「これで全員揃ったわよね? それじゃあ、今日はこれからのあたしたちの活動について! 作戦会議をするわよ! ────美咲!」
「はいはい…………それじゃあ、私からみなさんにお知らせがあります」
説明役をこころから受け取りつつ、全体を見渡す。花音さん、はぐみ、薫さん。バンドのメンバー五人が揃うと、この広い部屋もそれなりに賑やかになる。
まとめ役というか……連絡係を任されている以上、私はそれぞれとそれなりの頻度で会話したりしているけれど。こうして一堂に会するのは、実に数週間ぶりだ。
そもそも、バンド活動自体がこころの思いつきみたいなものだから。当然、何もかもが噛み合うというわけにはいかなくて。
全員で集まる機会というのは、思った以上に多くない。当たり前のことだけど、ここに揃った五人にもそれぞれ生活というものがあるわけだから。
ただでさえクラスも学年も、薫さんに至っては学校自体が違うわけだし。学生という身分に収まっている以上は、色々とやるべきことも多い。
私とこころはほとんど毎日一緒にいるとはいえ、私はアルバイトやらなにやらで都合がつかないこともある。メンバー内で一番距離が近い私たちですらいつでもスケジュールが合うわけじゃないんだから、これが五人ともなると…………うん、全員が集まれるのは良くて週に一度くらいだ。
花音さんは来年には最高学年になる以上、勉学の方もそれなりにこなす必要がある。ファストフード店でバイトもしているらしいし、わりかし多忙な方だと思う。
はぐみはソフトボールチームのキャプテンをしていると言っていた。それが理由で休日も都合がつかない時があるし、何より実家の精肉店の手伝いだってある。その上でベースの練習を欠かさず行っているというのだから…………なんていうか、本当にすごい。
薫さんは、よく分からない。彼女のファンは花咲川にもそれなりにいて、話題としてはよく耳に挟む。ただ、本人の私生活があまりにも謎というか……演劇部の稽古とかで忙しいんだろうか。カリキュラムが違う以上、一番都合がつきにくいのは間違いないんだけど。彼女は都合をこちらに合わせてくれるので、割と助かっている。
この中で一番暇なのは私とこころだ。私はアルバイトをしている以外はほとんどこころと一緒にいることに時間を使っているし、こころは「自分の好きなように振る舞う」ことを許されている身分だから。必然的に、バンド関係の予定は私たちが主導して計画している。
「えーっと、前にちょっと話したと思うんですけど。今日、うちの学校……花咲川女子学園の文化祭でライブをするための申請書を貰ってきました」
『おーー!!』
反応は顕著だった。はぐみ、薫、こころの三人はいつも通りのオーバーリアクション。この三人は割と気質が似通っているのか、こうして同じような反応をすることが多い。息がぴったりというか、呼吸が揃っているから。セッションの時に役に立つ事も多い。
三人とは反対に、花音さんは少し不安そうにしている。やっぱり、人前で演奏することにやや抵抗があるのだろうか。こころに引っ張られる形とはいえ路上で叩けていたから、本当にダメって訳じゃないんだろうけど。
って、いうか。
「いやいや、こころはさっき教えたじゃん。なんで二人と一緒になって驚いてるの」
「こういうのは、気分の問題なのよ。知っているからって、盛り上がらないのは勿体無いじゃない! せっかく、美咲があたしたちのために用意してくれたんですもの。あたしは全力で楽しみたいと思うの」
藪蛇を突くというのとは、ちょっと違うかもしれないけど。
不意に正面から向けられた彼女の笑顔と言葉が、あまりにも眩しくて。こころのこういう所には、もう慣れたと思っていたけれど。少し、ドキッとした。
この歳になると、こんな風に素直な賞賛や感心を与えられる機会っていうのは、少なくなるものだから。ただでさえ、人との関わりを避けてきた訳だし。いつまで経っても免疫がつかなくて、嬉しくて。
誤魔化すように目をそらして、机の上に数枚の紙を並べていく。照れくささと恥ずかしさにも、いつまでも慣れないというか。
顔、赤くなっていないだろうか。なんて事ばかり気にしながら、なんでもないように装って話を進める。
「…………まぁ、その気持ちは嬉しいけどさ────あっ、必要な書類の方は私がやっておきますので。こころと花音さんとはぐみは、要点を確認してからサインだけ書いてください。薫さんは学校が違うので、申し訳ないんですけど今のうちに別で必要事項の記入をお願いします」
「ああ、問題ないよ。これでも舞台の上に立つようになって長いからね、そういうのは慣れっこさ」
いうが早いか、薫さんは自分の目の前に出された書類を上から下までじっくりと眺めて。それから、その上にペンを走らせ始めた。この人、こういうところは話が早いんだよね。
「生徒会長から要項の説明は受けてきたので、分からないところがあったら聞いてくださいね」
