奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

85 / 104
 


えがおのオーケストラっ! 6

「それで、こころちゃんはそれからずっとそんな感じなの?」

 

「そうなんですよ。なんか、戸山さんのことがどっかに引っかかってるみたいで…………こんなこと、いままで一度も無かったんですけどね────っと、ほら、こころ。ちゃんと歩かないと危ないでしょ」

 

 

 心ここにあらず、といった様子でフラフラと歩くこころの手を引くことで近くに寄せる。

 

 もちろん、怪我をさせてしまわないように最大限の配慮はしているけれど。あまりにも抵抗感がなさすぎて、勢い余ってつんのめりそうになってしまって。

 

「おっ、と────」

 

 こころの体が傾くよりも早く転倒の前兆を感じ取った私は、そのまま抱き寄せるようにして彼女の体を支える。傍目から見れば、私が急にこころの歩みを止めたように見えるだろう。それくらい早く反応できた私を、いまは褒めてやりたい。

 

 こんなのを放置したら、気が気でないというか。ぶっちゃけ、ハラハラして見ていられないから。

 

 彼女の両方の腕をとって、私の片腕にしがみつかせたのは。そういう、安全面を考慮した上での行動な訳で。そこに他意はない。

 

 不慮の事態が起きたとしても、これだけ近くにいれば安心だ。なんなら今この瞬間にトラックが突っ込んできたとしても、怪我ひとつさせない自信はある。いやまぁ、その想定が現実に起こることなんて滅多にないんだろうけど。

 

 

「あはは…………美咲ちゃん、お母さんみたいだね」

 

「…………せめて『お姉ちゃん』って言ってくださいよ」

 

「ふふっ、ごめんね?」

 

 四苦八苦している私の姿が、おかしかったんだろう。花音さんは控えめに笑いながら、私を揶揄うようなことを口にした。

 

 言葉では、普通に受け答えできたと思うけど。

 

 一瞬だけ。そう、本当に一瞬だけ。今よりもずっと幼いこころを引き連れて歩いている自分の姿が頭の中をよぎって、すぐにかき消した。あまりにも絵面がよろしくないというか…………正直、だいぶ怪しいというか。なんで私は、幼児を想定しているんだろうか。

 

 花音さんへの返事が少し遅れてしまったけれど、不自然に思われていないっぽいのはありがたい。

 

 

 愛想笑いで誤魔化しながら、すっかり慣れた景色を進む。

 

 

「おーい! みーくん! こころん! 花音先輩! はやくはやくー! 薫くんが待ちくたびれちゃうよー!」

 

 私たち三人よりもだいぶ先の道中で足踏みをしているはぐみは、いつもに増して元気いっぱいだ。エネルギーに満ちているというか、勢い余って溢れているというか。ほんと、少し前まで見せていていた繊細な一面は、どこにいってしまったんだろうか。

 

 悩みが解決したのは良かったと思うけど。それにしたって調子がいいというか…………いや、まぁ、いつものはぐみに戻ってくれたのはいいんだけどね。あんまり辛そうな顔をされると、調子が狂うし。

 

 ただ、こころの家まで走っていこうとするのはやめてほしい。決して遠い距離じゃないけど、一息でたどり着けるほど近いってわけじゃないんだから。私やこころはともかく、花音さんには荷が重すぎる。あと、途中で逸れて迷子になっている姿が容易に想像できる。

 

 とにかく、離れられると困る。こころがまだ放心気味な以上、早足で進むってわけにもいかないし。距離が開いたら開いたで、今度ははぐみのことが心配で仕方がない。

 

 こころもはぐみも同い年で、ほんとなら迷子を心配したりする必要なんてまるでないんだけど。あの落ち着きのなさと行動力の高さが、どうしても目を離すことを躊躇わせるというか。まぁ、何処にいても障害物で遮られてても見失うってことはあり得ないんだけど。不慮の事態に対応できるか否かっていうのは、かなり重要だし。

 

 というか、年上の花音さんが迷子にならないように見張っている現状が、状況としては一番おかしいんだろうけど。これに関してはもう、諦めているというか…………うん、誰だって欠点の一つや二つくらいあるのは仕方がない。

 

