奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

98 / 104
えがおのオーケストラっ! 15

『すごいわ美咲っ! あたしの鼻唄が、こーんなにステキな曲になるなんて!』

 

 

『決めたっ! この曲の名前は、えがおのオーケストラよ!』

 

 

『美咲が作った曲、あたし、歌いたいわ』

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 歌が聞こえてくる。

 

 明るくて、和やかで、心地いい。それこそ、聞いているだけで楽しい気分になって、自然と口ずさんでしまいそうな。そんな、優しい歌が流れている。

 

 …………なんて思ってしまうのは、私が無意識のうちに贔屓目で見てしまっているからなのだろうか。聴いた覚えのあるリズムに、聞き覚えのある歌声。なんなら……ほとんど毎日、耳にしているわけだから。どこか馴染みがあるというのは、まぁ、当たり前のことで。

 

 彼女の鼻歌から組み立てた、世界にたった一つの音楽。はぐみと一緒に作曲して、こころと一緒に作詞した、私たちの最初の持ち曲。

 

 どこまでも明るくて、前向きで、それでいて深く、暖かい。そんな…………太陽のような彼女の心の中身を、みんなにも見てほしくて、聞いてほしくて、感じてほしくて。

 

 だから…………そう、きっと私は。ただ、知ってほしかったんだと思う。

 

 私を救ってくれた女の子が、どれだけ優しいのか。その胸の内に、どれほどの愛情を詰め込んでいるのか。

 

 見た目とか、言動とか、噂話とか、実家とかじゃなくて。一人の女の子としての、一人の人間としての彼女の姿を。

 

 

 私にしか見えていないものを、みんなにも知ってほしかったんだ。

 

 

 星空の中心で輝く、黄金の太陽。その下に広がる、子供の好きなものを詰め込んだ、おもちゃ箱の中みたいな不思議な景色。

 

 そこに、見慣れないものが、前まで存在していなかったはずのものが。いくつもの脚光を浴びて、まるでそれ自体が輝いているかのように…………いや、きっと輝いているんだ。眩しいのに目が離せないほど、魅力的だから。

 

 だけど、それは落書きみたいに不定形で。波立つ水面を通して海の中を覗き込むように、どこかあやふやだった。きっと、彼女自身がまだ、鮮明にイメージできていないからなんだろう。私の瞳にはハッキリと映っているはずなのに、輪郭がぼやけている。

 

 無理もない。だって彼女はまだ、「あの」景色を知らないのだから。沢山の人が笑顔になる、あの光景を。あの人はまだ、見ていないのだから。

 

 

 

 だからこそ、私が連れていく。

 

 あなたが私を、星空の下に連れ出してくれたように。今度は私が、彼女をステージの上に引っ張っていくんだ。

 

 あの場所から見下ろす景色を、星空のように輝くサイリウムの光を。それに負けないほど綺麗な、みんなの笑顔を。

 

 

 あなたの心(弦巻こころ)の中へと、届けたい。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 恥ずかしい夢を、見ていたような気がする。

 

 まだうまく思考が働かない頭の中に思い浮かんだのは、そんな予感で。それなのに、体も心も、一向に動き出そうとしない。

 

 自分と、もう一人。二つの体が重なる布団の中で、胸の奥から溢れた羞恥心が、微睡みの中へと溶けていくのを感じる。人は気持ちがいい時は、大体のことがどうでもよく感じてしまうものだから。

 

 だから、まぁ。こんな気持ちも、悪くない。

 

 

 ほとんど塞がれている耳からは、一定のリズムで繰り返される心臓の音が聞こえていて。彼女の体を通り抜けて、私の元へと伝わっているのがわかる。

 

 正面から頭を抱きかかえられているが故の、この心地よい息苦しさとともに眼を覚ますのも、だいぶ慣れてきた。

 

 瞳を開いたはずなのに、目の前は真っ暗のままで。何も見えていなくても、彼女の存在を感じ取れるから。だから、抱きしめられているんだってことが分かる。こうやって朝を迎えるのも、今となってはいつものことだった。

 

 顔に、というより、体全体に感じる温かさと重さは。私が本当の意味で前を向くことができたあの日から、全く変わっていないから。それがとても嬉しくて、心地よくて。

 

