奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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えがおのオーケストラっ! 5

 戸山さんが小さい頃の知り合いなのか、確かめるのを手伝ってほしい。

 

 短い時間で聞かされたはぐみの話をまとめると、今回の件はだいたいそんな感じらしい。なんでも、いつのまにか疎遠になってしまった友達と戸山さんが似ているということに前から気がついていて。だけど、確信は持てなかったそうだ。

 

 それも仕方がない、というか。 その「小さい頃」というのが、小学校に入る前の頃の話だそうで。普通なら、完全に忘れているもんだと思う。もしかしたら…………だなんて、よく気がついたと言いたいくらいだ。

 

 明るくて素直なはぐみは、友人と呼べる相手がとても多い。クラスメイトはもちろん、商店街関係での昔馴染みや、ソフトボール関連での知り合いなど。教室という小さい枠に囚われることなく、誰とでも仲良くしている姿をよく見かける。

 

 私なんかと比べるまでもなく社交的で、その分人気も高い。バンド活動を始めるまでは、概ねソフトボールと友達付き合いの二つで毎日楽しく暮らしていたらしい。

 

 それだけ人付き合いの幅が広いのなら、疎遠になった昔の友人のことなんてあっさり忘れてしまいそうなものだけど。人というのは与えられた時間が限られていて、過去よりも現在を重視する傾向にある生き物だから。私みたいに過去に囚われているでもない限り、小さな頃の思い出なんて風化して忘れてしまうのが当たり前だから。

 

 それでも忘れる事が出来ないくらい、大切な相手だったのか。あるいは、それくらい普段から友人を大切にしているのか。多分、その両方なんだと思う。

 

 思い出を思い出として忘れてしまわないように、過去を過去として切り捨ててしまわないように。それを自然と行える程度には、友人関係というものを重視しているんだろう。

 

 そういう生き方っていうのは、とても眩しくて尊いものだと思う。はぐみがみんなに好かれているのは、そういうところが魅力的だからかもしれない。いや、単純にフレンドリーでとっつきやすいってのもあると思うけど。少なくとも私は、彼女のそういう「友達想い」なところを尊敬している。

 

 

 それだけに、今回みたいなケースは珍しいと思う。高校生活が始まってそれなりに経つけれど、はぐみが戸山さんのことを「かすみちゃん」じゃないかと気がついたのは割と早い段階のことらしい。

 

 直情的というか、真っ直ぐというか。いやまぁ、意味としては両方同じようなもんだと思うけれど。

 

 とにかく正面からぶつかってみる、というのが。私から見たはぐみのやり方だから。わざわざ私という存在を間に挟んで接触しようだなんて、回りくどいというか…………はぐみっぽくないというか。

 

 その辺りをそれとなく聞いたところ、なんでも入学式の日に遊びに誘った際に強く断られてしまったのが原因らしい。

 

 はぐみと、クラスメイト数人。新しい人間関係を築いて、じゃあ親睦を深めるためにカラオケにでも行こうかって話になった時。はぐみは教室内で一人でそわそわしていた戸山さんにも声をかけて……と。その時のことを語るはぐみの顔が本当に悲しそうだったから、軽く謝罪してそれ以上のことは聞かなかったけど。

 

 つまり、巡り合わせが悪かったというか。カラオケに誘ったのを断られたことで、へんな躊躇いが生まれてしまったみたいで…………戸山さん、素の状態だと人前で歌うことに忌避感を抱いてるっぽいから。はぐみは知らなかったから仕方ないとは思うけど、無意識のうちに地雷を踏み抜いてしまったんだろう。

 

 ただ、はぐみは優しい子だから。断られたことよりも、その時の戸山さんの取り乱した様子が気になって。なんとなく負い目を感じて、目で追って。それが「かすみちゃん」を発見するに至った経緯なんだと。

 

 まぁ、所々私の推測とか勝手な補完が入っちゃってるから。全部が全部、その通りって訳じゃないんだろうけど。ニュアンスとしては、概ね間違っていないと思う。

 

 はぐみもはぐみなりに悩んでいて、繊細なところもあるっていうのは。たぶん、さっき初めて認識出来た。それは、よく考えなくても当たり前のことなんだけど。普段からなんでも一生懸命な姿を見ている身としては、第一印象の先入観に引っ張られてしまった。

 

 

 とにかく、そんな話を聞いてしまった以上は協力する以外の選択肢は存在していないわけで。せっかくまた昔みたいに仲良くできるかもしれないのに、遠慮して気持ちを偽るなんてのは以ての外だから。

 

 何気なく戸山さんを教室の外に連れ出して、人目のつかない場所に誘導して。それとなく色々探ろうかと思っていたんだけど、その必要はなかったみたい。

 

 だって、ほら。はぐみも戸山さんも、私が間を取り持つ必要なんかないくらい。仲よさそうにして、再会を喜んでいるわけだから。

 

