしく頬を膨らませる。

 

「もう、美咲ちゃんはいつもこころちゃんのことばっかりなんだから。もう少しぐらい、私に構ってくれてもいいのに…………せっかく、また会えたんだし」

 

 最後あたりは口窄みになっていてよく聞こえなかったけれど、それでも彼女が拗ねているということは痛いほど伝わってきた。

 

 私が原因なのは分かっているだけに、なんと返せばいいのか悩みどころだ。

 

 助けを求めて日菜さんの方へと視線を向ければ、彼女は呑気にメニューを開いてケーキの欄を眺めていた。いや、あの、ほんと。そういうところだぞ、日菜さん。お姉さんが苦労するのも頷ける話だ。全く、この人のマイペースさには未だに慣れない。

 

 とかなんとか考えている間に、彼女の口元が僅かに笑っていることに気がついた。その視線は時々私の方へと向けられていて…………この態度がわざとである事が、その瞳に宿る愉快の感情から理解できた。

 

 ああ、この人。もしかしなくてもこの状況を楽しむために私をここに呼びつけたな。

 

 

「美咲ちゃん、聞いてる?」

 

「あっ、う…………うん、勿論だよ」

 

「本当に? さっきから日菜先輩の方ばっかり見てなかった?」

 

「いや…………そんなことは、ない、よ?」

 

「その反応! やっぱり聞いてなかったでしょ!」

 

「うっ…………」

 

 いけない、考え事をしていたら話を聞き逃した。誤魔化そうとしたけれど、案の定というか。普通に口ごもってしまって、すぐにバレた。

 

 つぐみが眉を釣り上げて怒ったような顔をしているけれど、正直可愛いだけなんだよね。そんなことを口にしたら、余計に怒られると思うけれど。

 

 つぐみがクドクドと説教してくるのを、甘んじて受け入れる。

 

 やれ冷たいだの、もっと会いにきてくれてもいいだの、一緒に遊びに行きたいだの。途中から説教というより文句になっていて。

 

 それを止めたのは、こころの何気ない一言だった。

 

 

「みさき、つぐみはどうしておこってるの?」

 

「えっ、お、怒ってないよ?」

 

「そうかしら。さっきからまゆがぎゅーってあがってるのに?」

 

 

 流石に幼子の前で不機嫌そうな顔をしているのはよくないと思ったのだろうか。いつまでも続くかと思われた時間は、あっさりと終わりを告げる。

 

 いつも通りのほんわかした雰囲気に戻ったつぐみと目を合わせて、どちらからともなく苦笑いを浮かべた。

 

 そして唐突に、日菜さんが爆弾を投げ落とした。

 

 

「こころちゃん、あれはね…………女の嫉妬ってやつなんだよ」

 

「日菜先輩!?」

 

 つぐみがギョッとした顔で日菜さんへと視線を向けた。いつのまにかメニューから顔を上げていた彼女は、人の悪そうな笑みを口元に浮かべている。

 

 まーたこの人は。そんな、人を揶揄うような事ばかりして、なんて。私はその矛先がこちら向いていないことに安心して…………そして、油断していた。

 

「しっと…………って、なに?」

 

 こころが純粋な疑問ですといった様子で、そんなことを口にした。あっ、まずい。そう思った時には、すでに手遅れだった。

 

 

「それはね、美咲ちゃんがこころちゃんと仲良くしているのが羨ましいって事だよ…………つぐちゃんは美咲ちゃんが大好きだからね。こころちゃんに友達を取られた〜って思って、拗ねてるの」

 

「…………? あたし、みさきをとったりしてないわよ?」

 

「喩えだよ喩え。美咲ちゃんがあまりにもこころちゃんに構いっきりだか────」

 

「日菜さん! 子供の教育に悪いようなことを教えないでください!!」

 

「そ、そうですよ! それに、わ、私は別に…………こころちゃんに、嫉妬なんか…………」

 

「えー? 日菜ちゃんなんか余計なこと言ったかなー?」

 

 