 なんだか、少しだけくすぐったい。

 

 

 ────んっ。

 

 視界を確保するために顔を動かそうとして。耳元から聞こえてきた彼女の声に、体が強張るのが自分でも分かった。どこか切なげで、意図せず口から漏れてしまったんだろう。胸元で動く私に反応した、ただの反射にすぎない。それは、理解しているつもりなのに。

 

 だからこそ、どこまでも魅力的に感じてしまう。彼女がこんなに無防備に姿を晒すのは、私だけなんだと。そんな、思春期の少年が抱くような子供じみた優越感に浸ってしまう。

 

 だけど、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。

 

 彼女を傷つけてしまわないように、細心の注意を払った力加減で。私の首の後ろへと、抱きかかえるように回された彼女の腕を解く。まだ寝かせたままにしてあげたいから、揺らすことも厳禁だ。

 

 こうやって、彼女の胸の中から抜け出すのも手馴れてきた。いや、まぁ、短い期間で何回も何回も同じベッドで寝ているというのも変な話だけど。そこは、なんというか、あんな笑顔で頼まれたら断れないというか。

 

 正直な気持ちを言えば、私もこの日常を楽しんでいるから。きっと、いつまでたっても拒めない。

 

 

 ベッドの上にへたり込むような姿勢で、周囲を見渡す。閉じたカーテンの隙間からは、少し弱々しい光が差し込んできていているから。今日は天気は、たぶん晴れ。

 

 机の上には、彼女と一緒に考えた歌詞をメモした紙が散乱している。すでに内容は頭の中に入っていて、清書したものは鞄の中に入れてあるから。取っておく理由は特にないけれど…………だからといって、捨てる気にもならない。あとでファイルにまとめて、どこかに保存しておこう。

 

 そんな、とりとめもないことを考えてから────。

 

 

 視線を下へと戻せば、そこは金一色の絨毯になっていた。

 

 弦巻こころが、私の友達が。綺麗に手入れされている髪をふりまいて、ベッドの上で瞳を閉じている。彼女の腰ほどまである長い髪の毛は、ベッドという白いキャンバスの上で、いくつもの線を描いていて。彼女自身の可憐な見た目も相まって、まるで一枚の絵画のようだった。

 

 このまま放置していたら、変な寝癖がついてしまうかもしれないというのに。こうして安心しきった表情で眠っている彼女の姿を見ていると、どうしても手を伸ばす気になれない。どこか触れ難い、神秘的な雰囲気をまとっている…………気が、する。

 

 性別的には、私と同じはずなのに。私と彼女は、どうしてこんなにも違う生き物なんだろうか。どれだけ考えたとしても、答えは出ないと知っているけれど。それでも時々こうして、疑問が頭の中を駆け抜ける。

 

 

 手を伸ばして、こころの髪を少しだけ掬い上げる。最近は私が洗うことが多くなって、荒れてしまわないか心配だったけれど。こうして見ている分には、特に変わってないように思える。

 

 肌も赤子のように綺麗だし、吸い付くような潤いを感じる。褒めても褒めてもまだ言葉が足りないんじゃいかと、そう考える程度には。こうして近くで見た彼女の姿というものは、どこか現実離れしている。

 

 一番近くにいる私が、そう思うくらいなんだから。こころのことをよく知らない人にとっては、彼女の存在というのは、宇宙人みたいなものなのだろう。遠巻きに見てくる生徒たちの、なんと多いことか。

 

 

 こころは、気にしていないけれど。

 

 私はもっと、こう、なんていうか…………そう、受け入れられてもいいんじゃないかって思ってる。前まではあんなに独占したがっていたというのに、おかしな話だけど。

 

 私は、奥沢美咲は。弦巻こころという人間のことを、もっと沢山の人に知ってもらいたい。私の友人はこんなに凄いんだって、優しいんだって、口を大きくして叫びたい。

 

 だから、これはいい機会だと思う。せっかくバンドを組んだのだから、ライブをやって、それで知ってもらえばいい。もちろん皆が楽しめるのが一番で、一から十まで打算と私欲で動いているわけじゃないけれど。