視界の端で慌てて筆箱を開いた花音さんとはぐみに向けて、一言付け加える。名前を書くだけだからそんなに複雑なことはないと思うけど、これでも一応は正式な書類だから。内容にはなるべく目を通してもらう必要があるし、分からない事を分からないままにしてサインだけさせるのは流石に憚られる。
書かせる方も書かせる方だが、それで安易に名前を記入してしまう方は色々と危ない。特に、二人とも可愛い女の子な訳だし。いつどんな悪意に晒されるか、分かったもんじゃない。
なるべく自衛してもらうことに、越したことはない。いや、別に今回のはそういう話題とは全く関係ないけど。スタンスとして、そういうことを疎かにするべきではないって話で。
機嫌がいいのか、鼻歌を口ずさみながら身を寄せてくるこころを膝の上に乗せて。みんなが書き終わるのを待ちながら、次になにを話すかを考える。やるべきこと、決めるべきことはまだまだ残っている。
「み、みーくん。あの、ごめん、はぐみ…………ここに書いてあることがよくわからないんだけど」
「ん? どれどれ……ああ、これはね────」
話を纏めたり、あるいは予定を立てるというのは。私が思っていたよりも大変で、だけど、慣れてくれば割と簡単なことで。面倒ごとという認識があったのにも関わらず、やってみれば案外楽しくて。
だから、自分でも驚くほどあっさりと認められたんだけど。
私はもう、自分が考えているよりも遥かに強く。この五人で一緒にいるこの時間が、好きになっているんだと思う。
「はぐみ、よく分かったよ! ありがとう、みーくん!」
「────ううん、こちらこそ。ありがとう」
☆ ☆ ☆
「うん…………見た感じ問題なさそうなので、このまま回収しますね。今後も何かしら書いてもらう必要のある物とか出てきたら逐一伝えますので、その時はよろしくお願いします」
一番時間がかかると思っていた薫さんが、最も早く書類を提出してくれたから。書類関係の話はスムーズに終わらせることができた。
いつもこれぐらい話が早ければ、もっと楽ができるというか。色々と助かるんだけど。まぁ、そういうゴタゴタも含めてのバンド活動なんだろう。こころもみんなも楽しそうにしているならば、問題はない。
疎らに返ってくる了承の言葉を聞きながら。生徒会室でもらったクリアファイルに紙を戻して、鞄の中に入れる。
黒い服の人たちがいつの間にか用意してくれていた飲み物を一口飲んで、喉を潤して。それから、次の話題を切り出す。
「じゃあ、次はライブの話をしたいと思います」
「文化祭って、だいたい二ヶ月くらい先の話だったよね。それだったら、準備のための時間も十分ある…………のかな?」
花咲川組で一番しっかりしているだけあって、日程も頭の中に入っているらしい。普段は迷子の印象が強すぎて目が離せない花音さんも、こういう時にはとても頼りになる。
ただ、今から話すのは
「今日決めておきたいのは、その前にやるライブについてです」
「そ、その前……って?」
「先日、私と薫さんがSPACEというライブハウスで突発的に演奏をすることになったってのは話したと思うんですけど「ああ、あれは実に儚い出来事だった」…………それで、その時にちょっとした繋がりができたというか。出演したバンドの人たちに色々と声をかけてもらったんですよ」
当時のことを思い出して自分の世界に入り込んでいる薫さんをスルーしつつ、鞄の中から新しい紙を取り出す。
英語のタイトルが中央に大きく書かれた、ポップなデザインのチラシ。裏を返せば、内容についての説明がそこそこ詳細に記されていて。
それを見た時点で私が言いたいことを察したんだろう。期待と不安、その両方を織り交ぜた感情がみんなから伝わってくる。
立ち上がる時に、膝の上から降ろした後も。こころは相変わらず、鼻歌をうたいながら期待一色で楽しそうにしているけど。その紙を見た瞬間に目が強い輝きを宿したのは、私の勘違いなんかじゃないと思う。
今の私は、ちょっとだけ得意げになっているかもしれない。だって、まだ説明もしていないというのに。こころも私も、こんなに楽しい気持ちになっているのだから。
なにも始まっていないのに、胸を膨らませている。
いや、ちがう、ここからだ。ここから、私たちの本当の活動が始まるんだ。
全員の目を一瞥して、それから息を吸う。たった一言を告げるだけで、こんなにもドキドキしている。言葉にすることで、何かが変わりそうな予感がしている。それは例えるならば、あの星空の下で。こころに自分の気持ちを伝えた、あの時のように────。
「────その人たちから、初心者でも出られるライブイベントを教えてもらいました。開催はこれから一ヶ月後で、既に申し込みはやってあります。日程が数日に別れていて、いつなら出られるか、とか。私がちゃんと確認したので、全員問題ない日で…………あとは曲を用意して、練習して、本番を迎えるだけです」
言った、言ってしまった。
ゴクリ、と。唾を飲み込むような音が、どこからか聞こえてきた。花音さんか、はぐみか、あるいは薫さんか。それとも、自分が気づいていないだけで。実は私のものだったのかもしれない。
