ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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時の加速

 

 

 

 

 一つ、幼い少女は気がついた。

 ああ、この感覚は懐かしい。

 まだ自分が、ここに保護される前に散々接していたあの人だ。

 どうやら、彼女はあの人と同じだったよう。

 幼い彼女は考えた。けれど、あの人は人間の狙われていた。

 魔女、というらしい。人間の天敵だと。

 ……天敵ってなんだ? 何時だったか、彼女が天敵とは『ろりこん』と同じだと説明してくれた。

 成る程、納得した。

 あの頭が犬みたいな動物擬きのような生き物だったと。

 それは、確かに嫌がられる。事実、仲良しのマーチが嫌がっている。

 あんな感じで、魔女は嫌われてしまうのだろう。

 ……困ったことになった。

 自分にはよくわからない。あの人は魔女なのだ。

 ならば、他の人に嫌われてしまう。それは、嫌だ。

 折角優しいお姉ちゃんみたいな人に出会えたのに。

 お菓子を沢山食べさせてくれる。優しく甘えても怒らない。

 ワガママ言っても許してくれる人なのに。

 みんなから嫌がられるのは、嫌だ。

 だったら、どうすればいい? 

 魔女はみんなに嫌われる。だから、あの人も様子が変だった。

 自分に、出来ることはあるか?

 よくわからない。わからないから、思い付いた方法をやってみよう。

 昔、塔に住んでいた頃に、あの人が読んでいた本の絵を真似てみよう。

 確か言っていた。これは、時を加速させる魔法だと。

 ことわりまほー。そんな名前。

 大きくなれる。大人になれる魔法だと。でも、使えないから意味はないと言っていたが。

 わからないから、やってみる。やり方は全部覚えているからきっと大丈夫!

 あの人の力になりたい。大人になれれば何かできる気がする!!

 早速、やってみよう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女、ラプンツェルには苗字はない。

 彼女は曰く付きの子供で、何でも幼少時より魔女に育てられたらしく、世間知らずの子供だった。

 現在14だと言うのに、精神年齢は10以下というアンバランスな生き方をして来た。

 塔にずっと閉じ決められ閉鎖された箱庭で無菌培養された彼女は、非常に無垢で幼かった。

 どこぞの狼が性欲を暴走させそうな可憐な少女であり、危うい子供である。

 しかし、誰が知ろうか。

 彼女は幼く世間知らずではあるが、時に感覚を研ぎ澄まし、変化をいち早く察する。

 子供特有の鋭敏な五感。四人の少女のなかで、尤も速く彼女は確信を得た。

 世話をする彼女は、魔女であると。

 親に魔女を持つからか、魔女にたいしての一種の適応をしているラプンツェルは思った。

 何か大変ならば、ラプンツェルが助けなくてはいけない。

 だってラプンツェルの、好きな人だから。

 慕っている亜夜を、皆に嫌われるのは見たくないから。

 ラプンツェルは無知だ。無知だから、物怖じせずに何でも試せる。

 幼いから、恐れることなく出来ることを実行できる。

 そんな諸刃の彼女だったが、今回ばかりは吉と出た。

 何せ、対人関係は子供そのもの、見聞は幼く判断基準は適当なもの。

 自分の呪いの境遇もあまり理解していない。

 彼女は『髪の毛が際限なく止まることなく伸び続ける』呪いを背負う。

 命に関わるのだが、本人は気にしてさえいない。ただ、知らない人間に髪を触ることは嫌った。

 彼女の金髪は兎に角伸びる速度が尋常ではないほど速く、一日に下手すると15cmは伸びる。

 身体中のエネルギーを無駄に消費して、生命活動を阻害するのだ。

 結果、ラプンツェルは強烈な飢餓に襲われ、いつも空腹状態に近かった。

 亜夜が世話をしているときも、年上のマーチよりも大量に毎食食べている。

 海に出掛けたときも、一人で海産物を食い尽くすなど、食べ続けないと餓死するのだ。

 お菓子を好むのは、甘い味を好む精神構造と、エネルギーの効率が良いから。

 放っておくとすぐに髪の毛の達磨になり、真夏ゆえの汗くささと脱水症状、手入れに散髪など様々な問題を抱える。

 人一倍食べないと生きていけず、人一倍髪を切らないと満足に生活もできない。

 亜夜に心を開く以前には放置していた髪の毛は、亜夜が自身で海に行く前にある程度切って結ってくれた。

 今もかなりの速度で伸びる金髪。

 ラプンツェルは不便だとは思うけど、まさかこれが命そのものを栄養としているとは思ってすらいない。

 そんなずれているラプンツェルでも、亜夜をとても心配していた。

 だって、そうだろう。この人が、今の姉のような存在で、気がついたら好きになっていた。

 だから頑張って当たり前。出来ることはする。

 それが、どんな結果をもたらすかなど、全くもって気にしないまま。

 ラプンツェルは、子供なりに考えて、行動を起こしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海水浴を終えた数日経過。

