ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語 作:らむだぜろ
魔女が、彼女たちを自分と同室にしたのは、実は何も欲望任せではない。
いや、確かに二割ほど欲望丸出しの下心ありだったのは否定しない。
八割は、亜夜の決意だった。
目の届く範囲に、全員連れて守ろう。
亜夜は此度の足の喪失を、戦力の低下と受け取った。
足がないことは、移動手段の低下に他ならない。
その不利を補うべく、そしてついでに切っ掛けにして、皆を回収。
弱体化した自分でもできることをしている、そう言うこと。
転んでも只では起きない。起きられない。
(私は、みんなを幸せにしたい。だから、足掻いて何でもする。……えぇ、その為に魔女ですら利用しましょう。私が出来ることは、壊して殺して奪って滅して、そんな邪道で外道で悪道しか進めない。進み方を知らないんです。破滅の行き先でも、みんなが笑顔なら、私は……。私も今が幸せだから、今を守ります。ごめんなさい、私は蒼い鳥。けれど、魔女でもあるんです。幸せを呼ぶために、他人を蹴落とし進みましょう)
自分は醜い童話の悪役に過ぎない。
グレーテルから兄を奪い、ラプンツェルから自由を奪った悪意の権化。
他人は頼れない。だって、亜夜は魔女なのだ。
バレてしまえば、みんなが苦しむ。秘匿しないといけない。
亜夜は、人類に対して無敵の魔女である自覚はあった。
然し、彼女は必要以外に呪いを使わない。使えない。
呪いは人を蝕む毒にしかならない。みんなが苦しむ毒を、亜夜が使えば嫌がるだろう。
必要ならば躊躇わずに振るう。けれども、不必要な呪いは己を追い詰める。
亜夜は、理屈でしか他人をはかれない愚かな娘。
見つかれば、必ず殺されると思い込んでいる。事実、普通は始末される。
アリスやラプンツェルが特殊事例。他は信用できない。
だが、亜夜は知らない。
人の善意を。人の信頼を、絆を。
人類の根本は性悪説であると信じる亜夜は、決して他人の感情を信じたりしない。
恩人がいる。もしも、恩人が手を下そうと言うなら亜夜は迷わず彼を殺す。
彼女の天秤は、如何なる場合も四人にしか傾かない。自分ですら、それに勝てない。
盲目の愛情であろう。故に泥のように濁り、淀み、腐る愛情を皆に向ける。
亜夜自身、分かっているのだ。自分は弱い女で、全てを守れる主人公にはなれない。
王道を往くには、雅堂のような圧倒的パワーはない。
崩空のような、自分を諦めても尚、何度でもしがみつく不屈のガッツもない。
一度でも折れれば二度と戻れないし、災厄から守れる腕っぷしもない。
……亜夜は、臆病になっていた。
理屈的に考える性格が災いし、隠して生きていくことを望んでいた。
失うのが何よりも怖い。自分の手足など恐れに比べればどうでもいい。
みんなを守り、己が生きるために、他人を攻撃して見捨てるのが唯一の活路。
亜夜は身の程を知っていた。魔女だから、何をしても良いわけではない。
必要だからやる。無敵のように振る舞っていても、亜夜の根っこはいつも怯えていた。
亜夜の中に、他人を頼るという文字はない。
他人に助けてもらおうという発想すらなかった。
亜夜にあるのは、自分で守る。自分だけで何とかするという、不信。
……結局、亜夜は守るために、自分だけで立ち向かおうとする、弱い女の子に過ぎないのだった。
ライムは依然、ハーメルンという変態を追いかけている。
雅堂と亜夜の証言を元に、様々な組織と連携しているようだが、未だに行方知れず。
この世界には警察になる組織に騎士団というのがいる。
そもそも、貴族がいる世界。科学と魔法が混在し、カオスとなり、王国が存在する。
王国に勤める騎士団が、各地を配置されている。取り締まり彼らの仕事。
公務員のようなものらしい。因みに武器所持。その場で切り捨て可能と外国に似ていた。
で。そっちは、任せるとして。
亜夜は、死亡し殉職した分連れてこられた新人の教育を命じられた。
他にも雅堂や崩空について、復職した華が皆を手伝ってくれる。
で。
「覚悟しな、前回のお礼参りだぜオラァ!!」
「……またですか、寄生虫と宿り木の兄妹」
半袖短パンの白衣のマッチョに襲われた。亜夜は呆れて、魔法発動。
顔以外全部氷付けにしてやった。
