「じゃあ、早速ですけど。どんな曲をやるのか、について話し合いましょう」
『おー!』
「へ? …………お、おー」
「花音さん、恥ずかしいなら無理しなくて合わせなくても…………」
相変わらずノリがいいというか、私と花音さんを抜いた三人は気合十分を軽く通り越していて。机に身を乗り出して片腕を突き出し、タイミングよく鬨をあげている。一歩遅れた花音さんも律儀に同じことをしているけれど、三人とは違って勢いが足りないというか。しりすぼみになって、今にも消えてしまいそうというか。
あまりにも浮いていたから、つい水を差すようなことを言ってしまった。その一言が、かえって羞恥心を刺激したんだろう。火が出そうなくらい真っ赤な頬を両手で抑えながら、目尻に僅かに涙を浮かべて、こちらに縋るような視線を向けてきている。
ほんと、可愛い人だと思う。この人のこういう顔を見るたびに、私より歳上だということを失念しそうになる。いや、間違いなく頼りにはしてるんだけどさ。
「で、この中でなにか希望がある人はいますか? ポップスとか、ロックとか、一口にバンドといっても色々あるみたいなんですけど」
私が口にしたのは、全員に向けた言葉だったけど。五人中、私を含めた四人は同じ人物の方へと視線を向けていて。
何だかんだいって、みんな考えていることは同じで。このバンドはこころが集めたメンバーで出来ていて、こころの思いつきを叶えるために集まっているから。こういうふうに何かを決めようって時は、自然とこころの意見を聞こうとする。
「あたしは────」
全員の視線を受け止めながら。こころは瞳をキラキラと輝かせて、口を開いた。
「────特に決めてないわね!」
「あっ、そうなんだ…………私は、てっきり。こころのことだから、もう決まってるもんだと思ってた」
「あたしは沢山の人たちが楽しくなって、自然と笑顔になってくれるような曲がいいの。ぽっぷす? とか、ろっく? とか。特に、これ! って感じの拘りはないわね。だって、勿体無いと思わない? あたしは、最初から何もかも決めてしまうよりも、色々な曲を演奏する方が楽しいと思うわ!」
「…………まぁ、たしかに?」
やっぱり、こころは色々と考えていると思う。普段の行動が考えなしに見える分、その中身に触れるたびに感心してしまう。
子供のような理屈を、本気で実践しようとする。幼さゆえの純粋さと、論理的な思考を無理なく同居させているというか。むしろ、子供だからこそ見えているものがあるというか。私みたいにごちゃごちゃと色んなことを考えてしまう人種にとっては、そういう分かりやすいところがとても羨ましい。
だからこそ、私は彼女の「やりたいこと」の助けになりたいと思ってしまう。
「じゃあ、こころが好きな曲のカバーでもやる?」
「それもいいけれど…………やっぱり、あたしたちだけの曲がやりたいわね! あたしたちで作った、世界に一つだけの音楽をやってみたいわ!」
「なるほど…………オリジナリティを持つことは大切だね」
「でもでも、作曲ってどうやってやるの?」
薫さんがこころの意見を支持して、はぐみが疑問を口にする。こころが主体になりながら、それぞれがこれからの活動に意欲的だ。やっぱり、ライブをやるって決めたのがいい方に働いたんだろうか。普段から全力で物事に取り組む三人だけど、これだけやる気を見せられると…………なんだか、ちゃんと活動できてるんだなって。ちょっと安心する。
鞄の中から新しい紙を取り出して、机の上に広げる。時間を見つけて、あらかじめ印刷しておいたものだ。必要になるって分かっていたから、前もって用意しておいた。
「こころがそう言うと思ったから、色んなバンドの人に作曲の仕方について聞いといたよ。これ、全員分刷ってあるから」
「あら? 美咲、なんだか…………今日はすごく準備がいいのね」
「まぁ…………その、私も楽しみだから、ライブ」
「美咲がこんなに頑張ってくれてるんだから、絶対にいいライブになるわね! さ、みんなで読みましょう!」
