ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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本性発揮

 

 

 

 

 

 彼女が退院したのは翌日だった。

 ライムたちサナトリウム側が全面的に亜夜に謝罪。

 此れからは少しは情報を与えるとある種の和解を申し出た。

 事態収束の為に奔走し、結果両足を失い半身不随となった亜夜。

 依然、亜夜は彼らを信じてなどいないが、利用できるなら利用しようと思う。

 義足はいるか、と問われた。せめて、それぐらいの償いはしたいと。

 亜夜は速攻で辞退する。……嫌いな相手の受け取ったものを、一部とするのは抵抗がある。

 方法ならば、考えているつもりだ。必要などない。

 足を失いつつ、職員としてのお仕事も当然続ける。

 足がないから、移動に困るだけ。亜夜には翼がある。

 常時浮遊していれば良いこと。疲れるかもしれないので、いい加減体力をつけなければ。

 至って亜夜は気にしないで、復職するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……が、こっちはそうもいかないようで。

 復職早々、四人に問題発生。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 亜夜が足を失ったのは自分のせいだ、とグレーテルが思い込んで錯乱状態に陥った。

 グレーテルは関係ない、と何度も説明しているのに……彼女は兄の一件と重ねて、また自分のせいだと思い込んでしまったようだ。

 挙げ句には。

「殺してやる……亜夜を傷物にした奴はあたしが殺してやるッ!!」

 アリスがプッツンして、キレてしまった。

 もう死んでいると言うのに、自分が殺すといって聞かない。

「亜夜、さんは……平気、なんです、か……?」

 マーチに問われる。彼女は困惑しているばかり。

 足を失うと言う大事なのに、亜夜は何も気にしないで生活している。

 その心理が、彼女には把握できずにオロオロしていた。

「足を食われたことですか? えぇ、平気です。今頃、何を嘆こうが苦しもうが、食われた足は戻りません。それに、私が一番護りたかったモノは、無事でした。ならば、代償と言うなら是非もない。生きていますし、死ななければ安いものです」

「……そぅ、ですか……」

 マーチはその、己度外視の思考がよくわからないが、これは分かった。

 亜夜は、自分よりもやはり四人を好いているのだ。

 四人が無事ならなんだっていい。それは、無償の……本物の、愛情だと。

 彼女は言葉だけではすまなさい。行動で、好きと言う感情を体現してくれた。

 微笑みながら、優しく泣きじゃくるグレーテルを抱き締めて、車イスに乗っていた。

 亜夜のスカートから見える足。

 膝から下が、無くなっていた。傷跡もなく、最初から存在しないように。

「ラプンツェルにできることあったら、何でもいってね! 何でもするよ!」

「ん? 今なんでもするって言いましたか? じゃあ、思いっきり私に甘えてください!!」

「なんでそうなるの!?」

 ラプンツェルも、幼いなりに失ったものの大きさを理解していた。

 亜夜に助けを出れば、なぜか甘えろと言われる始末。 

 マーチは、そっとラプンツェルに近寄って耳打ちした。

「……亜夜さん、は……きっと、甘えてほしぃ、んだよ。ラプンツェル、行って、あげて?」

「んー……?」

 ラプンツェルには、無償の愛は難しいかもしれない。

 首を傾げている。

「グレーテル、謝らなくていいんですよ。ちゃんと、私は、生きています。帰ってきました。これでも、まだダメですか?」

「だって……亜夜さんの、足が……!」

 慰める亜夜に、抱きついて許しをこうているグレーテル。

 何度も謝った。役立たずでごめんなさい。何もできずごめんなさい。

 一度は知った痛みなのに、また繰り返して苦しんで。無力は嫌だと、あれほど知ったのに。

 グレーテルにあるのは、後悔ばかりだった。いくつも、亜夜の気持ちを感じているから尚更、辛かった。

 なんで。なんで、グレーテルは何時も何もできない。こんな風に接してくれる人の助けになれない。

 非常時に、役に立てずに見ているだけなんだ。

(お兄ちゃん、ごめんなさい……! 亜夜さん、ごめんなさい……!!)

 涙ばかり流している無力な妹。いざってときに突っ立つだけの木偶の坊。

 足を引っ張り、大切にしてくれる人を追い詰めて。

 挙げ句には、最悪を回避しても二度と戻らぬモノを失って!!

(私がいけないんだ、私が何もできないから、私が、私がッ!!)