「うおお、さみぃ!! 何すんだテメェ!?」
「……」
「待て、その工具はなんだ!? ……なに、バール? 知らねえよ止めろそんなもんどこにぶっ刺すつもりだ!?」
「…………」
「テメェ、人前で去勢手術する気か!? 止めろ、あいつがまず死ぬわ!! よせ、俺が悪かった許してくれぇ!!」
まただった。前回、亜夜に過剰重力で挽き肉にされた例の呪いの兄妹が、喧嘩を売ってきた。
亜夜は冷静に対処。雅堂と同じく、男など物理で股間を抉れば死ぬとわかっているので、実行寸前で停止。
悲鳴をあげて、呪いの兄、寄生虫ことヘンゼルは大人しくなった。
「ごめんなさいは?」
「だ、誰がテメェなんぞに謝るか!! ぶっ飛ばすぞ!」
氷付けにされたまま、バールを手にした亜夜が車椅子に座ったまま見つめる。
啖呵をきるヘンゼルは虚勢で吠える。
哀れむように亜夜はため息をついた。
「ああ、去勢をされたいんですねそうですか」
そのまま、氷をバールで削り始めた。股間部分を目指して鋭い部分でガリガリ遠慮なく。
「止めろバカ、また死ぬだろ!! 今度は拷問する気か、おい!?」
「イチイチ五月蝿いですね、イチモツ絞首刑にしますよ? あ。良いこと思い付いた。……抜こうかな、これで」
「ひぃ!?」
騒がしいヘンゼルは、一瞬で青ざめる。
亜夜の目線は本気であって、そのままバールで愚息を引っこ抜く魂胆と知った。
ガタガタ震え出す。寒さではなく、純粋な恐怖だった。
男が尤も恐れる股間の危機一髪。袋と竿の大ピンチ。
「分かった、分かった二度と逆らわないから!! 止めて!! 止めてマジでそこだけは!」
半狂乱で、ガリガリ氷を削って息子を狙う女に懇願する。
車椅子から、大きな五寸釘と木槌を取りだし、打ち付ける亜夜。
無表情で淡々と、身動きの取れない昼間の休憩室の片隅で。
とある兄の処刑が続いていた。周囲は亜夜の剣幕に目をそらす。
野郎は漏れなく全員内股になって、青くなっていた。
泣き叫ぶヘンゼル。腕っぷしも捕獲されれば意味がない。
しかも、生きたまま雑に亜夜はイチモツと袋を切除する気。
あるいは、潰すのかもしれない。事実、ハサミまで増えていた。
「ぐ、グレーテルやべえ!! こいつやべえ、俺のシモがヤバイから助けてくれェ!!」
ヘンゼルは泣き叫ぶ。そして、内側の妹に助けを求めた。
一瞬で、彼は彼女に変化する。体つきは女性らしく、髪型も伸びて、顔立ちも女性に、小柄になった。
「……お、お兄様に何てことを! この邪悪なま……!」
ヘンゼルから見知った顔の偽物、宿り木の妹は何かを叫ぼうとする。
亜夜が淡々と、その言葉を遮る。
「宿り木の妹。……余計なことをいうと、ロリコンの餌にしますよ」
「!?」
亜夜は視線をあげた。茶色の生気の乏しい瞳は、冷たい印象を受ける。
グレーテルが知る、赤い瞳ではなかった。これが、本来の彼女らしい。
「丁度いい機会なので教えておきます。このサナトリウムには、幼女が大好きなケダモノがいます。……あれです」
グレーテルが、振り返り指を指す亜夜が示す人物を見た。
「えっ、僕!?」
指されたのは、眼鏡をしている灰色の人狼。
困惑しているように、目を丸くした。
「あのロリコンは、またの名をピニャコラーダと言いましてね。私や、あなたのような外見の幼い女をペロペロするのが大好物のケダモノ。しかも、サナトリウム最強の生物です。性欲含めて」
「一ノ瀬ェ!! また好き勝手言ってるんじゃねえ!!」
憤慨するピニャ野郎。
しかし、グレーテルには効果覿面だったのか、こっちも青ざめた。
どう見ても人間じゃない。しかも、吠えるとかなり怖い。
……物理的に、食われるかもしれないとグレーテルは思った。
狼は肉食だ。人間だって……もしかしたら……。
「雅堂。やっぱり、お前……」
「……最低です。助けてくれたのも、下心あったなんて……」
崩空がドン引きして、華が悲しそうに一歩下がった。
二度も命がけで救われた華だが、まさか性欲のために命を張ったなんて、最低そのものだった。
「ち、違うよ!? 僕はそんなつもりじゃ!」
周囲の懐疑的視線に、慌てて否定するも。
崩空の、止めの一言が無惨に突き刺さる。
「……お前、一ノ瀬に何度かお触りしようとしてたな。やはり、ロリコンか……」
