奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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『  』の記憶 1-2

『はぐみちゃんはいいね。ソフトボールができて、いっぱい動けて。あかりはどれだけ頑張っても、もう、なにもできないよ』

 

 

 夢の中のあかりは、いつもはぐみのことを責めてくる。

 

 思わず耳を塞ぎたくなるような、そんな言葉。いつも元気で、ちょっとだけ生意気で、サボりぐせがあって。それでも、最後にはちゃんと頑張ってくれる。あかりは、そんな子だったのに。

 

 その言葉を口にした時のあかりは、まるで別人みたいだった。暗く深い絶望を煮詰めた瞳は、はぐみのことを責めるように、一直線に向けられていて。感情のこもっていない声は、どこまでも冷たかった。

 

 あんなに胸が痛くなったのは、初めてだった。なにか言わなきゃいけなかったのに、怖くて、恐ろしくて、言葉が出なかった。

 

 あかりの感情を直接向けられて、やっと分かった。あかりは、はぐみのことをこれっぽっちも見ていなかった。

 

 はぐみのことを見ながら、元気だった時の自分の姿を思い出してたんだ。それが、もう手が届かないところにあるって知っていたから。だから、あんなにも暗い顔をしていて。

 

 はぐみは、そのことに気がつくのがあまりにも遅かった。あかりにあんな言葉を口にさせてしまうまで、理解していなかった。

 

 なんとかなる、頑張れば大丈夫、そんな無責任な言葉で、あかりのことを傷つけていた。

 

 忘れられない、忘れちゃいけない。あの言葉だけは、はぐみが覚えてないとダメなんだ。

 

 

 交通事故にあって、あかりは車椅子がなければ動けなくなった。いつもの笑顔が見られなくなった。それがどうしても悲しくて、寂しくて。光を失った瞳が、どこまでも遠くを見つめていたから。

 

 だから、元気づけたいって思った。昔みたいに笑ってほしいって、心の底からそう願っていた。

 

 昔みたいに動けなくても、頑張れば歩けるくらいにはなるかもしれないって。えらいお医者さんがそういっていたのは、はぐみにとって最後の希望だったから。

 

 リハビリさえできれば、きっと上手くいく。そんなふうに考えられたのは…………きっと、はぐみがなにも知らなくて、知ろうとしなかったからで。

 

 どうしてあかりが頑張れなかったのか、考えようとも思わなかった。お医者さんが「歩けるようになる」って言わないで、言葉の最後に「かもしれない」って付けた意味に、気がつけなかった。

 

 だから…………だから、はぐみは、あかりを深く傷つけた。元気になってほしい、笑ってほしい、そんな気持ちばかりが先走って、本当にやるべきことを考えなかった。

 

 

 最初は、はぐみだけで連れ出そうとした。

 

 学校とか、ソフトボールとか、ハロハピの練習とか。いろいろ忙しかった中で、時間を探してはあかりに会いにいった。あかりはいつもつまらなそうにしてて、喋っていたのははぐみだけだった。

 

 みんな待ってるよ、とか。一緒に歩こう、とか。よく覚えてないけれど、たぶん、そんな調子で声をかけたような気がする。あかりは、はぐみのことをとても鬱陶しそうに見つめていて。一言だって、返事をしてくれなかった。

 

 この時だって、少し考えれば分かったはずなのに。あかりがどれだけ傷ついていて、はぐみのことを疎ましく思っているのか、想像できたはずだったのに。

 

 あかりの辛さも考えないで、はぐみはただ、自分の気持ちばかり押し付けた。それが、どれだけ愚かな行いなのか。気がついたのは、あかりに、あの言葉を言われたときだった。

 

 衝撃的だった。あかりの冷たい視線に晒されて初めて、あかりがどんな目ではぐみのことを見ていたのかを知った。それはつまり、いままであかりの顔すらちゃんと見えていなかったってことだから。

 

 全部、ぜんぶ、間違っていたんだ。

 