 

 うん、やっぱりはぐみは笑っている姿が一番だと思う。もちろん、戸山さんも。色々行き違いはあったけれど、収まるところに収まってくれてよかったというか。

 

 私個人の事情が事情だから、素直に二人の関係を喜べているのかというとちょっと判断がつかないけれど。羨ましさとか、認めたくないけど…………嫉しさ、とか。二人を見ていて浮かび上がってくる色々な感情は、自分でも制御しきれなくて。

 

 きっと、彼女たちの姿に。私は自分の望みとか、希望とか。そういうものを全部、重ねてしまっている。

 

 私もいつか、あの子(・・・)と。そう思ってしまうのは、女々しいことだろうか。思い出を追いかけて、過去を探して。そうやってこの街に戻ってきたというのに、私は真実を知るのが怖くて。はぐみみたいに自分から行動することも出来ず、今いる場所の居心地の良さに甘えている。

 

 それもそれで、悪くないんだろうけど。このままみんなと一緒に毎日を過ごして、時間の流れが心の痛みを忘れさせてくれるのを待つのもアリなんだろうけど。

 

 それでも、近い未来に。私はきっと、自分から前に進むことを決めると思うから。大切な「今」の友人が、その勇気を与えてくれたから。

 

 

 だから、その時がくるまでは。あともう少しだけ、このままで過ごしてもいいよね?

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「と、いうわけなんで。あんまり怒らないでもらえると嬉しいかなって、思うんですけど」

 

「は、はぁ? なんで私が怒る前提なんだよ」

 

 腕を組んでツンと他所へ視線を向けていた市ヶ谷さんが、心外そうに口を開いた。その顔には不満の色がありありと浮かび上がっていて、呼吸は少しだけ荒い。

 

 よほど焦っていたんだろう。いったい、どんな話を聞いて走ってきたことやら。やや涙目だった戸山さんを見た時の形相と、側にいたのが私たちだったのを確認した時のポカンとした表情の落差が未だに頭の中から離れない。

 

 流石に過保護すぎるんじゃないかって、そう思ったのは間違いないけど。多分、私も彼女と同じようなものだから。

 

 たしかに、気の弱い友人が複数人に連れ出されたと聞いたら。市ヶ谷さんがああなったのも、理解できない話じゃなくて。

 

 気を抜けば浮かびそうになる苦笑を抑えながら、どうやって市ヶ谷さんの機嫌を取り戻すか考えつつ、言葉を返す。

 

 素直に謝っておくのが、一番だろうか。

 

「だって市ヶ谷さん、戸山さんのこと心配して探しにきたんですよね? いや、ほんとすみません。ちゃんと連絡入れとくべきでした」

 

「…………別に、香澄がどこで何してようと私には関係ないだろ」

 

「あー……そんな言い方してると、また誤解されちゃいますよ。戸山さん、言葉通り受け取っちゃうんですから」

 

 この人も大概、素直じゃない。ニュアンスとしては「気にしてない」って伝えたかったんだろうけど、もうちょっと言葉を選んだ方がいいと思う。

 

 自分自身でも、思い当たるところがあるんだろう。それとなく戸山さんの方へと視線を向けて…………はぐみとの会話に夢中になって、今の言葉を聞かれていなかったことに安堵のため息を漏らしている市ヶ谷さんは、見ていてなんとも焦れったい。

 

 戸山さんとはぐみの仲睦まじげな様子を見て複雑そうな顔をしているところなんか、本当に分かりやすい。眉間に皺が寄りそうになっていて、それを必死に堪えている。戸山さんが嬉しそうなことに対する喜びが半分、嫉妬が半分といったところだろうか。実際はもっと複雑なんだろうけど、流石に探ろうとは思わない。

 

 だけど、どこか寂しげな横顔を見ていたら。そんなつもりはなかったのに、自然と口が動いていた。

 

 

「心配しなくても、戸山さんは取られたりしませんよ」

 

「はぁ!? 別にそんな心配してねーよ! っていうか、もともと私のモンでもねーし!」

 

 市ヶ谷さんから流れてくる感情の波が、動揺の大きさを何よりも雄弁に物語っている。

 

 あれだけ仲がいいというか、お互いを大切に思っているというのに。自分から離れていってしまうのでは、なんて考えちゃうところも。程度の差こそあれ、以前の私そのものだから。余計な一言だって分かっていても、口にせざるを得なかったというか。

 

 まぁ、この反応を見る限りでは。彼女も本当は分かっているんだろうけど。それでも「もしも」を考えてしまうのが、私たちみたいな人間の性分なんだろう。

 

 お節介を焼きたくなるというか、なんというか。とにかく、目が離せない。

 

 

「あっ、有咲ちゃん! どうしてここに?」

 

