『みさきちゃん、しってる? ほしのひかりって…………なんびゃくねんも、なんぜんねんもむかしのものなんだって』
『えっ、そうなの?』
『うん。ほしとちきゅうはすっごくとおいから、ほしのひかりがうちゅうをずっとずーっとたびしてきて、なんぜんねんもたってから、わたしたちのところにとどくの』
遠い、遠い昔の記憶だ。
夢だ、夢を見ている。何もない場所、誰もいない世界で。わたしだけが微睡んで、幸せだった時のことを思い出している。
まだわたしがただの人間で、大切な友達が隣にいてくれた時の記憶。いつもよりも少しだけ大きな声で、星の話をしていた時の思い出。
本を手にしたわたしの目の前で…………あなたが、とても嬉しそうに笑ってくれるから。その瞳の奥にある輝きが、星の光みたいに綺麗に思えて。好き、という気持ちを共有しようとしてくれるあなたの事が、わたしは誰よりも大好きだった。
『でも、たいへんだね』
『えっ…………なにが?』
『だって、そんなにじかんがかかるくらいとおいんでしょ? だったら、かいわするのもひとくろうじゃん』
『かいわ? ほしとおしゃべりするの?』
『そうじゃなくて…………ほら、まえにいってたゆめのはなし。おおきくなったら、べつのほしにいってみたいって。そんなにとおくにいっちゃうなら、こうしていっしょにおしゃべりできなくなっちゃう』
『みさきちゃん…………』
その時のあなたが、あまりにも寂しそうに笑うから。本当は行ってほしくないって顔をしているのに、無理にでも笑おうとするから。
たった一度しか語ったことのない、胸の奥に抱いた望みを。時間が過ぎ去って、現実を知って、絶対に届かないと分かっている願いを。いつ口にしたのかも思い出せないほど昔の話を、あなたが覚えていてくれたから。
『じゃあ、みさきちゃんもいっしょにいこうよ! それなら、なんのしんぱいもないよ!』
『…………いいの?』
『もちろんだよ! だって、ともだちでしょ? わたし、みさきちゃんといっしょがいい!』
この時の、約束があったから。だからわたしは、まだ人でいられる。普通だった時の…………どんな姿をしていたのかすら、思い出せないほどの過去の出来事が。崩壊しそうになる自我と、狂いそうになる精神をつなぎ合わせて。わたしの心を、人間のままでいさせてくれる。
化け物に成り果ててしまったわたしを、救ってくれている。
『みさきちゃんって、へんなところでえんりょするよね』
『えー、あんたにだけはいわれたくなかったな…………』
星の距離よりも遥かに遠く、宇宙の外まで引き離されてしまったとしても。あなたに会いたいから、あなたと話がしたいから。
だからわたしは、絶対に諦めない。
諦めて、たまるものか。たとえ何百年、何千年、それ以上の時間が掛かったとしても。あなたに、わたしの声が聞こえなくなってしまったとしても。星の光のように、諦めずに進み続ければ。きっといつの日か、また二人で笑いあえる時がくるって。
星の光が届くのに、何千年。それならきっと、同じだけの…………いや、それよりも膨大な時間をかければ。わたしの声が、あなたのところに届くと知っているから。遠くても、気づいてくれると信じているから。
ねぇ、
あの日、二人で星を観に行った時のことを。あなたはまだ、覚えてくれていますか?
