奥沢美咲は、超能力者である   作:親指ゴリラ

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えがおのオーケストラっ! 16

 私たちの通う花咲川から、徒歩でそこそこの距離。近くも遠くもないけれど、決して活動範囲外とはいえない距離の場所に。

 

 CiRCLE、と。自動ドアにそう書かれた建物が、存在していた。

 

 

 それなりのスペースを確保しているカフェテリアと、比較的新しくて清潔感のある建造物。学校帰りと思われる制服姿の人々が、楽器ケースを片手に行き交っていて。

 

 手元のスマホに表示された地図と、目の前の建物を見比べている私は、さぞかし目立っていることだろう。

 

 まさか、こんなに身近なところに。ライブハウスという、需要の限られた施設があるとは思っていなかった。なんなら、同じ街には「ガールズバンドの聖地」とまで言われているSPACEもあるというのに。同じような施設が、同じ地域にいくつも存在しているなんて。

 

 …………いや、逆なのかもしれない。知名度があるからこそ、その周辺も栄えるというか。同じような考えを持った人とか、同じ趣味を持った人が集まって、結果的に、需要が高まっている。見方を変えれば、そんなふうに考えることもできる。

 

 そのことに思い至って、調べてみれば。私が知らなかっただけで、そこそこの数のライブハウスが存在していることがわかった。なんなら、商店街の方にも一軒あるらしくて。

 

 私が思っているよりも、ガールズバンドというものは流行っているのかもしれない。

 

 今まで興味がなかったから。と、言ってしまえばそれまでだけど。よくよく思い出してみれば、花咲川だけに限定したとしても。ギターケースやらなにやらを背負って歩いている生徒は、それなりにいた気がする。

 

 灯台下暗しというか、なんというか。あんがい、みんな同じようなことを考えているのかとしれない。委員長も「バンド」という言葉に反応していたし……年頃の女の子にとって音楽活動というのは、私が思っているよりも一般的なものなのだろう。

 

 まぁ、都合がいいといったらその通りなんだけど。ここまでスムーズに話が進むと、なんだか妙な気持ちにさせられる。お膳立てされているというか、実はこころのために黒服の人たちが全部用意していました、とか言われても驚かない自信がある。

 

 バンド活動については、あまり手を出さないでほしいけれど。あの人達の気持ちも分からなくはないから、そこまで強くは言ってない。だけど、一応、活動の諸々は私に任せてほしいとは伝えてある。

 

 黒服の人たちのことだ。弦巻家の力を利用して、いきなりメジャーとして売り出そうとしてもおかしくない。その気持ちは否定するつもりはないけれど。だけど、それは、なにか違うと思うから。

 

 何かあったときは、手を借りるかもしれないけれど。それはそれとして、今は出来る限りのことをやっていきたい。

 

 

 他でもない、私たち自身の手で。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 この前のSPACEで出会った人に勧められた、初心者でも出演することのできるライブハウス。それがここ、CiRCLEらしい。

 

 らしい、というのは。実際に目にするのは初めてだから。私がやったことといえば、人づてに話を聞いて、電話で申し込みをしたという。ただそれだけのことで。

 

 詳しい説明をするから一度来てほしいと連絡をもらったのが、少し前のこと。

 

 SPACEを訪れた時は、純粋に鵜沢先輩のライブを見るだけのつもりだったから。ステージに立つことになったのも、色々な偶然が重なってしまったのが原因だから。

 

 つまり、最初から出演者という立場でライブハウスに足を踏み入れるのは、これが初めてということになる。緊張、というのは少し違うかもしれないけど。それはそれとして、いつもより少しだけ。背筋が真っ直ぐに伸びているような気もする。

 

 なにせ、学生の身分とはいえ。人前に立って、演奏するわけだから。それも、ライブという形で。

 

 身が引き締まる思い、とでもいえばいいのだろうか。私がしようとしているのは、交渉と契約のようなものだから。当然、そこにのしかかる責任は重大だ。

 

 あんまり大げさに捉えないほうがいいのかもしれないけれど。一応、話が食い違ったりしないように。システムとかについての知識は、それなりに仕入れてきた。

 

 ほら、チケットノルマ制とか。特に金が絡む問題だと、それなりにトラブルも起きるらしいし。ガールズバンド、という限定された枠組みでの話だから。高校生を対象にしている以上は、大人を相手にするような厳しいものではないと思うけど。

 

 と、そんなことを考えながら。この場所に足を踏み入れたわけだけど。

 

 

「待たせちゃってごめんね! ちょっと人手が足りてなくて…………」

 