 亜夜は普通に仕事を続ける。

 溺れていた例の女の子は、雨蘇乃華という名前で、このサナトリウムのなんと職員であった。

 最近来たばかりらしいが、なんか職員から嫌がらせを受けていたらしい。

 そいつが素っ裸で流されたと見回りに教えて、助けにいった二人が救出したという流れ。

 で。

「オッケー。……ちぃっと、お話ししてくるな?」

 華から事情を聴いたケダモノが何故か怒髪になり、唸り声を漏らしてそいつに会いにいった。

 あまりの剣幕に華はみて怯えていた。亜夜も絶句して青ざめた。

 不味い。血が流れそうな雰囲気があったと感じる。

 数分後。

「ギャアアアアアッ!!」

 という、明らかに何かヤバそうな叫び声を響かせた。

 聞き覚えのない声だから、多分犯人だろう。

 また、数分後。ケダモノが戻ってきた。

「大丈夫、二度とセクハラしないって遵守させてきたよ」

 と、笑顔で説明する。傍らには、引き摺ってきた白目向いて口から泡をふく男がいた。

 生きてはいる。痙攣しているし。何をしたのか亜夜が問うと、

「呪いに初めて感謝したよ。……こういう使い方も出来るんだからさ。平和的解決をね」

 ぐるるるる、と牙をちらつかせて、獰猛に唸る。亜夜は解した。

 顔面の迫力で迫って、脅したようだ。手を出したら、お前を食うぞと脅かしたと言ったピニャコラーダ。

「さ、流石宇宙人……」

 華がおっかなびっくり呟いた。

 途端に、ピニャコラーダは反論する。

「宇宙人!? 誰よ君にそんなこと言ったやつ!!」

 言うに事かいて宇宙人である。

 華は視線を亜夜に向ける。亜夜は明後日の方向を見る。

 目が泳いでいた。

「一ノ瀬ェ……! またお前かァ!」

「きゃーこわーい、おにーさんがあやにへんなことしようとするー!」

 ガシッと肩を掴んで凄むピニャ野郎。

 亜夜が無表情、棒読みで大声をあげる。

 因みにここは、職員の使う休憩所。

 亜夜におさわりをしたと思われたのか、慌てる狼の肩を誰かが叩く。

「雅堂……性犯罪は、頂けないな。いつぞやの借りを返そう。表に出ろ。お前のような奴は修正してやる」

 崩空が、何やら死んだ目元に陰りを入れ逆に凄んでいた。

 その手には、雅堂が大嫌いな柚子の匂いを染み込ませた檜の棒切れが握られている。

「く、崩空! これは誤解……!」

 言い訳をしようとする前に、更なる援軍が現れる。

「やっぱ殺さないとダメか……。職員さん、手伝うよ害獣駆除」

 こっちも無表情、しかし赤い頭巾を被る彼女の手には青筋が浮かんでいた。

 世話をする少女にして宿命のライバル、赤ずきんことシャルも援軍に来ていた。

「悪い狼ねェ……。所詮は裏ごしパイナップルにしか過ぎないって訳事よね?」

 ふんだんに軽蔑と見下しの声色でシャルは雅堂に告げた。

 流石に反論する狼。

「誰が裏ごしパイナップルだおい!? 僕は人間だって言ってるだ――」

 セリフに最中に突然シャルが動いた。

 ジャブの要領で、コンパクトに、素早く持っていた小さな小瓶を彼の顔にぶっかけた。

 鼻っ面にダイレクトアタック。すると。

「――びぃぃぃぃにゃぁぁぁああああああッ!!」

 凄まじく苦しそうに、顔を押さえてその場に転げ回るピニャ野郎。

 いつもの悲鳴をあげて、悶え苦しむ。

 華が首を傾げた。彼から漂う柑橘類の芳香。

 これは……柚子?