まるで、麻薬みたいだ。正面から褒められて、喜んでもらえて。自分が役に立っているという充実感と、笑顔を向けてもらえることへの満足感。それが、大切な友人が相手なのだから。緩みそうになる顔を抑えるので、割と精一杯というか。
たぶん、尻尾がついてたらぶんぶんと振り回しているんじゃないだろうか。
こころはよく笑顔笑顔って口にするけれど…………うん、たしかに。笑顔を向けられるというのは、これでなかなか心地いい。歳を経るに連れて失いがちな温かさというものが、胸の中を満たしてくれるのを感じる。
「えっと…………なんだか、どれも難しそう、だね」
上から一通り目を通し終わったんだろう。花音さんは困ったような顔で、そう口にした。言葉こそ出していないものの、はぐみもぶんぶんと首を縦に振っている。
「まぁ、割とみんなやり方は別々というか。人によって作曲の手順が違ったりなんで、自分たちに合った方法を見つけるための参考にしてほしいって言ってましたから。これを見ながら、全員で意見を出し合いましょう」
「ピアノやギターで弾いて作る、か」
ピアノ、の部分でみんなの視線が紙面から私へと移り変わる。たぶん、反射みたいなものでそこまで意味があるわけじゃないんだろうけど。こうも期待に満ちた感情を向けられると、なんだかむず痒い。
全員を代表して、こころが口を開く。
「ピアノなら、美咲が弾けるわよね?」
「まぁ、こころがやれっていうなら頑張ってみるつもりだけど。一応バンド活動の根幹に関わることだから、もうちょっといろいろ考えてみたほうがいいと思うよ? こころ的にいえば、最初から全部決めてしまうのはもったいないって、そんな感じ」
「あら、たしかにそうね」
正直なところ、やれないことは無いと思う。
ただ、こころにも言った通り。最初からそれで決め打ちしてしまうのは、違うんじゃないかっていう気持ちがある。せっかくのバンド活動で、メンバーは私一人ってわけじゃないんだし。
全員で議論した上での結論がそれなら、拒むつもりはないけれど。そうじゃないなら、いろんなやり方を模索していくほうが健全というか…………バンド活動『らしい』と思うし。
「そこで『出来ない』って言わないあたり…………前から思ってたけど、美咲ちゃんって、その、凄いよね」
紙を机の上に置いて、両手の指を胸の前で絡ませながら。割と突然の賛辞を投げかけてきた花音さんからは、本当に心の底からそう思っているっていう気持ちが伝わってきて、素直に照れくさい。
普段はおどおどしているのに、どうしてそういう事ばかりさらっと口に出来るんだろうか。
「…………なんていうか、最初から出来ないって決めつけるのはよくないって教わったばかりなんで。いやまぁ、全くの素人なんで期待されても困るんですけど、やるだけやってみようかなって」
「へぇ、いい考えだね」
「私も、そう思います」
間接的にこころのことを褒められていることが、自分のことのように嬉しく思えるのは。きっと私が、こういう会話をすることに慣れてきているからで。
それもこころのお陰なんだと思うと、どこまでいっても彼女の存在を感じられて。
今の自分のことが、前よりも好きになれる気がする。
「いい考えだと思いますよ、ほんと」
☆ ☆ ☆
その後も、会議は続いた。
「ねぇねぇみーくん、でぃーてぃーえむってなに?」
「あー、たしかデスクトップミュージックの略で…………平たくいえば、パソコンを使って作曲すること、かな? 専用のキーボードとソフトを使って、音を聞きながら少しずつ編集するんだって」
「へぇー、面白そうだけど…………はぐみには難しそうかな」
「機材も揃える必要があるし…………そこは黒服の人がなんとかしちゃいそうだけど、それはそれとして、ハードルは高いほうかな。使いこなせれば便利なんだろうけど、私たちなら普通に楽器を使った方が早いと思う」
「楽譜を書ける人は…………いないよね?」
「私はやったことないですね」
「はぐみも…………コード進行なら、にーちゃんに教わったことがあるから。ちょっとは分かるんだけどなー」
「そういえば、はぐみはもともとギターが弾けるんだっけ。何気に凄いっていうか、多才だよね」