 もっとちゃんと、あかりのことを見てあげるべきだったんだ。連れ出そうとするんじゃなくて、連れ添ってあげるべきだった。傷ついた心が癒えるまで、自分から踏み出す勇気が持てるようになるまで。はぐみは、あかりの側にいるだけでよかった。

 

 はぐみがしたことは、全部自分本位な気持ちの押し付けで。それが分かっていたから、あかりも心を開いてくれなかった。

 

 でも、やっぱりはぐみ一人じゃそれを理解できなくて。

 

 だから、みーくんを頼ったことは。みーくんに助けを求めたのだけは、間違ってなかったんだと思う。

 

 

 みーくんは、とても鋭い。それこそ、心が読めるんじゃないかって思う時があるくらい。困っている人に気がついて、近づいて、すぐに解決しちゃう。

 

 あかりの説得が上手くいかなくて、はぐみが困っていることに気がついたのも、みーくんだった。

 

 練習に遅れることも多くなって、浮かない顔をしていることも増えたから。遅かれ早かれ、みんな気づくよって。みーくんは、そう言っていたけれど。それでも、一番最初に気がついてくれたのは、みーくんだったから。

 

 

『はぐみ、悩んでることがあるんだよね?』

 

 練習が終わったあとに、みーくんに呼び出されて。そう聞かれたときは、本当にびっくりした。

 

 あるの、じゃなくて、あるんだよね? って。最初から知っていたみたいに、問いただされて。

 

 みーくんの、あの、いつもの気だるげな表情じゃない。心の底から、はぐみを心配してくれているってわかる瞳に、見下ろされて。

 

 はぐみは、ただ頷くことしかできなかった。

 

 誤魔化そうって思わなかったわけじゃない。あかりのことは、はぐみが抱えている問題で、はぐみがなんとかしなくちゃいけないと思っていたから。そこにみーくんやみんなを巻き込むのは、なんとなく嫌だったから。迷惑は、かけたくなかったから。

 

 なのに、嘘をつけなかった。視線を逸らそうと思ったのに、顔が動いてくれなくて、みーくんの瞳から目が離せなくて。

 

 気がついたら、あかりのことを喋ってた。

 

 あかりが…………友達が怪我をして、もう二度と歩けないかもしれないってこと。はぐみは元気づけようとしたけど、上手くいかなかったこと。それどころか、あかりから拒絶されてしまったということ。

 

 他にも、色んなことを話した気がする。泣き言とか、弱音とか、そういうのを、たくさん。話しているとだんだん辛いことばかり思い出しちゃって、最後には泣いちゃって。

 

 みーくんは、それを全部受け止めてくれた。話を聞いて、一緒に考えてくれた。はぐみのダメなところにもちゃんと向き合って、一度だって目をそらさなかった。

 

 

 抱きしめて、慰めてくれた。

 

 

『大丈夫、私に任せて』

 

 そう言ったみーくんは、いままで見たことがないほど優しい笑顔をしていて。その目を見ているだけで、温かい感情が、みーくんから流れ込んでくるみたいだった。

 

 それまで、すごく不安だったはずなのに。抱きしめられて、頭を撫でられて、優しくされて。それだけで、気持ちが落ち着いた。

 

 嬉しかったし、心地よかった。

 

 はぐみがみーくんのことを特別だと感じるようになったのは、これがきっかけだったんだと思う。

 

 そこからは、転がり落ちるようだった。

 

 笑顔を見るだけで、ドキドキする。何気ない仕草とか、言葉とか、表情とか。気になって、目が離せなくて。

 

 はぐみは元気にしている姿が一番だよ、なんて。そんなことを、言ってくれたから。だからいまでも、はぐみは笑顔を失わないでいられる。

 

 どれだけ辛いことがあっても、悲しくて仕方がなくても。はぐみがはぐみじゃなくなったら、今度こそ、みーくんに置いていかれてしまうような気がするから。

 

 だからこそ、今度こそ。

 

 

『みーくんごめん! その、えっと…………ソフトボールの方でどうしても外せない用事が出来ちゃって…………だから、はぐみ、行かないと…………』

 