 仕方がないけど、それはそれ。走って怪我でもされたら困るから。なんだか年下に見えてきた同級生へ、母親のような注意を投げかける。

 

 

「はぐみ! あんまり離れすぎないようにね!」

 

「でもでもみーくん、はぐみ、いますっごく演奏したい気分なんだー! うーん、やっぱり我慢できないや! 先にこころんの家に行ってるね!」

 

「いやいや、今日は会議だって行ったじゃん! 作曲について────って、はやっ!?」

 

 運動部で鍛えられた身体能力の高さを、これでもかと発揮して。こころの家に続く道を瞬く間に駆け抜けたはぐみは、曲がり角の奥へとあっという間に姿を消してしまった。

 

 言葉にならないうめき声みたいな音が、私の口から勝手に吐き出される。前からそういう気があったけれど、今日は特にそれが酷い。暴走気味というか、周りのことが目に入っていないというか。

 

 世の中の保護者というのは、いつもこんな風に子供の突飛な行動に頭を悩ませているんだろうか。私は保護者じゃないし、はぐみは子供って歳じゃないけれど。なんだろう、他人事とは思えない。

 

 いやいや、もうちょっとこう…………年相応の落ち着きをさ。いつまでも子供のような純粋さを忘れないのが、はぐみの魅力だっていうのは分かっているんだけど。纏める側の立場に身を置くと、結構厳しいものがある。

 

 

「は、はぐみちゃん…………行っちゃったね」

 

「…………まぁ、何かあったら黒い服の人たちがなんとかしてくれるでしょう」

 

「だ、だといいけど…………あの、私に気を遣わなくてもいい、よ? こころちゃんは私が見てるから、はぐみちゃんを追いかけ」

 

「いや、あんまりこういうこと言いたくないですけど正直花音さんが一番心配なんで…………このまま三人で行きましょう。絶対に、私から離れないでください」

 

「ふえっ」

 

 花音さんがあまりにも迷子になりやすいもんだから。彼女と一緒に歩くときは、極力離れないようにしている。この人と今のこころを一緒にするなんて、自殺行為に等しいだろう。万が一別れてしまっても迎えに行けばいいとはいえ、それまでにどれだけの心労を花音さんに与えてしまうことか。

 

 この人に謝らせてしまうくらいなら、恥ずかしい思いをさせてでも一緒にいた方がいいというのは。私の中ではもはや大原則といってもいい。

 

 

 空いている方の手で、彼女の手をとる。

 

「あっ…………」

 

「念のため、こうしておきましょう」

 

「う、うん…………そうだよね、また、迷惑かけるわけにはいかないし」

 

 年下に手を引かれるというのが。花音さんにとって、どれだけ恥ずかしいことなのかは分かっている。彼女から伝わってくる感情の多くは…………それはもう、逆にこっちが恥ずかしくなってくるくらいの緊張感に満ちていて。

 

 表面上は平静を装っている彼女も、心の中ではそれなりに固くなっているんだと思うと。本当に、申し訳ないというか。

 

 文句ひとつ言わずについてきてくれることが、本当にありがたい。この問題だらけのメンバーの中で、どちらかといえば大人に近い感性を持っているのは花音さんだけだから。その彼女が配慮してくれているということが…………うん、助かっている。

 

 

 ただ、それにしたって。流石にそろそろ、手を繋ぐことにも慣れてくれていいと思うんだけれど。

 

 繋がれた片手を握る彼女の掌は、やや強張っていて。なんだろう…………肉体的な接触が苦手なんだろうか。

 

 そんなことを考えながら花音さんの手を見ていると、私に視線が向けられていることに気がついた。顔を上げれば、頬をやや赤く染めた花音さんと目が合う。

 

 ここ最近見慣れた表情。物言いだけな感じなのに、遠慮している…………そんな表情。

 

 自分でも気がつかないうちに、首を傾げていたんだろう。それを見た花音さんは慌てたように顔を逸らして、無理やり視線を前の方へと向けた。横から見える彼女の顔は、さっきよりも赤くなっていた。耳まで真っ赤で、どこか熱っぽい。

 

 

 嫌がっているわけじゃ、ないと思うんだけど。

 

