ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語 作:らむだぜろ
ライムを誘拐して宣戦布告を行って数日。
連日記録的酷暑が続くなか、買い物などの仕事が増えてくる。
理由として、暑さで倒れる子供と職員が続出。
あまりの気温に、日射病と熱中症を起こしているのだ。
故に、外出の代わりを担当するものが、炎天下で力尽きて倒れる。
待たされる者も、倒れる。それの悪循環。
虚弱の少女はと言えば。
「暑い……」
部屋でへばっていた。
最近、翼から抜け落ちる羽の量が増えてきた。
生え代わる時期なのだろうか。よくわからんが、片付けも面倒くさい。
しかし、多量の羽毛は処理に困る。亜夜は記憶を改竄したライムに言った。
羽毛の処理をしてほしい、と。あの事を覚えていないライムは、取り敢えず了承。
仕事や体調に関することはわりとすぐに話が通じるのは助かる。
翌日から、羽毛を求めて業者がサナトリウムに顔を出すようになった。
理由は、羽毛布団に使う羽を買い付ける為だとか。
亜夜の羽はお布団になるらしい。今は真夏なのに、よくやる。
いわく、海外に輸出するのに使うと言うので、ライムを通して買って貰う。
それでも抜け落ちる羽は、フェザーミールにして貰うしかない。
要するに、産業廃棄物だ。
尚、亜夜は毎日発生する羽を使って、みんなにプレゼントを作ることにした。
どうせ、いくらでも出る羽。惜しくはない。
「麦わら帽子……? あたしは海賊じゃないよ?」
「いえ、そっちじゃないです。というか、何で知っているのです?」
「ラプンツェルがアニメで見てるのを一緒に見てる」
「そうですか」
ワンポイントで蒼い羽を入れた、麦わら帽子。
アリスには、それをあげると喜んでくれたが、妙な事を言い出していた。
「……羽ペン?」
「ええ。綺麗な色でしょう?」
「うん、そうだね。……ありがとう亜夜さん」
グレーテルには、羽を加工して羽ペンにした。
グレーテルは嬉しそうに受け取ってくれた。
徐々に、彼女とも距離は近づいているようだで安心した。
「亜夜ー。ラプンツェルはー?」
「ラプンツェルにも麦わら帽子ですよ」
「おぉー! で、麦わら帽子ってなに? 麦だから美味しいの?」
「わぁー!? 食べないでください、これは食べ物と違いますッ!」
麦わら帽子を知らないラプンツェルに危うく羽ごと食われるところだった。
麦と聞くと食べ物にいくラプンツェルらしいといえば、らしかった。
帽子だと言い聞かせて、被り心地が良いのか無邪気に被って外を走り回っていた。
「……これは?」
「私の羽は幸運のお守りになると聞きました。ですので、マーチにはお守りをどうぞ」
「ありがとう、ございます……」
マーチには、羽を入れて持ち歩けるお守りにした。
実際は、ラプンツェルに教えてもらった物に呪いを封じ込める術を使い、亜夜が作った呪いのアイテム。
かなり強い幸運を呼び込む開運アイテムである。呪いを込めすぎて若干淡い蒼光を放ってしまったのは秘密だ。
大切にしてくれるといってくれたマーチに抱きつかれて、よろけた亜夜。
マーチともだいぶ、仲良くなってきていた。
多量の羽毛は、それでも余る。
ラプンツェルが遊び道具に、羽毛の海に飛び込んだり、他の子供にもキーホルダーに加工されたりなんなりしている。
酷いときは魔法使いの触媒にされている始末。まあ、一向構わないが。
そんな真夏の日。近々、近所で夏祭りが行われるらしく、みんなは楽しみに控えていた。
で。
「一ノ瀬。露天風呂、作ろうぜ!!」
「…………ぐさーッ!」
「びぃぃぃぃぃにゃああああああああ!?」
久々に顔を出しに亜夜の部屋を尋ねてきたピニャコラーダが意味不明なことを言うので、柚子の棒でお仕置きした。
意味などない。顔が怖いからしただけ。
「理不尽だろうが!! 何すんだいきなり!?」
「……ん?」
「待て、これみよがしに柚子の代わりにかぼす持ってくんな!! それも嫌いなんだ、マジで止めて!!」
「我が儘ですねえ……」
「おい待て、今度はすだちだと!? 素麺に入れて食わせる気か!? いらん、すだちはいらん!!」
「じゃあ、薬味も入れて……っと」
「拒否権なしにすだち入りで食えって悪魔か!? 分かったよ、食うさ!! ご馳走さまですコンチキショー!!」
流石の超生物も酷暑で疲れてそうだったので、部屋に常備してある素麺にたっぷりのすだちを入れて食べてけと手招き。
日々、何となく仲良くしている亜夜とピニャコラーダであった。
「あ、ウマイ。……絶妙だな、ゆで加減。あとでメーカーとゆで時間教えて」
「良いですよ。かぼす食べたらですが」
「畜生め……。勿体無いから食うけどさ……」