「見損ないました……!」
華がなんだか、泣きそうな表情で走って去っていった。
崩空が軽蔑する目で、雅堂を見ている。
「ち、違うんだ華さん!! 僕の話を聞いてくれー!」
追いかけ、雅堂も休憩室を出ていった。
数秒後。
「――びぃぃぃぃにゃああああああッ!!」
遠くで何時もの悲鳴が聞こえてきたのだった。
それは兎も角。
「ま、まさか……まさか、私を生け贄にするつもり!? あんな変態の!!」
「そのまさかです。偽物の宿り木にかける情けはありません。精々ケダモノの慰みものになるがいいです」
死刑宣告に等しい亜夜の言葉だった。余計なことをいうと、つまり亜夜が魔女だとばらせば。
グレーテルは、ケダモノの性欲のために餌食になる。
「こ、このォ……!」
「逆らえる立場でいるとは、良い度胸です。余程怖い目にあいたいと」
「だ、誰があんなケダモノなんかと!!」
悔しそうに唸るグレーテルに、亜夜はあくまで冷酷だった。
呪いの産物にかける情けはないし、宿主を出せと要求する。
そして、二度と逆らわないことと、余計なことさえ言わなければ殺しはしないと脅す。
「うぅ……」
「兄の去勢か、自分の純潔を散らすか。好きな方を選びなさい、宿り木の妹。そして寄生虫の兄に伝えなさい。お前も逆らえば、物理で狼の餌にすると。シモで済むと思ったら大間違いですよ。私は、一度でも敵対した連中は忘れない。全部嫌がることをしてやる。早く選びなさい。……食われたいなら、沈黙も構いません。肯定と判断して、素っ裸にしてから奴の部屋に閉じ決めてやります」
究極の選択肢。
突きつけられたそれに、グレーテルは苦悩する。
自分がケダモノに性欲のために餌食になるか、兄のシモが奪われるか。
どっちもいやだ。あんな狼にエロい意味で食われるなどおぞましい。
想像してしまったグレーテルは初めて魔女に怯えた。
流石は魔女だ。卑怯なのはお手の物で、ひどい選択肢も平気で押し付ける。
童話的に、この兄妹は、魔女に勝つのは無理だった。
狡猾に兄妹の嫌がるポイントを攻めてくる魔女は、無表情で見ている。
その本気具合は、ハッタリだとグレーテルに思わせない迫力があった。
軈て。
「えぇ、分かったわ。何も言わない。絶対に逆らわない。だから、勘弁して。お兄様も私も、まだ綺麗な身体で居たいの。降参するわ、言う通りにする」
「……誓いますか? 次に宿主の意思を無視して勝手に振る舞ったら……」
「止めて!! 分かったって言ったでしょ!! あんな変態の餌なんて絶対に嫌よ!! 従うわ、分かってるわよ!!」
グレーテルは本気で嫌がっていた。
雅堂が余程変態に見えたらしい。
確かに見た目ケダモノに性欲の消耗品のされると脅されればこうもヒステリックに叫びたくもなる。
グレーテルは半分死んだ目で、大人しく引っ込んでいった。
漸く、初対面になる。
「あのぅ……寒いんで、降ろして貰えますか先輩……?」
「うん? ああ、元の人ですか。すみません、直ぐに降ろします」
ヘンゼルとグレーテルの中間ぐらいの身長に、顔立ちも中性的。
髪型も短いようで、長いような半端な長さ。
声すら声変わりの途中のような音域だった。
氷付けを解除して、よく冷えた彼はため息をついて礼を述べる。
「前回は、どうもありがとうございました。なんか、ヘンゼルが暴れたときに仕留めてもらったみたいで」
「いいえ。寄生虫と宿り木の兄妹がいると大変でしょう。何かあれば、遠慮せず殺しますので」
「そうしてください。二人は、殺しても短期間で復活するので、全力で。言って聞く相手でもないんで」
あんな厄介な二人に巣食われている彼は、玖塚朔光と言うらしい。
亜夜を先輩と呼ぶ、亜夜の後輩に当たる職員であった。
「玖塚、でしたね。一応、バカ兄妹にはストッパーはかけました。ここには、サナトリウム最強の生物がいますので、もしも暴れだしたら宿り木の妹を差し出してください。色々エロい目にあわせます」
「…………うわぁ……」
「引かないでください。これぐらいしないと、サイコパスには通じません。寄生虫の兄は、最悪私が去勢しますので」
聞こえていないらしい玖塚に説明。彼は、ドン引きしながらよろしくお願いしますと亜夜に頼み込む。
偽者兄妹に蝕まれる、新人の教育。
亜夜は、頭痛を覚えながら引き受けるのだった……。