 

 そりゃあ、挙げようと思えば理由なんていくらでも見つかる。みんなで楽しみたいとか、こころの望みを叶えたいとか。本当に、色々なことを考えた上で頑張りたいと思ったから。

 

 それに…………あんなに期待させた以上は、私が責任を持って、成功させないといけないだろう。僅かな時間で、まだまだ短い付き合いだけど。それでも、あの五人で一緒にいる時間は、思っていた以上に楽しいものだったから。

 

 こころの言葉を借りるわけじゃないけれど。好きな人には、笑顔でいてほしいじゃないか。

 

 

 今までの私だったら、こころやみんなと出会う前の私だったら。期待しないほうがいい、何事もほどほどに済ませるほうがいいって考えていたんじゃないだろうか。それは、どちらかといえば後ろ向きで、保守的なスタンスの。ある意味では、今どきの若者らしい考え方で。

 

 両親が離婚したとか、妹たちと離れたからとか、人と接するのが怖くなったとか。そういう理由があるわけじゃなくて…………元々の、(奥沢美咲)という存在が持っていた価値観というか。可愛げのない子供の、つまらない戯言と聞き流してくれた方がいいんだけど。

 

 まぁ、少なくとも…………世界を笑顔に、なんて。大それた目標は、簡単には受け入れられなかったと思う。

 

 だって、そうだろう。あんなに明るくて優しい人達が、ままならない現実にぶつかって。夢とか理想とか、そういうのと板挟みになって苦しんでいる姿なんて、見たいと思えない。

 

 子供の頃に抱いた夢なんて、大人になることにはほとんどの人が忘れている。歳を重ねていくにつれて、折り合いをつけて、妥協して、諦めて。そうやって、人は成長していくものだから。

 

 だからこそ、あんなにも眩しい。私みたいな人間や、諦めていった人たちにとって。夢を信じていられる人は、目を輝かせて理想を語っている人は。どこまでも違う世界の人間で、遠く感じてしまう。

 

 

 私が、超能力者じゃなかったら。

 

 両親が離婚することもなく、友達と別れることもなく、妹たちを泣かせることもなかった、普通の高校生の奥沢美咲だったのなら。

 

 こころの語ったことも、それを全く疑うことなく受け入れたみんなのことも。きっと、信じきれなかったんじゃないだろうか。

 

 好きになった人には、笑顔でいてほしい。それはこころじゃなくても、誰だって持っている当たり前の感情で。だからこそ、悩んだり、苦しんだり、落ち込んでいる姿を見たくないから。

 

 そんな未来がきてしまう前に、引き返そうって。もっと無難に、ほどほどの人生を送ろうって。うん、たぶん、そう言ってた。

 

 もちろん、それが悪いことじゃないって分かってる。決して前向きではないけれど、根っこの部分では同じだから。

 

 

 この感情は、この気持ちは。それがほんの少し、彼女たちと同じ方向に向いたっていう。それだけのことで、特別なものではないんだろう。どんな私であっても、最後にはその気持ちに気付いていたはずだ。

 

 傷ついてほしくない、というのは。後ろ向きな思いやり。笑顔でいてほしい、というのは。前向きな思いやり。二つの感情は、その奥底では繋がっている。

 

 だから私は、見方を変えただけ。この街でもう一度暮らしていく中で、色々な影響を受けて、少しだけ前向きになれたから。

 

 

 傷ついてほしくないのなら、落ち込んでほしくないのならば。私がみんなを、守ればいい。

 

 人一人で背負うには、重すぎる夢でも。二人で……いや、みんなで抱えることができれば。きっと、世界だって笑顔にできる。

 

 私が、そう思えるようになったんだから。世界中のみんなが、そう信じられる日がきてもおかしくない。

 

 ぶつかることも、あるかもしれない。夢を信じられなくなったり、悩んだり、笑顔を忘れてしまうこともあるだろう。

 

 だけど、そんな時に。笑顔を思い出させてくれる誰かがいるならば。暗い考えを吹き飛ばしてくれる、無敵のヒーローがいるならば。

 

 

 そういうヒーローに、私も(・・)なりたい。

 





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。