 追い詰める己の心。いくら、亜夜が否定してもグレーテルは納得できない。

 だって、二度も同じことを繰り返した。亜夜に救われながら、部屋の中でただ待つばかりの自分がいた。

 何かできることを探しても、何もできずに後悔したときには、亜夜は両足を失っていた。

 これを、グレーテルのせいと言わずに誰のせいとするのだ。

「……」

 亜夜は、軈て何も言わなくなった。

 怒り狂うアリスにも、泣きじゃくるグレーテルにも。

 言葉が、届かない。だったら、こうするだけだ。

「ねぇ、アリス。アリスは私を、守ってくれるんでしょう? じゃあ、守ってほしいなぁ」

「……えっ?」

 怒りが収まらないアリスに、亜夜はイタズラっぽく微笑んで、言い出した。

 我に返るアリスが、驚いて亜夜を見た。

「ほら、私ってば職員の癖に失敗しちゃって、歩けなくなっちゃいました。これじゃあ、職員失格で、お仕事できずにくびになっちゃうかも……。あー、困ったなぁ……」

 わざとらしく、苦悩するように目を伏せる。

 但し棒読み、顔は微笑を浮かべたまま。

 が、アリスには面白いように効いた。

 亜夜が居なくなる、という禁句を言われた。

 怒りが、一瞬で恐怖に変わる。また、おいてけぼり?

 現状を見れば、亜夜は確かに職員としては意味がない。

 仕事を止めさせられても、おかしくない事に気がついた。

 怒っている場合じゃない。どうにかしないと。アリスは急に真顔になり唸り始めた。

 亜夜は、アリスの性格は既に熟知していた。

 互いに好きあっている手前、ちょっとこう言えば直ぐに我に返る。

 アリスはバカではない。冷静になれば、落ち着いてくれるはずだ。

「グレーテル……ちょっと、良いですか?」

「……?」

 泣き腫らした目で見上げる彼女に、亜夜はこう切り出した。

「そんなに、自分のせいだと思うのなら、私はもう否定しません。けれど、終わったことは取り返しは聞きませんよね? だから、前の事に対処しましょう。例えば、私のピンチとか」

「……どういう、事?」

 グレーテルが、初めて違う言葉を発した。

 漸く、切り込めそう。亜夜は続ける。

「まぁ、失敗してご覧の有り様なのですが、歩けないとなると、私は職員として成り立ちません。言いたいことは、分かってくれます?」

「……………………そっか。うん、何ができるかな、私に」

 比較的に、現状を言えば彼女はすぐに分かってくれた。

 出来ることを申し出るのは分かっている。ここから先だ、問題は。

「罪滅ぼしは嫌ですよ? ちゃんと、前向きになってください。グレーテルには、後悔なんて必要ないんですもの。これは、私が失敗した結果。人の失敗を背負われるのは困ります」

「違うよ。私が後悔してるのは……そんなんじゃない」

「そうでしょうか? 自分の無力を恥じるなら、まだまだ早いんですよね、これが。非常時の事は、もう終わったことです。死んでないので、大丈夫。遺して逝くつもりはないですし。それよか、出来ることはたくさんありますよ?」

「出来ること……?」

「えぇ。例えば……」

 無力さを嘆いていると分かっているから、亜夜は言うのだ。

 戦うなどの方法も、本当に望むのなら一緒にやろうと。

 でも今は、目下の問題をどうにか対処したいのだ。

 グレーテルの抱く罪悪感も知っている。が、そんなものより欲しいものがある。

 こんな風にいじらしく、泣いて悔いてくれる可愛い女の子を、何時までも苦しめる気などない。

 グレーテルが見ているなか、亜夜はグレーテルに言う。

「ねえ、グレーテル。……私の妹とかになってくれませんかね?」

「……え」

 グレーテルは呆然としていた。

 何を言われているのか一瞬真面目に分からなかった。

 いっそ、決めた。

 アリス以外の三人、纏めてこの際面倒見てやろうじゃないか。

 なんだかもう、この好きすぎる熱を止められる気がしない。

 猛暑の暑さにも負けないこの感情の赴くままにィ!

 亜夜は足を失ったこの事態すら、己の欲望のままに、チャンスに変える。

 だってほら。そっちの方が、効率いいし。理屈的にも、問題ないね!

 ってことで!

 

「アリス、グレーテル、ラプンツェル、マーチ。この際です。もういっそのこと、同棲しましょう!!」

 

 とうとう、魔女が本性を表した!!