 市ヶ谷さんの声が大きかったから、流石に気づいたんだろう。戸山さんは目を丸くしてこっちを…………市ヶ谷さんを見ていて、小さい歩幅でトコトコと歩み寄ってきた。もちろん、はぐみも一緒だ。

 

 市ヶ谷さんはその二人の様子を見て、一瞬だけなんとも言えない表情を浮かべたけれど。戸山さんに見られているという事実が、自制心を働かせたのか。割とすぐにいつもの…………いつもの? 仏頂面に戻ってから。あー、とか、うー、とか。ちょっとした唸り声をあげて、戸山さんにかける言葉を探し出した。

 

 少しずつ変わる表情は、傍目にはちょっと変に映るものだけど。ずっと一緒にいた戸山さんからすれば、見慣れたものなんだろう。心底嬉しそうな笑顔を…………それこそ、他の誰にも見せることがないような。特別な笑みを浮かべて、市ヶ谷さんの側に寄り添っている。

 

 …………この笑顔を見るだけで、市ヶ谷さんの考えすぎだってのは分かりそうなものだけど。案外、当事者には分からないもんなんだろう。好かれている、愛されているというのは。あえて少し距離を置いてこそ、自覚できるものだから。

 

 それが分からないくらい、彼女たちは一緒にいて。だからこそ、自分たちを客観的に見る機会なんてのは、これまで一度も無かったんだ。

 

 戸山さんの方は、この前のである程度ふっきれたみたいだけど。この分だと、市ヶ谷さんの方は気がつくのにまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 自分に向けられる好意に関しては、鈍感なんだ。

 

 

「教室に迎えにいってもいねーから、迎えにきたんだよ」

 

「あっ、ごめんね…………その、私、ちゃんと連絡した方がよかったよね」

 

「いや、奥沢さんから連絡貰ってたから。大体の事情は聞いたし、気にすんなって。あと、すぐに謝ろうとするのやめろって」

 

「う、うん…………あ、その、奥沢さん、ありがとうございます。有咲ちゃんのことも、なんですけど、その、北沢さんのこととか、ほんと、色々」

 

「…………ああ、いや、気にしないで。私は大したことしてないし」

 

 戸山さんが気負わないように、なんだろうけど。なんかサラっと連絡した事にされて、それに礼を言われた。せっかく市ヶ谷さんが気を遣ったわけだから、訂正するようなことでもないけど。むず痒いというか、モヤモヤするというか。

 

 無意識のうちに、変な目になっていたのか。私と目があった市ヶ谷さんは誤魔化すように咳払いをして、それから戸山さんの手を引いた。

 

 

「ほら、一緒に帰るぞ。りみも待ってるんだからな」

 

「あっ、ちょっ、有咲ちゃん!?」

 

 その強引さは、分かりやすい照れ隠しなんだろう。市ヶ谷さんは一度だけ目礼をしてから、戸山さんを連れて道を戻るように廊下を進んでいく。微かに見える横顔は、ほんのりと赤く染まっていて。なんていうか、難儀な性格をしてるなって。素直にそう思った。

 

 戸山さんはこちらを気にしているのか、仕切りに振り返ってはペコペコと頭を下げている。

 

 気にしないで、という気持ちを込めて。片手を軽く振ることで、彼女の中から負い目をなくす。いつのまにか隣にいたはぐみも、大きく手を振っていた。

 

 市ヶ谷さんの突然の行動で動揺していた戸山さんも、それを見て安心したんだろう。体を半分だけこっちへと向けて、別れの挨拶を口にした。

 

 

「あ、あの! 奥沢さん! 北沢さん! 弦巻さん! き、今日は、あ、ありがとうございました!」

 

「バイバイ香澄ちゃん! はぐみのことは『はぐみ』でいいからねー!」

 

「う、うん! また後で連絡すりゅ、す、するね!」

 

 戸山さんの口から出たのは、思っていたよりも大きな声だった。それこそ、隣でブンブンと手を振りながらはしゃいでるはぐみにも負けないくらいには。

 

 もしかしたら。あの戸山さんも、子供の頃ははぐみと同じタイプの人間だったのかもしれない。

 

 角を曲がって姿が見えなくなるまで。私とはぐみは、戸山さんと市ヶ谷さんに手を振り続けていて。

 

 

 

 

「うーん? あたし、どこかで」

 

 だからこそ。いつまでも私の背中から離れようとしなかったこころが呟いた、その一言が。まるで異分子のように、強く印象に残った。





 そういえばこの作品の市ヶ谷有咲。登場時から一貫して猫を被ってないんですけど、これは戸山香澄の精神的な特徴を知った上で「なるべく不安をかけたくない」という思いやりの上で「自分を偽らない」という結論を出したからなんですよね。作品内で設定を明かすのがベストなんですけど、メタ的な視点があるから分かることなのでここでサラっと明言しときます。
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