昼抜きで外の仕事をしていたらしい彼。
汗だくだったので、魔法で頭を凍らせてみた。物理で。
氷結させたペットボトルをタオルで巻いて頭に器用にのせているピニャコラーダ。
飲み物に大量の麦茶も振る舞う。彼は礼を言って、ごくごくと豪快に飲んでいた。
「で、何をしていたんですか?」
「裏手の近くにあったオオスズメバチの退治。今さっきまで巣ごと掘り起こしていただけ」
「そうですか、先ず頭が熱でやられているようなので医者に行きましょうか」
この炎天下の中、サナトリウムの近くに出来ていたオオスズメバチの巣を物理で駆除していたらしい。
流石に熱中症でおかしくなっていたかと思ったが、彼は否定する。
「いやいや、大丈夫おかしくなってない。ってか、えっ? 普通にしない? 僕は割りと現実でも自分でやってたけど」
「するわきゃないでしょう!! 普通は専門の業者に頼みますよ! アナフィラキシーで死にたいんですか!?」
「……マジで? 刺されたことなんてしょっちゅうだけど、痛いだけじゃん?」
「なんでッ……!? なんでこの超生物は理不尽なんです!? バカなんですかあなたは!?」
唖然とするピニャコラーダ。唖然としたいのはこっちだ。頭は抱えた。
亜夜は知っているが、オオスズメバチは夏になると出会いたくない害虫のトップに入る。
毒もヤバイし、凶暴だし、秋口になると更に凶暴化して危険な状態になる。
あと、亜夜は虫が嫌いだ。ススメバチ然り、その他しかり。
大抵、襲われると大事になるのに……こいつは殺虫剤やら何やらの最低限で撃退してしまったと。
「化け物!! あなたはやっぱり化け物じゃないですか!!」
「……え、そんなに異常?」
「当たり前です! 一般人はオオスズメバチなんて撃退できません!」
「……うーむ。そうなのか……道理でみんな嫌がるわけだ。崩空に死にたいのかって言われたしなぁ」
「普通は死にますよ? 自覚なさってます? 良いですか、死ぬんですよ?」
ダメだ。この素麺を食べる狼には常識が通用しない。
しかも捕まえた雀蜂は、全部業者に引き渡したと説明。
「業者も僕を何だか変なものを見ている感じだったけど、それが原因かな。てっきり、顔かと思ってた」
「顔以上に非常識なことしてますからね……」
亜夜は疲れた。何なんだこの狼。本当に人間か。
UMAとか宇宙人とかあながち間違いじゃない気がしてきた。
「結構山籠りとかやってたんだよね。祖父が山の管理してたから」
「……はぁ」
「ツキノワグマとかと格闘なんて毎度だったし、毒蛇には噛まれるし、雀蜂には襲われるし、蛭とかいるし。慣れちゃえば誰でもできるぞ?」
「いえ、その前に多分ひとつめで死にますから」
ツキノワグマと格闘か。バカじゃないかこいつ。
亜夜は突っ込みを放棄した。強さの秘密、いや理不尽の原因が少し見えた気がした。
「あ、そうそう。夏場に山にいくならしっかり準備していけよ。遭難したら帰ってこれないからな。一週間ぐらいはなんとかなるけどそれ以降は厳しいし」
「大丈夫です、私はインドアなので。あとそんなにしぶとい生命力は持ってません」
実体験で語るピニャコラーダ。言っている事が意味不明すぎる。
この生き物はどうやら、理屈や常識では語れない埒外の生き物と見る。
言うだけ無駄だった。
で、ようやく本題に入った。
「……露天風呂?」
「そうなんだ。僕さ、この時期は外仕事多くて風呂入れないんだよ。戻る頃には大浴場いっぱいで、個室の風呂はこの間ぶっ壊れちゃって。蛇口捻ったらもげちまってさ」
「それはぶっ壊した、ですよ」
規格外が、自室の部屋の風呂を破壊して、困っていた。
呆れる亜夜。確かに外で最近雅堂は作業が多い。
草抜きに買い物、荷物の搬入にシャルの付き添い。
シャルはある程度、自立ができる年齢なので放っておいても問題ないとか。
本人もケダモノが近くにいると怖いらしいので、一石二鳥。
今は雑用をメインの仕事をしているようだ。
で、入浴できる時間になれば夜遅く。
子供たちの大浴場を占拠され、入れない。
もっと遅くなると翌日に響くので、いっそ簡素ながら外に作ってしまおうと言う魂胆。
「ライムさんには許可貰った。場所さえ考えてくれれば別にいいって。最悪、子供たちにも貸すし」
「……どんなものを予定しているんです?」
「ドラム缶の風呂」
「シンプルですね」
彼はドラム缶の風呂を作りたい亜夜に説明する。
亜夜には、細かい作業を手伝ってほしいと。
虚弱に頼むのは皆、へばっていてダメなのとピニャコラーダの顔が怖くて近づかないのが理由。
亜夜ぐらいしか、暇しているやつがいない。
「晩飯奢るなら考えます。四人前」
「みんなも巻き込むのか……。あ、でもそっちのが有難いな。分かった、出前でも取るか?」