 可愛い女の子四人を手籠めにしようと画策する、とんでもない変態が四人に牙を向いたのだった。

 みんな揃って、バカが宣った寝言に言葉を失うのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうでもなかった。

 足を失った亜夜の仕事をどうするか、ライムたちが決めていたのだが。

 勝手に亜夜が決めてしまった。

「今日こそ四人揃って美味しく頂きます!」

「またですか!? 今度は一体何しようとしてるんですか!!」

 何と。四人を強引に自分の与えられた個室に誘拐。

 そのままなし崩しに、いわく同棲を始めやがったのだ!

「このッ……! 女の子に何をする気なのです!!」

「無論、ナニに決まっているでしょう!!」

「言うと思いましたよ、止めなさいッ!!」

「いいえ、限界ですッ! ヤります!」

「この変態……あっ、コラ! 待ちなさい一ノ瀬さん!」

「逃げるんですよォ!」

「イチイチ漫画の台詞を言いながら逃げないでください!」

 一応、今日も事後報告。とある日の事務所にて。

 全員美味しく頂く意味深でライムに伝えて、車椅子フルブースト。

 緊急離脱で事なきを得た。

 因みに車椅子は、サナトリウムが責任を感じてどうしてもと言うので、受け取った。

 今では有りがたく、移動手段としても活用している。

「ただいまー」

 亜夜が自分の部屋の扉を開けて、入る。

 入り口に車椅子をおいて、飛翔。折り畳み収納する。

「おかえり、亜夜!」

 そこに、ラプンツェルが満面の笑みで迎えに来てくれた。

 途端にだらしくなく表情が崩れる亜夜。

 飛び付いて喜ぶラプンツェルに、仰け反って倒れそうになる。

 慌ててラプンツェルが止めて助け起こす。

「んふふー、ただいまラプンツェル」

 嬉しそうにハグをして、部屋に向かうと。

「あ、おかえり……えと、姉さん……」

 グレーテルが部屋を掃除しながら待っていた。

 未だに呼び方に慣れないが、照れ臭そうに言っているのが可愛い。

 頬が赤いのがなんとも言えない。

「ただいま、グレーテル」

 戻ってきた亜夜は、グレーテルにも抱擁をする。

 彼女もおずおずと、手を回して受け入れた。

 あの日。グレーテルに、亜夜は我慢ならずにとうとう妹になれと言ったのだ。

 前々から結構好きだったが、あの姿を見てどうやら亜夜の悪い欲望に火がついた。

 もうこれは辛抱ならぬと暴走。

 気がつけばグレーテルは、負い目もあって亜夜を恥ずかしながら姉と呼ぶに至る。

 こんなことが出来ることなら、と無理もなく、然し恥ずかしさもあって日々頑張って姉と呼んでいる。

「お帰り……なさい、亜夜、さん」

 ひょっこりと洗面所からマーチも笑って顔を出した。

 直ぐ様飛び付く亜夜。容赦なく甘やかす。

「遅くなってごめんなさい、マーチ」

「いえ……」

 マーチは嬉しかった。

 まさか、誰かに笑顔でおかえりと言う日が来ようとは。

 家族のように一緒に暮らして、笑いあって、同じ空間で過ごす毎日。

 楽しいと、本当に久々に思えた。特に、この人と接している時間は幸せだと言い切れる。

 自然と笑顔が増える。控えめで分かりにくいけど、最近は笑えていると自分でも思えた。

「ちょっと、あたしにしてくれないの?」

「しないとは言ってませんよ」

 奥で作業していたアリスが、不貞腐れて構ってと言う。 

 亜夜は勿論、アリスにも抱き締めにいった。

「おかえり、亜夜。大丈夫だった?」

「ただいま、アリス。今日もキレられました。ま、大丈夫かと」

 ライムに報告したのはいいが、前代未聞のやり方に日々小言を言われそうだった。

 何せ、子供を本来の部屋から合意の上でとはいえ連れ出して、自分の部屋で生活しているのだ。

 結構なペースで同棲に近い形で、今は過ごしている。

 こうすれば、足がない亜夜も積極的に世話ができる。

 要は同じペースで生活すればいい。

 サナトリウムも、真面目に仕事を続ける亜夜には文句は言えない。

 四人揃って、亜夜は悪いことなどしないと言い張り、介入を拒んでいる。

 結局、黙認と言う形になりそうだった。

 亜夜と過ごす部屋は狭いけれど、今までよりずっと幸福だった。

 この人がいると、幸せな気分になる。それは亜夜の呪いがもたらすモノだろう。

 しかし、それだけじゃない。亜夜本人も、そうしている。だから、笑顔になれるだと思う。

 四人は亜夜と過ごす時間を、今まで以上に濃密に、堪能しながら過ごしていくのだった……。


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