私には、姉を名乗る資格がない。
☆ ☆ ☆
人というものはみんな、子供の頃は自分を特別な存在だと思うものだそうです。
発達していく自意識の中で、自らを特別な存在だと勘違いする。それは普通なら殆どの人が辿ってくる道で、決しておかしいことではないのでしょう。程度の差こそあれ、誰だってそんな考えを持って生きている。
だけど、成長していくにつれて。歳を重ねていくごとに自分と他人との違いを認識し、己に足りない部分を知る。自分が「特別」ではなかったことを自ずと察し、そして現実と折り合いをつける。
そんなものです。誰も彼もが、いつまでも「無敵」でいられるわけではない。
私にも、自分が「特別」な存在だと思っていた時期がありました。いえ……こんなことを聞かれたら笑われてしまうかもしれませんが、本当に「特別」だった頃があったのです。
私には、一人の妹がいます。
名前は、氷川日菜。人はいつまでも「無敵」ではいられる訳ではない、そう主張しておいてどうかと思いますが、私は彼女ほど「特別」で「無敵」の存在を他に知りません。
あの子は、俗にいう天才です。恐ろしいほど要領がいい、と言い換えることもできるでしょう。人にできる大抵のことならば、大した時間をかけずとも高レベルでこなすことが出来る。
それだけではありません。姉である私から見ても、思わず息を飲んでしまうような美しい容姿。そして常人には理解できない独特な感性と、少ない材料から物事の本質を捉えることの出来る知能の高さ。まさしく、天が二物も三物も与えたという言葉が当てはまる。妹は、そんな存在でした。
ただ、それは世間一般から見たあの子の姿です。そのことに思うことは多々ありますが、私が日菜に感じた「特別」とはまた別の話なのです。
私と日菜は双子です。私があの子より五分早く産まれたから姉になり、あの子は私より五分遅く産まれたから妹になりました。
それが、逆だったらどれだけよかっただろうと。私がそう思ったのは、一度や二度ではありません。姉よりも優れている妹というのは、姉からすれば色々と複雑なもので。多感な時期の私にとって、日菜の存在というのは言葉で表現できないほど、難しいものでした。
だって、そうでしょう。両親から「お姉ちゃんなんだから」と言い聞かせられて育った私は、姉であるということに「特別」な意味を感じていたのですから。
良い姉であろう、誇れる姉であろう。そう思ってしまうのも、無理はない話です。実際には産まれたタイミングがたった五分違っただけだとしても、私には関係ありませんでした。
使命感、と表現するのは少し大袈裟かもしれませんが。私が妹に向けていた気持ちの多くは、概ねそこから発生したものです。
ただ、それが活きることはありませんでした。
信じられないかもしれませんが、運動も勉強も、最初のうちは私の方が上手くやれていたのです。もっとも、手本になれるようにと張り切っていた私が物事に取り組むタイミングが、日菜より早かっただけというだけの話ですが。
そう、最初のうちは私の方が出来ていたのです。鼻高々に、見せつけるように。あなたの姉はこんなに凄いんだぞと、自分の成果を日菜に見せることが習慣になっていました。
思えば、嫌味な姉だったかもしれません。私が日菜の立場にいたのなら、苦手に感じていたことでしょう。事あるごとに自慢をしてくる、同い年の姉。少なくとも、好意的に感じる人の方が少ないと思います。
ただ、日菜は素直な子供でした。それこそ、私が自惚れて、増長してしまうほどに。
この子が相手なら、許される。当時の私は意識していませんでしたが、そんな気持ちもあったのでしょう。
手放しで褒めてくれて、一生懸命同じことをしようとしてくれて、教えてほしいと頼んでくれる。そんなあの子のことを、自分に都合のいい存在だと思っていたのかもしれません。
日菜は、とても飲み込みが早い子でした。私が一週間かけて覚えたことでも、たった数時間教えただけで身につけてしまう。片鱗はそのことから見えていましたが、幼い私はそのことには気がつきませんでした。
みんなが、褒めてくれました。日菜も、父も、母も、学校の先生や、クラスメイトだって。
「お姉さんの教え方が良かったんだね」
と、口を揃えてそう言いました。自意識ばかり育ってしまった私は、物事の本質を見抜くこともできず。その賛辞をただただ受け入れて、愚かしいことに、妹の成果をまるで自分の物のように誇っていました。
それは、見かけ上は私が思い描いていた「理想の姉」の姿そのものでありながらも。実際には、理想と程遠い光景で。