 日菜さんはひとしきりケラケラ笑うと、私たちにむけて小さく頭を下げた。片目をつぶって、指を口元に当てる。そんな行動ひとつで雰囲気を和らげるんだから、美人っていうのは得だ。

 

 

 一拍おいて、日菜さんは何事もなかったかのように注文を始めた。

 

「つぐちゃん、あたしオレンジジュースとモンブランね!」

 

「あたしもおれんじじゅーす!」

 

「あ、私もオレンジで。あとチョコレートケーキ二つと、ピーチタルトとシフォンも一つずつ」

 

 場の空気を変える意味もあったんだろう。折角だから便乗して、一緒に頼んだ。

 

 つぐみは我を取り戻して、手元の注文票に慌てて書き込むと、私たち三人の注文を復唱した。

 

「えっ! と、はい。オレンジジュースが三つと、チョコレートケーキ二つ、モンブランとピーチタルトとシフォンケーキが一つずつですね。すぐお持ちします」

 

 

 接客モードが入ったのか、つぐみはいつのまにか敬語になっていて。パタパタと、それでいて埃を立てないように気をつけた足運びで厨房の奥へと消えていった彼女の背中を、ぼーっと見送った。

 

 見えなくなったところで、日菜さんへと向き直る。

 

 

「ああいうの、ほんとやめてくださいよ」

 

「えー? でも本当のことじゃん? 美咲ちゃんがちゃーんとつぐちゃんに構ってあげないから…………最近ちょっと元気なかったんだよ?」

 

「うっ、そりゃ、悪いと思ってますけど」

 

「ちゃんと釣り上げた魚に餌をあげないと、釣られた方は何をするか分からないんだからさ」

 

「…………いや、それはちょっと違いませんか?」

 

「そう? 違わないと思うけどなー?」

 

「みさき、さかなをつったの? あたしもみたいわ!」

 

「こころ、それは物の喩えで…………」

 

 

 こころが変なことを覚えたら、どうしてくれようか。話についていけてないこころにボカして説明しながら、そんなことを考えて。

 

 空になったグラスに映る私の顔が笑っていることに、気づかないふりをした。この時間が楽しいって認めることが、なんていうか…………そう、癪だったから。

 

 

 

 

 

「みさき、いいえがおじゃない! いいことでもあったの?」

 

 いや、そこは気づかない振りをしてよ。





 なんかありえないくらい長くなりそうだったので、話を分けました。たぶん、全3話くらいで終わります。終わったら話を章に纏めたいと思います。

 以下、登場人物紹介。

 奥沢美咲
 やれやれ系ハーレム主人公。さすがに五歳児に手を出すのは犯罪だけど、本人にそのつもりはない。本編では精神が成長しすぎて無自覚タラシだのなんだの言われてるけど、こっちでは普通の…………普通? の女の子。

 弦巻こころ(五歳)
 この世界線では美咲が引っ越した頃に生まれた設定になっている。従って本編とは色々と齟齬があるけれど、そこら辺はまぁおいおい語ったり語られなかったり。
 美咲ちゃんが大好き。毎日デコチューしてもらってる。
 最近はピンク色のクマのミッシェルがお気に入り。

 委員長
 一番強いライバルが一人減った影響か、既に美咲ちゃんと呼ぶ仲に。美咲ちゃんと遊べないのは悲しいけど、こころちゃんは子供なんだし仕方ないよね。美咲ちゃんって面倒見いいから…………子供、好きなのかな…………美咲ちゃんの子供…………えへへへ…………なんてことを、毎日教室の窓から外を眺めつつ考えている。

 氷川日菜
 い つ も の
 お ま た せ
 どの世界線でも当たり前のように登場しては、美咲の友達ポジションに収まっているレギュラーキャラ。もはや運命なのでは? というレベルで美咲と関係を結んでいる。今回は羽沢珈琲店に二人を呼び出したようだが…………?

 羽沢つぐみ
 実に約二ヶ月ぶりの本作登場。まさか本編より先にこっちで名前が出るとは。このリハクの目をもってしても見抜けなんだ。
 あれ? なんだか美咲ちゃんと距離近くない…………? 二人はどういう集まりなんだっけ?
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