「あぁ、そっちの職員さんも覚えておいて。こいつ、柚子の香りがダメなのよ。効果覿面よ? ほら、この通り」

 残った小瓶の中身も念入りに彼に振り掛けるシャル。無情だった。

「ギャアアアアアッス!」

 汚い悲鳴をあげて、更に苦しみ出す。

 逃げ惑い、這いずって逃走しようとしても、崩空が棒で威嚇する。

 逃げ道を塞がれて、死にかけの虫のように痙攣し始めた。

「中身は単なる柚子の果汁なんだけどね。こいつの嗅覚には覿面なのよねー。はい、止め。よろしく、職員さん」

「……任された」

 崩空が柚子そのものを小さく切ったそれを、死にかけのピニャ野郎に近づける。

「ちょ……崩空、止め……!」

「すまんが、少し頭を冷やせ雅堂。一ノ瀬は、どうみても犯罪だ。同年代でも色々不味い」

「それどういう意味ですか」

 遠回りに貶された亜夜が怒ると、横目で一瞥して崩空は苦しむ雅堂にもう一度言う。

「病弱が好きだとしても、一ノ瀬はやはり、不味いと俺は思う。……ロリコンはいけない」

「遠回しに私がロリだって言いたいんですか! 失礼ですね!!」

 酷いこと言われて傷つく亜夜。

 崩空は無視して、鼻っ面を押さえる雅堂の手を退けて、口を強引に開かせる。

「ほがっ!?」

「たっぷり味わえ。……柚子そのものをな」

 ぽいっと放り込んで無理矢理閉じる。

 直後、雅堂は一瞬で白目を向いて気絶した。

「宇宙人……負けちゃった……」

 華が見下ろす先で、善行を行ったはずの狼は亜夜とシャルのせいで、あっさりと撃沈した。

 情けない姿であった。これが童話の悪役の末路。

 やっぱり、主人公には勝てないらしい。

「こんな感じで柚子がきくから、職員さんも持っておくといいわ。少なくとも、こいつは寄ってこないから」

 シャルが倒れるピニャ野郎を掴んで引きずっていく。

 先ほど連れてこられた彼も一緒に回収。取り敢えずお偉いさんにつき出すとシャルは言って、去っていった。

 崩空は、読書をするために戻っていった。

 ……初級、誰でも分かる心理学とか書いてある専門書を読み更けている。

 やはり根っこは彼も真面目な人物だと亜夜は思った。

 呆然とする華に、宇宙人攻略法を伝授して、その時は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 ラプンツェルは、変なことをしていた。

 下手くそな鼻歌を歌って、部屋の床に何か大きな模様を書いている。

「ラプンツェル……鼻歌止めて……!!」

「耳が、潰れるぅ……!」

 耳を塞いで苦悶の声をあげるのは、アリスとグレーテルだった。

 なにせ、ラプンツェルの鼻歌は凄まじい音痴で、というか既に怪音波である。

 手を貫通して耳の中を好き勝手暴れて傷つける。

 三半規管が死にそうな音を、ずっと彼女は歌っているのだ。

 マーチは外出していていない。被害を免れている。

 ラプンツェルが、チョークで床に描いているのは、魔法陣。

 幾何学模様の複雑なもので、かなり詳細に書き込んでいる。

 二人は何をしているか分からないが、遊びか何かだと思っていた。

 本当は、もっと派手なモノだったりする。

「出来た!」

 嬉しそうに、出来上がった魔法陣に飛び乗るラプンツェル。

 何をするのか、偏頭痛が発生して苦しむ二人を尻目に、ラプンツェルは何か呪文を唱え始めた。

 すると、魔法陣も比例して輝き出すのだ。

「うぇ!?」

「な、なに!?」

 グレーテルとアリスは焦る。

 ラプンツェルが不味い遊びに手を出したと。

 しかし、それも的外れ。

 どんどん輝きを増す室内に、ラプンツェルは嬉しそうに唱えるのだ。

 

「――数字を越えて、三つの針よ、ひた走れ! 理よ、今ここに書き変われ!!」

 

 最後に、魔法陣が爆発する。

 派手な音をたてて、室内に白で埋めつくす。

 二人は腕で目をおおって、防ぐ。

 数秒後、恐々目を開けると、そこには。

 

「……ん、意外と成功するもんだな。さて、僕もねえ様の所に行くか」

 

 なんか見たことのない、長身で巨乳の眼鏡の美女がラプンツェルの服装で立っていた。

 

 またも、数秒後。

 

 二人はありったけの声で、亜夜を呼びつけるのだった……。


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