「その辺はみんなで決めますよ。グレーテルの分は私が何とかしますので」
「了解。じゃ、頼むわ。早速今夜入りたいから、涼しくなる夕方にでも」
「分かりました。裏手ですか?」
「おう」
トントン拍子で話を進める。
自分も手を貸すので、晩飯目当てで参戦する亜夜たち。
一度片付けをして別れる。皆の所にいき、事情を説明。
「ロリコンに亜夜を任せられないわ。あたしも手伝う」
「……なんか、心配だね。私もいくよ」
「ドラム缶のお風呂ってスゴそうだから見てみたい!」
「……わ、わたし、も……お手伝い、できる、なら……」
意外とみんな乗り気だった。個人的な用事なのに。
夕方になるまで、適当に過ごしてから、皆は裏手に向かうのだった。
夕刻。
裏手では、ブロックを重ねて女の子達が作業している。
釜を作るための土台を作っているのだ。
みんな、面白半分に手伝っていた。
薄手の格好で、ふざけながらやっている。
「蚊取り線香って、いい匂いよね」
「そうですね。私も好きです。……どこぞの狼は刺激臭らしくて苦しんでますが」
「げほ、げほっ……」
亜夜が指示を出して、アリスが土台の釜を作るため調整して重ねている。
一方、蚊取り線香を焚いているのだが、狼は悶えていた。かなり臭いようでもがいている。
グレーテルは、みんながうまくやれるように細かい裏手をやってくれている。
お茶やタオルなどの備品を持ってきてくれていた。
「ごめん、ホースで水かけてくれる?」
「こぅ、です、か……?」
「ぶはぁ!?」
「ぁっ……!? ご、ごめんなさぃ!」
マーチはドラム缶を洗っていたピニャ野郎の指示でホースで放水。
しかし、目測を誤り狼にぶっかけてしまっていた。
恐縮して兎に角謝罪する彼女に、狼は眼鏡を拭いて苦笑い。
「気にしないで、ミスっても問題ないし」
本来は雅堂のワガママなのだ。手伝いをしてもらっている立場。
何にも気にしない彼に、頭を下げてまた手伝うマーチ。
ラプンツェルはというと。
「……」
ボリボリかき氷を食べて全体を眺めていた。
彼女の場合は何かあったときの人を呼ぶように言ってある。
問題発生時の足だ。なので、暇でいい。
全体的に、作業は滞りなく進む。すると。
「……珍しいな。何の騒ぎだ?」
「なに、これ……?」
私服の崩空と、華が顔を見せた。
何か物音を聴いて、訝しげに確認しに来たらしい。
「……ドラム缶の風呂? 雅堂、お前こんなのどうするんだ? 着替えのスペースは?」
「大胆、ですね……」
事情を聞いた二人は、仕事上がりに暇潰しに涼みながら見学していると言い出した。
別に亜夜たちも構わないので、一緒に続ける。
「着替えなら、プレハブが近くにあるだろ。ほら、あれ。掃除して、綺麗にしておいた」
「成る程。しかし、簡素とはいえ、露天か。……いいな、気が変わった。俺も手伝おう。その代わり、あとで入らせてくれ」
崩空も面白そうなのか、結局手を貸してくれた。
いわく、
「一ノ瀬たちは知らないのか? この時期の夜空は格別なんだ。曇りない夜を見上げながらの風呂は良い」
「意外とロマンチストだったんですね」
「まぁな……嫌いじゃない」
満更でもない崩空は、すのこの加工を率先して始めていた。
華はラプンツェルと一緒にかき氷を食べて見学。なんだか楽しそうに話している。
そうこうしている間に、ドラム缶を洗って、土台も完成。
豪快に雅堂一人で持ち上げ、乗っける。かなり重そうなのだが。
周囲はドン引きしていた。
一応光源にスタンドも配置した。
水着着用で、気が向けば女性も入っていいと雅堂は言った。
「さ、流石に恥ずかしいし」
「仕切りが欲しいね」
アリスとグレーテルは、そんな改良案を言うので、検討すると彼は言った。
仕上げに、亜夜が魔法で水を流し込む。
ある程度溜めて、マーチが薪を釜に入れて、マッチを放り込む。
着火が悪いので、亜夜が炎の塊をぶちこんだ。一気に燃え上がる。
「……魔法か。覚えると便利か?」
「えぇ、役立ちますよ」
「わ、わたしも覚えよう……かな……?」
崩空と華も、魔法が使う亜夜を見て、覚えたいと考える。
おいおい、勉強もするとして。
「いやー、みんなありがとう! お礼に晩飯は僕の奢りだ!!」
ご機嫌の雅堂が、出前を頼んで好きに食べてくれと気前よく振る舞ってくれた。
なんだかんだ、好き放題頼んで、なし崩しにお祭り騒ぎに発展した。
他の子供も何やら騒がしい事に気がついて混ざって、露天風呂の話が広がり、後日これが量産されることを、まだ誰も知らなかった……。
尚、一号とのちに名付けられた露天は改良を続けられて、いつの間にか掘っ立て小屋を併設されて立派な露天風呂が出来上がったのは、また別の話である。