「いや、そんな、気にしないでください。むしろ、その、ちょうどいい感じに考えがまとまってきましたから」

 

 それなりに繁盛していることもあって、色々と忙しかったんだろう。挨拶もそこそこに事務室に案内されて、少し待ってほしいと言われてから、すでに十数分ほどが経過してしまっていて。

 

 慌てた様子で部屋の中へと入ってきた店員さんは、先ほどと比べて髪の毛が乱れている。浮かべている笑顔も、ちょっと疲れ気味だ。

 

 人手が足りない、というのは本当のことなんだろう。少なくとも、この部屋に案内されるまでに彼女以外のスタッフを目にしていないし。大変そうで、見ているだけで心配になってくるくらいだから。気にしていないというのは、嘘じゃない。

 

 そんな私の本心が、ちゃんと伝わったんだろう。どこか引き固かった彼女の表情も、自然なものに戻っていく。

 

 

「あはは、そう言ってもらえると助かるよ…………あっ、そうだ! なにか飲まない? お詫びってことで、ね?」

 

「あー……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって…………コーヒーを、お願いします」

 

「おー、渋いね」

 

 人がいいというか、なんというか。どこか人を安心させる雰囲気を持っていて、見ていて気持ちがいい。

 

 コーヒーを頼んだのは、なんとなくだけど。彼女の返した言葉には、それを揶揄うような気配は全くなかった。子供が背伸びしている、とか思っているわけじゃなく、純粋に感心しているみたいで。それがなんだか、妙にくすぐったい。

 

 今まで周りに居なかったタイプの大人だ。落ち着いているし、綺麗だし、茶目っ気もある。頼れそうな、それでいて厳しくない…………なんていうのかな、理想的な親戚のお姉さんって感じ。

 

 手際よくコーヒーを準備している後ろ姿に、ついつい視線がいってしまう。なんとなく、ボーッと見つめる。

 

 

「あっ、砂糖とかって…………ん? もしかして、私の背中になにかついてる?」

 

「えっ…………ああ、すみません。そういうわけじゃなくて……本当に大変そうだなって、忙しいみたいですし、また別の日に来た方がいいのかなって、考えてました」

 

 少し、不躾だったかもしれない。誤魔化すように口にした言葉は、彼女の姿を見て素直に感じたことだったから。嘘じゃなくて、だからこそ、自分でも驚くほど。流れるように、口をついた。

 

「あ、あはは。実はここ、今日は私とバイトの子が一人しかいなくてさ…………心配させちゃったかな? ごめんね? さっきまでは仕事が立て込んでたんだけど、バイトの子がきてくれたから大丈夫!」

 

「…………いや、それは流石にもうちょっとシフト入れた方がいいんじゃ」

 

「そうなんだよね…………あっ、そうだ! 美咲ちゃん、ライブハウスのバイトが気になってたりしない?」

 

 手を動かしながらこちらへと期待のこもった視線を向けてくるスタッフさんに向けて、顔の前で両手を合わせることで断りの意思を伝える。

 

「あー…………すみません。私、もうバイトやってて」

 

「うーん、そっかー…………そうだよね。うんうん、お友達にバイト始めたいって思ってる子とかいたら、それとなく勧めてくれると嬉しいかな……はい、これ、コーヒーおまたせ! 砂糖とかはお好みでどうぞ」

 

「あっ、どうも…………バイトの件、一応覚えておきますね」

 

 ありがとー、と。そう言いながら私の対面に座った彼女の笑顔は、ちょっとだけこころのそれと似ていた。屈託がないというか、含むものがないというか。年上の人にこんなことを考えるのもアレだけど、ちょっと子供っぽく見える。

 

 ただ、こころのは……世間一般の常識とか、そういうのを知らないからこその純粋さな訳だけど。この人の場合は、逆に、苦労を知っているからこその柔らかさっていうか、そんな印象で。頼れる大人というのは、こういう人のことを指しているのかもしれない。

 

 まぁ、全部私がそう感じたってだけの話なんだけど。意識して超能力を使っているわけじゃなくても、その辺りはなんとなく直感で伝わってくるから。そこまで的外れでは無いと思う、たぶん。

 

 

「そういえば、まだ自己紹介してなかったよね」

 

 黒い髪のスタッフさんはそう言って、私の瞳を真っ直ぐ見つめながら、もう一度口を開いた。

 

 

「私は月島まりな。まりな、とか、まりなさんって読んでもらえると嬉しいな。ここ、ライブハウス「CiRCLE」でスタッフをしています」

 

 よろしくね、と。最後にそう付け足して、彼女────月島まりなは、朗らかに笑った。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

