奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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えがおのオーケストラっ! 2

 生徒会室に用事があったとはいえ。あの生徒会長に気を遣ってもらったおかげで、時間はそれほど過ぎていなかった。

 

 具体的にいえば、喋っていた時間はだいたい十分程度だ。書類の書き方なんかを教えてもらった上でそれなんだから、職務における彼女の説明能力の高さは疑いの余地がないと思う。単純に慣れているというのもあるんだろうけど、もしも私が同じことをやろうとしても、彼女のようには出来ないだろう。

 

 彼女のおかげで、私はこころを待たせなくて済んだのだから。こころが私の手を引いて歩いている今のこの状況は、鰐部先輩が作り出したものだと言っていいかもしれない。鼻歌を口ずさんで廊下を進む彼女は、誰が見ても分かるくらい機嫌がいい。その理由の中に、私という存在がごく僅かでも入っているのならば。なんてことを考えながら、彼女の背中に続く。

 

 

「────♪」

 

 繰り返すようだけど、時間はあんまり経過していない。私が生徒会室に向かったのは、今日の最後の授業が終わってからだから。それはつまり、放課後に突入したばかりということで。校内を行き交う生徒の数が、一日の中で一二を争うくらい多い時間帯だという事実を意味している。

 

 まぁ、つまり何が言いたいかというと────。

 

 

「あの、こころさん」

 

「…………? どうしたの美咲、急にさん付けなんて」

 

「いや、あのですね…………なんていうか、もうちょっと周りの目を気にしてもらえると嬉しいと言いますか」

 

「?」

 

「あー、いや、やっぱりなんでもないです、はい」

 

「…………へんな美咲」

 

 

 人の通りが多いということは、それだけ沢山の人の目につくということ。それでもって、弦巻こころという人物は。人混みの中に一人で放り込んでも、見失う方が難しいほど特徴的な人間なのだから。

 

 ただでさえ、普段から視線を向けられているというのに。私も、彼女も。色々な意味で関心を持たれているというのに。

 

 こんな人前で。しかも、放課後ということもあって忙しい中で。手を繋ぎながら歩いている二人組がいたら、そりゃ目立って目立って仕方がないだろう。

 

 私は今までのことや体質もあって、他人からの視線に酷く敏感だ。その人がどんな理由でこちらを見ているのか、どんな感情を抱いているのか。そういったものを肌で感じて、超能力で悟ってしまう。決して全てが理解できるわけじゃないけれど、ある程度の区別はつく。

 

 なんていうか、オーラが違うとでも言えばいいのだろうか。スピリチュアルな表現で申し訳ないけど、それ以外では言葉にし難いのだ。感覚が全てだから、仕方ないと割り切るしかない。

 

 しかも、ここ最近の経験や心境の変化もあって。以前よりも精度が上がっている節すら感じられる。気のせいかな、で受け流すことができないくらいには。はっきりと感じ取ることができる。

 

 私にとって視線を向けられるというのは、感情を向けられているのとイコールなのだ。

 

 想像してほしい。そんな状態で、感覚が鋭敏になっているところに。沢山の人達が、好奇の視線を寄越してくる状況を。

 

 珍しいものを見る目、変なものを見る目、面白いものを見る目。嫌悪感とかそういう感情がないのが救いといえば救いだけど。そんな事を気にしていられないくらいには、視線の矢が肌に突き刺さってきているのだ。

 

 それが、私個人に向けられたものであるならば。まぁ、なんとか耐えられただろう。もとより人の心が読めてしまう私だ。多少の好奇心で恥ずかしがるほど、柔な精神をしていない。

 

 問題は、こころが隣にいる事だ。

 

 さっきも言ったけど、こころは目立つ。それはもう、すんごく目立つ。芸能人か何かと勘違いされているんじゃないかってくらいには、人の視線を集めている。

 

 存在感がある、というか。彼女はたしかに整った容姿をしているけど、理由はそれだけではない。

 

 こころは有名人だ。普段の言動から察しがつくだろうけど、私が入学してくるまでは色々問題を起こしていたらしい。それこそ、話したことのない相手に名前を知られているなんてのは当たり前で。中には、露骨に面倒ごとを避けるように遠巻きに接する者までいる。

 

 こころの実家がお金持ち、というのも原因なんだろう。彼女のことをよく知らない者からすれば、自分たちとは別の生き物のように見えているらしい。

 

 「花咲川の宇宙人(エイリアン)」なんて渾名があるくらいだ。悪口一歩手前のそれが平然と流布しているという事実が、こころの知名度を物語っている。

 

 最初に聞いた時は、酷く憤りを感じたものだけど。当のこころが気にしていないものあって、過剰に反応しないことを心掛けるようになった。隣で騒ぎ立てるような真似は、流石にみっともないだろう。少しでも嫌そうなそぶりを見せたら動いていたかもしれないけど、本当にこれっぽっちも気にかけていないのだから。拍子抜けしたというか、逆に安心してしまった。

 

 虐め、というほどのことでも無かったわけだし。それによくよく考えてみれば、私もあんまり強く人のことを批判できない人間だ。

 