だからこそ、長続きはしませんでした。
小学校低学年の頃は、まだ自分が優れた人間であると幻想を抱いていられました。日本の教育方法は、個性を伸ばすことが目的ではなく、一定のレベルまで全員を引き上げる。つまり、ボトムに合わせた上で最低値を上げることが目的ですから。
真面目にやっていれば、そうそう差がつくことはありません。勉学の面でいえば、少し頑張れば満点を取れる内容ですし。運動は個人差が出やすいですけれど、私と日菜は双子ということもあって、全体的に似たり寄ったりの結果を出していました。
とはいえ、私は取り組み始めだけは誰よりも早かったものですから。すぐ後ろを追いかけてくる日菜よりも、良い結果を残せていたのです。
ですが、中学年、高学年と。学年が上がっていくにつれて、それは変わっていきました。
勉強の内容が比較的高度になり、それまでの基礎知識や積み重ねを応用していく必要が出てくる頃です。
私はその時始めて、テストで満点を逃しました。
本当に、些細な間違いでした。油断せずに見直していれば、あるいは、私が本当に優秀であったのならば。決してしないような、そんなちょっとしたミス。点数でいえば、百点満点中の僅か五点。だけど、私にとってはとても大きな意味を持つ五点。
一問、たった一問の間違い。気にしすぎといえば、そうかもしれません。結果を真摯に受け止め、ちゃんと復習すれば二度と同じ間違いはしないでしょう。一度のテストで今後の生き死にが決まるわけではありませんし、両親も慰めることはあれど、責めるようなことはしませんでしたから。
ただ、私が気にしていたことはそんなものではなくて。恐れていたのは、姉としての矜持が崩されてしまうことで。
ごく自然に、当たり前のように。
あの子は、日菜は。満点のテスト用紙を、私に見せてきました。
…………ケアレスミスの一つや二つ、誰だってするものだと思っているかもしれません。ミスをしない人なんていないんだから、気にすることはない。普通の人なら、そういうかもしれません。
ですが、それはあくまで「普通の人」としての感性に従った意見でしか無いのです。
あの一問、あの五点こそが、境界線だった。
本当の「特別」というものは、真の天才というものは。決してミスをしない、そんな次元に存在していない。
思えば、この時から悟っていたのでしょう。私と日菜との間に存在している、努力なんかでは埋めきれない才能の差というものを。
自分では、「特別」にはなれないということを。他の誰に言われるまでもなく、自分自身で理解していたのですから。
☆ ☆ ☆
小学校五年生というのは、私が一番荒れていた頃の話になります。
荒れていた、とはいいますが。決して非行に走っていたわけではありません。むしろ、規律や規則には人一倍厳しかったつもりです。
では、なにが荒れていたのかというと。
あの時の私は、とにかく自分のことで精一杯で。日菜より優れている部分を探すことに必死でした。
初めてテストで満点を取れなかった時から、数字というなによりも明確なもので日菜よりに負けてしまった時から。私は色々なことで、日菜に勝てなくなっていきました。
いや、テスト自体はキッカケでもなんでもなかったのでしょう。それがたまたま、そのテストだっただけで。一番最初に見えた綻びが、それだっただけで。
あのテストで満点を取っていたとしても、私が日菜より不出来だったという事実は変わらない。
でも、幼いなりに自尊心が高かった私はそれが認められなくて。なんでもいいから、日菜よりも優れていたくて。
ただがむしゃらに、なりふり構わず。もう一度「日菜に教えてあげられること」を探そうと、必死だった。
勉強、運動、学校でやるようなことはもちろん、両親に頼み込んで色々な習い事に手を出しました。
だけど、ダメでした。日菜は私がやろうとしたことを、なんでも真似しようとしました。それが幼い彼女なりの、私に対する好意の現れであったとしても。その時の私にとっては、悪夢そのものでした。
私が一ヶ月かけて覚えたことを、それ以上の時間をかけて習得した技術を。日菜は十分の一、百分の一の時間で手に入れてしまう。
その圧倒的なまでの才能の差に心が折れて、別のことを始めたとしても。日菜は私の後ろを追いかけてきて、そのまま追い抜いていく。