「へぇ〜、もう自分たちの曲を作ったんだ?」

 

「ちょっと急ぎ足な気もしたんですけどね。こころ…………ウチのボーカルと一緒に考えたんです、その、一晩かけて」

 

「ふーん、いいね、そういうの。青春って感じ!」

 

 

 イベントの説明もそこそこに、私たちは雑談に興じていた。いや、ウチのバンドについて話しているわけだから、ただの雑談って訳じゃないのかもしれないけれど。

 

 まりなさんがあまりにも楽しそうに、そして嬉しそうに話を聞いてくれるものだから。ついつい、色々なことを話してしまった。

 

 彼女の手には、当日に私たちが演奏する曲の題名が記された紙が握られている。一般的には、ああいうものをセットリスト、あるいは、縮めてセトリと呼ぶらしい。

 

 セットリスト、とはいっても。イベントの趣旨や私たちの都合もあって、並んでいる曲の数は三つだけ。本当だったら五曲くらいは用意したかったけれど、時間も技術も経験も足りていない私たちには、これが限界で。

 

 それでも、私にとっては。誰に見られても恥ずかしくない、心から誇れるセトリだ。

 

 みんなで頑張って、みんなで考えて用意したものだから。それこそ、たった一枚の紙ペラが輝いているようにすら思えてくるくらいには。特別なもので、褒められたことが嬉しくて仕方がない。

 

 

「でも、本当に大丈夫なんですか?」

 

「へ? なんのことかな?」

 

「いや、ほら、チケットのこととか…………本当に貰っちゃっていいんですか?」

 

 私の鞄の中には、ここへ来るときには持っていなかった封筒が入っている。まりなさんから受け取ったもので、中には十枚のチケットが入っている。そう、私たちが参加するイベントのチケットだ。

 

 最初は、チケットノルマの話をされるのかと思っていた。ネットで調べた限りでは、ライブハウスに出演する側はある程度チケットを売る必要、というか、義務があるらしいから。

 

 だから、封筒の中身を確認した時は。そういう話をされるものだと思っていたけれど。

 

 

『これ、私たちからのプレゼントだから。友達とか、家族とか、呼びたい人がいたら、ぜひ連れてきてあげてね!』

 

 一人につき二枚しかないけど、そこはごめんね? だなんて。謝られる意味がわからないくらい、善意に溢れた言葉だった。

 

 邪な気持ちとか、一切抱いていない。本当に、心の底からそう思っていることが。私には分かるし、ニュアンスを間違えるようなことはない。

 

 いくら初心者を相手にしているとはいえ、ライブハウスは商業で運営している場所であって、慈善施設ではない。お試しとか、今後も利用してほしいとか、宣伝に繋がるからとか。そんな感じの理由も口にしていたけれど、それにしたって、良心的が過ぎるのではないだろうか。

 

 

 そう思って質問したところ、どうやらここではチケットノルマ制は採用していないらしい。チケットノルマはライブハウスがイベントを行ったときに採算を取れるようにするためのもので、経営に必要なお金を集めるために、出演者にチケット販売のノルマを課すという仕組みで運営されているから。

 

 チケットノルマ制がないところは、出演者から参加費を集めると聞いたこともあったけれど。どうやら、それも行なっていないらしい。

 

 

 出演者とライブハウスの間に金銭のやり取りをしない、それがCiRCLEの運営方針だそうで。純粋にチケット代とか、ドリンク代とか。あとは、練習用にスタジオを貸すことでお金を集めている、と。

 

 なんだか、ここが繁盛している理由が分かったような気がする。

 

 

『ここのオーナー、すごくお金持ちらしくてさ。少しでもガールズバンドが活動しやすいように、一人でも多くの子が音楽の世界に足を踏み入れられるようにって。けっこう色々なことをしているらしいんだよね』

 

 なんでもないように口にされた言葉に、素直に感心した。そんなことを考えて、実際に行動する人がいるなんて、と。

 

 こころと出会う前の私なら、絶対に何かあるって疑っていたと思うけど。こころという、他人の笑顔を願えるような奇特な人間がいるって知っている以上は。まぁ、信じられないこともないというか。

 

 正直、ここ本当に弦巻家関係ないんだよね? とも思ったけれど。その疑問は、私の心の奥にしまっておこう。

 

 

 だって、ほら。少なくとも────。

 

 

「いいのいいの、オーナーがいいって言ってるんだから! 学生さんなんだし、細かいことは気にしないでさ、もっと気軽にいこうよ。ね? 大人に任せてさ!」

 

 この人はきっと、信じていい大人だから。

 

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