 色々な感情がごちゃごちゃしているから断定は出来ないけど、嫌われているわけでもないみたいだし。たぶん、初心なだけなんだろう。なんていうか…………本当に、可愛らしい人だ。そんなことを口にしたら追い討ちをかけるようなものだから、絶対に本人には言わないけど。

 

 

 両手にそれぞれ別の体温を感じながら。ゆっくりと、はぐみのあとを追う。世の中の男子が今の私を見たら、なんて思うだろうか。両手に花というのは、こういうことを指して口にするんだろう。

 

 花音さんの感情に、影響されたのか。妙に熱くなった体には、そよ風が気持ちよく感じられた。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「美咲、あたし決めたわ!」

 

「ふえっ」

 

「うわっ、なに、急にどうしたの」

 

 あと少しでこころの家に着く、そんなタイミングだった。何を言ってもほとんど無反応だったこころが、突然そんなことを口にした。

 

 完全に油断していた花音さんは体をビクッと震わせていて、私もちょっとだけ驚いた。それまで組んでいた腕を解いたこころは、そのまま両手を腰に当てて私たち二人の前に仁王立ちした。

 

 その姿を、上から下まで眺める。魂が抜けたようにぼーっとしていた表情はいつも通りの明るい笑顔になっていて、力が抜けていた体からも活力が感じられる。本当に、さっきまでの調子はなんだったんだっていうくらい。それはこころの普段から見せている姿そのもので、思わず安堵のため息が漏れそうになった。

 

 それをグッと堪えて。その代わりに、開いた口から彼女へ問いかけの言葉を投げかける。

 

 

「で、いったいなんだったの? 決めたって、なにを?」

 

「そう、決めたのよ! あたし、これ以上香澄のことを考えるのはやめるわ!」

 

「…………はい?」

 

 また何か突拍子も無いことを言いだすもんだと思っていたから。意外だったというか、意味が分からないというか。珍しく何事もなかったことに、拍子抜けしてしまった。

 

 いや、だって、ほら、こころのことだから。戸山さんを私たちの仲間にしよう、とか…………いきなり言い出してもおかしくないわけだし。

 

 聞き間違えたかと思って、ついつい聞き返すような語調になってしまったのは仕方がないだろう。

 

 それを、相槌かなんかだと判断したのか。こころはそのまま、言葉を続けた。

 

 

「それがね、不思議なの。最初は、なにか違和感があるっていうか…………そう、変な感じがしたの! 普通なのに(・・・・・)普通じゃない(・・・・・・)っていうのかしら? なんだか他の人とは違う感じがして…………だから、それがなんなのか確かめようと思ったの!」

 

 …………正直な気持ちを言えば。私は少しだけ、こころの言っていることに心当たりがあるというか。ぶっちゃけ、ちょっとヒヤリとした。

 

 なにせ、私も最初は彼女に対して違和感を感じていたのだから。こころが戸山さんから何かを感じ取ったとしたら、それが最初に思い浮かんだのは当たり前だと思う。

 

 ただ、いくらこころの勘が鋭いといったって。それはあくまで、普通の人間の範疇を出ないはずだから。それらしい素振りを一度も見せていない戸山さんの秘密を、しかも初見で感じ取ったなんていうのは。流石に無理があるというか、私の勘違いだと思いたいというか。いや、でも…………まさか、そんな。

 

 不意に襲いかかってきた感情を無視するために、今度は自分の意思で相槌を入れる。

 

「えっと…………それで?」

 

「それで…………わからなくて、モヤモヤしたから。ジーッと観察してみたの。美咲のことで分からないことがあったら、目を見たら分かるようになるじゃない? だから、香澄のことも同じようにわかるかなって思って…………でも、ほとんど何もわからなかったわ!」

 

 チラリ、と。花音さんの様子を確認する。こころがだいぶ危ういことを口にして、怪しまれていないか気になったけど。

 

 うん、やっぱり花音さんも意味がわかってないっぽい。目を丸くして、口を半開きにして。頭の上に疑問符を浮かべて、首を傾げている。よかった、何も伝わってない。

 

 いや、私もこころが何を言っているのか分かってないけど。

 

 

「あー、いや…………うん? ほとんど?」

 