わたしは忘れてないよ。一日たりとも…………いや、一分一秒でも。忘れたことなんてない。あなたの事だけを想って、あなたの事だけを思い出して、あなたの事だけを考えて、あなたに会うためだけに。
どれだけの時間を、一人で過ごした事だろう。この声を、この気持ちを、この衝動を。見失ってしまいそうなほど小さなあなたに吐き出し続けて、どれだけの時間が過ぎ去った事だろう。
あなたがいてくれたから、一人でも輝き続けてくれたから。眩しくて、遠くて、手が届かなくても。道標となって、わたしを導いてくれたから。
眩しい、眩しいよ。一人じゃなかった、一人にしないでくれた。あなたとの想い出が、幸せだったときの記憶が…………眩しくて、遠い。
この気持ちが、感情が、想い出が、色褪せてしまう前に。わたしがわたしじゃなくなって、全てを忘れてしまうよりも早く。
この声が、あなたに届きますように。
★ ★ ★
『────、────♪』
「…………っ、ぁ?」
懐かしい、声が聞こえたような気がする。
イヤホンを耳に挿しっぱなしで、こころの鼻歌を聴きながら。どこか遠くで、誰かが私の名前を呼んでいたような。そんな気配がして。
だから、目を覚ましたんだろう。
「あー…………寝ちゃってたか」
微妙に回らない頭を動かして、携帯のホームボタンを押してみれば。そこに表示されている時間は、前に見た時より一時間ほど経過していて。
シワのついたシーツをぼんやりと眺めながら、休日の昼間に寝落ちしてしまったことを悟る。それも…………なんだ、同級生の鼻歌を子守唄がわりにして。
自分でも気がつかないうちに、疲れがたまっていたんだろうか。だとすれば、疲労を感じにくい、というのも考えものかもしれない。ここが自分の家で、今日が休日だったから良かったものの。授業中とか、作業中に同じようなことがあったら困る。ちょっと、気をつけた方がいいかもしれない。
…………いや、まぁ。一番の理由として、こころの声が心地よすぎたというのもあるかもしれないけど。それはそれで、気をつけたほうがいいと思う。なんだ、色々と。
そんな取り留めもないことを、つらつらと考えているうちに。霞みがかっていた思考も、だいぶハッキリしてきた。
一時間程度とはいえ、休日に昼寝すると損した気持ちになるのは。おそらく、私だけに当てはまる話ではないだろう。それが限られた自由時間であるならば、なおさら。
やりたいこと、やっておきたいことというのは。少しでも立ち止まって、焦りを感じてしまえば。それを好きであったとしても、苦手意識が付いてしまうもので。不思議なことに…………ズルズルと先延ばしにしているうちに、気持ちに枷をかけて。なんとなく、抵抗感のようなものがうまれてしまう。
自分が本当にやりたい事なのか、義務感になっていないか。そんな事ばかり考えて、作業が手につかなくなる。
鉄は熱いうちに打て、というやつだ。頭の中でなんども同じ事を考えていると、熱意というものは薄れて、新鮮さがなくなる。厳密にはちょっと違うのかもしれないけど、時間をかけすぎるのもよくないという意味では同じようなものだろう。
いっそのこと、二度寝してしまおうか。なんて考えてしまう自分も、そんな思考の坩堝にはまっているんだと思う。いや、流石にしないけれど。そもそも、そんなに眠くないし。
再生していた音声データを止めて、イヤホンを抜く。流石に耳に挿しっぱなしにしていたのは良くなかったのか、少しだけ違和感がある。数分もすればなくなるだろうけど、まだ何かが入っているみたいな、そんな感じがする。
というか、それよりも。ずっと鼻歌を聞いていたからだろう。未だに歌が聞こえてくるというか…………頭の中に曲が残っている感じがしてならない。無意識のうちに、口ずさんでしまいそうで。
こういうのを、怪我の功名といえばいいのか。今だったら、鼻歌を聴かなくてもメロディを書き出せそうな気がする。曲に聞き入ってしまうのなら、曲を覚えてから音符を書けばいい。ある意味では当たり前の発想だけど、ちょっとした盲点だった。
あるいは、それに気がつかないほど。私はこころの声に、歌に夢中になっていたのかもしれない。
仮眠を取った後は、頭がスッキリするか眠気が残るかの二択があって。都合がいいことに、今の私はどちらかといえば前者に該当する。理由はわからないけど、いつもより寝覚めが良い。これも、こころの歌の力かもしれない。
なんとなく、作業が捗りそうで。正直な気持ちを口にすれば、今すぐにでもメロディ作りを再開したい。