はぐみはポカンとしていて。薫さんはなにを考えているのかわからないキメ顔で。そして花音さんはやっぱり、言葉を失っていて。そのある意味では予想通りの反応に、思わず笑ってしまいそうになる。
ただ、緊張感というか。全体に広がった静寂と、それが破られそうな雰囲気というものが。まるでボルテージが上がっていくかのように、少しずつ高まっていって。
それを最初に爆発させたのは、こころだった。
「すごいじゃない! こんなに早くライブが出来るなんて…………ねぇねぇ美咲、どうしてもっと早く教えてくれなかったの!?」
ガタッと音を鳴らして、椅子から立ち上がって。両手を胸の前に置きながらぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ彼女の姿は、これまで見たことがないほど嬉しそうで。時折見せる大人っぽい雰囲気とのギャップも相まって、見慣れた表情のはずなのに、妙に子供っぽく見えてしまう。
その笑顔につられて、私の頬も緩む。こんなにも喜んでくれるのだったら、調整とか挨拶とか連絡とか、色々頑張った甲斐があったというものだ。
今にでも抱きついてきそうな彼女の肩を抑えて、そのまま元の席に座らせる。気持ちはわかるけれど、あんまり跳ねて回られたら落ち着いて話ができない。
私を信用してくれているのか、なされるがままに席に着いたこころはそのままウキウキと椅子の上で体を揺らしていて。それがまた、なんとも可愛らしい。
だけど、いつまでも彼女ばかり見ているわけにもいかない。他の三人も含めた、全員が理解できるように十分な説明をする必要がある。
「今まで黙っていたのは、驚かせるため…………じゃなくて。単純に、話が通るかどうかが分からなかったんだよね。初心者でも出られるって銘打っていても、私たちはまだ一曲も用意していないわけだし。そこらへんの交渉というか、受け入れてもらうための説明が終わっていなかったから。じゃあ、ぬか喜びさせるよりは。決まってから教えた方がいいかなって、そう思ったんだけど…………」
あと、みんなには言わなかったけど。ここで周知したら黒服の人が無理やりにでも枠を作る可能性もあったから。運営側がNOを出したとして、それを覆してまでこちらの要求を通す可能性が…………ないとは言い切れなかったから。
こころがなにも知らないならともかく。申し込んだということを知っていて、そしてダメでしたーって話になってしまったら。あの過保護な大人たちは、道理を捻じ曲げて無理を通すことも躊躇わないかもしれない。
私の考えすぎだったら、問題ないんだけど。流石にそういう…………こう、バンドに関係ない力を行使するのは。私的には、無しだと思うし。
だから、こころにも黙って話を進めてた。それは……なんだ、正直ちょっと申し訳ないと思うけど。でも、納得したように頷いてくれているわけだし。嬉しそうだから、問題ないかな? 見方を変えれば、サプライズみたいなものだし。こころ、そういうの好きそうだし。
「なるほど、たしかに。急な話で驚いたけど、美咲には深い考えがあったんだね…………ふふ、私も楽しみで仕方がないよ! たとえ何度同じ経験しても、この気持ちが薄れることなんてないんだろうね」
次に声をあげたのは、薫さん。少し前までは感極まったように自分の体を抱きしめていたのに、既にいつも通りの飄々とした態度を取り戻している。
だけど、いつもよりも声が少しだけ高くなっているから。彼女も彼女で、興奮しているのは間違いないんだろう。抑えきれないほどの感情の動きを、役者という分厚い皮で隠して。話を進めるために、冷静であろうと徹している。
「実は、今日集まってもらったのはそのライブに向けて曲を作ろうって話がしたかったんですよね。私たちもそれなりに個人練を重ねて、それぞれの演奏レベルも人前に出せるレベルにはなったと思うんですよ。だから…………文化祭の前に、練習と本番を兼ねて。一回、みんなでステージの上の雰囲気を経験しておきたいんです」
「はぐみは、賛成! それ、すっごくいいと思う! コードとかは頑張って覚えたんだけど、一人だとちょっと物足りなくて。そろそろみんなで曲を演奏したいって思ってたんだ!」
「そ、そうだよね……私たちも、ライブを…………うぅ、今から緊張してきちゃった」
はぐみの全身を使った賛同と、花音さんの控えめな肯定。もしも気が乗らない人がいたら説得するか、あるいは予定を変更しようかと思っていたけれど。
思った通りというか、むしろそれ以上に。みんなのライブへの意欲は高くて、これならば、なんの問題もない。
少しだけ、反対されたらどうしようって気持ちもあったけれど。そのちょっとした不安も、溶けるように消えてしまった。
「こころ、花音さん、はぐみ、薫さん」
一人一人名前を呼んで、それぞれの顔を見る。みんなやる気に満ちた、いい表情をしている。不思議な高揚というか、一体感が溢れてくるのがわかる。誰からともなく、頷いて。私は、言葉を続ける。
「ライブ、やりましょう」