奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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『  』の記憶 2

 

 

『あかりちゃん、ちょっとずつだけど良くなってるって。元気に……歩けるようになったら、キャッチボールしたいんだってさ』

 

 キャッチボールしたい、の後に「美咲ちゃんといっしょに」って一言が入るのを、知っていたから。だから、はぐみは嬉しいけど、ちょっとだけ寂しかった。

 

『あ、それと…………あかりちゃん、はぐみに酷いこと言っちゃったって気にしてたよ。謝りたいんだって』

 

  合わせる顔なんて、なかったから。あかりを傷つけて、無責任なことばかり口にしたことが、どうしても苦しかったから。せっかく元気になってくれたのに、また笑顔を曇らせたくなかったから。だから、会いたかったけど、謝りたかったけど、口から出た言葉は「ごめん」の一言ばかりで────。

 

 

『そっか…………じゃあ、無理にとは言わないからさ────』

 

 はぐみが感じていた『うしろめたい』気持ちも、みーくんにはお見通しだったんだと思う。困ったように微笑んで、それでも、はぐみを傷つけないように、顔に出さないようにして。

 

 だけど、みーくんは嘘をつくのが苦手だから。残念そうに、申し訳なさそうにしているのが、はぐみにもよく理解できた。

 

 みーくん、本当はもっとすっごく綺麗に笑うんだもん。みんなと一緒にいる時間とか、こころんの思いつきを実行しようと準備しているときとか…………こころんと、二人で会話しているときとか。本当に、楽しそうに笑うから。

 

 だから、みーくんの笑顔は好きだけど。はぐみと一緒にいるときに浮かべる、この笑顔だけは。見ているとどうしても、胸の中がモヤモヤしちゃって。

 

 でも、みーくんにそんな表情をさせているのがはぐみだってわかってたから。せっかくみーくんが、あかりのために心を砕いてくれているのに。みーくんに頼ってばかりのはぐみが、困らせてばかりの自分が、情けなくて、悲しかった。

 

 そんなはぐみの気持ちも、みーくんには伝わっていたんだと思う。

 

 

『────はぐみに勇気ができたら、一緒に会いにいこうよ。曲でも作って、ライブの準備もしてさ。こころの言葉を借りるなら…………私たちって一応、世界を笑顔にするバンドらしいし』

 

 俯くはぐみの頭を撫でながら、元気づけるように、明るい声で。みーくんはそう言ってから、最後に一言だけ付け加えた。

 

 その言葉を、はぐみは今でも覚えている。

 

 

『だから、ね? はぐみも────────』

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

『あかりちゃん、はぐみとキャッチボールしたかったんだってさ』

 

 そう言いながらあかりを連れてきたみーくんは、とても穏やかに笑っていた。それこそ、はぐみと一緒にいるときに見せてくれるものと同じくらい、優しい瞳をしていて。

 

 ほら、ちゃんと言わなきゃ。そんなふうにあかりを促すみーくんの姿は、子供の扱いに慣れているのが、一目で理解できるものだったから。

 

 あかりとキャッチボールをする約束をしながら、家まで送るって言って別れたみーくんとあかりの背中を見つめながら。頭の中では、別のことを考えてた。

 

 あの瞳に、見覚えがあったから。

 

 だから、分かっていたことだけど。

 

 ああ、やっぱり。みーくんにとってのはぐみは、妹さんたちやあかりと同じように、見守る対象なんだなって。改めて、そう思い知らされた。

 

 本当に、全然違うんだ。わかるよ、だって、ずっと見てきたんだもん。

 

 最初から、分かってた。みーくんはみんなに優しくて、はぐみのこともちゃんと見てくれているけど。こころんに向ける時の、あの、普通の女の子みたいな視線だけは…………はぐみには、一度だって向けてくれなかったから。

 

 それが、ちょっとだけ残念で。だけど、それ以上に嬉しい。

 

 みーくんが、はぐみの知ってる優しいみーくんと同じだって。心の底から、そう思えるから。あのときの、あの、はぐみのことを置いていってしまった、冷たい瞳とは違うって、思えたから。

 

 まだ、はぐみは頑張れる。

 

 はぐみはみーくんに捨てられてない。その実感があるだけで、胸の中が温かくなっていって。寂しさとか、息苦しさとか、不安に思う気持ちを、忘れさせてくれる。

 

 