 だって、もしも、もしもだよ。私があの日こころと出会っていなくて、以前のように人付き合いを避けるような状態のままで、この学校で彼女と出会ったのならば。

 

 その時はきっと、他の生徒と同じように。彼女についての噂話を鵜呑みにして、彼女の行動を理解しようともせずに、遠巻きに眺めるだけの大勢のうちの一人になっていたかもしれないから。

 

 そのことを思うと、あまり強く抗議することも出来ない。私がこころや委員長みたいに誰とでも分け隔てなく接することが出来る人間だったら、義憤に燃えることもできたのかもしれないけれど。素直に気持ちを伝えることも出来ない私では、それとなくフォローを入れるだけで精一杯だ。

 

 だけど、その程度のことでも効果自体はあったらしくて。私や委員長が日常的にこころと接しているのを見て、入学当初のこころを取り巻いていた微妙な雰囲気は徐々になくなっていった。

 

 もともと邪気のないこころのことだから、合う合わないはあるとしても、その人となりが広まっていくにつれて、周囲からの視線も割とすぐに好意的なものへと変化した。きっときっかけさえあれば、受け入れられる土壌は出来ていたんだと思う。

 

 そう、だから。今のこころと私に向けられた視線の中で、悪感情が籠っているものは一つもない。どちらかといえば、正の気持ちが強いというか。仲いいなーとか、多分、そんな感じの意味が込められているものばかりだ。

 

 こころと一緒にいることで、彼女に関する噂話に私の名前も付属してしまったんだろう。廊下の端で繰り広げられるヒソヒソ話の中には、結構な頻度で私についての話題も含まれていて。だからこそ、参ってしまう。

 

 彼女たちに悪気はないんだと思う。それに、これからバンド活動をしていく中で。知名度というか、名前が知られているということは悪いことじゃない。むしろ都合がいいし、場合によっては上手く利用できるかもしれない。それは理解している、分かっているんだけど。

 

 

 やっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

 まるで針の筵のようだ。辱めを受けているのと変わらない。

 

 もちろん、私はこころの事が好きだ。その気持ちに嘘偽りなんてないし、心の底から大切に思っている。でも、だからといって。それを他人に指摘されて平静を装っていられるかというと、それはまた別の話だ。

 

 全部、聞こえてしまう。周りの人たちが、私とこころを見てどう思っているのか。仲がいい、なんて感想を胸の中に抱いているうちはまだいい。ただ、それを隣の人に話して共有するのはやめてほしい。どこそこで一緒にいるのを見かけただとか、一緒に何をしていただとか。そんなの、わざわざ話さなくてもいいじゃないか。

 

 当人が目の前を横切っていったというのに、聞かれてしまうとは考えないのだろうか。いやまぁ、普通なら聞こえない声量なんだろうけど。その言葉に宿った感情まで含めて、私には全部聞こえているんだから。それはもう、新手の公開処刑と変わらない。

 

 こころに聞かれていない事が、唯一の救いだろう。これで彼女にも全部伝わっていて、内容を把握していたとしたら。それはもう、恥ずかしいってレベルの話じゃない。

 

 気にしすぎ、と思うかもしれない。でも、私と同じものを感じ取れるのならば。誰だって居た堪れない気持ちになること間違い無いだろう。

 

 だって、彼女たちの噂話の中には。女同士なのに、私とこころの関係性を揶揄するようなものまで含まれていて。

 

 だから、目立つようなことはしないでほしいのに。彼女は私の手を離す気がこれっぽっちもなくて、それで、私はその事実を喜んでしまっているのだから。

 

 まさか、何を噂されているのかをストレートに伝えるわけにもいかないわけだし。

 

 掌に感じる彼女の体温と、周囲からの生暖かい視線。自分の体が羞恥心で熱を帯びていくのを自覚しながら、教室へと向かって足を進める。

 

 歩いても歩いても。目的地が近づいているというのに、注ぎ込まれる周囲の好奇心は全く減ってくれなくて。むしろ見知った顔が増えていく分、その重さは少しずつ増えていく。

 

 人の噂は七十五日というけれど。彼女たちの関心が薄れるのが先か、それとも、この身を苛む感情が擦り切れてしまうのが先なのか。どちらにせよ、こころと付き合っていく上では避ける事が出来ないのは間違いないから。

 

 私が彼女から離れる気がない以上、ある程度は受け入れるしかないんだろう。

 

 願わくば、なるべく早く。周囲の人たちの関心が、私たちから逸れてくれることを。不毛な噂話に、一日でも早く飽きてくれることを祈りながら。

 

 被ってすらいない帽子のつばを下げようとする手を意思の力で押さえ込みながら、赤くなった顔を誰かに見られないように。そっと、視線を下へと向けた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「あっ、こころん、みーくん!」

 

 

 教室に入った私たちを最初に見つけたのは、ここ最近で一気に付き合いが増えた少女だ。へんてこ、というより、特徴的な渾名で呼びかけてくる彼女の笑顔は、こころにだって負けないほど明るく輝いている。