 本当は、みんなで一緒にライブを見にいきたかった。後ろめたい気持ちで、約束を破りたくなんてなかった。

 

 でも、思い出しちゃったから。あかりを守れるのは、はぐみだけだったから。

 

 

 いまのみーくんは夢の中(・・・)と違って、すごく楽しそうにしているから。前よりもハロハピの活動に積極的で、こころんとも仲良しになっていて。

 

 それが、はぐみの知っているみーくんと違っていたけれど。それでも、あの優しい笑顔だけは変わっていなかったから。その笑顔を、失いたくない。

 

 みーくんに頼るんじゃなくて、迷惑をかけるんじゃなくて。はぐみは自分の力だけで、あかりを助けないといけない。

 

 あかりだけじゃない。香澄ちゃんも、こころんも、みーくんも、かのちゃん先輩も。

 

 はぐみだけが知っていて、はぐみだけにしか出来ないことだから。だから、はぐみが頑張らないとダメなんだ。

 

 みんなの笑顔を守るために、はぐみがヒーローにならないといけないんだ。

 

 

 だから、少しも怖くなんてなかった。

 

 だって、みーくんだったらきっと失敗しない。はぐみにとってのヒーローは、みーくんそのものだから。

 

 はぐみはみーくんほど上手くできないけど、みーくんがいてくれるだけで、勇気が湧いてくる。

 

 できないことなんかないって、信じられる。

 

 

 

『あかり────!!』

 

 

 

 雨が降り注ぐ中で、クラクションの音だけが鼓膜に張り付いて。車のライトが、とても眩しかったから。それが逆に、目の前に近づいた危険を覆い隠してくれて。

 

 

『───────っ!!』

 

 光の中へと飛び込むことに、躊躇いはなかった。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

『まったく、無茶するんだから。はぐみちゃんに何かあったら、美咲ちゃんが悲しむよ?』

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「────私に任せて」

 

 はぐみが迷っている間に、みーくんは記憶の中のみーくんと同じ言葉を口にした。懐かしさと、嬉しさと、焦りと、悲しみが。胸の中に一緒に生まれて、ごちゃ混ぜになって。自分がどんな気持ちでいるのかさえ、分からなくなってくる。

 

 あかりの方へと足を進めようとするその背中に、手を伸ばしそうになる。でも、止めることなんてできない。

 

 みーくんがいなくなった、あの日ですら。はぐみはみーくんを引き留められなくて、声をかけることすら出来なかったのに。今この瞬間に、出来るはずがない。

 

 みーくんだったら、あかりのこともあっさり解決できちゃうんだろう。妹がいるって言ってたし、子供の相手は得意らしいから。

 

 きっと、あかりの抱えてる不満とか。何に怒っているのかなんて、全部分かってるんだと思う。

 

 はぐみには出来ない。どうするべきか分かっていても、みーくんみたいに上手くやれない。仮に上手くできたとしても、その先のどこかで間違ってしまう。

 

 今日だって、みーくんの役に立てるかもって。作曲はさっぱりだけど、ハロハピの曲なら何度も練習したから。だから、みーくんの負担を少しでも減らせたらって、そう思ってたのに。

 

 こうやって、あかりの機嫌を損ねて。その尻拭いを、何も悪くないみーくんにさせてしまっている。

 

 みーくんの、負担になってる。迷惑をかけてる。

 

 どうして、うまくいかないんだろう。はぐみはただ、みーくんとあかりが一緒に遊ぶ姿が見たかっただけなのに。

 

 このままじゃ、また居なくなっちゃう。

 

 今はまだ、大丈夫かもしれない。みーくんだって、はぐみのことを疎ましく思っていないはず。

 

 でも、それがいつまでも続くわけじゃない。

 

 優しさにだって、限界がある。いつまでもおんぶに抱っこで頼りになってばかりじゃ、愛想を尽かされて、置いてかれちゃう。

 

 また、独りになっちゃう。

 

 

 

 はぐみが、頑張らないと────。

 

 

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