あの子に悪気がなかったことも、単に私と同じことがしたかっただけというのも、分かっています。なぜそこまで私を慕っていたのかは、今でも疑問に感じることがありますが。それはそれとして、当時の私にとっての日菜が「姉として導くべき妹」から「なんでも真似をしようとする疎ましい存在」に変わってしまったのは。単に、私の心が狭かったからなのでしょう。
習い事を始めては、少ししたらすぐ辞める。そんな私に両親が文句ひとつ言わなかったのは、私と日菜の歪んでしまった関係性と、私の苦悩を知っていたからなのでしょう。もしかしたら…………何事でも妹に勝てない姉というものを、憐れに思っていたのかもしれません。
とにかく、私は自分のことばかりしか考えていなくて。それこそ、日菜の顔すら正面から見る余裕がないくらいに必死で。
だからこそ、決して許されない間違いを犯してしまいました。
いえ、許されないのではありません。私はきっと、自分自身が許せないのです。それこそ、一生かけても償えないんじゃないかと。二度と取り返しがつかないのではないかと、そう思うほどに。
私はあの時ほど、自分が情けないと思ったことはありませんでした。
五年生の、夏の話です。
私が日菜のことを遠ざけようとしても、日菜は私から決して離れようとはしませんでした。無邪気な笑顔で、なんでも一緒にやろうと後ろをついてくる姿は。昔からずっと変わっていないというのに。その笑顔を向けられる私の方は、「善き姉」という仮面をかぶる事すら出来ないほど、劣等感や苛立ちしか感じられなくなっていて。
一緒に流星群を見にいこう、と。そう誘ってくれた日菜の言葉は、今でも忘れられません。
私の真似ばかりしていて、自分の趣味というものを持たなかった妹が興味を抱いていたのが、天体観測をはじめとした宇宙関連の物事でした。
あの時は確か、何年かに一度の特別な流星群が観測できるということで。ニュースや学校でも、その話題で持ちきりでした。
当然、私もそのことは知っていました…………知っていましたが、自分には無関係なことだと思っていました。
とにかく、余裕というものが欠落していましたから。僅かな時間で私に追いついてくる日菜を追い越すには、今まで以上の時間を費やして努力するしかない。そう考えていた私にとって、日菜の誘いは煩わしいものでした。
この時、もう少し彼女の言葉に耳を傾けていたのなら。私がもっと大人になっていて、彼女や現実を受け入れられるような強い心を持っていたのなら。
きっと、あんなことは起こらなかった。
なんと言って断ったのかは、覚えていません。ただ、やりたい事を我慢してまで勉強机に噛り付いて必死に予習していた私は、自分が思っていた以上にフラストレーションが溜まっていたのでしょう。
鬱憤を吐き出すように、まくし立てるように。あの子に、妹に向かって怒鳴り声をあげた事だけは、鮮明に覚えています。自分が口にした言葉が思い出せないのも…………本当は、思い出したくないだけなのかもしれません。
きっと、自分が思っている以上に。私は彼女に対して、酷い言葉を投げつけたのだと思います。
日菜の悲しそうな表情が、瞼の裏側から離れてくれない。瞳を閉じればいつだって、あの時の日菜が私を責めたてる。それだけのことを、私はしてしまったから。
一人で、行かせるべきではなかった。
ちゃんと向き合って、彼女の言葉を聞くべきだった。「妹より優れている」ことが、「善き姉である」ことに繋がるわけではないと、分かっていたはずなのに。
あの日、自分の部屋から妹を追い出して。目を逸らして、突き放してしまった時点で。私が彼女の姉である資格は、永遠に失われてしまったのでしょう。
私が日菜を拒んだ日、私が日菜の誘いを断った流星群の降る夜に。
あの子は、
────その日、私は「特別」を失った。
☆ ☆ ☆
肩が、熱い。燃えるような感覚で、目を覚ます。
────はっ、はっ、はっ。
まるで、犬の呼吸のような。荒くて不規則な呼気が自分の口から出ていることを、人ごとのように感じる。
身体中が汗で濡れていて、髪の毛はペッタリと肌に張り付いてしまっている。衛生的にも、感覚的にも、あまりいい気はしない。
ただ、それよりも。湯たんぽをに触れたような、じんわりとした熱が肩に集中していて。
呼吸を整えることもそこそこに、掛け布団を体の上からどけて、服のボタンを上から順に外しながら立ち上がる。
はしたない、と思われるかもしれないけれど。上着を脱ぎ捨てて、先ほどまで横たわっていた布団の上へと放り投げる。
そして、姿鏡の前に立つ。
肩から脇に沿って刻み込まれた刺青が、瞳の中に映り込んだ。右胸の上部にまで食い込んでいるそれは、星型にも似た不可思議な紋様をしていて。汗が乾燥して冷たくなっている体の中で、そこだけが強い熱を放っている。
