奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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えがおのオーケストラっ! 11

「ここが、みーくんの暮らしてる部屋……」

 

 

 一旦玄関で待ってもらって、部屋全体をある程度片付けたあと。私の生活スペースに再び足を踏み入れたはぐみは、瞳をきらきらと輝かせながらそう口にした。

 

「まぁ、大したもてなしも出来ないけど。せっかくだから、ゆっくりしてってよ」

 

「お世話になりまーすっ」

 

 彼女は興味津々、といった様子で。物珍しさとか、純粋な好奇心とか。そういう感情を隠すこともなく、視線をあちこちへと向けている。可愛いものが好きなのか、ベッドの横に置いてあるテディベアとかに関心を奪われているみたいで。それがなんだか、とても子供っぽい。

 

 だけど、落ち着きがないわけじゃない。差し出したクッションの上に正座で座っているはぐみは、むしろリラックスしているみたいで。普段の元気いっぱいな振る舞いからは想像できないくらい、大人しい。

 

 たぶん、親の教育が良かったんだと思う。思い返せば、普段からその気配はあったというか。挨拶は欠かさないし、お礼の言葉だってちゃんと言えている。いただきますとか、ごちそうさまとか…………この年齢になると疎かにしがちなことも、忘れたことはない。

 

 今時珍しいくらい、いい子だと思う。いや、まぁ、なぜか私の身の回りにはそういう人が多いような気がするけど。彼女の場合は、真っ当に育ってきたという評価が一番当てはまるというか。輪をかけて、真っ直ぐというか。

 

 擦れてしまうような出来事が、なかったんだろう。元々の気質があって、その上で健やかに育った。親に、兄弟に、家族に愛されて過ごしてきた。そうでなければ、説明がつかないくらいのいい子。

 

 …………いや、でも、ちょっと見過ぎじゃないだろうか。

 

「はぐみ…………そんなに観察されると、その、流石に恥ずかしいんだけど」

 

「えっ!? …………あっ、ごめん! でもはぐみ、気になっちゃって…………それに、すごくいい部屋だと思う! みーくんって、結構ぬいぐるみとか好きなんだね。はぐみもね、小さい頃から集めてて、今でも大切にしてるんだ!」

 

「…………いや、まぁ、たしかに好きっちゃ好きなんだけどね。こっちのは羊毛フェルトってやつで、毛糸を針で固めたものなんだよね。詰め物が入ってるわけじゃないから…………ぬいぐるみっていうより、マスコットかなぁ」

 

「へぇ〜、そうなんだ。はぐみ、初めて見たかも。ようもうふぇると? って、どこで売ってるの?」

 

「完成品を売ってるところもあるかもしれないけど、そこに並んでるやつは私が作ったやつ。小さい頃からの趣味でさ…………物作り、結構好きなんだ」

 

「えー!? これみーくんが作ってるの!? …………みーくんって、本当になんでも出来るんだね! すごいなぁ…………」

 

 

『おねーちゃんって、なんでもできるんだね!』

 

 彼女を見ていると、どうしても妹たちのことを思い出してしまう。

 

 いつも私の後をついてきたあの子たちは、はぐみみたいに元気に育っているだろうか。私と違って何も知らなかった二人にとって、両親を嫌悪する理由なんてないから。寂しい思いをさせてしまったのは間違いないけど、私みたいに不信感を抱かずに成長できたとは思う。

 

 ただ、それが分かっていても。親の離婚というものは、どうしても子供の精神に影響を与えてしまうから。私が知らないだけで、深く傷ついてしまっているのかもしれないと思うと。まだ会いにいく勇気もないのに、心配で仕方がなくなってしまう。

 

 ある程度吹っ切れたとはいえ。私にとって家族の話題は、未だに受け入れ難い大きな痼りになっていて。

 

 だからこそ、はぐみのような子供を見るたびに。心の底から安心できる。

 

 だって、ほら。親が子供を愛していて、子供が親に安心して身を預けることが出来るなら。私としては、それが一番だと思うし。

 

 そういう「普通」が身の回りに溢れているということが、これ以上ないほど嬉しくて。

 

 だからこそ、大切にしたいというか。この可愛らしくて正直な女の子に対して、私はどうしても甘くなってしまう。

 

 姉として生きていた頃の気持ちが、まだ心の中に残っているんだろうか。一度手放してしまったそれを、捨て切れずに取り戻して。こうして血の繋がりもない相手に…………それも、同い年の女の子に対して向けているなんて。なんていうか、自分でもどうかと思うけど。

 

 たぶん、それでいいんだと思う。始まりがどんな感情だったとしても、今感じている温かさに偽りの気持ちは存在していないから。きっとみんな、それぞれのやり方で、それぞれの形で。家族と、友人と、隣人と向き合っているんだろうし。

 

 私はそれがほんのちょっぴり、過去に向いているだけで。これもまた、一つの友情の形。そこに正解も間違いも、きっと存在していない。

 

 

 

「────よかったら、持ってく? 前は妹にあげてたんだけど、今は一人暮らしだから溜まっちゃってさ。よかったら、はぐみに貰ってほしいな」

 