 最初の一年(・・・・・)が終わって、新しい一年(・・・・・)が始まったとき。はぐみは、怖くて仕方がなかった。

 

 はぐみはみんなを知っているのに、みんなははぐみのことを知らない。はぐみはハロハピのことを覚えているのに、他の誰も、ハロハピのことを覚えていない。

 

 もしかしたら、みんななら。そう思っていたのに、口を揃えて「はじめまして」って言って、はぐみのことを「北沢さん」って呼んだから。楽しかった思い出も、辛かった思い出も、全部夢の中の出来事なんじゃないかって、はぐみの頭がおかしくなっちゃったんじゃないかって、不安だった。

 

 でも、それでよかったんだと思う。だって、もしもみんながあの一年間のことを覚えているんだったら。きっとみんなは、はぐみに会ってくれなかっただろうから。

 

 覚えていてほしい、忘れていてほしい。自分でもおかしいと思うけど、矛盾してると思うけど。それが…………はぐみの、正直な気持ち。

 

 

 だけど、それとは別に。みーくんが、はぐみの知ってるみーくんとは少しだけ違うことが、本当に怖かった。

 

 頭がいいのは知っていたけれど、目立つのは好きじゃないって。前のみーくんは、新入生代表挨拶は断っていたはずなのに。いまのみーくんは、あんなに楽しそうに壇上に立って、立派に役割を果たしていた。

 

 こころんと出会ったのは、入学してからって言ってたはずなのに。いまのみーくんは、入学式よりも前からこころんと知り合いだった。それこそ、二人の間に入り込めないくらい、仲良しになっていて。

 

 だから、ひょっとしたら。はぐみの知っているみーくんとは、別人なんじゃないかって。ちょっとだけ…………ううん、すごく苦しかった。

 

 せっかく、やり直せるのに。はぐみの好きなみーくんに、会えると思ったのに。

 

 もしもこころんが、みーくんを連れてきてくれなかったら。ううん、それ以前に。

 

 こころんが、ハロハピを作らないかもしれない。いつも何かに追い詰められて、苦しんでいたみーくんに、笑顔を思い出してほしいって。そういってこころんがみーくんの手を引っ張ってきたのを、昨日のことのように覚えているから。

 

 こころんだけで、こころんとみーくんだけで、笑顔になれているのなら。そこにはぐみの居場所なんかなくて、ハロハピである必要がなくて。

 

 はぐみは、みーくんにとって必要のない存在になってしまったんじゃないかって。それが、何よりも怖かった。

 

 

 でも、それははぐみの考えすぎだった。

 

 まるで、そうなることが当たり前(・・・・)みたいだった。こころんがかのちゃん先輩と出会って、薫くんを見つけて、はぐみが加わって…………ミッシェル(みーくん)がいて。いつのまにか、ハロハピのみんなが揃っていた。

 

 みーくんがキーボードを弾くことになったのは、びっくりしちゃったけど。でも、前も作曲するときはピアノを使っていたから、そこまで違和感はなかった。みーくんがピアノを弾いて、はぐみとこころんがそれを聞いている、あの時間も大好きだったから。どちらかというと、すごく嬉しい。

 

 嬉しいけど、不安は消えてくれなかった。

 

 はぐみの知らないみーくん、はぐみの知らないハロハピ。触れれば消えてしまいそうなほど、現実感のない日常と。はぐみの知っている未来が、こないかもしれない恐怖。

 

 

 だから、知りたかった。みーくんのことを、もっともっと沢山知りたい。知らないことも、知っていたことも。ぜんぶ現実で、ここにあるんだって、確かめたい。

 

 だから、作曲をするって話になったときは、チャンスだと思った。前のときのはぐみは、あんまり役に立てなかったけど。いまはベースもできるし、ハロハピの曲ならぜんぶ覚えてる。

 

 みーくんと一緒に過ごして、役に立って、みーくんのことを知る。こういうのを「いっせきさんちょー」って言うんだって、みーくんが教えてくれた。

 

 迷惑かもしれない、でも、そうじゃないかもしれない。

 

 みーくんはなんでも出来て、作曲だってほとんど一人でやっていた。好きでやってるから、自分にできることをやっているだけだから。そういったときのみーくんの表情は、はぐみが大好きなみーくんだったけど。

 

 そうやってなんでもかんでも任せっきりにしたことが、頼り切ってしまったことが。はぐみの間違いで、やり直したいと思った理由だから。

 