 

 女の子らしい小柄な肉体と、男の子勝りの運動神経を持った、活力に満ちた子。

 

 彼女の名前は北沢はぐみ。商店街にある北沢精肉店の長女で、私たちのバンドではベースを担当している。彼女と関わるようになったのはこころがバンドに誘ったからで、こころが彼女を誘ったのは半ば成り行きみたいなものだったから。最初はうまく付き合えるか不安だったけど、はぐみの人の良さもあって、割とすぐに打ち解ける事が出来た。

 

 無邪気、というのが一番よく当てはまっているだろう。子供みたいに全身で感情を表現する彼女は、なるほど、こころが見つけてきただけあって、彼女との類似点も多い────。

 

 

「────って、ちょっ!」

 

「えへへ、みーくん! もう用事は終わったの?」

 

「う、うん…………っていうか、危ないから飛び掛かってくるのはやめなって。怪我したらどうするの」

 

 そう、こんな風に。人の顔を見るや否やすぐさま抱きついてくるところなんかは、こころにそっくりだと思う。いや、元気が有り余っている分、はぐみの方が勢いが強いけれど。

 

 慣れたもので。最初こそ受け止め損ねて落としそうになったけれど、今となっては何処から飛びかかられても抱きとめられる自信がある。こころとはぐみ、二人の不意打ちのような行動が私を成長させた。

 

 両手両足を絡めてコアラみたいな格好で抱きついてきた彼女を、衝撃で傷つけないように気をつけながら両腕で受け止めて。その勢いを利用して、その場で一回転する。

 

 もう大丈夫、ってことを彼女も理解しているんだろう。最初は控えめだった抱きつき方にも最近は遠慮がなくなっていて、私が避けたら怪我をしてしまうような、大胆な跳躍を見せることもある。

 

 絶対に受け止めてくれる、と。そんな確信がなければ絶対にできない動きだ。運動が得意な分、他者の身体能力の高さも見抜けるのかもしれない。そこまで考えてなくて、本能でやっているようにも見えるけど。それはそれとして、信用されているようで嬉しい。

 

 嬉しいけれど、危ないものはやっぱり危ない。

 

 頬を嬉しそうに綻ばせている彼女に、もう一度ちゃんと注意しようとして…………隣から飛び掛かってくる気配を感じて、咄嗟に身構える。

 

 

「美咲! あたしも!」

 

 こころだった。はぐみに負けず劣らずのジャンプ力を見せた彼女が、私へと迫っている。それを認識した瞬間に、はぐみを地面に立たせて。それから、先ほどの行為の焼き増しのように、こころを両腕で危なげなく抱きとめる。

 

 …………この子達、一応私と同い年のはずなんだけど。この落ち着きのなさというか、子供っぽさというか。躊躇いのカケラもない行動力は、いったい何処からきているんだろうか。

 

 なんて、結論の出ないことを頭の中で考えながら。私の首筋に顔をグリグリと押し付けてくる彼女に向けて、はぐみと同じように、言葉で釘をさす。

 

 

「…………こころ、もうやめろとは言わないから。せめて次からは、はぐみを降ろしてからにしてね?」

 

「んふふ、はーい」

 

「はぐみも、次からはちゃんと怪我の心配のない範疇でお願い」

 

「分かった!」

 

「…………本当に、分かってるのかな」

 

 こころの行動をはぐみが、はぐみの行動をこころが。お互いがお互いの真似をして、影響を与えあう。ここ数日でよく見るようになった光景だ。悪いことばかりではないんだけど、今回ばかりは普通に危ない。嫌じゃないけど、控えてほしい。私みたいに、何があっても大丈夫なくらい丈夫ってわけじゃないんだから。

 

 分かってるのか分かってないのか。少なくとも、反省しているように見えないこともないから。二人にちょっとした注意だけで済ませて…………そこで、私たちが目立っているということを自覚する。

 

 なんていうか、視線がすごい。擽ったいというよりも、これはもう、痛いと言った方がいいかもしれない。

 

 見ている、とか。そんなレベルじゃなくて、凝視されてる。自分たちとは別のクラスの教室で目立つような事をしたのが悪いのかもしれないけど。それにしたって、あまりにも力強く見過ぎじゃないだろうか。

 

 気まずさから、口角が引き攣る。今の私はきっと、不器用な苦笑いを浮かべている事だろう。

 

 せめて、会釈の一つくらいしようと。一段と強い関心を向けてくる生徒の方へ、顔を向けて────。

 

 

「あっ」

 

 見覚えのある少女と、目が合った。私がそっちを見たことに驚いたようで。体をビクッと震わせてから、少し躊躇って…………それから、控えめに片手を振ってくれた。

 

 軽く振り返しつつ、彼女のことを思い出す。忘れもしない。二つの魂を一つの体に押し込めて…………あの場にいた誰よりも印象的だった、彼女のことは。

 

 確かめるように、舌の上で言葉を転がしてから。紫色の瞳に向けて、それを投げかけた。

 

 

「えっと、久しぶり。戸山さん」





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