「えっ、本当!? じゃあはぐみ、このミッシェルのやつが欲しいな!」

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「はぐみって、なんか嫌いな食べ物とかある?」

 

「んーん、はぐみ好き嫌いがないから。とーちゃんとかにも、よく褒められるよ!」

 

「へー…………じゃあ、カレーとかでもいい? 作り置きしておいたやつがあるから、温めればすぐに出せるよ」

 

「ほんと!? はぐみ、カレー大好きなんだっ!」

 

「そ、よかった。じゃあ、ちょっと待っててね」

 

 

 ミッシェルのマスコットを嬉しそうに抱えているはぐみを視界の端で捉えながら、台所へと移動する。

 

 喜んでくれるとは思っていたけれど。あそこまで片時も離れたくないってアピールをされると、少し気恥ずかしい。

 

 自分の作ったものには、それなりに自信がある。なにせ、私の人生の半分くらいは続けてきた趣味だから。誰かに評価されたくて作っていた訳じゃなくても、それで喜んでくれる人がいるというのは純粋に快い。それが、好感を覚えている相手なら尚更で。

 

 いつかの過去のように。やっていてよかったと、続けていてよかったと。心の底から、そう感じることができる。

 

 たぶん、これが「やりがい」ってやつなんじゃないだろうか。少し大げさだろうか。

 

 

 カレーが入ったジップを、冷凍庫の中から取り出して。鍋に入れておいたお湯へと投入して、湯煎する。

 

 二人分の食器と、二人分の白米を用意して。はぐみがそれなりに食べる方だったことを思い出して、自分用に用意していた分から少し取り分ける。

 

 

 少し経って、カレーが温まってきた頃。トングでジップを取り出しながら、壁の向こう側にいるはぐみへと声をかける。

 

「はぐみ、からさはどうする? 中辛で作ってあるけど、蜂蜜とかスパイスとかである程度変えられるよ」

 

「あっ、ちょっと待ってて!」

 

 トコトコ、と。私のものより幾分か軽い足音が、台所へと近づいてきて。

 

 視線をやった先、開けておいた扉の隙間から。ひょこん、とでも聞こえてきそうな動作で。はぐみが顔を出して、こちらを覗き込んでくる。

 

 その視線は、私が準備している手元へと向けられていて。彼女がなにを考えているのか、心を読まなくても理解できた。

 

 

「味見する?」

 

 空いている方の手で、手招きをしながら。まるで家族がそうするように、彼女へと問いかける。

 

「うんっ!」

 

 二つ返事で駆け寄ってきた彼女の腕の中には、私があげた羊毛フェルトのミッシェルが収まっていて。本当に手放す気配が見えないことがおかしくて、ついつい頬が緩んでしまう。

 

 先に白米を乗せていた皿に、手元のジップからカレーをかける。カレーは一度に作れる量が多い上に、割と保存がききやすいから。一人暮らしかつ大食いの身としては、それなりに重宝している。

 

 それに、決められた手順さえ守っていれば誰が作っても同じような味になるのいうのも有難い。流石に連日こればっかりっていうのは飽きてしまうかもしれないけど、冷凍しておけば二週間くらいは保存が効くから、いざという時はこうやってパウチに入れておけば問題ない。

 

 

「ほら、熱いから気をつけてね」

 

 匙の半分くらいの量を掬って、はぐみの前に差し出す。湯気が立ち上っていて、辺りにスパイスの香ばしい匂いが広がっていく。あんまり部屋に匂いがつくといやだから、念動力でそれとなく空気を換気扇の方へと誘導する。

 

 ただ、それでも。目の前にある以上は、食欲を誘う香りからは逃れられないもので。

 

 

「ふー、ふー…………んっ」

 

「どう?」

 

「ん…………すっごく美味しいよ! はぐみは、これくらいのからさがちょうどいいかも!」

 

 小さな口で一生懸命冷まそうとしているはぐみの姿は、どこか小動物じみていて。やっぱり、少しだけ…………妹たちに似ていると思う。

 

 実家の大きさ的に舌が肥えているであろうこころにも好評だったから、味の心配はあまりしていなかったけど。こうして実際に褒められると、胸の中にあった僅かな不安が薄れていくのが分かる。

 

 

「じゃあ、このまま出しちゃおうか。あとははぐみから貰ったコロッケを温めて…………って、うわ、本当にたくさん入ってる」

 

「えへへ…………とーちゃん、張り切っちゃって。うちのとーちゃん、みーくんのこと気に入ってるからさ」

 

「へ? なんで?」

 

 初耳というか、全く予想してなかった言葉がはぐみの口から出てきた。思わず反射的に聞き返してしまったくらいには、理解が及ばなくて。きっと、間抜けな顔をしていたと思う。

 

 はぐみのお父さんには、たしかに何回か顔を見せたことはあるけど。特にこれといった接点はなかった筈だ。それこそ「娘の友達」くらいの印象でしかないと思うし、私も「友達のお父さん」という認識で接している。

 