「えへへ、そう? はぐみ、褒められたのって久しぶりかも」
「私も、舞台の脚本なら書いたことはあるが…………残念ながら、楽譜を書いた経験は…………」
「うーん、どうしようね」
結構な議論を重ねたけれど、結論は出ていない。というより、経験不足が露骨に出てきてしまっているというか。
分かっていたことだけど。楽器に触れたことこそあれど、作る側に回ったことのある人が一人もいないというのが原因で。知識も技術も不足しているわけではないのに、思っていた以上に難航してしまっている。
こうなってくると、一番最初に出てきた案が一番現実的に思える。私がピアノを弾いて、それで曲を作る。
出来なくはない、筈だ。今の私は小さい時の経験を風化させることなく持ち込んでいるし、最近はそれなりの時間をキーボードの練習に充てていたから。感性も発想も、最低限のコンディションは保っているし。
なにより、この五人で一緒にいる時間のことを考えると。次から次へと発想が浮かび上がってきて、頭の中に曲のイメージが出来てくるから。そういうやり方も、ありなんだと思う。
ただ、なにかが足りないというか。
普通、言い換えれば無難。なんの問題もないけれど、それがベストであるとはどうしても思えない。
本当は、分かっている。へんな言い方になるけど、頭の回転は悪い方じゃないから。色々な意見を聞いて、みんなと一緒に考えていく中で。漠然とした感覚頼りだったイメージが、どんどんと輪郭をあらわしていって。
ただ、この時間は私一人だけのものじゃないから。議論することに、みんなで考えることに意味があると思っていたから。だから…………黙っていたわけじゃないけど、口を挟むことはしなかった。
時間に余裕があるわけじゃないのに、悠長だなって思われるかもしれない。それでも、必要なことだったと言い切れる。
はぐみがコード進行を書けるってのは知らなかったし、薫さんが脚本を書いたことがあるっていうのも大きな情報だった。私が何でもかんでも決めてしまっては聞けるはずがなかったことを、私は知ることが出来た。
この五人でライブをするのは初めてだけど、きっとうまくいく。もともと疑ってなんかいなかったけれど、確信を得ることが出来た。
私と、こころと、花音さんと、はぐみと、薫さん。それと…………ミッシェルも含めての六人、このメンバーだからこそできるライブの形を、見つけたような気がする。
「あたし、楽譜を書いたことはないけれど…………曲は作れるわ! いつもやってるもの!」
頭の中で組み立てていた色々な要素の、最後の一欠片が。他でもないこころの口から、転がり落ちてきた。
「こころちゃん、いつも曲作ってるの?」
「そうよ? 毎日作ってるわ」
「毎日!? すごいすごーい!! こころんの作った曲、聞いてみたーい!」
「こころ、いつもどんな感じでやってるのか聞かせてくれる?」
この中で一番こころと一緒にいる時間が長いのは、たぶん私だから。クラスが一緒で、普段から近くで触れ合って。日常生活まで、一人でいるよりも共に過ごす時間の方が多いくらいだから。
彼女の一日を、なにをしているのかを知っていている私は。彼女のいう「作曲」というものがどんなものなのか、概ねの予想はついていて。
「こんな感じよ? ふんふふーん、ふふんふふーん…………どう? いい曲でしょ!」
『その鼻歌…………凄くいい!!』
「素晴らしいよこころ! 今のワンフレーズだけで、どんどんイマジネーションが湧いてくる! 全体のメロディさえあれば、曲のアレンジが提案できると思うのだけれど」
「うんうん! メロディがあれば、はぐみがコード進行をつけるよ!」
盛り上がるはぐみと薫さん、戸惑いつつも話題が前に進んだことを理解した花音さん、鼻歌を褒められて喜んでいるこころの四人に向けて手を叩いて、意識を私の方へと向けさせる。
最初から頭の中に浮かんでいた、一つの着想。それが最良の形になったことを感じながら、全員に対して提案を口にする。
「それじゃあ、こころの鼻歌を曲にしてみましょうか」