「そうなのよ! 最初は変な感じがしてたのに、だんだん変わっていって…………懐かしい、っていうのかしら? 昔どこかで見たことあるような、ないような? そんな気がしてきたの…………それが、わかったこと」

 

「それって、戸山さんに会ったことがあるってこと? その、はぐみみたいに」

 

「そうなのかしらね? でも、どうしても思い出せないっていうか…………たぶん、会ったことはないと思うのだけど」

 

「いやいや、どっちなのよ」

 

 相変わらず、直感型というか。心が読めても、意図が理解できないなんて。きっと、この子と日菜さんくらいのものだろう。誤魔化してたり、嘘をついているわけでもなく。本心からそう感じていて、その意味が伝わってこないんだから。ほんと、複雑怪奇という言葉がすごく似合っていると思う。

 

 

「気がするってだけで、気のせいなのかもしれないわね。とにかく、それでモヤモヤして…………香澄のことを考えていると、頭の中がぐるぐるしたのよ。どうしてもわからなくて、でも、思い出さなきゃいけない気がして…………」

 

 私のツッコミを受けながら。こころは自分の中で、ある程度の結論を出したんだろう。言葉に込められた意思が明瞭になって、瞳がまっすぐとこちらを見つめている。なによりも綺麗な黄金の輝きが、ひときわ強く瞬いて────。

 

 

「だから、忘れる(・・・)ことにしたわ! だって思い出せないことをいつまでも考えていたって、楽しくないじゃない! …………さ、美咲! はやく会議を始めましょう! 沢山の笑顔が、私たちを待っているんですもの! 一分一秒でもはやく、このワクワクを形にしたいわ!」

 

「…………ええ?」

 

 こころの話を聞いて分かったのは。結局のところ、ずっと考えていたのにも関わらず何一つ分かってないということで。

 

 それでも全く気にした様子のないこころを見て、今のはなんだったんだと。私や花音さんが心配していた意味は、どこにいってしまったんだと。全身を包み込むような徒労感が、文句を口にする気力すら奪っていってしまって。

 

 それなのに、当の本人は気楽そうに鼻歌なんて口ずさんでいるんだから。いや…………なんだ、やっぱり、この子に悩み事なんてのは無縁なんだなってのが分かっただけ、意味はあったと思うというか。思いたいというか。

 

 

「あ、ある意味…………こころちゃんらしい、のかな?」

 

「花音! あなた、いつのまに合流したの?」

 

「…………えっ!?」

 

「いやいや、気がついてなかったの!? 割と前から一緒にいたよ!?」

 

「あら、そうだったの! ごめんなさい、花音。あたし、ちょっと考え事をしていたから」

 

「い、いや、あの…………別に、気にしてないよ?」

 

「いやいや、花音さんもそこは怒っていいと思いますよ?」

 

「えっ、で、でも、私は、本当に気にしてないから」

 

 人が良すぎるっていうのも、考えものだと思う。ぽかんと口を開けて手を横に振っている花音さんは…………本当に、ほとんど気にしていない。そりゃ、ちょっとは引っかかっているみたいだけど。それにしたって、ほとんど零に近い程度のものだ。

 

 ある意味、私たちの中で一番心が強いかもしれない。あんなにワタワタとしていて、普段から怯えているというのに。こういう時に限って、精神力の高さを見せつけてくるのだから。なんだかんだいってこの人も、割と変人の枠に入るかもしれない。ほら、こころが見つけてきた人の一人な訳だし。

 

 

 

「こころーん! そんなところで何やってるのー? はやく始めようよ!」

 

「はぐみ! 待たせたわね! いまいくわ! ほらっ、美咲と花音も一緒に!」

 

「あっ」

 

「わっ」

 

 様子を見に戻ってきたんだろう。はぐみによって呼びかけられたこころが、いつもの強引さで私たちを引っ張った。

 

 私が左手を、花音さんが右手を。こころに連れられて、否が応でも足を動かさせられる。

 

 まぁ、私は抵抗しようと思えばいくらでも出来るんだけど。だからといってやるかどうかを問われたら、そりゃ否定するしかないわけで。

 

 

 結局、何もかもを有耶無耶にされて。私は今日もまた、こころに手を引かれて。自分の意思で、一歩前へと進んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。