 正直に言ってしまえば、顔すらほとんど覚えていないというか。はぐみはきっと、母親側の遺伝が強いんだろう。お父さんとはあまり似ていない、そんなイメージが残っているくらいで。

 

 だからこそ「気に入られている」という言葉の意味が、ちょっとよく分からない。そこまで深い付き合いをしているわけじゃないし、なにか記憶に残る出来事があった訳でもない。

 

 そんな私の疑問、あるいは混乱が。そのまま顔に出ていたんだろう。

 

 はぐみは得心がいったような表情を浮かべてから、補足するように言葉を付け足す。

 

「みーくん、よくうちのお店にお肉買いに来てくれるでしょ? この前も学校帰りに寄ってくれたし、その時に美味しそうにコロッケ食べてくれたのを見て、覚えてたんだって」

 

「えっ…………私って、ご飯食べる時そんなに分かりやすい顔してる?」

 

「あと、ほら。練習の後にはぐみを送ってくれたりするでしょ? それで、お世話になってるからって。はぐみも、夕ご飯の時とかに結構みんなのこと話したりするから。それで、とーちゃん…………みーくんならはぐみのこと任せて大丈夫だなって、お酒飲みながら笑ってた」

 

 一体、なにを喋ったんだろうか。たしかに、はぐみが特売品とかを教えてくれることもあって。彼女の実家の精肉店に顔を見せる機会があるのは間違いないけど。というか、このカレーに使ってる肉もはぐみのところの奴だけど。

 

 練習後に送っていくのは単に私が心配だっていうのと、帰り道がほとんど同じだからってだけの理由で。

 

「…………それ、どんなこと喋ったの? あんまり、こう、変なこと吹き込まれても困るんだけど」

 

「…………? はぐみ、変なことは言ってないよ? みーくんは勉強と運動が得意で…………あと、一人暮らしで頑張ってるってことは喋ったかなぁ」

 

「えぇ、本当にそれだけ? 他には?」

 

「うーん…………分かんない! だってみーくん、良いところ沢山あるんだもん。はぐみはみーくんの色んなところが好きだし、きっと、とーちゃんも同じなんだよ」

 

 人を疑うことを知らないみたいな、そんな笑顔を浮かべている彼女が。あまりにも眩しいというか、直視できないというか。

 

 普通だったら、お世辞とかおべっかとかを疑うんだろうけど。彼女が口にしている言葉に、嘘偽り、誇張表現が一切含まれていないということは…………私が、よく分かっているから。そのあまりにも真っ直ぐな言葉に、胸を打たれた。

 

 彼女の赤みがかった瞳に映る私の顔は、その色に負けず劣らず真っ赤になっていて。正面から伝えられた「好き」という感情に、飲み込まれてしまっている。

 

 

「みーくん、どうしたの?」

 

「…………いや、なんでもないよ。はぐみのお父さんに、ありがとうって言っといて。あと、またお肉買いに行きますって」

 

「うん! うちのお肉、はぐみ大好きだから! みーくんが気に入ってくれて、本当に嬉しいよ!」

 

 なんだろう、色々なことを学ばされるというか。

 

 人が成長していくことに、正しさの定義というものは曖昧な境界線を敷くことしかできないと思うけれど。はぐみの性格というか…………こういう、眩しいくらいの精神性というものは。

 

 きっと、正しいあり方の一つなんだろう。両親が揃っていて、兄弟がいて。家族全員が揃った食卓で、各々の出した話題に一喜一憂する。

 

 かつては私も持っていて、今となっては遠く離れてしまったもの。それを目の前の少女が持っているというのに、何故か…………嫉妬とか、妬みとか。そういうマイナスの感情は、これっぽっちも湧いてこない。

 

 本当に、よかったと思う。この子が健全に育って、いまここに立っていることが。

 

 私が「家族」というものに抱いている理想が、そのまま現実にやってきたみたいだから。私の望みが、肯定されているかのようで。

 

 

 

「はぐみ、運ぶの手伝ってくれる?」

 

「もちろんだよ! はぐみに任せて!」

 

 ミッシェルをポケットに入れてから。私が手渡したカレーの皿を持って、はぐみは扉の向こう側へと消えていく。

 

 傍目から見ても機嫌がいいことが分かるくらい、軽やかなステップを刻んでいて。こころのものとはまた違う音調の鼻歌が、私の鼓膜を揺らしている。

 

 気が抜けたというか、なんというか。彼女の姿が見えなくなった後も、そこから目を離せない。遠くに行ってしまったものの幻影が、目の前で動き続けている。

 

 昔は私も、あんな風に。ご飯を準備する母親の手伝いをしていた経験が、確かにあって。この状況を見るに、花音さんが言っていた「お母さんみたい」という言葉も、冗談だと笑い飛ばすには現実味を帯びすぎているのかもしれない。

 

 

 本当に、すごいなあ。いったい何を食べて育てば、あそこまで輝けるんだろうか。どれだけの愛情を注ぎ込まれれば、あんなに強くなれるんだろう。

 

 私には、真似できないや。

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