こんなものを見られたら、なんて言われるだろうか。風紀委員として活動している自分が、非行に走った青少年でもつけないような大きな刺青をしているなんて。いったい、誰が想像できるだろう。
もちろん、自分で入れたものではない。それどころか、自分の意思で入れようとしたものでもない。
この刺青は、
これを見るだけで、自分が犯した罪の重さを思い知らされる。私が愚かだったせいで、私が姉として失格だったせいで、あの子は変わってしまった。
あれだけ無邪気だった笑顔が、逆に恐ろしく感じてしまう。たった数日で、なにが彼女を豹変させてしまったのだろう。
私がついていれば、この五年間で何度もそう思った。
だけど、どれだけ願ったところで過去が変わるわけではない。私にできることは、今のあの子を受け入れて、同じ間違いを犯さないこと。
今度こそ、「善き姉」として接し続けるということ。
姿鏡の前で、大きく息を吐き出して。
もう一度鏡で見た私の顔は、
☆ ☆ ☆
五年前、流星群の降った夜に。日菜は一人で家を出て、帰ってくることはありませんでした。
両親には、友達と一緒に見てくると言っていたらしいのですが。その友達というのが誰なのか、私も含めて誰も知りませんでしたから。目撃者はゼロ、手がかりのひとつもない状態で。
衝撃的、でした。たとえ疎ましく感じていたとしても、居なくなってほしいとまで考えたことなど、誓って一度もありません。
父も母も、私がショックを受けていないかと心配してくれていたけれど。それに気がつけないほど、私は頭の中が真っ白になっていて、胸の中に渦巻く喪失感を抑え込むので精一杯で。
警察の人がいなくなって、家の中が静かになった後も。私は玄関の前に座って、ただただあの子の帰りを待った。探しにいくべきだとも、考えた。だけど、それで日菜が見つからなくて、もう二度と会えないと思い知らされるんじゃないかと思うと。どうしても動けなくて、立ち上がることすらしなかった。
情けなくて、どうしようもなく弱い。自分という存在をこの時ほど憎んだことなど、後にも先にもないでしょう。
「あ、おねーちゃん! おはよう!」
「…………ええ、おはよう。今日は早いのね」
リビングに入った私を迎えたのは、羽丘の制服に身を包んだ妹の姿。起きてるとは思わなかったから、少しだけ挨拶が遅れてしまったけれど。言葉が拙く感じるのは、あの日の夢を見たことで、彼女に対して後ろめたさを感じてしまったから、というのも理由なのかもしれません。
こうして日菜と一緒にいられるのは、奇跡だと思っています。
行方不明になった彼女は、一ヶ月ほど経ったあとに、突然、ふらりと姿を現しました。
胸の中に、小さな猫を抱きかかえて。弱々しく悲しそうに「ただいま」と口にした彼女の姿は、私にとって初めて見るもので。
どこに行ってたの、とか。今までなにしてたの、とか。猫を拾ってきたことすら、気にならなくて。
ただ、瞬きをしたら消えてしまうのではないか。私の脳が見せている、都合のいい幻なんじゃないかって。それだけが怖くて、恐ろしくて。
泣き崩れる私を抱きしめた日菜の体温と、私の頬を舐める猫の舌の感触で。私はようやく、日菜が生きて帰ってきたということを理解できました。
「あっ、おねーちゃん。今日はちょっとだけ帰るの遅くなると思うけど、心配しないでね」
「別に、もう高校生なんだから…………昔みたいにあれこれ口を挟もうとしないわよ」
「えー、心配してくれないの?」
「…………心配してほしいのか、してほしくないのか。ハッキリしなさい」
「あはは、冗談だよ! 友達と会ってくるだけだからさ、なるべく早く帰るね!」
楽しそうに笑う日菜は、一見して、昔と変わらないように見える。でも、それは私がそう思いたいだけで。もうあの頃の無邪気なだけの子供じゃないってことは、私がよく分かってる。
嫌がる私に、無理やり刺青を入れた時の。あの口が耳元まで裂けているかのような嘲笑が、忘れられない。
私のせい。私の狭量さが、彼女を変えてしまった。
だから、私が取り戻さなければいけない。いや…………取り戻せなくとも、私だけは彼女から目を逸らしてはいけない。今度こそ、絶対に目を離さない。
でなければ、私はきっと永遠に────。
「五年ぶりの美咲ちゃん、楽しみだなー」
────彼女の姉と、名乗れない。
誕生日おめでとう!!
時系列的には美咲と日菜が五年振りに出会う日の朝の話です!