 だから、みーくんの家を訪ねた。

 

 場所は、前のときと一緒だった。違うかもしれないから、念のためこころんに確認したけど、そこは変わってなかった。

 

 ううん、それだけじゃない。

 

 あの笑顔も、匂いも、温もりも。夢の中にいる、あの時のみーくんと変わらなかった。

 

 やっぱり、同じだったんだ。みーくんはいつでも優しくて、かっこよくて、温かくて、いい匂いで。一緒にいるだけで、落ち着く。

 

 それが、とても嬉しくて、安心できたから。絶対に迷惑をかけるようなことはしないって決めてたのに、途中で寝ちゃった。それくらい、心地よかった。

 

 こうして帰ってきて、お風呂に入った後でも。はぐみの身体に、みーくんの匂いが残っているように感じる。はぐみの一番好きな匂いが、まるで抱きしめられているみたいに、はぐみのことを包み込んでいる。

 

 

 ────やっぱり、好きなんだ。

 

 何処がって聞かれたら、きっと答えられない。たぶん、全部って言っちゃうと思う。

 

 もう二度と、失いたくない。ずっとずっと、今年も、来年も、その次の一年も…………ううん、想像もつかないほどの未来まで。

 

 みんなと一緒に、みーくんと一緒に過ごしたい。

 

 もっと沢山の思い出を作りたい。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 布団の中に入ると、色々なことを考えちゃう。これからのこととか、夢の中の出来事とか。本当に、沢山のこと。

 

 そのほとんどが、不安な気持ちと一緒にやってくる。このままでいいのかな、他にもできることがあるんじゃないか、もっと頑張らないと。そんな感情ばかりが溢れて、息が詰まって、苦しくなる。

 

 瞳を閉じると、瞼の裏に見えてくる。

 

 みんなで積み重ねた思い出、はぐみだけが覚えている大切な日々。その中では、みんなが笑顔で過ごしているのに。

 

 最後にはいつも、一人になってしまう。

 

 こころんが記憶を失って(いなくなって)、かのちゃん先輩が行方不明になって(いなくなって)、薫くんがその跡を追って(いなくなって)

 

 そして、みーくんがいなくなる。

 

 みんなが、はぐみを置いていく。

 

 そんな未来が、一度は辿った結末が。夜に眠るたび、次の朝を迎えるたびに、刻一刻と迫ってきている。

 

 もしかしたら、そうならないかもしれない。みーくんも、こころんも、かのちゃん先輩も、薫くんも…………はぐみだって、同じようで、少し違う。

 

 全く同じ月日が流れるわけじゃない、そう思ってもいいかもしれない。

 

 だけど、それで何もしなかったら。何もしなかった結果が、あの決別に繋がってしまうとしたら。

 

 はぐみはきっと、今度こそ心が壊れちゃう。

 

 わかるんだ、自分のことだから。

 

 

「みーくん」

 

 口から自然と、名前が出てくる。目尻から冷たいものが溢れて、横になったはぐみの頬を伝って、布団の上へと落ちていく。

 

 濡れた場所か、すごく熱く感じる。燃えているみたいに、熱が引かない。

 

 閉じた瞼の裏側に、張り付くように。大切な人の、好きだった人の最後の姿が映り込んで、消えてくれない。

 

 

「みーくん…………」

 

 真っ白な部屋の中に用意された、一つのベッドの上で。あの人が、横になっている。瞳は閉じられていて…………まるで、眠っているみたい。

 

 だけど、そうじゃない。眠っているだけなら、よかったのに。

 

 水晶のような、輝きの宿っていた瞳は。もう何も映していない。光も、あの場所も、はぐみのことも。なにも、見えていない。

 

 

 もう、二度と眼を覚ますことはない。

 

 

「みーくん…………っ!」

 

 もらったミッシェル(みーくん)のマスコットを、強く抱きしめる。決して離さないように、強く、強く、折れそうなほど強く。

 

 体はすごく冷たくて、心はもっと冷え切っているけど。みーくん(ミッシェル)に触れている場所だけは、とても暖かい。

 

 はぐみが、頑張るから。

 

 きっと、役に立ってみせるから。

 

 だから、だから────。

 

 

『────だから、ね? はぐみも、笑顔でいてよ』

 

 

 ────みーくんも、笑ってよ。

 





 『キミ』の記憶。
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