一食くらい、抜いてもいいだろうか。なんて、そんなことを考えながら立ち上がろうとして。
────ピンポーン、と。
使われることの少ないチャイムが、音を鳴らした。
これから動こう、そう思っていたところでの来客。間が悪いというか、なんというか。
だけど…………そもそも、私の部屋を訪れる可能性がある人物というのはそんなに多くない。というか、こころくらいのものだ。もしかしたら、部活動が早めに終わったとか。あるいは、予定を繰り上げて会いにきてくれた可能性もある。
そんな、淡い期待を胸に抱いて。あれだけ一人で作業する時間が欲しいと思っていたのに、現金な性格だなって、自分でも思いながら。
寝癖がついていないか、服装はだらしなくなっていないかと。直前まで寝ていたこともあって、少し慌ただしく身だしなみを整えて。
それから、玄関へと向かう。
「はーい、どちらさまですかー」
☆ ☆ ☆
「あっ、みーくんだ! よかった…………はぐみ、こっちの方くるの初めてだから。間違ってたらどうしようって、心配だったんだー!」
扉を開けた私の目の前に立っていたのは、予想外の人物で…………というか、はぐみだった。
私よりも身長が少し低めの彼女は、目を丸くしている私へと、いつも通りの屈託のない笑顔を向けてきていて。寝起きの私にとっては、そのテンションと明るさが少し眩しく感じられる。
こころかな、なんて思っていたから。というわけじゃないけれど…………はぐみが訪ねてくるというのは、流石に想像していなかったから。驚きよりも先に、困惑の念が出てきてしまって。
「えっ…………と、どうして此処に?」
思わず口にしたその言葉には、自分でも分かるくらいには戸惑いの感情が多分に含まれていて。それが、はぐみにも伝わったんだろう。嬉しそうだった表情に、少しだけ陰りが混じった。
「えっと、はぐみ……その、みーくんのお手伝いが出来たらいいなって思って。それで、こころんに教えてもらって来たんだけど…………もしかして、迷惑、だった?」
「いやいや、全然そんなことないから。うん、嬉しいよ。面白みもない部屋だけど、上がってって」
迷惑だなんて、そんなこと思うはずがないのに。戸山さんの時の様子といい、はぐみはこれで結構対人関係に繊細なところがある。
両手の指をモジモジと弄りながら視線をあちこちへと向けている姿は、あんまり見ていたいものじゃないというか。こころの言葉を借りるなら、彼女には笑顔がとてもよく似合うから。
私の言葉一つで、元どおりの笑みを浮かべている今の表情の方が。私は好きだし、魅力的だと思う。
「ほんと? えへへ…………はぐみ、うちのコロッケ持ってきたよ! みーくんはいっぱい食べるって言ったら、とーちゃんが張り切ってたくさん作ってくれたんだ!」
「あー…………じゃあ、いただこうかな。お昼ご飯まだだったし…………あっ、はぐみはご飯済ませてきた? 貰ってばかりじゃ悪いし、一緒にどう?」
「いいのっ!? はぐみも食べる! みーくんと一緒にご飯、嬉しいなっ!」
「そんな大げさな…………まぁ、いつまでも立たせてるの悪いし。準備するから、入って」
一食くらい抜いてもいいかな、なんて思っていた数分前のことも忘れて。いつのまにか自然と食事に誘っていたことに、自分でも驚きながら。扉を開いたまま半身を仰け反らせて、はぐみを中へと誘導する。
「おじゃましまーす!」
「はいはい、いらっしゃい」
私が小さい頃は、友達の家に招かれたこともあったような気がするけど。その時だって、こんな風に無邪気に喜んでいただろうか。
手放して嬉しそうに家の奥へと入っていくはぐみの後ろ姿は、やっぱり年齢よりも幼く見えて。その背中が、こころのそれとよく似ているというか。やっぱりあの二人って、根本的なところが似通っているというか。だからこそ、気が合うんだろう。
というか、家の中に誰かを招いたのはこの子で二人目なんだけど。今更になって、ちょっと心配になってきたというか。
なんか、少しくらい部屋を片付けてから入れたほうがよかったかもしれない。いや、普段から整理整頓は心がけているから、そんなに汚れていないとは思うけど。部屋の中を良く見せたいって思うのは、女子高生としては当たり前のことだと思うから。
いや、でも。わざわざ来てくれた相手を玄関前に立たせておくわけにもいかないし。
「わぁ、みーくんの匂いだー!」
「えっ、ちょっと待って? 私ってそんなに臭い? はぐみ? ちょっ、ちょっとまっ────」
うん、ごめんはぐみ。せめてやっぱり、消臭スプレーだけは使わせて。